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14 大賢者、芝居をする


 私たちは本館前水上ステージの舞台袖にて、開戦ののろしを待っていた。


 舞台袖から向こうの様子を窺うと、ステージを囲む膨大な数の学生たちが確認できる。

 芝居など私にとってまったく門外漢の分野ではあるが、あれだけの観客を目にすれば武者震いの一つもしようというもの!


 準備は万端。

 気力体力ともに充実して、あとは戦地へ赴くのみ、といった具合である。


「心の準備はできたか、ソユリ」


「恥ずかしくて死にたい……」


 ソユリは魔法式による装飾の施されたローブを身にまとい、まるで熱した鉄のごとく顔面を真っ赤にしている。

 恥ずかしい、とはどういうことか?


「何故だ? 衣装も似合っているし、化粧だって素敵じゃないか」


 実際、あれだけ小動物然としていた彼女が一転して大人の女性の雰囲気を醸し出している。

 あとはその今にも弾け飛びそうなくらい真っ赤な顔面と、引きつった口元さえなんとかすれば、絶世の美女と言っても過言ではない。


「それもこれも元が良いおかげだ、恥ずかしくなどない」


「……そういうことじゃないんですけど」


 ソユリは、また真っ赤な頰をぷくうと膨らませていた。

 大人の女性が台無しである。

 ……しかし、私はソユリの機嫌を損ねてばかりだな。

 この劇が終わったら、正式に謝罪しよう。


「それはそうと黒竜の娘よ、劇の段取りは覚えているのだろうな?」


『貴様ら愚鈍な人間の脳みそと一緒にするな』


 黒竜はふんと鼻を鳴らした。


『まず、私がそこの小娘をさらい、貴様を挑発する。そして、極めて不本意だが貴様が私の眷属というていでゴーレムを召喚し、これを蹴散らせば、私との一騎打ち、そして貴様が私を打ち倒して小娘を救いだせばハッピーエンドという、実にくだらぬシナリオだ』


「頼もしい限りだ、期待しているぞ」


『二度とそのような台詞を吐くな、怖気が走る』


「威勢も十分、母君に似てきたな」


「……」


 彼女はそれきり口を閉ざしてしまう。

 しかし彼女の全身から発せられる気を見る限り、こちらも不安がる必要はないだろう。

 役者は揃った、と言ったところか。


「キミたち、やる気十分って感じだね!」


 後ろから声をかけられたので見てみれば、シュリィがいかにも興奮を抑えきれない様子でこちらを見つめている。


「本物の竜に大量のゴーレム! これは前代未聞! まさに歴史に残る劇になるわ!」


「私などはてんで素人だが、せめて先輩の顔に泥を塗るような真似だけはしないと誓おう」


「さっすが頼もしいね! ……あー、それと今更ながらごめんね? せっかく機甲竜を止めてくれたのに、こんなことに巻き込んじゃって」


「私こそ、偉大なる先輩たちが代々受け継いできた機甲竜を破壊してしまい、すまなかった」


「キミはびっくりするくらい謙虚だよね……同年代じゃないみたい」


 300歳だからな、と心中で呟く。


「――とにかく! いよいよ開演よ! 皆! いいわね!?」


「全魔法式異常なし! バッチリですぜ姐御!」


「サバト特殊工作部隊が教学の連中を足止めしています! 妨害されることはありません!」


「開演時間まで10秒を切りました! 演出班、魔法式起動準備完了! いつでもいけます!」


「よし、じゃあいくわよ!! 5、4、3……!」


 彼女のハンド・サインによって、サバトの部員たちが一斉に動き出す。場を緊張が満たす。


「やるぞソユリ、願わくば今日が輝かしきキャンパス・ライフの幕開けとなれるよう努めよう」


「ああ、もう、わかったよう……!」


 ――開演の合図は、足元より噴き出した色とりどりの火花であった。

 同時に巻き起こる地鳴りのような歓声、そして熱狂。

 まず初めに、私とソユリがその渦中へ飛び込んだ。

 学生たちの熱狂は、私たちの登場により更に激しさを増す。


 そういえば、このように注目されたことなどは一度もなかったな。

 いや、いや、余計なことを考えてはいけない。

 私は今日この時に限り役者だ。誠心誠意、演じるだけである。


 私とソユリが所定の位置に着くなり、耳にはめこんだ通信用魔道具とやらから、シュリィの声が聞こえてくる。


『ああ、イゾルデよ、あの忌々しき黒竜はいずこへ消えたのか』


 その台詞を、言われた通りに繰り返す。


「ああ、イゾルデよ、あの忌々しき黒竜はいずこへ消えたのか」


 続いてソユリ。


「いま、いまわしっ……あっ、忌々しき黒竜のっ!! その、邪悪な気は……隠せよう……はずも……」


 私たちが台詞を口にした途端、観客席からざわめきが起こった。


「……ん? あいつら見ない顔だな、一年か?」


「なんだ、例年に比べると大分ひどいな……」


「あの子なんか完全に上がっちゃってるよ、男の方も声は出てるが棒だし……他の役者はどうしたんだ?」


「どうもほとんどの役者が教学のアルガンに捕まったらしいぞ」


「機甲竜もどっかの魔術師に潰されてダメになったらしいし、こりゃ今年はハズレだな……」


 学生たちは口々に言い、後ろの方ではちらほらとすでに興味を失ったような学生の姿も見える。

 ふむ、やはり我々では力不足らしい……

 ソユリもこの反応を見て、すっかり俯いてしまった。

 学生たちを失望させてしまうのは心苦しいが、しかし私は精一杯役目を果たすだけだ。


「おお、確かに感じるぞ、この身を裂かれるような邪悪な気配は、違えようはずもない。ヤツだ」


 そして打ち合わせ通り、私のこの台詞ののち、演出班のはたらきによって水上ステージの各所に仕込まれた魔法式が起動。ひときわ強い閃光が走り、そして黒煙が湧き出してくる。

 おどろおどろしい黒煙がステージ上を這い、これもまた魔法式による稲妻が落ちると“彼女”は現れた。


『――カカカカカ!! 無知蒙昧の魔術師どもがのこのこと現れおったわ!!』


 黒竜役――彼女の登場と同時に、観客全員が固まった。

 一様に彼女の琥珀色の瞳を見上げ、その場で凍り付いたようになっている。


 ちなみにこれは彼女のあまりの大根役者ぶりに観客が閉口してしまった、とかそういうものではない。

 むしろ逆である。彼女の演技があまりに真に迫りすぎていたのだ。

 さながら蛇に睨まれた蛙。

 彼女が放つ無制限の“気配”によって、その場にいた生物全てが本能的に命の危機を感じてしまったのだ。


 お前、意外と演技派なのだな……


 しかし、これは演劇である、芝居である、フィクションである。

 彼らの本能的な恐怖に、ようやく理性が追い付いた。

 会場を包む熱狂は瞬間的にピークに達し、戦場のさなかにも似た歓声が巻き起こったのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおお!?!?」


「機甲竜じゃねえ!! 本物のドラゴンだ!!」


「ヤベエ! 今年はヤベーぞ演劇サークル!!」


 もはや、観客たちは彼女に釘付けである。

 騎竜サークルからわざわざ連れ出してきた甲斐がある、彼女のおかげで助けられたかたちだ。

 彼女は鋭い牙をちらつかせながら、カカカカカカっ、と高笑いをあげる。


『ここはかつての古戦場! 踏みしだかれし屍より築かれた大地よ! すなわち貴様らは我が腹の中へ飛び込んだも同然――野蛮な魔術師どもよ! その五体を分け、この大地にばらまいてくれよう!』


 彼女が大気を揺るがすほどの咆哮をあげる。

 その凄まじさたるや、イゾルデ役を演じるソユリでさえ竦んでしまうほどである。

 なんと素晴らしい! なれば私も十全に役目を果たさねば――!


 私は、皆が彼女に注目している隙に、あらかじめ式を書き込んでおいた羊皮紙をばらまく。

 これにより、水上ステージの地面がぼこぼこと泡立ち、そして30体を超えるゴーレムが生まれ出でた。

 おおおっ! とひときわ大きな歓声が上がる。


「な、なんだアレ!? いつもの作り物じゃねえぞ!?」


「し、知ってるぞ! ありゃゴーレムだ!」


「ゴーレムだと!? そんなの博物館でしか見たことねえぞ俺!」


『カカカカカ! 我が眷属を召還した! 百万の兵どもの血を吸い、しかし未だ渇きは癒えず! 貴様らの血も寄越せと言っておる!』


 黒竜の台詞を合図に、ゴーレムの群れが私たちへ襲い掛かる。

 勿論、私がそうするようあらかじめ羊皮紙に命令を書き込んでいたのだ。


「――貴様ら悪しきものどもにくれてやる血など、たとえ一滴とて持ち合わせていない! いくぞイゾルデ!」


「は、はい! 分かりましたアーテル!」


 その台詞を皮切りに、私とソユリはゴーレムの群れと激突する。

 言うまでもなく、これは芝居だ。

 本当に戦うわけではない。

 ゴーレムの命令の中には“自壊”のフレーズも書きこんであるのだ。


 私とソユリが魔術を使うポーズをとる。

 すると舞台裏の演出班が魔術による“エフェクト”をかけ、凄まじい閃光とともに、ゴーレムの泥の身体が爆散する。カラフルな煙を撒き散らしながらだ。

 火炎、雷撃、はたまた頭上より降り注ぐ槍のごとき氷柱。


 多彩な魔術が舞台裏の演出班によって繰り出され、ゴーレムの群れが次々と弾け飛んでいく。

 聞くところによると去年までは本物の人間が“魔王の眷属”を演じていたため、ここまで派手な演出はできなかったのだという。

 しかし相手は泥人形、容赦なく粉砕できる。


 その証拠に、在学生たちも拍手喝采だ。

 中には興奮のあまりに立ち上がる者すらいる。

 その盛り上がりは、最高潮に達していた。


 そして、このあたりで数体のゴーレムに書き込んだもう一つの命令が作動する。

 ソユリを攫え、である。


「い、いやっ! あ、アーテルーー!!」


「イゾルデ!」


 乱戦の中、ソユリが数体のゴーレムに担がれて、黒竜の娘の下へと送り届けられる。

 彼女はソユリをゴーレムに押さえさえ、そして高笑いをあげた。


『カカカカカカ! 捕らえたぞ! さあ、まずはそのハラワタを引きずり出してくれようか……!』


「そうはさせるか! 薄汚い黒竜め!」


 私は目の前に立ちはだかるゴーレムの群れを蹴散らしながら、捕らわれたソユリを救出すべく突き進む。

 ここまで全て台本通り。

 私は目の前のゴーレムを打ち砕かんと、魔術を使うポーズをとる。

 すると演出班による雷撃がゴーレムの頭上に落ち、そしてゴーレムは例によって爆散――しなかった。


「……なに?」


 ゴーレムはまったくの無傷で、その場に立ち続けている。

 命令の中に組み込まれた“自壊”のワードが作動しない――


 次の瞬間、凄まじい衝撃が私を襲った。

 私に危害を加えないよう、命令を組み込んであるはずのゴーレムが、あろうことか私を殴ったのだ。


「ぐっ……!」


 私の身体は数メートルほど吹っ飛んで、やがてステージに叩きつけられる。

 観客たちはこれも芝居の一環と思っているらしく、おおっ、と声をあげた。

 魔護符がダメージを肩代わりしてくれたおかげで大したことはないが……ふむ。


『ね、ねえキミ! こんなの台本にないわよ!? どうしたの!?』


 耳にはめこまれた通信魔道具から、シュリィの声が聞こえてくる。

 しかし私はこれに応えず、彼女を見返した。


『――カカカ、貴様ら人間というのは本当に愚鈍よのう』


 彼女が、台本にないはずの台詞を口にした。

 その瞬間、ソユリの足元の地面が盛り上がり、あっという間に牢獄の形を成してソユリを捕えてしまう。


「え……!? な、なにこれ!? アーテル君!?」


 ソユリは困惑しつつ、この石でできた牢を叩いているが、びくともしない。

 いや、それよりも私の興味は、別にあった。


「ふむ、長生きをすると面白い事もあるものだな、貴様ら魔族が魔術を使うなど」


『言ったはずだ、貴様ら愚鈍な人間の脳味噌と比べるでない、と。こんなもの、あの薄暗い箱の中で毎日貴様らが使うソレを見て、覚えたわ』


 ゴーレムの群れが、先ほどまでとは全く別物の動きで私を取り囲む。

 やはり、これもヤツの仕業か。


『むろん、ゴーレムどもの命令を書き換えることすら私にとっては造作もない』


「芝居中に、どういうつもりだ?」


『どういうつもり、だと?』


 彼女は、ふんと鼻を鳴らす。

 こちらを見下すその琥珀色の瞳には――ああ、まぎれもない、殺意の光が宿っている。


『封印されて幾星霜、あの汚い穴蔵で耐え続けたのだ! 恥辱に、屈辱に! それも全て母の仇を討つために!!』


『ちょ、ちょっとこれヤバいって! キミ、早く逃げて! 劇は中止! 中――』


 彼女が私のことを睨みつける。

 すると未知の力によって私の耳にはめ込まれた通信魔道具がはじけ飛んだ。


 彼女は翼を広げ、咆哮をあげる。

 観客たちはこれもまた芝居の一環と思っているらしく、拍手で彼女を称えていた。


 彼女は、こちらを見下ろし、憎悪をこめて言い放つ。


『――憎き魔術師、特に貴様に至っては五体に刻むだけでは足らん、百八に刻み、かの大地にばらまくことで我が母への手向けとしよう』



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