Happy Birthday 涼花-Age6 その2
それから上品な洋服を着た背の高い女性は上品なワンピースを着たツインテールの女の子を連れて教室に入るなりシスター紫子に一言挨拶した。
「横山涼花の母の横山静香と申します。上の娘の涼花がいつもお世話になっています。こちらは下の娘の春華です。春華、きちんと挨拶しなさい。」
春華というその小さな女の子は母親に言われるがままシスター紫子に「横山春華です。今年の5月25日で3歳になります」と言ってぺこりと頭を下げた。
もうじき3歳になるというその女の子は、学齢期に達していないにもかかわらず非常にしっかりとしており気の強い面もそなえている。
その女の子は一方で、シスター紫子を遠ざけているのか母親に甘えていたいのかシスター紫子に挨拶をした後からずっと母親である長い黒髪を持った美しい女性の腕にしがみついていた。
「あらあら春華ったらこういう場所で挨拶するのが今日で初めてだから緊張していたのね。」
長い黒髪を持った背の高い美しい女性-静香はそう言って上品な青いワンピースを着た黒髪ツインテールの小さな女の子-春華の頭をやさしくなでた。
シスター紫子も母親の静香から一向に離れようとしない春華にバター味のキャンディを差し出す。
そのバター味のキャンディは北海道の南部に位置する渡島当別に所在するかの有名なトラピスト修道院で男性の修道士たちが手間隙かけて丁寧に手作りしたものである。
上品な青いワンピースを着た黒髪ツインテールの女の子-春華はシスター紫子が差し出したトラピスト修道院名物のバター飴を口に入れた途端緊張感がほぐれたのか、さっきまでのシスター紫子を遠ざけていた態度から一変して表情が次第に柔らかくなっていったのである。
「このバター飴が効いているのでしょうか?春華もこれを口にしたらすっかり表情も良くなっちゃって。」
きっとこの飴には人を癒すことができる不思議な魔法が隠されているのでしょうね。」
シスター紫子の差し出したバター飴をなめた春華の様子を見て一安心したのか、涼花と春華-2人の母親である静香がどこか影が影がありながらも終始穏やか表情であり優しい口調でシスター紫子や真島神父にそう一言述べた。
すると真島神父が得意げそうな表情でこう語りかけた。
「このトラピスト修道院特製のバター飴は、神の使いである修道士たちが一つずつ一つずつ愛情をこめて丁寧に丹精をこめてつくりあげた逸品です。」
そこにシスター紫子が突っ込みを入れる。
「お母さん、さっきそこの神父の方がこのバター飴は手間ひまかけてつくられたものとおっしゃっていましたが現在では製造のほとんどが機械でおこなわれており手作業でつくることはありえません。」
真島神父にこうしたツッコミを入れたシスター紫子もまた面白おかしい。
「たとえ時代が変わって製造の大部分が機械でおこなわれているとしても修道士たちが愛情をこめて作ったものには変わりありませんよ。」
「それはわかりますけどね真島さん、機械なんかに頼らず最初から手作りでやったほうが本当に愛情がこもっていると言えますでしょう?」
「うちの幼稚園でも機械なんか使わずに手作りのケーキやクッキーなんかを製造・販売したらいいんじゃないでしょうか?」
「それはいいアイディアですね、紫子さん。その利益をシリアとかの難民のために使いましょう。」
そうやってシスター紫子と真島神父がやりとりをしているところに、あのベテラン用務員のなべともさんが入っていく。
「2人ともなんやかんだいって“信仰”や“愛”なんかよりも“お金”のほうが大事なんでしょ!」
その一言にシスター紫子がまたまた反論する。
「私たちは“お金”目的でクッキーやケーキを作って売ろうとは考えていません。」
「私たちが考えているのは奉仕活動の一環として教会が主催するバザーで手作りのクッキーやケーキを販売してその売り上げを内戦で苦しんでいるシリアの人たちなどに還元しようという話です。」
「そりゃ素晴らしいことだね。真島さんお菓子作り上手だから売れるんじゃないの?この前のバザーのシチューとかも評判良かったしさ。」
「それではなべともさん、10月に開催される秋のバザーでは修道女たちによる手作りのクッキーとかケーキとかを販売してその利益をユニセフやUNHCR(国際連合難民高等弁務官事務所)に寄付しましょう。ちなみにそのときは雅司さんにも協力してもらいましょう。」
「それはグッドアイディアですね真島さん。機械なんかに頼らず一から手作りでやったほうが気持ちも伝わりますしたくさんの人たちが私たちの目的を理解して買ってくれますしね。でも雅司さん協力してくれますでしょうか?」
真島神父によるバター飴についての話から始まった真島神父・シスター紫子・なべともさんのやりとりを傍らで見ていた静香がはじめて聞いた男の名前が妙に気になり始めたのかその男の事についてシスター紫子に尋ねはじめた。
「修道女さん、その雅司さんという人はどんな方ですか?」
静香の質問にシスター紫子は冗談をまじえながらこう答えた。
「つい先週からこの幼稚園で臨時職員として働き始めた男性の方で、前に務めていた会社をリストラされて就職活動をしていたそうですがうまくいかなかったみたいでしばらくうちで預かることになったんです。」
「そうなんですか。どうして勤めていた会社をやめさせられたりなかなか仕事を見つけることができなかったのでしょうか?」
「詳しいことはわかりませんが、その会社でミスばかりしたりトラブルが続いたりしてそれから仕事をサボるようになってしまってそのことが原因でクビになってしまい就職しようと思ってもその会社にいたときのこととか問われたり経歴などにぶつかってしてまってなかなか就職することができずに、先週からこの幼稚園で働き始めることになったんです。」
「それは本当にお気の毒ですね。」
そのような2人の会話をすぐ側で聞いていた上品なワンピースを着た黒髪ツインテールの小さな女の子はまだ2歳でありながらこう察したに違いない。
「要するに仕事そのものが全くできなくて非常にいい加減な奴だろう。」
「私はそういう人間が嫌いであるし私自信もそんな人間には絶対なりたくない。」
2人の話が長くなっていくうちにお誕生日会のスタートする時間となってしまった。
女の子の母親である長い黒髪を持った背の高い女性は上品なワンピースを着た黒髪ツインテールの女の子に「春華、お姉ちゃんのお誕生日会が始まるわよ」と声をかけた。
そしてシスター紫子が「それでは横山涼花ちゃんのお誕生日会を始めます。涼花ちゃん、6歳のお誕生日おめでとう」といったメッセージを告げてようやく涼花ちゃんのお誕生日会が始まったのである。
シスター紫子を含む幼稚園の先生や園児たちが一斉に涼花ちゃんが6歳の誕生日を無事迎えることができたのを嬉しそうな表情で祝福した。
もちろん母親の静香や妹の春華もその傍らでささやかに祝福する。
当の涼花ちゃんはと言うとなんだか照れくさい様子だ。
その様子を人知れず場所で見ていた雅司がこう呟いた。
「俺も子どもだった頃はああやって周りから祝福されたことがあったんだろうなあ~。」
「今となってはこんな俺を誰一人祝福しれくれる人間がいないから非常に寂しいなぁ~。」
「そんなこと言ったって俺幽霊なんだもん、しょうがないよなぁ~。」
そうやって雅司が呟いているところに、真島神父となべともさんがやってきた。
「おや雅司さん、こんな独り寂しくどうかされたんですか?」
「今こうして涼花ちゃんがみんなからこうして誕生日を祝ってもらっている姿を見てさ、本当に心細いんだよ。俺幽霊だし身なりもこんなんだし誕生日なんか誰一人祝ってくれる人がいないんだよ。」
「そりゃ~誕生日なんて周りから祝福されたほうがいいに決まってるさ。俺も独りもんだからさ、去年の誕生日は納豆ご飯ときゅうりの漬物とワンカップの焼酎で用務員室で祝ったよ。一人っきりで。」
「でも、涼花ちゃんのようにみんなから祝福されてこうやってお誕生日を迎えることができるのは本当に幸せなことですよ。」
「人間社会というのは結局、一人では生きていくことができないシステムになっているんですよ。富める人も貧しい人であっても。」
「そりゃそうですよ。だって俺自身ここにたどり着くまでお金も職も家もなく行くあてもなくてずっと独りで幽霊として生きてきたんですからねぇ~。」