36話 転移ポイントとおバカなフェンリル
ちょっとだけシリアス。
「あいたっ!何するのよシリュー!」
調子に乗ってパルドも巻き込み、拳を高く上げ「いつ行くの⁉今でしょ‼」とやったら頭を叩かれた。解せぬ。
「ったく…今すぐ行ける訳無いだろっ。先ずはラーヴァが里に戻ってキリルと話をして人化させなきゃならないし、街へ行くにしてもそう長居はしないんだ。何が必要でどれくらい買うか計画だって立てなきゃ駄目だ。ユウリの事だから、見た物珍しい物際限無く欲しがりそうだからな」
「ぐっ……返す言葉もございません。でも私もうチンご飯飽きたんだもん!ちゃんとしたご飯食べたいよ!早く街の食堂に行きたい!それが駄目ならシリューご飯作ってよ‼」
「おう作ってやるぜ。焼肉で良いか?」
「うっ……やっぱり良い。ねえラーヴァ何時街へ行ける?」
ユウリとシリウスの掛け合いを目を丸くして見ていたラーヴァだったが、ユウリの質問に少し考えている。
「そうさの…キリルの竜玉に【変化の石】を埋め込んで呪を掛けると身体に相当の負担がかかるゆえ、直ぐには動けまい。キリルの竜玉が【石】に馴染むまで3日はかかるの」
「3日かあ…後3日も冷凍食品チンご飯…」
「主殿はそんなに食事に困っておるのかえ?では妾が里に戻ったら代わりにエスカを寄越すゆえ受け入れてくれぬか?エスカも街で暮らしていたゆえ料理も出来るからの。材料も持たせるゆえ楽しみにしていておくれ」
「エスカさん?でも妊娠中でしょ大丈夫なの?それにエスカさん怪我していたよね」
確かサラの妹で翼を怪我していたドラゴンだったはず。
「なに妊娠中でも料理くらい出来る。怪我は古傷ゆえ気にする程では無い。飛ぶには支障があるが人化していれば問題無いからの。それにエスカから街の事を色々聞いていれば3日など直ぐに経ってしまうと思わないかえ?」
悪戯っぽく笑いながら、パルドを手招きして立ち上がった。
「主殿の希望を叶える為に一刻も早く里に帰らねばならぬな。パルドも挨拶をせい。今回は祖父に会わせてやれぬが近いうちにまた主殿に頼んで連れて行くからの。パルドからもお願いするのじゃ」
「ユ、あるジさマ、おいしかっタ。じジさまにいつカあいニいきたイ。おねがイしまス?」
ラーヴァと手を繋いだパルドがたどたどしく言葉を紡ぐ。小首をコテンと傾げた仕草にユウリは我慢出来なかった。
「んんんっ!パルド可愛いいっ パルドうちの子にならない?毎日クッキーあげるよ?私の弟になって!『お姉ちゃん』て言って!」
パコーン!
後頭部から良い音がしてユウリはその場に蹲ってしまった。
「イタイッ‼何するのよ⁉今日2回目だよっ バカになったらどうしてくれるの⁉」
「大丈夫だ。既にバカだからな。クッキーで餌付けするな!後パルドはお前より年上だ!」
「じゃあ『お兄ちゃん』て呼んでもイタイッ」
「とにかくラーヴァ、早く里に帰って街へ行く算段を付けてきてくれ。パルドもユウリにあんまり近づくなよ。食われちまうからな」
「食べないわっ!」
ユウリの様子に何か危ないモノを感じたラーヴァはパルドの手を引いてそそくさと帰って行った。パルドはクッキーに心惹かれているようだったがシリウスがこっそりクッキーを持たせてくれたので素直に帰って行った。
「さて、あいつらが帰った事だし、お前に聞きたい事があるんだが」
「な、何かな?さっきの事はほんの冗談だったんだからね?ホントだよ?」
また頭を叩かれたくないユウリはビクビクしながらシリウスを窺う。
「さっきの事?ああ、それじゃない。転移ポイントの件だ。2ヶ所あると言っていたが、実際に転移した事無いだろ?レイラの事だから大丈夫だとは思うが転移先がどんな場所かユウリは知っているか?」
「ううん。本当は自分で一度行かないと転移ポイント打てないんだけど、私に樹海踏破は無理だから街道沿いの近くとしか聞いてない。後はこの崖の真下だけどそっちは当分用は無いかな。シリューが力試しに樹海に行きたくなったら使えば?」
「やはりな。だがユウリ考えてみろ。転移先が何処かどんな場所か知らずに転移するのは凄く怖いと思わないか?俺は怖いな。転移したらいきなり魔獣とお見合いとかごめんだぜ?」
「そう言われてみれば確かに怖いよね。どうしたら良いかな…う~んとね…そうだサーチ&デストロイ!は不味いから【サーチ】を先にしてから転移すれば良いよね!シリュー今からちょっと練習がてら行ってみる?」
「【サーチ】というのは【索敵】みたいなものか?【デストロイ】って言うのは?いや、いい。何かヤバそうな言葉だと俺の感が言ってる。今からか?そうだな俺も場所を確認したいし、ポイントから街道までの距離も見たいからな。よし行くか!」
【サーチ】を使って転移ポイントの安全を確かめる。敵性マークは付近に見えないので大丈夫だろうと、レイラの魔力を追う。レイラが転移ポイントを設定したので場所が判らなくてもレイラの魔力跡を探れば2ヶ所見つかった。真下のポイントは今回用が無いので、遠く離れた場所にポツンと淡く光るレイラの魔力跡に転移する事にした。
「右良し左良しもう一度右を見て、良しシリュー行くよ!」
転移ポイントは横断歩道ではありません。前後も確認して欲しかった…
そこは木々が生い茂り、ネジ曲がった枝に蔦が絡まるジャングルの様な森の中にあるテニスコート2面程の空き地だった。樹海の中にポッカリと開いた青空から太陽の光が降り注いでいる。
「なんでこんな空き地があるの?」
シリウスと転移してきたユウリは呆気に取られてシリウスを見上げた。シリウスは万が一を考えてフェンリル形態で転移していた。
「ここは…【竜の寝床】だな。レイラの奴…確かにここなら安全だ」
「【竜の寝床】?」
「ああ【竜の寝床】と言っても本当に竜が寝る訳じゃない。ただこうした空き地は樹海の浅い場所に何ヵ所かあってな。この空き地には魔獣が入って来ないんで冒険者達にとってはありがたいセーフティゾーンなんだ。俺も生前は良く世話になった空き地だな」
「なんで魔獣が入って来ないの?」
「竜が時々ここへ降りてきて休憩でもしていたんだろう。竜の匂いがするから魔獣が近づかないのだと思われてきたが、ラーヴァに会ってはっきりした。ラーヴァ達ドラゴンも人化して街へ行くと言っていただろう?つまり、この場所まで飛んで来て人化していたんだ。そして街道まで出てなに食わぬ顔で街へ入っていたんだろうな」
「ああ!ラーヴァ達の変身場所って事ね。でも、ドラゴンさんが来た時に冒険者達が野営をしていたらどうするの?変身出来なくて困っちゃうね」
呑気な質問に溜め息をつきながらシリウスは異世界の現実を教えてくれた。
「その時は【竜の寝床】が【竜の食堂】に変わるだけさ」
「ええええっっ⁉ラーヴァさん人間食べちゃうの⁉」
ドン引きしたユウリは頭を抱えて「私は美味しくないよ!美味しくないよ!」と叫んでいる。
「イタイッ」
シリウスは本日3度目となる一発をユウリの頭にお見舞いしながら話を続けた。
「食べねえよ!確かに低位のドラゴンは魔獣を食うが、それは魔素を上手く取り込めないからだ。ドラゴンの種類も色々あって高位のドラゴン、ラーヴァ達火竜とか水竜とかだな。低位のドラゴンはワイバーンやシーサーペント、バシリスクやコカトリスなんかも一応そうかな。こいつらはこの樹海や海で暮らしているからな。冒険者達と遭遇する事もあるから当然戦いになるし血に酔えば人間を食う事もある。反対に高位ドラゴンは空気中の魔素を取り込んで生きているからな魔獣や人間を食うという様な食事をする必要は無いんだ。それで、何の話だったか?」
「【竜の食堂】だよ。食べ無いなら何故【食堂】って言うの?」
「ああそうだった。なあユウリ、ラーヴァみたいな奴が自分の縄張りである空き地に矮小な人間達が入り込んでいたらどうすると思う?」
「えっと…ぶちのめして蹴り倒して唾を吐いて逆さ吊りして、それから…」
「もう良い!お前のラーヴァ像は間違ってはいないと思うが、それくらいにしておけ。何だか寒気がする。……それでな、人間を食う事はしないが縄張りから蹴飛ばすとか放り出すだろ?そうするとセーフティゾーンの空き地から放り出された人間の末路は推して知るべしだろ?」
「ああそういう事ね。じゃあここに野営するのはある意味博打なんだねえ。生か死か。やっぱり異世界って凄い」
「……ユウリ、お前冷静だなあ。怖いとか残酷だとか思わないのか?」
「ん?そりゃリアルグロは見たく無いけど、それがこの世界の摂理なら呑み込まないとね。目の前で誰かが襲われていたら…いたとしても私にはどうにも出来ないもん」
「それで良いのか?」
「私の生きてた世界はね魔獣もいないし、理不尽に殺される事も、無いとは言わないけど、滅多に無いし実際自分の回りで起きた事は無いからね。暴力という物に免疫も耐性も無いの。だからもし他人が暴力に曝されていても、大概見て見ぬ振りをするの。助けを呼ぶ声は聞こえない振りをするのよ。知らない他人を助け様として自分に敵意が移るのは嫌だからね。私もそう。私は両方の立場になった事がある。暴力を受ける側と助けを求められる側にね」
「……それでユウリはどうしたんだ?」
「私?助けは来なかったし、助けもしなかったよ。先生に助けを求めたけど、自業自得って言われたな。そっかあ…って何だか妙に達観しちゃったんだ。だからこの世界でもそうなんだと思う」
「そうか…自業自得ね。間違ってはいないが…出来る事なら助けたいとは思うだろ?」
「まあ可能ならね。ってヤメヤメ!なんでこんな話になっちゃったかな。それよりシリュー気付いている?」
「ああ、近づいて来てるな。冒険者か?」
「人間なのは間違いないね。3人?ん?子供みたいな気配が1つあるね。全部で4人かな。どうする?」
「どうするって言われても、ユウリ見られるのは不味いだろ!早く帰ろうぜ」
「そうだよね。見られるのは不味いよね…でもあの人達ラーヴァさんと来る時までに居なくなっていると良いねえ」
ユウリが何気無く発した言葉にシリウスは頭を抱えた。冒険者は拠点を決めると3日から長くて10日程拠点を中心に活動するのがセオリーだからだ。
「チッ仕方ねえ。ユウリちょっと耳を塞いでいろ!」
そう言うとシリウスは息を深く吸い、そして 吠えた。
樹海に生えている太い木々が揺れ、鳥達が一斉に空へ飛び立ち逃げ去って行く。地響きがして獣達が逃げ惑っているのが判る。
「シ、シリューやり過ぎ!冒険者さん達が巻き込まれちゃうよ⁉」
「お、おう…まあ運が良ければ街道まで逃げ切れるさ?さあユウリ帰ろうぜ!」
「イテッ」
今日受けた3発分のお返しも込めて、魔力を左足に集めて思いきりシリウスを蹴り飛ばしたユウリだった。




