3話:見つけにくいですか
ミ ケ が い な い ! ! !
え、いやまじで?嘘でしょハハハ。あ、そっかやっぱ野生の本望ってものがあるもんね。猫て言ったってやっぱり自然の生物なわけだよね。たまには自由にいろんなとこに動き回ったり歩きまわったり遊んでみたいよね。
そりゃ家から一日や二日や三日や四日や五日やむ(以下略)
しばらくの間いなくなったっておかしくはないよね。むしろ普通だよ。うん。大丈夫大丈夫。きっと帰ってくるよ。ミケだってもう見た目は子供でも中身は立派な大人なんだから帰り道ぐらいわかるに決まってるし。
エサだって自分で確保してるだろうし寝床だって見つけてるはずだろうしいつ自然に戻ったっておかしくはな………自然に戻っちゃったら駄目じゃん!!!!
「ミケぇぇぇ!!ミケが帰ってこない!!!どうしようホントどうしよう!何が見た目は子供頭脳は大人だよ!コ●ンかよ!ミケはどっからどう見たって見た目も頭脳も子猫だよ!!」
やばいどうしよう落ち着けあたし。全然落ち着いてないじゃん。むしろ焦りまくりじゃん。五日も帰ってこないってどうなの。エサとかそこいらにホイホイ落ちてるわけないないでしょ!行くとこ行くとこにエサ落ちてたら逆に怖いよ!
「皐月、落ち着きなさい。正直ちょっとウザイ」
母さんが憐れむような目であたしを見てきた。ウザいとかお前本当にあたしの母親か。
でもあたしは落ち着いてなんていられなかった。いくら昴から無理矢理お願いされて引き受けた猫だろうとも一緒にいれば情はうつる。可愛くだって思えてくる。ほら実際子猫って可愛いじゃん。
問題はそこじゃない。何で家を出たか。これは想定だけど、多分リビングを換気するために空けていた窓から出て行ったのだろう。ミケは昴から預かって以来外に出したことがなかった。子猫にとって外はまだまだ危険地帯だ。
涙腺が緩んで泣きそうになる。だってこんなの昴に知れたら本当ヤバいじゃん。怒られるよ…ミケだって心配だし車に轢かれでもしてたらどうしよう。事故にあってなくとも絶対一人でこごえてるよ…!
一日目に見かけなかったときはここまで焦ってなかったけど日に日に不安がよぎってくる。学校へ行く時とか、帰り道とか、結構遅くまで探してるのに見つからない。母さんだって父さんだって探してくれてるのに見つからない。
ミケがうちに来たのは十日ぐらい前の話だけど昴だってちょくちょく様子を見にきている。三日前に「ミケどうなってる?今日見に言っていい?」とか言いだすからもうホント穴という穴から汗が噴き出そうなくらい焦った。見にきて目的のものがいなかったら昴は一体どんな反応をするのだろう。
「オレ、皐月のこと信頼してたのに…酷いよ、裏切られた気分だ。」なんて悲しそうに俯き加減に言う昴の姿すら連想させられる。ぎゃぁ、最終的に「もう絶交だよ」とか言われたらどうすんの!
そんなこんなで、まさか素直にいなくなったと言えるわけもなく「い、いやぁ、今日はちょっと遠い親戚が来て忙しいから駄目かなぁ…」と、その場しのぎの嘘をついてしまった。でもこれからそんな嘘で誤魔化していけるはずもない。
「母さんどーしよー!!」
「とりあえず探してこればー?」
「うわ何それ、言い方がめちゃくちゃ人事だよね」
「もう無理なんじゃない?だってほら五日もたってるわけだし。きっと何かの事故に巻きこまれ「変なこと言わないでよ!!もー!」
今までなるべく想像しないようにしてきたけどいざ他人から言われると何度も何度もその光景が頭の中をぐるぐる駆け巡る。
あーやだやだ本当やだ!!何辛気臭くなってんのあたしは!!
「もう一回探してくる!!」
リビングを飛び出して適当な靴をはいて家を飛び出した。メソメソ泣いてるよりはマシだ、と思う。
「馬鹿ねぇ」
家を出ていくあたしの後ろ姿を見ながら母さんは溜息をついて呟いていた。
「ミケー頼むよー出てきてー」
只今の時刻午後七時三十分。もっと細かく言うと午後七時三十二分十三秒。
時間を確かめるために開いた携帯電話を溜息をつきながらパタンと閉じて周りを見回した。が、薄暗い町並みに猫の姿はおろか人の気配すらない。そしてかなり怖かったりする。
あたしホラー映画は大丈夫だけどお化け屋敷とか肝試しとかリアルタイムでのホラーは無理なんだよ。暗い路地に一人きりって滅茶苦茶怖くない?しかも真上の街灯がジージジジッて妙な音出しながらピカピカ光ってるんですけど!?
何このシチュエーション、背中に変なものがいそうな雰囲気だ。
小さな物音にも敏感に反応して音の聞こえた方をバッと振り返る。それは風の音だったり遠くから聞こえる車の走る音だったり周りの住宅内から聞こえる話声だったり。
おばけなんているわけない、とは思っている。見たこともない。けど怖いものは怖い。
やだやだやだもうやだ本当に嫌だミケ早く戻ってきてよー!あたしがどうなってもいいのかー!!この馬鹿ねこ!
ミケを探しにきたあたしは最終的にやつあたりに近い文句を呟きながらまともに周りも見回さずに道をズンズン歩いていた。
それでもやっぱりミケが見つかるわけもなく、刻々と時間が過ぎてゆくだけ。空も先ほどよりもっと暗くなった感じがした。あれだよね、これもう何かでても絶対おかしくないよね。
こんな時は一体何で誤魔化せばいいんだろう。歌か。歌を歌えば霊的なものは寄ってこないのか。はたまたお経でも唱えれば去ってくれるだろうか。
「な、なむあみだぶつ?なみあむだぶつ?」
何故疑問形なのか、とか一回目と二回目の言ってることが違うとかはどうでもいい。頭がパニックになりそうな寸前なのだ。
とりあえず誰でもいいから身近に人がいてほしかった。人の気配のない夜道がこんなに寂しくて冷たいくて恐怖のかきたてられるものだと思わなかった。昴はいつも部活の帰りにこんな暗い夜道を歩いているのだろうか。
こんな時にまで昴のこと考えるなんてどんだけあたしは昴バカなんだ。子供か。いい加減大人になれ。今は昴よりミケを探さないといけない。
ふぅと肩の力を抜いて気持ちを落ち着かせようと胸に手を置いた。残念ながらそこまで豊満に育たなかった我がバストだが悲しいかな中途半端で微妙な出っ張りが逆に落ち着く。
でも幽霊への恐怖は消えるわけもなく妙に背筋がゾッとするのは変わらず継続中。この際変質者でも何でもいいから魂が身体に宿ってる人ならドンと来い。それ以外は本当に勘弁してくれ。
「おや、お嬢さんこんな夜道に危ないねぇ」
「ひぃっ!!」
急に後ろからしかも結構至近距離から話しかけられて思わず体が飛び上がった。声からして中年の男性だろうか。急いで後ろを振り返りそれが本当に人間なのか確認した。
よし、足があるから幽霊ではない。安全だ。……じゃなくて、
「もしかして家出中かい?最近そんな子が多いねぇ。」
その男の人は何故だかニヤニヤと笑いながらあたしに近づいてきた。どうでもいいがどうして掘り出てきたミイラみたいに両手を前に突き出して寄ってくるのか。手がワキワキしてるのは気のせいであってほしいけど。
「いや、別に家出中なわけではないのですが」
「じゃぁ帰宅途中かい?夜道は危ないからおじさんが送ってあげようか?」
「あ、帰宅途中なわけでもないんです。おかまいなく。」
「夜道には変質者が多いからね、一緒についてってあげようか?」
何故見知らぬおじさんにそこまでされなければならないんだ。おじさんも十分変質者に見えないこともない。変質者でも良いなんで思わなければよかった。本当に来るとは思ってもみなかった。
まぁでも最近の変質者はいきなり抱きついてきたりなんてことがあるらしいからこの人は最初に話しかけてくるだけまだマシな方かな。冷静にそんなことを考えながら幽霊でなくて本当によかったとホッとした。きっと幽霊だったらこんなに冷静じゃいられないだろう。
「今から落し物届けに警察のとこに行くんです。」
「け、警察…?」
「はい、すぐそこの交番に。」
道の向こうを指差す。交番なんてここらへんにあったっけ。と思いながらおじさんの顔を見ると暗闇でもわかるぐらいその表情がみるみる変化した。
「あぁ、そういえば私は用事を思い出してしまった。じゃぁお嬢さん、落し物の主が見つかるといいね。じゃあね。」
「はいさようなら。」
肝っ玉の小さい男だなぁとそのとぼとぼ歩く後ろ姿を見ていた。もっと性質の悪い変質者だったら急所に蹴りぐらい入れるかもしれないけど今回そんなことはなかったので良かった。
あたしでも変質者に声かけられることあるんだなぁ、世の中狭いね。それとも誰でもいいのか。
小さい頃なら昴と二人で歩いていて変な人に声かけられることがしばしばあったけど当時すばしっこく足の速かったあたしは昴を非難させる間に近寄ってきた妖しい人のいたるところに攻撃を食らわしあげくに逃げる。を繰り返していた。今思うとなんて子供だ。
きっと目的は昴だったに違いない。あたしと二人並んだってあきらかに昴の方が目立っていた。ちょっと虚しくなって街灯の下でヘッと口端を持ち上げ笑ってみせる。わかってる。自分は笑ったって可愛くないことぐらいわかってる。
どこかの雑誌に『思い人にあなたのカワイイ笑顔を見せてイチコロ★』と書かれていたがそれはある一定の人にしかできない技だと思う。たとえば昴。あたしには無理。笑顔で相手を落とそうなんて考えたこともない。ようは中身。
っていうかどっちにしろ相手が昴だとあたしはもう諦めてるわけだし意味ないんだけどねー…。
何故今日はこんなにネガティブになってしまうのか。当の目的も果たせないまま暗い夜道を彷徨うあたしはもう帰るか、とすら考えはじめていた。
メソメソ泣いてるよりはマシだと思うだなんてよく言ったもんだ。結局ミケも見つけられないままここでも落ち込んでるじゃないか。
家に帰ろう。そう決意して今まで来た道に踵を翻した。
空は暗い。どっぷり暗い。早く家に帰りたくて歩行速度を速めようかとしながらしばらく歩いてあることに気が付きはじめた。
後から何かだんだんと大きくなっている物音が聞こえてきたのだ。間違いなくこちらに近づいている。これは、足音?多分足音だろうけどそれとまた別に息切れの呼吸音が聞こえてくる。
行き成り話しかけられてもビビるけれどこんな風にじわじわと近づいてくる恐怖の方がもっと苦手だ。人?それとも幽霊?足音が聞こえるけれど自身はない。そもそも幽霊は本当に足がないのだろうか。単なる噂なだけではないだろうか。
だんだん近づいてくる音に内心悲鳴をあげてあたしも走りだした。怖い。怖い。怖い。
人間、極限に追い込まれると無意識のうちに内なる力を発揮するものだ。きっと五十メートル走を計る時より今の方が断然速いと思われる。
「(もう、ほんっとう勘弁してよ神様―――――!!!!)」
死んだおばあちゃん、わたしを守ってください!!!助けて!!!!
このとき勝手に殺してしまったが、おばあちゃんはまだ死んでいない。むしろ実家でぴんぴんしていて今頃テレビみながら煎餅食べて笑っていたなんて知るよしもがな。
そして気が緩んでいたのかもしれない。後ろの何かに肩をがっと掴まれて悲鳴をあげながらこけそうになった。同時に寿命も五年ぐらい縮んだ気がした。
言葉にならなくて口をパクパクとさせていると肩越しに息切れの音が聞こえて顔が真っ青になる。できれば後ろを振り向きたくないものだ。あぁこのままあたしはどうなるの。身体をのっとられるの?
硬直状態でいると背後の何かが大きく深呼吸して、
「さ、っき……」
ん?
「足、はやい……」
そこであたしはやっと体の金縛りが解けたように体が楽になった。この声は、この声は…!!
後を振り向いてそこでやっとご対面。何とも見なれた顔がそこにあったわけだ。
「昴、何してんの……」
「何、って……」
軽く昴に睨まれた気がした。まだ息が切れ切れでうまくしゃべれないみたいだ。
「どうしてこんな夜に?」
「皐月が、こんな時間、に、家を出るから、でしょ」
「はぁ」
あたしのせいなのか。
はぁ、と息を吐いて膝に手を置き身を屈める昴。あたしがこんな時間に家を出るから昴は今ここにいる。………わけがわからない。
「あの、ごめん、よくわからないんだけど」
昴は呼吸を整えてから屈めていた身体をまっすぐにした。屈む昴を上から見下ろしていたあたしは一気に見下ろされる立場となる。
昔はあたしの方が大きかったのにそれは中学で抜かされてしまった。尚も成長を続けた昴は別にそこまで長身なわけでもないが多分170前後ぐらいあるんじゃないだろうか。
あたしは中学で成長が止まった。それでもまぁ162cmはあるから大きい方だけど。
「こんな時間に一人で歩くなんて危ないって。しかも最近ここら辺は変な人が現れやすくなってるんだ。知らないの?」
「あぁ、知ってる、けど。」
まさか自分を標的にされるだなんて思えないし。さっきされたみたいだけど、一人でもなんとかできると思ってた。
「ならもっと危ないって自覚持って。お願いだから。」
そう言うと昴はあたしを手首を掴んで家の方向に歩きだした。自覚を持てと言われても大丈夫だと思ったから外に出たんだがそれを言うと逆にいろいろ言われそうなので黙る。
未だによく状況を把握できていないけどどうやら昴があたしを探していたってことは何となく感じた。
心配、されてるんだろうか。昴が、あたしを?やがて無駄に余計な妄想が広がって顔がにやけていく。今きっとあたしの顔は女の子がするようなかわいらしい笑顔ではなくまるでオッサンのようないやらしい笑みを浮かべているんだろうなぁ。うわあたしってなんて可哀想な奴なんだろって改めて実感するけど。わかってるけど。
「もしかして探してくれた?あたしのこと」
「当たり前じゃん」
ウヘヘ、まじっすか。その一言が嬉しくて嬉しくて調子に乗ったあたしはさらに質問した。もちろん声を抑えて。
「心配、した?」
「それも当たり前」
何を聞くのかというような言葉の返し方だった。
「おばさんが心配してたよ。俺が皐月の家に行ってなかったらどうなってたことか。」
「は………?」
さっきまでニヤニヤしていた顔が一気に引き攣る。今何て言った?おばさんが心配?おばさんってあたしの母親のことだよね。話の成り行きからしてそれしかないよもう。
「と、言いますと…?」
「言いますと、って何が?」
「母さんがあたしが出てったことを昴に言ったの?」
「うん。探してきてってお願いされたから皐月のこと探してた」
え、なにこのオチ。なにこの渇望感。今まで軽々としていた身体が一気に重くなった気がした。気がしたじゃない、重くなったんだきっと。
じゃぁ母さんにあたしを探してくれとお願いされて昴は仕方なくあたしを捜索していたんだ。へぇ、そうなんだ。
「ふーんへぇーほー」
もうハ行の感想しか出てこないよ。何を言っていいやらわからない。
「皐月は何でこんな時間に家を出ていったりしたの?」
グサリと心臓が突かれた音がした。言っておくが別に天からキューピットが舞い降りてきて先っちょにハートのついた矢を放ったわけではない。むしろ悪魔がグへへと笑いながら毒のついた矢を放ったといったほうが正しい。
先程感じた渇望感なんてどうでもいいぐらいあたしの体は硬直した。だってずっと前に家を飛び出していったミケを探しに行きましたなんて言えるわけがない!!ここは話しを逸らすしかないだろうと考えてあたしは逆に昴に質問返しをした。
「す、昴は何でウチの家に来たの?」
「あぁ」
よし、これで話しは逸れた。あとはたわいもない話しでもして何事もなかったように家に帰るとしよう。
「ミケを届けにいったんだ」
その言葉を聞いて頭が真っ白になった。
そもそも母さんがあたしを心配するわけないんだ。だって今日、ミケを探すあたしを見て笑ってたんだから。
そう、まるで何もかもわかっていながら面白いものでも見るように。