2話:仕方ないね
「ちょっと、昴…」
「ごめん、でも…皐月なら許してくれるかなって思った」
いやいや、いくらあたしが昴に甘くっても流石にこれはちょっと……
額に手のひらをあてて溜息を漏らす。学校がない休日の日中、何であたしは自分の家の玄関でこんなに脱力しなきゃならないんだろう。怒る気にすらなれなくて再び昴の腕に抱かれた小さな生き物をまじまじと見た。
また溜息がこぼれる。昴は腕の中にいる子猫を見下ろしてからまた気まずそうな顔であたしを見た。もちろんその瞳の裏には期待という意味もこめられているのだろうけど。
「これ何回目?可愛いのも可哀想なのもわかるけど、拾ってくるってのはナシでしょ。」
「俺だって家で飼えるなら飼いたいけどさ、母さんアレルギーだし駄目なんだって。」
「じゃぁ拾ってくるなよ。どーしでそこであんたは諦めないかなー。」
「だって、親もいなくて一人ぼっちで生きてくなんて可哀想だよ――。下手したら死んじゃうかもしれないし、そう思うと人間も猫も変わらないでしょ?」
「だったら一つの命預かったんならしっかり責任もってよね。」
「だから、母さんアレルギーなんだって…」
「だーーー!!!!もうわかったよ!預かればいいんでしょ!預かれば!!!」
もう本当いい加減にしてくれ!!っていうかそんな目で見つめないでくれ!!
耐えがたくなったあたしは昴の腕の中から猫をひったくって腕に抱える。子猫が弱々しく泣いた。昴はパァッと顔を輝かせてやっぱりいつもの天使のような笑顔で笑う。この笑顔に弱いんだ、あたしは。
「ありがとう!!もうほんっとう皐月大好き!!」
「へーへー」
今更だけど昴はやっぱり優しい。こんな捨てられた子猫を拾ってくるような優しい人間なんて現代においてそうそういない。普通は見て見ぬふり、なんだ。
幼稚園の時初めて昴が捨てられた子猫を拾ってきたときはすごく驚いた。まさか本当に拾ってくる奴がこんな身近にいたなんて!でも昴の家のお母さんは猫アレルギーらしいから猫は飼うことができないらしい。それでも拾ってくる彼って何だ。
最終的にはあたしの家に来て「飼って」とお願いするのだ。捨てられた子犬のような瞳で。当初はその瞳にやられ「うっ」ときたあたしは即座にOKしてしまったわけだ、が、
「これで最後だからね、もう拾ってこないでよ。ぜっったい預からないから。」
「うん、わかってる」
うわ、絶対わかってないな、コイツ。
てゆーかこんなことで『大好き』だなんて言われるとかなり複雑な心境になるのですが、そう易々と口に出して欲しい言葉ではない。しかもあたしに向って。いや他の女の子に言うってのもちょっと複雑だけどさ…。
「でね、名前はね、アルヴァロードタインってのがいーなー。」
「却下」
「え?!何で?!いいじゃん!」
「んな長ったらしい名前で呼べるか!ミケでいいわ、ミケで。」
「そ、そんな捻りのない名前可哀想だって!前はクロだったし」
「あんたの場合逆に捻りすぎて可哀想だ。」
どんなネーミングセンスだってーの。
結局ごくありふれた名前のミケとなった。名前言っただけで猫だってすぐわかっていいでしょうに。昴は不服そうな顔をしていたけど、アルヴァ…なんたらとかいう名前はご免である。この猫だってきっとそう思っているはずだ。
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「皐月、この猫どうしたの?」
不思議そうな顔をして猫を見ながら言う母。あたしはソファに座って、テレビを見ていた。
「貰いモン」
「またぁ?」
「いいでしょ、にぎやかで。」
「猫はしゃべらないでしょう。」
仕方ないわね、と母さんはため息をつきながらあたしの隣に座った。母さんはあたしよりも猫を飼うことに対して抵抗はしない。動物が好きだからだ。
あたしが小さい時に昴から仕方なく貰った猫も簡単に承諾してくれた。まぁ、反対されて昴に子猫を突っ返すこともできないので許してくれるととても助かるけど。
「世話はちゃんとしなさいよ」
「はいはい、わかったよ」
「これはまた昴君が拾ってきたの?」
「まぁね」
口にポッキーを突っ込んだままあたしはテレビ番組がつまらなくてチャンネルを変えた。
同じようなパターンで過去経験のある母にはあたしが猫をつれてきたとき何も言わなくても勝手に理解してしまう。それを一体だれが連れ来たのか、とか。だから毎回話すこともなくて楽だ。
「もう、本当昴君にはあまいわね。いっそ気持ちぶつけちゃえばいいのに。」
「あーのーねー、そんなことしたら気まずくなるでしょ」
「そうかな、案外受け入れてくれそうだけど」
受け入れてくれてたらこんなに苦労してないっつの。どんどん悪態でもつきそうな勢いで顔を顰めて吐き捨てる。
だいたい昴が無自覚なのにも程が過ぎる。もしかしてこの先一生そんなピンク色の感情持ち合わせないんじゃないか、とかそのうちそっち系の道に走ったりしたら…などと日々冷汗たらたらである。
自分も自分で恋をする相手、というよりは世話する相手の方が正しいのではと思い始めている。何なんだこれ。悲しすぎるぞ。
そんな彼があたしの気持ちを受け入れてくれようか?いやまずない。っていうか理解すらされないかもしれない。どうせ『えー何ソレー?』とかちゃらんぽらんな返事が返ってくるんだ。
あぁあたしって本当にめぐまれない女。上玉の男の子と小さい頃から一緒にいるってーのにその子から女という意識すらされないなんて。同時にヒーロー面して昴を守っていた自分の男らしさに嫌悪感が…。
足下に寄ってきた子猫を両手で持ち上げてから膝の上に乗せる。なんだこいつ、なんでこんな人懐っこいんだ。
「その猫、名前あるの?」
唐突に母さんに聞かれてそういえばさっき『ミケ』だんてありきたりな名前をつけたなぁと目の前の子猫を見た。今思うとどれだけ適当なことか。まぁ、今更改名だなんて都合のいいことはできないか。
母さんに向って小さくミケだけどと呟けばネーミングセンスゼロねぇと言われた。こればかりは言い返すこともできない。
「大事に育ててあげなさいよー。ちっぽけでも人と同じ立派な命なんだから」
昴と同じようなこと言わないでよ。不貞腐れてそのまま猫を抱えてソファにダイブした。
ピンポーン
数時間後に家のチャイムが鳴った。
「皐月ー出てー」
「えー何であたしが。」
「お母さんは手がはなせないのー」
「……」
キッチンから母さんの声が聞こえてきて、ほんとに手が離せないのかな、としぶしぶ立ち上がり玄関まで向かった。そこにいたのは先ほど会ったばかりの人物。
昴は手に袋を持って立っていた。
「どうしたの?」
「いや、やっぱり皐月に迷惑かけてるしそれなりのことしないとなーって思って。コレとお詫び。」
右手に持たれた袋を持ち上げてあたしに見せた。昴からそれを受け取って中を見てみればそれはキャットフードとかオモチャとかその他もろもろとりあえずペット用品だった。
袋から猫じゃらしを取り出してまじまじと見つめる。
「あとケーキも買ってきたから、食べて。」
「そんな、悪いよ。」
「いいの。もとはと言えば俺が皐月に押し付けちゃったわけだし。」
はい、と無理やり押しつけられたケーキ箱の入った袋を仕方なく受け取った。
そしたらガチャ、と昴が玄関のドアノブを掴んで出て行こうとする。もう帰っちゃうのか。どうせなら中で一緒にケーキ食べてけばいいのに…。
「じゃ」
「うん」
「皐月」
「うん?」
玄関から出て行こうとした昴は一旦足を止めて振り向いた。名前を呼ばれて不思議に思ったあたしは首を傾げるしかなくて、
「いつも、ありがと。ごめんね。」
本当に申し訳なさそうにしゃべる昴の顔をみて、そんな顔をしてほしくなくて、別に昴が謝る必要ないのにとあたしは苦笑した。
「いいよ」
その時見た笑顔とか、本当は行かないでほしかったとか、なんだこれ、思考が乙女すぎて何かキモイなぁとやっぱり苦笑しながら静かに玄関の扉の閉まる音を聞いた。