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【episode7 〜侵入者の刃〜】

 学園都市シュベルツに押し寄せるおびただしい、無数の毒染虫。逃げ惑う都市の人々。勇敢に戦うも、毒染虫を前に無力な生徒達。ハルトはその光景をただただ眺めているだけだった。


「助けてー! ハルトー! 」


 ミルが助けを求めている。巨大蜈蚣に身体を咥えられたまま身動きが取れない。

 手を伸ばすが、ミルは巨大蜈蚣に身体を食い千切られた。

 そして、信じられない光景を見たハルトは、突然目の前が真っ暗になった……




 はぁ……はぁ……


 ハルトは意識が現実に戻っても放心状態になっていた。どうやら今見ていたのは夢だったようだ。

 ハルトよりも早く実力テストを終えていたミルは、ハルトの異常に気が付くと、すぐにカプセルからハルトを引きずり出した。


 ハルトの叫び声は現実でも出されており、それまで教室で授業を行っていた生徒達も心配そうにハルトを見ている。

「コレはダメですね。精神状態が安定していない。……全く、転入生と言っても所詮は外部の人間ですね」

 眼鏡をかけた男教師は、ぐったりと倒れているハルトを見てそう言った。


 その態度、そして言葉にミルは怒りを隠せなかった。

 ハルトを「コレ」と言ったこと、生徒を内部と外部に区別して対応していること。そして何より、ハルトのことを何一つ知らない人間がハルトの悪口を言うことが許せなかった。


「おいお前! 」


 ミルは黙っていられなかった。

「やあ君は優秀だったねミル君! やはり転入して来る程の実力はあったみたいだ! 」

 男教師は眼鏡の奥の目を輝かせ、ミルの両手を握った。

「君は我が校、そして我が都市の中でも実力者の一人だ! これから君は特待生になってもらう! 」


 特待生……

 一般生徒がそれを聞いたら泣いて喜ぶだろう。学校の中でもあらゆる権力と地位を手にし、支援金として学校側からお金も貰えるのだ。

 しかし、今のミルにはそんな餌を与えても喜びはしない。


「ふざけんじゃねー!! 」


 男教師が逸材を手に入れた喜びから満面の笑みを浮かべた。その瞬間、男教師の顔面にミルの渾身の右拳がり込んだ。


 うごぉあぁぁぁぁ!!


 男教師の眼鏡が割れ、鼻が砕け、鼻からは大量の鼻血が溢れた。歯も何本か折れている。男教師は痛む鼻を、止血のため押さえた。


「何故!? 何故いば、わだじ(私)がだぐだででば(殴られねば)いげだい(いけない)んでずが!? 」


 ボロボロになった歯や、口に入った鼻血の影響などで男教師は上手く話せない。ミルは、「もう一発殴る」とでも言う様に、血の付いた右拳をもう一度構えた。


 ひいぃー!!


 男教師は慌てて教室から飛び出して行った。

 すると、ハルトがゆっくり起き上がっていた。ミルはすぐに駆け寄る。

「ハルト、大丈夫!? 」

「……ああ。ちょっと嫌なこと思い出しただけだ」


 ハルトが嫌なことって?


 ミルは自分が知らないハルトの過去を知りたいのだ。ハルトのパートナーである以上、ハルトの全てを知りたい、そう思っていた。

「……あー、俺は大丈夫だから気にしないでくれ」

 ハルトは自分を心配そうに見つめる周りの生徒達にそう言った。生徒達は授業に戻り、ハルトはジッとその光景を見つめていた。

「どうしたのハルトー? 」

 ハルトは何も言わずに生徒達を見続けている。ミルは不思議に思ったが、数分経つと突然、ハルトが口を開いた。


「このままじゃこの都市は危ないな」

「……え? 」


 すると、黙ってハルトは教室から出て行ってしまった。

「ま、待ってよハルトー! 」

 授業中ということを忘れ、慌てて追い掛ける。

「急にどうしたの? 具合悪い? 」

 ハルトの左腕を掴み、足を止めさせた。するとハルトはゆっくり、こう言った。


「……毒染虫がこの都市に侵略して来る夢を見た。ついさっき、眠りについていた時だ」


 ハルトの夢は正夢になることが多い。特に悪夢はほとんどだ。それはハルトと、常にハルトの隣にいるミルだけが知っている。数々の修羅場を潜り抜けて来たからこそ分かる。


 しかし、

「あははは! ハルトー、冗談言わないでよー! この都市は都市全体が結界で覆われているんだよー? 毒染虫がどうやって侵略するって言うのー? 」

 と、ミルは話を聞かなかった。


「……正夢にならなければ良いんだけどな……」


 ミルは普段とは少し雰囲気の違うハルトに気付いた。


 いつものハルトと何かが違う。何か遠くを見つめる様な目をしている……


 今分かるのはそれだけだった。

「ハルト、具合悪そうだから保健室に行こーよ! 私も着いて行くからー! 」

 そう言ってミルは、強引に一階の保健室へとハルトを連れて行った。



「おうハルト! ははっ! 何だ、お前も怪我したのか? 」


 保健室には、丁度レオルが右足の怪我を手当てして貰っていた。その隣にはツバサもいる。

「いや大して怪我なんかしてねえけどな。ミルに連れて来られた。……それよりお前は何をしたんだ? 」

「俺はツバサとフォーメーションのチェックをしていたんだよ。 そうしたら、隣の班の奴とぶつかっちまってな」


 レオルは保健室の女の保健医に包帯を巻き終えて貰った。

 保健医は、短めのスカートに白衣と、大胆な格好をしている。

「レオル君はいつも保健室に来るんだから心配なのよ。出来るだけ保健室なんて来ない方がいいわ」

「分かってますよ先生! 」


 鼻の下を伸ばしているレオルの爪先を、隣に立っているツバサが強く踏み付けた。レオルは爪先を押さえ痛がる。

「でも二人でフォーメーションって出来るの? 」

 ミルが聞くと、

「二人でも案外戦えるのよ? この前は第10班に負けちゃったけど、今度はあんな風にはいかないわ! 」

 と、ツバサがグッと拳を掲げて言い切った。


「お前らはフォーメーションを組んで何と戦う? 」


 ハルトは不意に言い出した。

「……え?」

 と、ツバサとレオル、ミルまでもが聞き返す。


「お前らは、訓練をしていれば大丈夫、訓練をしていれば平和は続く、そう思っている。……毒染虫との戦闘はそんな甘い考えでいたら、簡単に命を落とすぞ? 」


 ハルトの目は本気だった。何も言い返させない気迫を感じる。

 しかし、負けず嫌いの性格であるツバサがハルトに食って掛かった。

「何で偉そうにアンタに説教されなきゃいけないのよ! 私はそんな簡単にやられたりはしないわ! 」

「本気でそう思ってんのか? 」

「ええ、そうよ! 文句ある? 」


 本気のハルトに言い返すツバサ。口論が続きそうな雰囲気を止めたのは、校舎のサイレンだ。サイレンの後、校内放送が流れた。


「な、南南東の住宅街の地面から毒染虫が侵入! か、数は一匹、蚯蚓ミミズの様な姿との報告! ……副学園長の指示により、第8、9、10班は討伐に向かって下さい!! 」


 放送の生徒の声は震えていた。初めての毒染虫の侵入。驚き、動揺してしまうのも無理は無い。


「私も討伐に向かうわ! レオルはそこで待ってなさい! 」

 何やらツバサは嬉しそうに保健室を飛び出して行った。

「本物の毒染虫……またと無い相手だわ! 」

 恐らく毒染虫を見縊みくびっている。


「ハルト、ツバサを見に行ってやってくれないか? アイツと俺は幼馴染みなんだが、アイツは無鉄砲なところがあるんだ。俺はアイツが心配で仕方がない。……頼む」

 ハルトが黙っていると、

「任せてよレオルー! ハルトと私がツバサを守ってあげるからー! ねー、ハルトー? 」

 ミルがそう言うとなれば断れない。


「……じゃあツバサを守ったら、今度何か奢れよ? 」

 そう言ってハルトとミルは毒染虫のいる場所へと走って行った。




 シュベルツの地図がないまま飛び出してしまい、少し時間が掛かったが、なんとか毒染虫が侵入した住宅街に着いた。すると、被害は小規模だが、悲惨な光景が広がっていた。蚯蚓ミミズが飛び出して来た大きな穴がいくつも空き、人々の死体がいくつか転がっている。住宅街の地面は、人々の血で赤く染められていた。その中には、シュベルツ学園の制服を着た生徒の死体もあった。


 地面に空いた大きな穴……

 見る限り、相当巨大な大きさ、そして強大な強さを誇る毒染虫に違いない。


「ミル、蚯蚓ミミズの気配分かるか? 」

 ハルトがそう尋ねると、

「うん。……場所は特定出来ないけど、ここから半径200m以内にいるのは分かるよ」

 とミルは目を閉じて答えた。


「でも、何で結界が張られているのに毒染虫が侵入したんだろう? 」

 ミルの質問に対して、ハルトは地面を指差した。

「地中には結界が張られていなかった。……そういうことだろ? 」


 おおー!!


 ミルは感心しているが、何故かハルトは考え込んでいた。

「どうしたのハルトー? 」

「いや、何か引っかかるんだ……」

 しかし、今は時間を食っている暇はない。考えるのは後にした。


「ミル、ここなら大丈夫だ。……頼むぞ」

 ミルは黙って頷き、身体から一瞬の光を放つと、漆黒の刀へと姿を変えた。

「じゃあハルト、私の命預けるからね」


 周囲の殺気を感じようと五感を研ぎ澄ませる。すると、

「きゃあぁぁぁー!! 」

 と、女の叫び声が聞こえた。同時に何発もの銃声が鳴り響く。

「今の声……ツバサだよ! ハルト、聞こえたよね!? 」

「大丈夫だ。任せろ! 」


 住宅の屋根に上り、その声のする場所を見た。すると、5人と共に逃げ惑うツバサの姿があった。

 そして、それを追い掛けるのは……体長凡およそ20mを超す程の巨大蚯蚓ミミズだった。身体をうねらせ、鋭い歯で人間を噛み千切る。それがその毒染虫の行動パターンの様だ。


 ツバサの周りの生徒は果敢に攻撃を仕掛けるが、腰が引けた攻撃は、蚯蚓に擦り傷一つも与えられなかった。

 すると、蚯蚓は腰を抜かし、立つことの出来ないツバサを次のターゲットにした。


 これ以上被害を出させるわけにはいかない。ハルトは屋根から蚯蚓に向かって飛び降り、そのまま斬り掛かった。しかし、蚯蚓の反応は速く、かわされてしまった。


「やるじゃねえかよ蚯蚓。てめえの相手は俺だ。かかって来い」


 蚯蚓は目の前のハルトを狙い始めた。先程までとは違う、素早い動き。蚯蚓は何度もハルトに鋭い歯で襲い掛かる。

 ハルトはその歯を黒刀ミルで防ぐ。真っ向からぶつかれば力で押し負け、後方に弾き飛ばされる。そして、起き上がる前に身体を食い千切られてしまう。

 そう考えたハルトは、身体の横に黒刀を振り払い、攻撃を正面から受けずに受け流した。


「さすがにこのサイズだとかなり強えな」


 一撃一撃が重い。受け流してはいるものの、衝撃が無くなるわけではないのだ。


 ……長期戦は不利になるな


 ハルトは次の一撃で蚯蚓を仕留めることに決めた。失敗すれば当然待つのは「死」だ。しかし、恐れている場合ではない。


「悪いが決着着けさせてもらうぜ」


 ハルトは再び近くの住宅の屋根に上り、高く跳んだ。落下地点は蚯蚓の真上だった。蚯蚓はそれを追って、鋭い歯を向ける。

 落ちて来たのを見て、蚯蚓はハルトに噛み付く。

 ハルトはその前歯に黒刀の切っ先を当て、蚯蚓の背の方へ落ちて行く。そして、その落ちる重力を利用して、蚯蚓の頭を斬りつけた。落下して行くに連れて、身体は半分に斬られて行く。

 ハルトの両足が丁度地面に着いたその時、蚯蚓の身体は左右真っ二つに裂け、辺り一面に緑色の体液を散らしながら死んで行った。



 黒刀に付いた蚯蚓の体液を布で拭き取ると、ミルは元の姿に戻った。

 ハルトは恐怖に怯え、未だに立てないツバサを負ぶった。


「これが本当の戦闘だ。……お前には向いていない。諦めろ」


 多くの死者を背に、ハルトとミルは学園へと戻って行った……


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