百合香ちゃんの災難
「ふはぁ~。やっぱ温かいね~。暖房って最高だね~。ねー朱里ちゃん!」
「そうだね」
僕の片膝の上で満面の笑みになる百合香ちゃん。しかし朱里はむすっとしていて機嫌がよろしくない。元々百合香ちゃんを友達だと思いたくなかったくらい嫌っていたし、トラックの中に招き入れることも、僕が提案しなければ渋っただろう。
だが話して上げるくらいには、仲が悪いという訳ではないようだ。
しかしまあ……いくら幼女とはいえ、二人を膝の上に乗せるのは結構重いな。
「ていうか居るなら居るって言ってよ~。こんなところで朱里ちゃんに会えるなんて奇跡だよ」
「私はそんな奇跡いりませんでしたけどね」
「またまた~。本当は会えて嬉しいくせに~」
百合香ちゃんのその自信はいったいどこからくるのだろうか? 朱里の顔を見れば、会いたくなかったのは一目瞭然なんだけどな。
「そもそも何であんなところにいたんですか?」
それは僕も気になる。
「いや~。久々に男の気配がしたものだから、焦ってきちゃったんだ」
軽く遊びに来たみたいに笑いながら言っているが、男の気配を感じるという時点で、どこかこの子はずれた子なんだろうと思わされる。男の気配ってなんだよ?
「そんで来てみたら、案外ちょ――イケメンが居たから」
「今ちょろそうって言おうとしたろ?」
「これは頂きたいと思って!」
「綺麗に無視するな」
僕はそういうところはちゃんとしたいから、ガードは堅いほうだからな。その場の空気とかに流されない男だから僕って。
「それでお兄さん」
百合香ちゃんの唐突のお兄さん呼びに体が後ろに反らされる。しかし彼女にはそんなこと関係ないのだろう。体を密着させて誘いに来てる。
「百合香と一発ヤッテいかない?」
「お前こんな公衆の面前でよくそんなこと言えるな」
萩野さんは先程から話しには入って来てはいないが、というかもう関わらないようにしているのか、真顔で運転している。朱里はジトッ、っと僕を睨み付けて、流されたら殺すとでも言いたげな表情だった。
「悪いけど僕も捕まりたくないからね。お前とはそういうことはできない。そんでビッチはお断りだ」
僕の初めては、初めての子に捧げると決めているのだ。明らかに何人も男食ってきましたみたいな子に上げる訳にはいかない。
「百合香。まだ処女ですよ?」
「はい?」
「いえだから、まだ誰ともしたことはないんです。お兄さんが最初の人です」
少し心が揺らいだのは言わないでおこう。
いけないいけない。流されてはいけない。この子は童貞を殺す童女志士。きっと童貞ならば誰でもウェルカムなんだろう。そんな子とする訳にはいかない。
「だとしても――」
「それに、お兄さんは百合香をこうして中に入れてくれましたし、普通に好きです」
なんだろう……朱里なんかよりもトキメクんだけど、これが保護欲というものなのだろうか?
「お兄ちゃん?」
朱里さんのドスの聞いた声で我に返る。うん。駄目だよね。知ってる知ってる。僕だって捕まりたくないし。こんなお誘いはお断り――。
「それに百合香……こう見えてバストは育って来てる方ですよ?」
「えっ?」
そう言って百合香ちゃんは僕の手を自分の胸に持って行く。ふにっ、っと触れた感触は、服装も相まってちゃんと胸だと認識できるくらいにはあった。
これは将来が期待できるぞ!
「この浮気者ぉぉぉ!」
朱里の強烈な平手打ちが顔面に炸裂した。パチーンといういい音がする。
「やっぱり胸か! 胸なんだな! このロリコンおっぱいお化け!」
「まて誤解だ。胸はあるにこしたことはないが、ない者にもない美徳という物があって、けして大きいだけがいいというものではない! 胸の大きいだけの漫画やアニメなんて見るに耐えん!」
「だとして今百合香ちゃんのおっぱい触ってこれはいいな! って顔した! 浮気だ! これは明確な浮気行為だ!」
「百合香ちゃんの胸を触ったのは不可抗力だ! 僕の意思ではない!」
抵抗はしなかったけど!
「……もしかしなくても。朱里ちゃんの婚約者さん?」
百合香ちゃんの問いに、僕は頷く。すると百合香ちゃんの口角がニヤリと吊り上った気がした。
「ふ~ん。そっか~朱里ちゃんの婚約者さんか~。これはいいこと訊いちゃった~♡」
そう言い終わると、百合香ちゃんは僕の頬にキスする。突然のことに、動揺する僕と朱里は動けずにいた。唇が触れた感覚が頬を伝わり、脳が明確な処理をしたときに、キスをされたのだとわかる。
唖然として、百合香ちゃんの唇が触れたところを手で触る。朱里は、みるみる顔を赤らめていた。
僕と朱里が動揺しているのが面白いのか、百合香ちゃんはクスクスと笑っていた。
「お兄さん。百合香は決めましたよ? これから百合香は、お兄さんを朱里ちゃんから奪ってみせます」
「何で僕なんだ?」
「面白いから!」
ニパッ☆ という効果音が聞こえるくらいの愛され笑顔に、どう反応していいのか困る。
「百合香ちゃん?」
朱里の冷めた声に、百合香ちゃんはビクリと体を震わせた。かくゆう僕もビックリした。恐る恐る朱里の方を見ると、憤怒の形相で百合香ちゃんを見た後、強烈なデコピンが炸裂した。
さっき僕にくらわせた平手打ちよりも強力な一撃だった。そのせいで百合香ちゃんは完全に伸びている。
「お兄ちゃんにもしてやりたいのはやまやまですが、今回に限りは見逃して上げます」
「……ありがとうございます」
プイっとそっぽを向いた朱里。身の振り方を少しは考えた方がいいですよ、とでも言いたげな雰囲気だった。
曲がりなりにも婚約者の前でこんなことするのはいけないことだろう。それにこの子だけではなく、童女志士が他にも居るとなると、捕まらないためにも頑張らなければな。
「あ~。すまん、一ついいかな?」
萩野さんが苦笑いしながら言った。
「なんですか?」
「今更言うのも何だけど。そんな薄着の二人を膝の上に乗っけてたら、流石に捕まると思うけど?」
「……」
何て言うか、自分から首を締めにいっているよね、僕って。
本当この先、どうなるんだよ。