1話:あたしと友達と幼馴染
それは放課後の校舎裏での話。
「ねー皐月〜頼むよ〜」
「い や だ」
「ね〜お願い」
「断固拒否。」
ちぇっと諦めたのか目の前の女子生徒は静かに去っていった。
「ふ・・・今日も時間を無駄にする長い戦いだったな」
「何がよ。」
「うわ!真子!!」
まるでひと汗かいたように腕で額を拭う仕草をしたあたしの横で友人である真子が聞き返してきた。そこにいただなんて気付かなかった。
「なぁに、また女の子に迫られたの?」
「…まぁね」
「よほどしっつこい女なのねぇ」
「いやそれがさ、いろんな女の子から言われるんだよ。」
「………それはつまり水無月君が女の子に評判がいいってことなの?」
まぁそーゆーことになるでしょうか。
今月に入って三人目。知った女の子や見知らぬ女の子から声をかけられて何だ何だと思いきや。
「『あたしを水無月君に紹介して』だぁ?ふざけんな。んなもん自分で行けってーの。」
「彼の幼馴染っていうのも大変なのね。水無月君ってそこまで人気あるとは思わなかった。」
(あたしだってびっくり仰天だってば。)
あたしの幼馴染である水無月昴は天然ボケボケで手先が器用で優しくて笑うと天使みたいな男の子である。昔っから女の子に間違えられることもあるほど可愛かった。
別にどこぞの恋愛漫画のように『超人気で全てにおいてオールマイティーかっこいい学園の王子様』的な存在なわけじゃない。顔は…カッコイイというよりカワイイ部類に入るだろうけど成績優秀なわけでもスポーツ万能なわけでもないのだ。
好感が持たれるであろうものはまず性格だ。彼は純粋無垢な天然でそしてとても優しい。笑った顔だってときめくぐらい可愛い。鼻血が出るくらい可愛いのだ。
「それはあんたの考えでしょう」
「真子さん、読心術使わないでください」
「顔に出てる。顔に。」
いけないいけない…。
とまぁ真子が言うように今の説明はほぼあたしの脚色が八割方なのだけれどもでも実際彼の優しさと笑顔に触れてときめいた人は数知れず。過去、小学生の時に女の子と間違えて彼にラブレターを送った男の子も幾人かいるのだ。罪な男である。
恐るべしプリティーフェイス。女の子はカッコイイ男と優しい男には目がないのだよ。かわいくて優しい男の子にもね。
「皐月は得よねー、水無月君と幼馴染なんて。昔っから一緒なんでしょ?」
「ま、まぁ。」
「前から思ってたんだけどさー、幼馴染が水無月君だからこそあんたそんなに男勝りになったんじゃないの?」
「男勝りで悪かったな!」
でも否定できないのが悔しい。実際そうなのかもしれないからだ。
昴のようなかよわい男の子がいつも傍にいたからこそ自分は守らなければならないという本能上の使命感が働き男らしくなったんじゃないのか。なんだこれ、つまり昴のせいなの?
「いやいやいや、だからって昴ほっといたらどんな目にあうかわかったもんじゃなかったし。」
「大変ね。あたしがもし水無月君の幼馴染だったら皐月みたいになってたのか……うーんそれは実に嫌だ。」
「ケンカ売ってんの?ねぇそれケンカ売ってんの?」
まじでしばくぞこのクソ女。外見は勇ましくても心はシャイなんだから!
そうして握りこぶしをつくったところで上方から声が降ってくる。この話題の中心人物のものだ。なんてタイミングの悪いことやら。
「さーつきー、また女の子に言い寄られてたのー?」
「あーら、噂をすれば何とやら」
「真子、そのニヤけた顔をやめれ」
にやにやしながらあたしを見てくる真子に睨みをきかせて二階の窓から体を乗り出している危なっかしい昴を見上げる。あのままいったら落ちるんじゃないの?
昴の質問にもどう応えていいのやら少々戸惑う。そうだよ、と返せば本当に気の毒そうな顔をして彼は言った。
「相変わらず女の子にモテるね。この前も追いかけまわされてたし。」
見とったんか!!
というか彼はどうやら激しく勘違いをしているらしい。何故あたしが追いかけられているかというとそれはあたしのファンだからだと思い込んでるらしい。改めて言うが罪な男である。
でも事実を話すのも気が引けるのでとりあえずそーゆーことにしておいた。昴に好感を抱いている女の子なんだよ、だなんて言えるわけない。
女の子達のお願いを断っているのも彼に女の子を紹介してあわよくば付き合っちゃったり、なんてことがあったら溜まったもんじゃないからだ。もしそうなったらあたしってば単に利用されただけじゃないか。
そして何よりの理由はあたしが昴を昔っから慕っているからなのだ。その、つまり好きなわけですよ。
なるべく周りには気づかれないようにしているし、もちろん本人にだって気付かれないように心掛けている。気付かれたって叶う恋ではないことだってわかってる。
幼馴染の恋だなんてありきたりだけど、現実はそう甘くない。だからばれないように、こっそりと思ってるだけでいい。
「昴、あんたもう部活の時間でしょ、早く行きなよ。」
「あ、ほんとだ。じゃぁね〜」
何となく昴目当ての女の子に言い寄られた後に彼と会うのはきまづい。あたしが。
なので無理矢理話しを切り上げようと部活に行くように促せばそれに素直に従った昴は窓の奥へと姿を消していった。ふぅ、これで一安心。
「あんたって本当に大変ね、他の女から水無月君に紹介してくれって頼まれるだなんて。しかも本人全く気付いてないし。」
それにあんた水無月君のこと好きなんでしょ?
どうやら常に一緒にいる友人は騙せきれなかったようだ。完璧にあたしの気持ちに気付いていたらしい、あなどれないな真子。
項垂れるあたしの背中をポンポンと優しく叩いて慰めてくれる彼女に涙腺がちょっと緩んだ。だって身近な人は誰もあたしの苦労に気付いてくれないんだ。
「こっそり見守るつもりだったのに…あたしこれで昴に彼女できたら立ち直れないかも。」
「心配するな。そんときゃぁあたしがもっといい男紹介してやるから。水無月君よりいい男なんて山のようにいるわよ。」
「うぅ、別に男が欲しいわけじゃないんだけど…。」
「そんな貧相な考えしないの。学生時代は今しかない、青春しようよ。皐月は磨けば可愛くなるんだから。」
磨けば、ってじゃぁ磨かれてない今はどうなんだ。と思ったけど何となく返ってくる答えがわかったから敢えて聞かないことにした。
だいたい磨いたってこの男勝りな性格が早々直せるわけがない。今さらあたしがしおらしいか弱そうな女の子に大変身したら皆吃驚仰天だ。あたしだって吃驚仰天だ。
「まぁでも、水無月君のことだからそんな心配はまだまだ先のことだけどね。」
「だといいんだけどね…。今は部活にお熱入ってるし。」
「彼そっちの話疎そうだもんねー。よかったねー天然な性格で。」
「いや逆に困らせられることあるんだけど…」
周りからの視線とか、ね。
本人は全く知らずにその周りをうろちょろしている自分はまるで昴に踊らされているようだ。仮にそれが故意でなくとも。
「なにはともあれこれからも私の戦いは続くのです。終わり。」
「こら勝手に終わらせんな」
********
急な話だがあたしは家庭部である。
え、キャラが違うって?うるさい放っておいて。あたしは今少しでも女らしく、ヤマトナデシコとなるために地道に修行中なのだ。
…っていうのは建前の話であって本心は部費(毎月五百円)を払えば一か月食べ放だ……いや、料理を作って皆で楽しく食べあうことができるからだ。学校の後は誰だってお腹空くもんでしょ。欲求には逆らえないのだよ。
「誰に言ってんのあんた。どうでもいいけどホットケーキ焦げてるし。」
「う、うぉぁああ!!!」
「それ責任もって皐月食べてね」
ひ、ひどい、まるでその家で大火災が起こったかのような焦げ具合だってのにこれを食えと?
それ以前にホットケーキさえ作れない女って何だ。こんな火を弱めているっていうのに。
「なーに、考え事してたの?恋の悩み?何ならこのそっち系大先輩である私が聞いてさしあげようか?」
「いや…」
そっち系の大先輩だっていうのは単に失恋数が多いからである。間違っても彼女がモテるだなんて思わないように。
目の前でどーんときなさいやらなにやら言っている椿は同じ家庭部で料理、お菓子作り裁縫などできる器用な女の子だ。確かこの部でもっと女を磨くらしい。
まぁいろいろな面でも先輩だろうけど、恋の悩み、か……言ってみようかな。
「恋路の邪魔をする奴…っていうか存在的に邪魔な女って、どうよ」
どうやらあたしは昴に近づく女の子たちにとって邪魔な存在とも思われているらしい。それもそうだ、あんだけ一緒にいりゃなぁ。そう思われても仕方ないか。
そんな関係じゃないんだけどな。あたしの呟きも同然な言葉を聞くと椿はニヤリと笑って上半身を前のめりに乗り上げてきた。
「なんだなんだ、恋路を邪魔する輩でもいるの?そんなのはねぇ、バシッとやっちゃいなさい!バシッっとぉ!恋路に邪魔な存在は消すのみよ」
………
「お前は本当にそっち系の大先輩なんか!?嘘でしょ絶対!」
「行き成り逆切れして何よ!この私の瞳に嘘偽りがあると思って?!」
「ありすぎじゃボケェ!」
恋する乙女とは時に化け物と化することがよぉーくわかった。少なくとも彼女はその一人だ。つまりあたしの現状は今やばい状況ってわけだ。け、消すって、邪魔な存在は消すってあんた…!
「いったいあたしはどうすれば…」
「だから消せばいいんだって」
「お前は黙っとれ」
リンチにあわされる日もそう遠くないのか。
「あれー、皐月まだ帰ってなかったの?」
「お、水無月じゃん」
「昴…」
そこにたまたま通りかかったらしい、窓から昴がひょっこりを顔を出した。この家庭科室は体育館のすぐ隣にある校舎の一階で運動部がよく通り過ぎる。
週に二回しかない活動日にだって家庭部から漂う匂いに寄せつけられてふらふらとやってくる運動部だっているくらいだ。いつもならこの時間はすでに活動が終わっているけど今日は部員があたしと椿しか来なくてのんびりお菓子作りしていた。まぁあたしのホットケーキは失敗したけどね。
首にタオルをかけてちょっと濡れた前髪とか、火照った顔をしている昴はなんと言うかこう、目の保養。多分バスケで練習試合でもしてたんだろう。
昴は窓縁に手をのせて少し身を乗り出した。
「今日は珍しく遅いんだね。」
「まぁ、たまにはゆっくりと何かを作るのもいいかなぁって思って。」
「失敗したけどね。」
「うるさい椿。昴は今部活終わったとこ?」
「うん、今から部室行って着替えるとこ。それにしても何か良い匂いするね。」
あ、これこれ。椿が机に置いてあったホットケーキののった皿を持ちあげた。向こうにある黒い残骸はまぎれもなくあたしの焦げたホットケーキだ。恥ずかしすぎて自嘲する気にもなれんわ。
「うわ、おいしそう。」
椿のはね。
「ほほほ、そう言われると嬉しいわ。ご褒美にちょっとあげる。」
「わーありがとー」
まぁ確かにちょっと多めに作ったし…
「はいアーン」
「あーん」
って、ちょ、
「ちょっとちょっとストップ、ストップ、ストッピング!!!」
「何よ」
「何よじゃねぇよこのアマ!!す、昴になんてことを!!昴!あんた恥じらいってものがないの?!」
「恥じらい?何で?」
何で、って彼女でも何でもない女から「アーン」なんてされて素直に従うなよ!
盛大に溜息をつきたくなってきた。まるで停止をかけた自分が馬鹿のようにも思えてきた。もういいです。続けてくださいあたしのことはほっといて!!
こめかみを押さえてあたしは自分の席に戻った。椿がニヤニヤしてるのは気のせいか。否、気のせいであってほしい。結局昴は椿から渡された別のフォークとお皿で盛られたホットケーキを一枚食べた。もちろんあたしのホットケーキではない。あんなもの食べさせられない。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでしたー」
「じゃ、俺もう行くね」
「あら水無月、もうちょっと話てけばいいのに。」
「いや、でも俺皆待たせてるし。」
ごめんね、と軽く謝って昴は家庭科室から離れていった。その後ろ姿をあたしと椿が見つめる。
「水無月…性格も顔もいい男ね。」
「やめてよその意味深な言葉。笑えない冗談だよホント。ハハハハ」
「…ま、皐月もがんばりなさい。」
「な、何が?!」
案外あたしが思ったよりも、周りに気付かれてるのかも、とか。