19話: 美しいろうばとペットの躾
突然現れた謎の美女。深紅の髪を纏め上げ、黒地の着物風の衣装。裾と袖に大輪の真っ赤な牡丹の花が刺繍されていて艶やかさが一層際立つ。
転びそうになったユウリを抱き上げ頬ずりする、美しいお姉さんの正体は炎竜でした。…でしたじゃないっ‼
ユウリを守ろうと威嚇の唸り声をあげるフェンリルのシリウスを犬呼ばわりしてからかう強者の余裕。そんな炎竜のラーヴァがわざわざユウリに挨拶に来たという。
「ドラゴンしゃん…お姉しゃんホントにドラゴンしゃんなんでしゅか?フワァ~こんなに綺麗なお姉さんがドリャゴン…」
ぼ~っとローヴァの顔を見つめて固まったままのユウリにシリウスが鼻面を押し付けて呼び掛けた。
「リ…ユウリ!おい戻って来いっ」
ハッ‼
「ご、ごめんなしゃい。初めまち…てじゃ無いけど、私はユウリと言いましゅ。他の世界から転生ちてきました。この土地で生きていくよーに神しゃまに言われまちた。こちやから引っ越しのご挨拶に行かないとメッだったのに、ろーばさんからわざわざ来てくりぇてありがとごじゃいましゅ」
ペコリと頭を下げるユウリは気付かない。
「ろ、ろーば?ああ老婆か‼クックッアハハハッ」
「黙れこの駄犬が!」
金糸の帯に挟んでいた扇子で笑い転げるシリウスの頭を力一杯叩くと、ラーヴァは呆気に取られているユウリに飛びっきりの笑顔を向けた。その笑顔を見たユウリは何故かレインがくれた包みを思いだしていた。
「ラーヴァじゃ。ろ、では無い。ラじゃ。ラーヴァ。さ ユウリもう一度やり直しじゃ」
ユウリの前にしゃがんで目線を合わせてニッコリと微笑むドラ婆、ゲフンではなくラーヴァにユウリは涙目でコクコク頷いた。
「ラ、ラ、ラーバしゃん…」
最近ヒットした映画じゃあるまいし…
「ラーヴァ、ヴァじゃ」
下唇を噛むように…ユウリの記憶の中で英語の授業風景がよみがえった
「あいっ ラーヴァしゃん!」
「そうじゃ!ラーヴァじゃ。ユウリは賢い子じゃな。それに引き換え…この駄犬ときたら!のうユウリ、こんな駄犬より妾が守ってやるから捨ててきやれ」
扇子で打たれた頭を抱えながらもヒイヒイと笑い転げるシリウス。こんな性格だったろうか…
「ダメでしゅ!シリューは大事な大事なモフモフしゃんなのでしゅ!シリューと一緒に寝ると天国に行けるのでしゅ!ベッドの中でシリューにギュッしてナデナデして全身触りまくるとキャーッなのでしゅ!」
「……そこな犬ッころ覚悟は良いか?……この様な幼気な童女にお主と言う奴は…天に代わって成敗してくれるっ‼」
ラーヴァの全身から湯気の様な真っ赤なオーラが立ち上ぼり、今や尻尾を足の間に隠し込んだシリウスが後ずさる。
「ま、待て待て!待ってくれっ誤解だ‼ユウリってめえ紛らわしい言い方すんじゃねえっ‼これはあれだ、ユウリはフェンリルの毛なみが大好きなんだっ!だからこれはペットの犬と戯れただけで、それに一人じゃ寝れないってユウリが言うから仕方なく添い寝してやっただけなんだっ‼信じてくれっ俺はノーマルなんだアァ‼」
ラーヴァの怒りのオーラに怯えて混乱したシリウスは自分で自分の事を『ペットの犬』と言ってしまった事にも気付かない。
「ふむ…ペットの犬とな?ユウリお主は一緒に寝る程に犬が好きなのかえ?」
「あ、あいっ モフモフ大しゅきでしゅ!こっちに来たばかりで一人で寝りゅの寂しいの…」
ラーヴァへの恐怖からか、それとも一人寝の寂しさを思い出したのかユウリの目には大粒の涙が溢れて来た。
エグエグと泣き出したユウリを見てシリウスはラーヴァに白い目を向けた。
(よしっ形勢逆転!)と、ガッツポーズを心の中でしたシリウスは悠然とユウリに近付いて、溢れた涙を舐め取ってやる。
「よしよし可哀相になあ、一人で寝るの寂しいんだよな?大丈夫だ今夜からまた一緒に寝ような?ベッドの上でたくさん触って良いんだぞ~。ドラ婆は変な想像してヤらしいよな。欲求不満なのかねえ?」
「ほう…良い度胸じゃな犬っころ。ペットの自覚があるのなら大人しく犬小屋に入っていれば良いものを。ユウリ、この変態犬は少々しつけが必要じゃ。妾が良くしつけてしんぜる故にユウリは…そうじゃ!しつけが終ったらお茶にしようか?ユウリはアプチェを知っておるか?」
「アプチェ?知らない…あのラーヴァしゃん、シリューの事メッしゅる?」
どこでどうなってこの様な空気になったのか、ユウリにはまったくわからない。
ラーヴァの名前を言い間違えただけだった筈なのに、いつの間にかシリウスはペットの犬になり、ラーヴァが躾をすると言う。どうもラーヴァとシリウスは気が合わない様で今も睨み合っている。
ユウリは不安で仕方ない。何しろ躾を言い出したのは、この世界で最強であろう竜王ラーヴァである。いくらフェンリルが強いと言っても次元が違うだろう。
シリウスはどうなってしまうのだろう…
16才男子の記憶を持つユウリが冷静に考えればすぐに答が出るのだが、悲しいかな今のユウリは3歳児の体のうえにドラゴンに会えた興奮と緊張で言葉どころか脳ミソまで幼児退行してしまっているので、ラーヴァの怒りの理由が判らない。
いくら考えても、シリウスの【自業自得】という答が出ないのだったマル。
「そうかアプチェを知らないか。アプチェというのはこの世界でも滅多に見つからない極上の果物でな。それはそれは香り高く、甘くてトロッとしていてユウリにぜひとも食べさせてやりたいのじゃ。幸いにも近くの森に有るのを見つけたのでな、この駄犬の躾を兼ねて採りに行ってこよう。ユウリは大人しく待っておれ。良いな?」
「甘くてトロッ?美味しい果物⁉食べたいっ!ラーヴァしゃんよろしくお願いちましゅ!シリューも頑張ってね!」
チョロイン再来?
「お、おいユウリちょっと待て!頑張ってって…おい‼」
「心配せずとも妾は駄犬の躾は得意じゃ、さぁ犬っころ行こうかの?躾が終ったら赤い首輪をつけてやろうぞクククッ」
尻尾をだらりと下げたフェンリルの首を、細くたおやかな姿のラーヴァが子猫を掴む様にして森へ引きずって行った。
南無