13話: トイレと魔法と想像力
この家にはトイレが無い‼
僕には異空間部屋があるし、もともと一人で暮らすつもりだったし、フェンリルさんはお外で…と思っていた。まさか人の姿になるとは予想外!
だいたいこの家はレイラがカレンダーの写真を気に入って創った物だから、内装なんて適当だったんだろう。
「どうしよう、シリューの部屋にトイレが無いよ!お風呂もだ」
「なんだって⁉いや部屋には無くても1階にはあるだろ?」
「ううん無い…そもそもこの家にトイレが無いの…」
シリューは天を仰いで溜め息をついた。
「…まあ最悪、フェンリルになれば森へ行けば事は済むが、そういえば井戸も見ないが水場は近くにあるのか?まさかそれも無いとは…無いのか?」
だんだんシリューの機嫌が悪くなってきた。
「レイラは何をやってるんだ!この空間にあるから外には必要無いとでも思ったのか?あいつ此処へ来たときから俺の存在忘れていやがったしな。ユウリ、レイラを呼べ。レインに連絡してすぐに来させろ」
シリューまじ切れ5秒前!
ノーパソから急いでレインにメールを打つ。『至急!トイレイラ!』
ピコン 『トイレイラとは何ですか?』
『トイレ!レイラ!大至急』
ピコン 『漏れそうですか?我慢出来ますか⁉』
違う‼あーもう!
『すぐ来て!トイレ必要!』
シリューの顔が恐くて漏れそうです…
でも何であんなに怒っているんだろう。レイラと何かあったのだろうか。
「何よ‼」
シリューは静かに怒ってるし、僕はおろおろするばかり。
唐突に現れたレイラはレイラで急に呼び出されてお怒りのご様子…
少し遅れて来たレインはまっすぐ僕の所へ来て包みを手渡した。
「替えを買って来ました」
は?ナニナニ?この包みはまさかアレですか?
レインはニッコリ微笑み、遣りきった感満載です。ありがとう!…とでも言うと思ったか‼
「レイン…今はいてるの高性能パンツだから大丈夫なんだよ?というか漏らして無いからね‼」
「ああ間に合って良かったです。いくら高性能でも量によっては処理に時間が掛かるらしいですからね」
話が噛み合わないよ…レインってこんなんだっけ?
「はあ…取り敢えずありがとう?」
ともかく、シリューのトイレ問題を解決しなきゃ!レイラとシリューの話はどうなったかと、ソファーに座る二人に目を遣れば、二人は睨み合っていて今にも『ファイッ!』とゴングが鳴りそうな雰囲気だった!
「だからっ!あんたには必要無いでしょ外に行けば良いじゃない!だいたい何で人の姿でいるのよ⁉」
「何だと‼俺には必要無いって言うのか⁉だいたい井戸も無いんだぞ?水も飲ませない気か‼ああ違う、いやそれもあるが大事なのはそういう問題じゃない!お前らはユウリがずっとこの空間に入り浸る事が良い事だと思っているのか⁉外がトイレも風呂も無い不便な場所だとユウリはいつまでもこの世界に慣れないんだぞ?時間の流れが違う空間に毎日入り浸る事の危険性は判っているだろ‼」
シリューが何であんなに怒っていたのは、僕の為だったの⁉そういえばシリューはこの異空間を良く思ってないみたいだった。あれは前世の思い出に浸っていてはいけないって事だと思ってた。
「そ、それは判ってるわよ…だけど!」
「だけど、じゃねえ!ユウリの事を思うなら、しっかりこの世界に順応させる様に力を使えっ」
どうしよう、シリューが僕の為に熱く語ってくれてるけど正直この世界に順応は無理!特にトイレについては絶対に無理。何とかしなきゃ!
「あの、ちょっとレイラに聞きたいんだけど僕のトイレとお風呂を外の部屋にコピーして設置する事って出来る?」
「「‼‼」」
シリューとレイラは目を見開いて同時に僕を見た。うん息ぴったり、ホントは仲良しサンかな。
「出来るのか?」
「出来なくはないわ。ユウリの魔力は膨大だしイメージを鮮明にして形にすればたいがいの事は出来る筈よ。だけど…」
「大丈夫だろ?この世界の人間はここには来ないぞ。というか不可能だ。俺でさえ死ぬまで何度か挑んだが、このテーブルマウンテンの影にもたどり着けなかったんだ。俺が到達出来なかったのに他の奴らが出来る筈が無いのだからユウリの世界の道具が人目に触れる事は無い。心配するな。万が一人間が近づいて来てもその為のフェンリルがいるんだ」
その為のフェンリル⁉人間が近づいたらどうしちゃうの⁉ねえ‼
「姉さん、シリウスさんの言う事も一理あります。僕達はユウリの希望を叶えましたが、ユウリにとって良い事では無いと判っていたはずです。確かにこの世界の人間との接触は最低限にするという制約があるので、ユウリが可哀想だと思い異空間部屋を創った姉さんの気持ちも判りますが、長い目で見たらシリウスさんの言う通りかもしれません」
レイラがそんな気持ちで僕の希望を叶えてくれただなんて知らなかった。ううん、レイラはこの部屋しか残さず父さん達や由理の部屋を消した時も僕の為だってレインが言ってた。そもそもトイレやお風呂だってレインが渋っていたのをレイラが許してくれたんだ。
「レイラ…あの僕、この部屋本当に嬉しかったんだ。でもシリュー、シリウスの言う事もわかるし、この部屋と外の時間の流れが違うのはやっぱり嫌かも。だからなるべく外で生活して、シリウスさんと同じ時間を過ごして行きたいと思うんだ。僕がお願いしたくせに我儘言ってごめんなさい」
「…仕方ないわね。本当はあまり教えたくなかったのよ。自分の魔力で前世の便利な道具を創る事が出来ると知ったら、あんた際限無くこの家の中をカスタマイズしちゃいそうですもの」
うっ…!自重する自信が欠片も無いわ。さすがレイラサン良く判ってらっしゃる
「いいことユウリ!何度も言うけど絶対にシリウス以外に見せてはダメよ!ここのキッチンにある香辛料、塩や砂糖も街へ売りに行こうとか考えるのもダメ!とにかく目立つ事は一切しない事。でないと…いえ良いわ。ユウリ約束出来るわね?」
「わ、わかった。ここ以外はやらない。でもなぜ塩や砂糖を売っちゃダメなの?僕はこっちのお金持って無いから、手っ取り早くお金になると思ってたんだけど?」
「ユウリ、こっちで砂糖は貴重品で高いんだ。カップ一杯の砂糖が半銀貨以上する事もある」
シリューが説明してくれるけど半銀貨?の価値が、というよりこの世界の貨幣価値が判らない。キョトンとしていた僕にシリューが気がついて言った。
「ああユウリには後で貨幣価値や物価についても教えてやるが今は我慢しろ。それよりレイラ、目立つ事をするなっていうのは判るが、人間との接触を極力避けなければならないのは何故だ?」
「それは…」
「シリウスさん、その事はまた日を改めてお話しします。まだ二人共転生したばかりですし、もう少しこの現状に慣れて、ユウリもこの世界の事をある程度理解してからの方が良いと思います。今日のところはまず生活環境を整える事に集中するべきでは?」
そう言ったレインをシリューは睨んでいたけど、溜め息一つで抑えたみたいだった。僕は転生前に少し聞いていたけど、他にまだ何か理由があるのかな?う~ん、ちょっと不安。でもレイラやレインならきっといつか話してくれるよね。
「それよりもあんた!あんたよシリウス!何でフェンリルじゃないのよ⁉」
「いや何でって言われてもな…あのままだと玄関から入れなかったしな。それにこの姿でないとお茶も飲めないじゃないか。それに誰かさんは俺を忘れてたみたいだしな」
大声で怒鳴るレイラにシリューは涼しい顔で答えた。至極ごもっともです。
「ぐっっ そ、そんな事よりフェンリルよ‼あんたの魂はまだフェンリルに馴染んでいないんだから、定着してちゃんと融合するまでフェンリルの姿でいなさいって転生前に説明したわよね⁉」
「はあっ⁉そんな事聞いてないぞ!」
「姉さん…また」
レインが横で頭を抱えている。また?ああ了解しました。常習犯なのねイロイロと。レイン頑張れ!
「えっ?言ったわよ、言ったわよ、ねえ?」
「いや、俺は相棒だったフェンリルの器で転生する、としか聞いてない」
「そ、そう…良いわ改めて言うけど、あんたは当分の間フェンリルでいなさい!魂が定着するまで人の姿になるのは禁止よっ‼」
「おいっ それは無いだろ!フェンリルじゃこの家に入れないんだって!」
慌ててシリューが立ち上がってレイラの肩を掴んで揺するのをレインが止めている。
「シリウスさん落ち着いて下さいっ」
「ねえレイン、フェンリルは小さく成れないの?」
3人の目が一斉に僕を見た。怖いよっ
……………!
「「「その手があったか、わ!」」」