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7話: 無くした思い出と忘れたパンツ






手と口元をクリームでベタベタにしながら何とは無しにリビングを見回していた。死んでからまだそんなに経っていないと思うのだけど、懐かしいと思う自分が妙に冷静でおかしかった。

レインがせっせと僕の手のひらと口元を拭いてくれるのをされるがままにぼんやりと壁を見ていたらどこかで、それもつい最近見た事のある物が目に入って2度見してしまった。


テレビの上位置に貼ってあるカレンダーの写真



「ねぇレイラあれって…」


「よく気が付いたわね、そうよこの部屋をコピーする時に見つけて気に入ったから建ててみたの。さすがに室内まではわからなかったから適当だけどね」


そうか、だから初めて見たのに知っている様な気がしたんだ。スイスアルプスの山小屋風ログハウス。毎日何気なく見ていたカレンダーの中の建物だったんだ…




「そろそろ私達も戻らないといけないから最後に注意事項といくつか話す事があるから、しっかり聞きなさい」


まず、この異空間スペースには1日8時間しか利用出来ない(時間や周期は地球とほぼ同じ。ただ1週間という概念は無く、1ヶ月30日で12ヶ月で1年となる)それを過ぎると自動的に放り出される鬼畜仕様


ここに人間は来ない、というか人跡未踏なので大丈夫だとは思うが、万が一にも知り合いになった人間を連れて来るとか厳禁。その前に極力人との関わりを作らない事。

そうでした僕はぼっち確定人生でした…


その代わり、このテーブルマウンテンは正式に僕の所有地と神様から認められた事。この世界の精霊王や龍王など人間以外の主な存在には通達済み(ここへ来る事の出来る存在に限り通達した模様)

自分の所有地、つまりテーブルマウンテンの上に限ってだけど異空間からのアイテム、食料等を出して使用しても良い事。



そして結構重要な話

基本的に異空間は時間が止まっているから食物も腐らないし家具も劣化しない。それはこの部屋で過ごす僕にも言える事で、ここに滞在する8時間は外では時間経過していないという事。


「だから眠くても我慢してなるべく朝方にここへ入る様にしなさい。でないと夜に寝て6時間後に目が覚めても外はまだ夜のままよ。それが嫌なら外の部屋で寝る事ね」



「ちょっと待って!ここで8時間過ごしても外では時間が進んでいないって事だよね?じゃ僕の中の時間は⁉」


「そうねあんた自身の時間は8時間多くなるって事ね。外の時間が進んでないから1日が長く感じるでしょうね。まあその代わり成長も緩やかになるだろうし寿命も少し伸びるでしょうけど、私としては早くこの世界に慣れて外で生活して欲しいと思うわ」



「1日が長い、成長が遅くなる…うう わかったよ!早く大人になりたいから頑張るよ」



「…それから最後に、今からこの異空間の不必要な物は消去するから。元々あんたの希望はバス、トイレ、キッチンよね。まあこのリビングは残すけどそれ以外の部屋は必要無いわよね。それと必要無いアイテム類も消去するわ」



「えっ何で⁉家ごとコピーしてくれるってレイラが言ったじゃないか‼」


「ええ確かに言ったわ。でもここに来てみて必要無いと判断したのよ。あんたは死んでこの世界で新しい人生を始めるのだから生前の想いが残る物は必要無いのよ。だからご両親の部屋も由理の部屋も消去するしあんたの部屋も最低限の必要な物以外は消去する事にしたのよ」


「そ、そんな酷いよレイラ!止めてよ!約束が違うじゃないか‼」



「うるさいわね!グダグダ言うなら全部消去しても良いのよ?あんたのベッドとクローゼットはここへ移しておくから早く自分の部屋から必要な物を持って来なさい」


僕の涙ながらの抗議は聞いて貰えず、グズグズと泣きながらレインに手を引かれ自分の部屋に行った。




「辛いでしょうが、あれはレイラなりの優しさなのですよ。いつまでも生前の思い出に囲まれていたら、悠里はきっと毎日時間ギリギリまで居続けるでしょう?悠里、あなたはこれからこの世界で『ユウリ』として生きていかなければなりません。手違いであなたを死なせてしまった私達が言うのも腹立たしいと思うでしょうが、自分が1度死んだという事実をしっかり認めて、こんな形にはなりましたが新しい身体と命を得たのですからね、ユウリ前を向きませんか?物は無くなってもユウリには記憶があるのだから想いは残っているはずですよ?」



自分の部屋に入って更に涙が溢れる僕をレインが抱きしめて慰めてくれた。恥ずかしさなんて忘れてすがり付く。


「でも父さんや母さん、由理の部屋が無くなるなんて…」



「ユウリ、考えてみて下さい。本来の死と転生というものを。輪廻の輪の中に入れば記憶も思い出も全て洗い流され、全く別の新しい存在になって生れ変わるのですよ?でも今のユウリの心の中には記憶も思い出も残っていますよね?」



そうか、普通に死んだら全部忘れて生れ変わるんだ。由理もそうなんだね…

そう考えると僕はかなりラッキーなのだと思い至った。


「さあ必要な物を選びましょう。私達もそろそろ戻らねばなりませんからあまり時間はありませんよ」


レイラもレインも管理官の仕事があるのだ。ここでこうして居てくれるのも特別な事なんだ。


「うん、凄く寂しいけど…そうだよね、僕はここで生きて行くんだもん。トイレもお風呂もあるし、うん大丈夫!ありがとうレイン」




頭を切り替えて、持ち物を探し始めた。


スマホ…は学校のカバンの中か、仕方ない諦めよう

机の上のノートパソコン

アルバムは…ダメ元で持っていこう

後は本棚のファンタジー小説を何冊か。きっとこれが僕のバイブルになるはず


そしていつか着れるかもしれないからシャツとズボン、パーカー等衣類を数枚。


「お待たせ!これくらいなんだけどレイラに確認してもらうよ」




レインと荷物を持ってリビングに戻ってみたら…驚き過ぎて声も出ないよ


リビングは真っ白な壁に囲まれた四角い部屋に様変わりしていた。

ソファとテーブル、部屋の隅に僕のベッドとクローゼットが置いてある。

キッチンの壁は無くなり対面式のカウンターキッチンになっている。そしてお風呂場とトイレへのドアだろう、ドアノブだけが銀色でやっぱり真っ白な扉があるだけの四角い部屋

さっきまで貼ってあったカレンダーもテレビの横にあった写真も、そもそもテレビも無くなっていたわ


頭では判っていたけれど、あった筈の物がどんどん消えていく喪失感はハンパ無いな…



「遅いわよ!さっさと荷物を見せて!ああこれはダメ、これもダメ、服と本くらいしかダメね」


アルバムはある程度覚悟していたから仕方ない。でも!


「いやパソコンは絶対必要だ。僕は生きていくスキルを何も持っていない。料理のレシピもやり方もわからないし、野菜の育て方、肥料や土を耕す方法さえ知らないんだ。パソコンが無いと、ウィッキー先生に教えて貰えないと僕はどうやって一人で生きていけば良いのか判らないよ」


「そうは言ってもダメなものはダメね」


「姉さんが用意した図書室にその手の本はあるのですか?ざっと見ましたが無いですよね?」


「…確かに無いわね。そうね、いつまでも冷蔵庫の中の食べ物で暮らす訳にもいかないし畑を作るにしても知識は必要ね、仕方ない許可するわ。ただし一方通行で検索のみ。書き込みは出来ないし新しい情報は更新されないわ。あんたが死んだ時点で全ての情報は止まっているし、SNSも出来ないわよ」


「うん!それでも良いよ!生きて行く為の基本情報が有ればいいんだ。ありがとうレイラ!」


「後は本と服だけど、本はまあ良いわ。服は…必要なの?あんた着れないじゃない⁉」


「いつか大きくなったら着れるもん‼」



「大きく、ねぇ…」


何故かレインまで微妙な顔をしている?ぐぬぬっ


たくさん食べてすぐにおっきくなってやる‼




「それじゃ私達は行くわ。あ、そうそう本当は1度行かないと設定出来ないんだけど、今のあんたには当分無理だから、とりあえずテーブルマウンテンの下と樹海の外れにある街道の脇に転移ポイントを設定しておくから、必要な物があったらそのうち買い物でも行きなさい。だけどくれぐれも必要以上に人間と関わらない事と目立たない事、良いわね!」


「う、うん判った。色々ありがとうレイン、レイラも僕の我が儘聞いてくれて本当にありがとう!僕頑張って生きて行くよ!」


「それじゃ元気でね」

「ユウリ頑張って下さいね。困った事があったら連絡して下さい」


レインは小さな声でそう言うと丸いコインがついたペンダントを僕の手にそっと乗せた。

「僕のアドレスが彫ってありますから無くさないで下さいね」


レイン、というか管理官もメールするんだ?


「何してるのレイン!さっさと行くわよ!急いで帰らないと書類の山に埋もれる事になるわよっ‼」


レイラが急かし、レインは口元に人差し指を当てて微笑むと二人は虚空に消えた。



「行っちゃった…」


急に一人ぼっちになって心細いけど、少しずつ慣れていくだろう。だけど真っ白い部屋に一人きりでいるせいか何と無く寒々しい。それに何だろう、何か大事な事を忘れているような気がする…


ん~と、ん、んん⁉



ねぇパンツはーっ⁉



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