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12 大賢者、古の黒竜と契約を交わす


「騎竜士として最も大事なこと――それは、竜と心を通わせることさ」


 さて、ソユリが回復するのを待ったのち、彼女とともにグラウンドへ出向いてみると、そこでは今まさに“騎竜倶楽部”部長トルア・リーキンツの騎竜講座が開かれていた。

 彼は地這い竜のざらざらした顎を撫でながら、新入生たちに向けて得意げに語っている。

 彼を取り囲むのはほとんどが女子、それもほとんどが新入生のようであった。


 彼女らの瞳は騎竜という分野への期待に満ちており、きらきらと輝いている。

 なんと素晴らしい目か。

 魔術師が皆、泥水のような目をしている時代は終わったのだ。

 現代の魔術師とは、全て彼女らのように両の目へ輝きを宿すべきなのだろう。


 ……ただ、気のせいだろうか。

 彼女らの視線は、竜でなくトルアの顔面にのみ注がれているような気がするのだが。


「竜っていうのは僕らにとっての友人であり、家族であり、対等な存在なんだ。だからこちらが思えば必ず彼らには通じる、というわけだね」


 新入生の女子たちから「キャー!」と声があがる。

 ……感極まって悲鳴まであげるとは。

 なんと殊勝なことか。


 以前、私は彼らの事を“善良な学生たちを無為な活動に引き込む、サークルを騙った悪質な連中”と評価したが、ここは謹んで訂正しよう。

 数百年前からありふれた存在であった地這い竜をとっかかりに、あれほどまで学生を惹きつける講義をしているとは。

 やはり人から聞いた情報だけで判断するのはいけない、私もまだまだ未熟だ。


 ともあれ彼女らの知識欲旺盛なその姿を見ていたら、つい私も当初の目的を忘れてその輪の中に加わりたくなってきてしまった。


「トルア先輩! 騎竜のコツってありますか?」


「はは、コツなんてないよ、騎竜は一日にして成らず、だからね」


「その地這い竜は先輩にすごく慣れているみたいですが、どうやったらこれだけ好かれるんですか!?」


「なにも特別なことはしていないさ、しいて言うならこうして毎日のスキンシップは大事にしてるかな」


「先輩、かつて地這い竜の持久力と頑健さに着目し、唯一の難点である機動力の低さを身体強化魔術によって補うことでチャリオットとしての戦術的運用を試みた魔術師グループが存在したが、竜鱗病の流行により計画が頓挫してしまった、もしこれが実現されていた場合について如何にお考えか」


「………………………………ん!?」


 トルア・リーキンツは長い沈黙ののち、一転してその得意顔を崩壊させ、こちらを振り向いた。

 先ほどまでトルアの顔を穴の空くまで見つめていた新入生たちも、揃って私の方へ視線を集めている。


 ふむ、あまりにも初歩的な質問すぎたか?

 それならば、ワイバーンの産卵前期と同時期に起こるケダメ虫の大量発生による農作物への食害について、などの方が良かっただろうか。

 なにせ私は竜について不勉強なので、これを機にしっかりと教授してもらわなければ……


「き、キミ、あの時の……」


「ああ、あの時は自己紹介をし損ねてしまったな、総合魔術科1年のアーテル・ヴィート・アルバリスだ」


 ふふ、どうだ、さりげなく所属学科も交えた実にスムーズな自己紹介。

 これで今後のキャンパスライフにおける掴みは完璧と言わざるを得ない。


「け、結界魔術科1年のソユリです……」


 ソユリもまた私に続いて自己紹介をする。

 しかしどうして私の背中に隠れて、そんなにもか細い声なんだ?

 まるで今朝の講義で初めて会った際の、小動物然とした彼女に戻ったようである。


 初め私を見て複雑な表情をしていたトルアは、ソユリの姿を認めるなり再び一転、まるで虫も殺さないようなにこやかな笑顔を浮かべ、彼女へ歩み寄った。


「騎竜倶楽部へようこそソユリさん、僕は3年のトルア・リーキンツ、見学かな? 地這い竜乗ってみる? 大丈夫、教えるから……」


「い、いえ、あの……」


 このトルアという男、やはり侮れない。

 初対面の人間に対し、こうまで友好的な雰囲気を振りまけるとは!

 これに比べれば私の挨拶なぞ、児戯も同然!

 ひいては、私の挨拶も改良の余地があるな……


 しかし、彼がそんなにも友好的な雰囲気であるにも関わらず、ソユリは身をよじって、更に深く私の背中に潜り込んでしまう。


「す、すみません……今日は私じゃなくてアーテル君が、先輩に用があるみたいで……」


「えぇ、キミが? なに? 僕忙しいんだよね」


 ソユリの時と露骨に態度が違うな?

 相手に合わせて対応を変える臨機応変さは私も見習わなければな。

 それはさておき本題に移ろう。


「単刀直入に言おう、ほんの数時間ほど、竜を一匹貸してほしいのだ」


「やだよ」


 これはまた単刀直入だ。

 分かりやすくて非常に助かる。


「もちろん、タダでとは言わない、報酬はきちんと支払う」


「あのねー、なんのつもりか分からないけど、文房具かなんかじゃあるまいに、サークルの人間でもない学生にそう易々と竜が貸せるわけないじゃないか、さあ帰って帰って」


「トルア先輩の懐の深さを信じて、そこをなんとか頼みたいのだ。生憎私には今持ち合わせがないので、これでどうにかお願いしたい」


 私は制服の内ポケットからある物を取り出す。

 それは、丸く削った竜の牙を紐で繋げて装飾したもの、いわゆるブレスレットである。


「なにそれ」


「かつてとある呪術師から譲り受けたものだ、私はあまり詳しくないが相当な値打ちものらしい、これを譲る」


「値打ちものぉ?」


 トルアは私の手の内からブレスレットをひったくり、目線の高さまで持ち上げて、いかにも胡散臭そうにこれを見つめている。

 そして正味十数秒ほどかけて、彼はその鑑定を打ち切る。


「……いや、ダメに決まってるでしょ、こんな得体の知れないもので竜が貸せるわけ……」


「あ、それかわいいですね」


 ふと、新入生の内の一人が言った。

 これを聞いて、トルアはぴくりと眉を吊り上げる。


「え、ナコリタちゃん、こんなのがいいの?」


「最近女子の間で流行ってるんですよぉ、そういうレトロ? なアクセサリー、ねぇみんな」


「分かる分かる、そういうの最近みんな持ってるー」


「こういうワンポイントがあるとセンスいいっぽいよねー」


「へぇ……?」


 女学生たちの言葉を受けて、トルアは鑑定を再開する。

 そして今度は数秒の内に鑑定を終え、これを懐にしまうと、彼は爽やかな笑みをたたえて言った。


「うん、うん、確かによく考えてみれば、他ならない後輩の頼みを聞くのも先輩たるものの義務だね、仕方ない、その頼みを聞こうじゃないか」


「おお!」


 私は彼の懐の深さに感嘆の声をもらした。

 新入生の女子たちが、再び「キャー!」と感極まった悲鳴をもらす。

 私も悲鳴こそあげないものの、彼女らの気持ちは十二分に分かった。

 なんといい先輩を持ったのだ私たちは!


「感謝する! では、お言葉に甘えて一匹、借りていくとしよう!」


 私はトルアに深く礼をして、足早にある場所へと向かう。

 グラウンドの隅にある、巨大な竜舎へだ。

 しかし、彼はそんな私を引き留めた。


「おいおい、地這い竜の竜舎は向こうだよ」


「ああ、誤解させてしまったのならすまない、私が借りに来たのは地這い竜ではなく、すでに他の竜に目をつけていたのだ」


「他の竜って言ったって、そっちには……」


 私は地這い竜の竜舎からかなり離れた位置にある、巨大な、それでいてボロボロに朽ち果てた竜舎へと歩み寄った。

 隙間から中を覗き込むと、そこには巨大な黒い竜が眠るように身体を横たえている。

 ふむ、当たりだ。


「――トルア先輩、私はこの竜を借りていくぞ」


「正気かい?」


 トルアははっ、と鼻で笑う。


「こいつ、身体だけはでかいけど、それだけの老いぼれだよ? エサも食わないで一日中寝てるだけ、先輩から聞いたけど、もう数十年もそうして動かないらしいんだ。こんな役立たず売り払うこともできないからずっと放っておかれたらしいけど」


「役立たずとは、トルア先輩も冗談など言うのだな」


「え?」


「まさかただの役立たずを閉まっておくだけの箱に、ここまで厳重な魔術結界は施さないだろう」


 そう、私は大学へ訪れた時から、この今にも崩れ落ちそうな竜舎に施された結界に目をつけていたのだ。

 恐らく、相当な腕を持った魔術師が施したのだろう。

 複雑に絡み合った魔法式は学長室の扉のソレにすら匹敵する。

 一体何が封印されているのかと入学式の時点で胸躍らせていたのだが、しかし、これは大当たりだ!

 まさか、よりにもよって“彼女”がこんなところにいるとは!


 私は竜舎へ顔を寄せて、彼女にだけ聞き取れる声で、呟く。


「――貴様の母の名を知っている、ミレイアだ」


 まるで岩石のように不動だった彼女の身体が、その言葉に反応してわずかに揺れた。

 そして、彼女は固く閉じた目を開く。

 吸い込まれそうな琥珀色の瞳。

 間違いなく、彼女の直系だ


「え、動いた……?」


『……何故、その名を』


「喋った!?」


 視界の端で、トルアが尻もちをついていた。

 まったく、愉快な人だ。


 それはさておき、私は彼女の琥珀色の瞳を見つめ返す。


「なあに特別なことをしたわけではない、本人から直接聞いたまでだ」


『……戯れ言を、我が偉大なる母君が人間ごときに名を教えるわけがあるまい、それに』


 彼女はゆっくりと立ち上がる。

 その際に長い年月をかけて彼女の鱗にこびりついた苔やらなにやらがぱらぱらと落ちる。


『それに、我が母君は200年以上前に野蛮な魔術師によって討たれた……ああ、忌々しきは――』


「アーテル・ヴィート・アルバリス」


 その名を口にすると、彼女は閉口する。

 私は更に続けた。


「あの頃の私はまだ若かった、もしも彼女が隻眼でなければやられていたのはこっちだったかもしれない」


『貴様、貴様、まさか』


「――そのまさか、私こそがアーテル・ヴィート・アルバリスだ」


 彼女が琥珀色の瞳を見開いた。

 そしてしばらく固まったかと思えば、今度は突然けたけたと笑い始めたではないか。


『カカカ……忌々しい魔術師によってこのようなところに封印されて一体どれだけの年月が経ったかもはや覚えてはいないが……まさかこのような形で親の仇に会いまみえようとは……滑稽である、滑稽だ……』


「私も笑ってしまいそうだ」


『……で、どうする? 老いぼれの首元に刃を突き立てにきたのか?』


「冗談を、戦争はとうの昔に終わったのだ。今日はただお前に頼みごとをしにきただけだ」


『頼み……? どういうことだ?』


「簡単なことだ」


 私は彼女の目をしっかりと見据えて言う。


「――どうもこの大学では、毎年この時期になるとかつての私と、お前の母君との戦いを再現した劇が演じられるらしいのだ。とどのつまりお前には、母君を演じて、アーテル・ヴィート・アルバリス役の何者かと戦ってほしい、お前ほどの適役はいないだろう」


 彼女の縦に長い瞳孔の、ぱっくりと開くのが見て取れた。

 そして数秒の沈黙ののち、彼女は大地が割れるのではないかというほど大笑した。


『カカカカカカカカッ!! この世に生まれ落ちて数百年、これほど愉快なことはない! よもや母君が敗れたあの戦いを、貴様の仇敵であるこの私に再現しろと!?』


「そうだ」


 私が応えると、彼女は一層大きな声でカカカカカカカ、と笑う。

 そしてひとしきり笑うと、彼女はゆっくりと立ち上がり、そしてその琥珀色の瞳でこちらを見下ろした。

 今の今まで死んだようだった彼女の全身から発散される、無制限の気配は、かつての彼女――ミレイアとの戦いを思い起こさせた。


『――よかろう、戯れ、これは戯れだ、さあ結界を解け』


「話の分かる奴で良かったよ」


 私はあらかじめ用意しておいたノートの切れ端を、竜舎の壁に押し付ける。

 そして、これもまたあらかじめ書き込んでおいた否定魔方式、その末尾を、私は羽ペンでとんと叩いた。

 ――証明完了。


 竜舎を包む結界は、実に静かに崩れ落ちた。


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