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11 大賢者、先輩と約束を交わす


「――私たち演劇サークル“サバト”は、それはそれは由緒正しいサークルなんだから!」


 なんせ私のおじいちゃんの代からあるからね!

 シュリィ・メルスティナと名乗った少女は、実に誇らしげに言った。

 学食のある別館を抜け、大学の中庭を全力で駆けながら。


 そして私とソユリは、その背中を追いかけつつ彼女の話に耳を傾けている。

 私が言うのもなんだが――どうやらソユリは生粋のインドア派であるらしく、私の後ろにかろうじて食らいついてきている。

 誰にでも得手不得手はあるものなのだなぁ、としみじみ感じていると、ソユリは息も絶え絶えに言った。


「そっ……そんな、ことより……! シュリィ、せんぱい……! なんでっ……学食から、逃げたんですかっ……!」


「ははは! だってあそこに残ってたら十中八九、メタクソに怒られるもん!」


「わっ私たちは……関係ないんじゃ……!」


「何言ってんの! 機甲竜をスクラップにしたでしょ! 責任とってもらうから!」


「あれはっ……アーテル君が……」


「連帯責任!」


 シュリィはどこか楽しげに言う。

 ソユリとは対照的に、活発な見た目の通り、これだけ走り回っても息一つ切らしていない。


「君たちは新入生みたいだから知らないかもしれないけど、サバトは毎年この時期になると新入生に向けて無料で演劇を公演するの! これがもうすごいのなんのって! 毎年新入生はもちろん在学生だって押し寄せてきて大変な騒ぎなんだから!」


「ほう、それはすごいな」


 私は素直に感服した。

 どうも私はその手のものに対して不勉強なきらいがあるが、しかしラクスティア魔法大学の学生たちを虜にするものともなれば、俄然興味も沸いてくる。


「いったいどのような劇なのだ?」


「よくぞ聞いてくれました! 今年もまた例年通りに――これ!」


 シュリィは、懐から丸められた一枚の紙を取り出し、走りながらこちらへ手渡してくる。

 私もまた彼女に倣って足は止めないままそれを受け取り、僭越ながら拝見させていただく。


 見るとそこには、見上げんばかりの黒い竜と対峙する一人の老人の姿が描かれている。

 よくできた絵だな――感心しつつ、この公演のタイトル、そして煽り文を読み取った時、私は自らの目を疑った。

 何かの間違いでは、と思っていたら、前方を走るシュリィがそらでこれを読み上げた。


「――伝説の三大賢者が一人、アーテル・ヴィート・アルバリスが黒竜を打ち倒した史実に則って描かれたラブロマンス・アクション! その名も、“滅竜記”!!」


 あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。


 ……確かに大昔、人魔大戦の際に黒竜と戦ったことはある。

 だが、歳のせいだろうか、私のおぼろげな記憶が正しければ、あの戦いにおいて“ラブロマンス”などと呼ばれるものは存在しなかったはずだが……


「機甲竜は毎年の目玉! なんといったって黒竜役だからね! でもかなーり古いから毎年新歓の直前になって起動させるとほぼ確実に暴走しちゃって、皆やっとの思いで止めるんだけど――あろうことか君はそれをスクラップにしちゃったの!」


 シュリィに咎められて、ようやく我に返った。

 言及したいことには山のようにあったのだが、ひとまず謝罪の言葉を述べる。


「す、すまない……まさかあれがそんなにも大事なものだったとは……」


「あぁ! 機甲竜ナシの公演なんて前代未聞よ! いったいどうやって成功させればいいの!? 皆毎年楽しみに待ってるのに!」


 シュリィは「ううう」と唸って帽子の上から頭を掻きむしる。


 ……公演の内容に関してはさておき、知らなかったとはいえこれは大変申し訳ない事をした。

 彼女は先輩である。すなわち私が今から歩もうとしている魔術の極致へ至る道程の、いわば先達だ。

 できることならば彼女の助けになりたい。いや、助けにならねばならない!

 魔術を究めることとは、先人への惜しみない敬意を持つことと同義! よって彼女が言うところの“責任”を果たすことは義務であり、私の“けじめ”だ!

 しかし一方で私は芝居に関してずぶの素人、さてどうしたものか……


 ない頭を振り絞って正味3秒ほど考えてみれば――はたと思い至る。

 そうだ! 彼らがいたではないか!


「――シュリィ先輩、ひとつ尋ねたいのだが、もしも機甲竜の代役が用意できれば公演は無事行われるのだろうか」


「へ? 機甲竜の代役? ……そりゃあそんなものがあれば願ったり叶ったりだけど、でもあれだけの規模の魔道機械なんて今から用意できるとは……」


「確かにあの見事な魔道機械には多少劣るかもしれないが、私に一つアテがあるのだ。ここは一度、私に任せていただきたい」


「ほんと!?」


 シュリィの表情がぱあっと明るくなる。

 ああ、本当だとも、ここは私に埋め合わせをさせてほしい。

 そう言ってやろうとしたところ――


「――演劇サークル“サバト”部長シュリィ・メルスティナ! 貴様らまたやりおったな!」


 前方より男の声。

 シュリィは「げっ」と短く言って、苦虫を噛み潰したような顔になる。


 見ると、中庭を抜けて噴水のある広場へ出るあたりに、物々しい黒装束に身を包んだ少年が、いかめしい表情で仁王立ちになっているではないか。

 そして彼の後ろに何か壁のようなものがあるので目を凝らしてみれば、それは壁ではない。

 少年と同じ黒装束に身を包んだ連中が、さながら兵隊のごとくずらりと並んでいるのだ。


「貴様らのサークルは毎年毎年、機甲竜を暴走させて我らが神聖なる学び舎を破壊しおってからに! 今日という今日は許さん! 全員反省房へブチ込んでくれるわ!」


「ヤバい! 教学のアルガン・バディーレー! 捕まったら世にも恐ろしい反省房よ!」


 シュリィはそう言うなり、懐から魔法式が刻まれた筒状のものを取り出した。

 彼女は更に懐からインクのようなものを取り出し、これに指先を浸すと、筒の側面へ指判を押し、エンドマークの代わりとする。

 これにより、刻まれた魔法式の証明が完了し、筒状の物体が光を放つ。

 彼女は最後私に向き直り、言った。


「私は教学の連中から逃げ回りながら別の手段を探すから、ひとまず機甲竜の代わりについてはあなたに任せるわ! もしもばっくれたらサバトの総力を挙げてあんたの家を見つけ出して、歴代OBとともに押しかけてやるんだから!」


「ああ、心得た!」


「シュリィ・メルスティナ! 無駄な抵抗は――!」


 アルガンが何かを言いかけたが、言い終わるよりも先に、彼女は魔法式の刻まれた筒を敵陣の中央へ放り投げる。

 するとその瞬間、筒より溢れだした赤、黄色、緑、ともかく色とりどりの煙や火花が、あっという間に彼らの視界を覆いつくしてしまったではないか。

 これは――煙幕か!


「うぐっ……!? なんだこれは!」


「ははは! 私特製の舞台演出用マジック・アイテム! 教学の皆様、人体には無害なのでご安心を!」


「ま、待て!」


 視界を完全に奪われたアルガンがそう叫ぶが、すでにシュリィは影も置き去りにする勢いでどこかへ走り去っていってしまった。

 私はすかさず転回し、せめてあの素晴らしい先輩の期待に応えるべく、全力で駆ける。


「全く、凄まじい先輩がいるものだな……! あれほど華やかな煙幕などは見たこともない! ソユリもそうは思わないか!? ……ん?」


 ふと後ろを振り返って、ソユリの姿がないのに気付いた。

 私は一人、首を傾げる。


 ちなみにそれから数分後、中庭の隅で目を回しているソユリの姿を発見した。

 どうやら途中で息が上がって、そのまま倒れてしまったようだった。まったく運動不足もここまでくると心配になる。

 魔道を究めるのもいいが、たまには外へ出て適度に身体を動かすことも必要である。

 そう、しみじみ思った。


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