一つで充分なんです
枕を決めた僕たちは、そのまま布団コーナーに足をのばした。今あの家には布団と呼べるものが何一つないので、これも購入しなくてはならない。
まあこれくらい直ぐに決まるだろう。なんて軽く思っていたのだが、こいつらがいてそんなことがある訳もなく、現在僕は己の貞操の危機を回避するために攻防を繰り広げてる。
「シングルベットにしましょうよ。それで一緒に寝れば問題ないです!」
「寝るときくらい一人で静かに寝かせてくれよ。それにあの空間に普通にシングルベットがあったら、割りと邪魔だぞ? 敷き布団で充分だ」
「寝るところなんて一つで充分なんですよ! 敷き布団じゃ人数分のお金かかります!」
朱里はなんとか僕を説得するべく、敷き布団の欠点だとかなんだと口うるさく言っているが、シングルベット一つじゃ確実に朱里が中に入ってくるだろう。そうなると襲われるのは必須だと言えよう。布団のほうが一応離れているから、まだ危険性は薄いはずだ。
「百合香は二段ベットで朱里ちゃんと寝たいな~」
「あなたは黙ってなさい年中発情期」
「朱里ちゃんにだけだよ♡」
そのままハグをする百合香をうっとうしそうにしながらも、僕の説得はやめようとはしなかった。
「それに一応、私のお金なんですけど?」
「お前……」
一文無しだから仕方がないとはいえ、それを交渉材料に出すのは卑怯という物じゃないだろうか?
「だってそうでもしないと一緒に寝てくれないじゃないですか」
「そりゃそうだけどさ~」
夜くらい一人でゆっくり寝たいものだ。
朱里は頬を膨らませてジトっと視線を向けてくる。そんな目で見ないでほしいが、僕の言い分も聞いては欲しい。
「……わかったよ。この際布団は一つでもいいからさ、敷き布団にしてくれないか?」
別に僕が生前、敷き布団だったからと言う訳ではないのだが、あの狭い部屋でベットを置くとなると、かなりの幅を取ってしまう。それよりも、毎日畳むことにはなるが、敷き布団の方が場所は取らない。場所を取らないというのが、なによりも大事なことだ。
「むう。私はベット派なのですが」
「百合香は布団の方が好きだな~」
「私も今日から布団派になりました」
その対抗意識な。面白いからいいけど、そんなに張りあってて疲れないのかこいつ。
「じゃあ布団は一組で大丈夫ですね」
「三人で寝るの?」
「あなたは床で充分でしょ?」
百合香ちゃんの素朴な疑問を、ばっさり一刀両断し、さらには罵声を浴びせるという、まさにSの鑑みたな反応を示す朱里。その罵声がだんだん快感に変わって来ているのか、百合香ちゃんは最初ほど反論しなくなっていた。
むしろちょっと頬も赤くなってるし。今後はそっち方面になっていくのだろうか。
ていうか、かなり今さらなのだが。
「百合香ちゃんも朱里の家に住むのか?」
「えっ? うん。そうするよ?」
初耳なんだが。
朱里はなんとなく察していたのか、嫌そうに眉根を寄せている。
僕自身は嫌ではないが、朱里よりも性的対象で見れてしまう百合香ちゃんが家にいるというのは、聊か困るところではある。まあどっかのライトノベルみたいなことにはならないと思うが、むしろなった時はどうしようか……。いや、百合香ちゃんどうこうより、朱里さんが怖いというか。
本気で年下の少女にビビっている。実際この中で一番ヒエラルキーが上なのは朱里だろう。まず間違いない。僕は女の子相手に強く出れても、肝心なところでは折れてしまうので、最悪百合香ちゃんよりも下だろう。
情けない話だ。でも草食系男子ってこんなもんだろ?
「まあ百合香ちゃんを外に追いやる方法は後日考えるとして」
「朱里ちゃんは手厳しいね」
「これで毎日一緒に寝れますね♡」
ここぞとばかりに腕を組んでくる朱里。今日から寝不足の毎日がくると思うと、結構優鬱です。