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【episode8 〜雷の刃〜】

 毒染虫がシュベルツに侵入したことは、すぐに生徒達や学園都市の人々に知れ渡った。

 しかし、被害の情報は流れることなく、毒染虫の侵入と討伐成功の結果だけが知れ渡っていた。


「被害に遭った住宅街の人間の遺体を迅速に処分して、事実を隠滅した。……そういうことだろ? 」


 ハルトがそうはっきり向かって言ったのは、生徒会長のイシュダルだった。翌朝、登校直後に授業そっちのけでミルと共に生徒会室に向かったのだ。


「ええ、そうよ」


 イシュダルはあっさり言って退けた。

「何故昨日の事実を都市民に教えない!? 結界は完全な平和を守れない! それは昨日の出来事で十分分かっただろ!? 」

 目の前の机上を叩いて怒りを見せた。それに驚いたのはイシュダルではなく、隣に立っているミルだ。大きな物音で驚いたのもあるが、一番はハルトが怒りの感情を剥き出しにしていることだった。


「……学園長の指示よ」


 学園長?


 ハルトとミルはまだ、転入して学園長に一度も会っていない。聞けば学園長は他国と外交のため、ここ1ヶ月ほど出張中だと言う。


「帰って来たら、俺がその学園長に文句言ってやる! 」


 ハルトはそう言い残して、生徒会室から出て行った。ミルもその後ろへ着いて行く。


「ハルト君……私だって、本当は怖いのよ……」

 イシュダルは誰もいない部屋で、一人俯うつむき呟いた。




「なあミル、俺警衛隊には入らねえことにしたよ」

「うん。ハルトならそう言うと思ったよ」


 校舎の屋上のベンチに座り、ハルトは青く澄み切った空を見上げてそう言った。

 警衛隊に入れば、恐らくその学園長の指示通りに立場上動かざるを得なくなる。しかし今日、ハルトの中でその見知らぬ学園長の信頼は地に堕ちた。その男の命令など聞くつもりはない。


「ミル、俺が昨日言っていた悪夢の話、覚えているか? 」


 お互いに目を合わせず、屋上から見えるシュベルツの景色を眺めながら話す。


「覚えてるよー! 毒染虫がこの都市に侵略して来る夢でしょ? それがどうかしたの? 」

「その夢でさ……ミルが、母さんと同じ様に巨大蜈蚣型の毒染虫に喰われたんだ」


 ハルトは話を続ける。


「俺さ、もう誰かを失うのは嫌なんだ。レオルや生徒会長、……あの女も入れておくか」


 あの女とは、勿論ツバサのことである。


「まだここに来て3日目だけど、俺はここの都市民を守りたい。それは守る力がある奴の使命だと思うんだ」

「私もそう思うよ! みんな優しいもん! 今までこんなに私に優しくしてくれたの、ハルトだけだったもん! 」


 ハルトは空を見上げたまま、ミルの右手の指に自分の左手の指を絡める。ミルもそれを全く拒まない。むしろ、それを受け入れるようにギュッと握った。


「ミル、だから俺達でシュベルツを守ろう! それで……俺はミルも守る! ミルは、俺の家族だからな……」


 小っ恥ずかしそうにハルトは右手の人差し指で頬を掻く。


「家族……」


 ミルは小さく呟いた。

 そして、満面の笑みでハルトに抱き着いた。


「嬉しいよハルトー! 家族家族ー! じゃあ私とハルトは夫婦ってことになるんだね! 」

「く、苦しい……って、何でいきなり夫婦になるんだよ!? 」


 ミルは自覚していないが、抱き着いた際に腕でハルトの首を締めてしまっている。

 ハルトが悶絶もんぜつしていると、そこに


「不純異性交遊はダメですわ……」


 と囁く声が聞こえて来た。

 ハルトもミルもその声に気付き、屋上への入り口に立つ声の主を見付けた。


 そこに立っていたのは、分厚い本を手にし、紫色の綺麗なロングヘアの美女だった。それに加え、抜群のプロポーション、黒縁の眼鏡を掛けているその姿は、何とも大人びている。着ている制服を見ると、戦闘教育科の生徒の様だ。


「あー! ハルト、鼻の下伸ばしてるー! 」


 ミルはその美女を見つめているハルトを指差し、少し腹を立てている。


「の、伸ばしてなんかいねえよ! 」


 必死に言い返すが、ミルの言っていることは事実だった。

 すると、その美女はハルト達の目の前までやって来た。そして、二人の匂いを嗅ぎ始めた。


「ちょ、ちょっとアンタ、何してんのよ!? ハルトー! 」

「俺も分からねえ! 止めろてめえ! 」


 抵抗すると、その美女はぴたりと行動を止めた。

 ホッと息を吐く二人。しかしその瞬間、その美女が凄まじいスピードで、手にしている本を読んだ。


 我 いかずちの神の契約者なり 雷神の力を与え給え


 そしてその美女はハルト達に左手を伸ばし、掌を向けた。すると、左手に黄金に輝く魔法陣が浮かび上がった。


 ま、まさかコイツ!?


 美女が本を読み始めてからの僅か2秒程の時間で、ハルトは咄嗟に判断した。ミルに跳び付き、床に倒れ込む。


 恐らく、判断があと1秒も遅ければ、二人とも致命傷を負っていたに違いない。下手をすれば死んでいた可能性もある。


 そして、美女の左手の魔法陣から、ハルトが立っていた場所へ向けて一瞬の雷が放たれた。

 その雷の威力は、屋上の分厚い壁を貫き、その周りを焦がしていた。


 さっきまで俺が立っていた場所……

 もし俺の判断が遅れていたら……


 そう考えると、冷や汗が止まらない。


「ちょっとアンタ! ハルトに向かっていきなり何すんのよ!? 危うく死ぬところだったじゃない!? 」


 ハルトの身の危険のはずだが、一番怒っているのはミルだ。

 それを聞いた美女は、

「ええ、殺すつもりで撃ちましたもの」

 とあっさりそう言った。


 すると、ミルが案の定激怒した。

「だったらこっちも殺すつもりで戦ってやるわ! 」


 しかしその美女は、ハルト達に背を向け屋上の入り口へと歩いて行く。

「ちょ、ちょっと! 何逃げてんの!? 待ちなさいよ! 」

 ミルが追い掛けるが、

「良いものを見せて貰いましたわ。……それではご機嫌よう」

 こちらに一礼して、美女は屋上から出て行ってしまった。


「全く、自分勝手な奴だったな。……どうしたんだ、ミル? 」


 ハルトの下に戻って来たミルだったが、顎に手を添えて何か考え込んでいる。


「ハルト、私が殺気を感じられるのは知ってるでしょ? 」

「ん? おう、知ってるぞ」

「だけどあの女からは攻撃する前もする時も、殺気が全く感じられなかった。……元から外すつもりだったのか、それとも戦闘に長けた手練なのか……」



 午前中の授業を終え、食堂でレオルと昼食を取ることにした。そしてハルトは、屋上にいた美女の話をレオルにする。

 すると、

「その人は、戦闘教育科三年のアリシアさんだな! ……なかなか図書室から出て来ないのに、今日は珍しいな? 」

 レオルはその美女を知っていた様だ。


「そのアリシアって女、一体何者なんだ? 」


 ハルトはレオルが奢った定食の焼き魚の身をつつきながら尋ねる。


「うーん、俺は噂でしか知らないんだが、攻撃魔法においては学園一だそうだぜ? 生徒会長のイシュダルさんと互角の腕らしい。それに……スタイル抜群の美女って噂だぜ! 」


 イシュダルの実力は分からないが、レオルの言い方からしてイシュダル、そしてアリシアはかなりの実力者な様だ。


「……俺、もう一度あの女に会ってみてえなぁ」

「お! お前も、少しは女に興味があったんだな! 」


 ハルトの呟きに、レオルが瞬時に反応した。慌ててハルトはその誤解を解く。


「ば、馬鹿! そういう意味じゃねえよ! ……俺は、学園最強を目指す。誰の指図も受けねえためにな」



 そして、昼食を済ませたハルトは三階の図書室へ向かった。もう一度アリシアに会うために。


「……ここだな」


 図書室の前に辿り着いた。ドアノブに手を掛ける。そして、勢い良くドアノブを引いた。


「おいアリシア! 俺と勝負……」


 図書室に入ったハルトはそこまで言うと、目に飛び込んできた光景に言葉を失った。

 そこには解剖された牛や豚、昆虫に更には人間の遺体までもが、複数乱雑に転がっていたからだった……


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