【episode6 〜心的外傷(トラウマ)の刃〜】
5年後。シュベルツ学園に転入した翌日の朝。
「ん、んんーっ…… 」
ハルトは寮の部屋のベッドで欠伸をし、目一杯身体を伸ばした。夜更かしをしてしまい、かなりの寝不足である。すると、足に掛かっている毛布の中に何か違和感を感じた。気になり、そっと捲ってみる。
「んっ? ……おお! ハルト、おはよう! 」
そう、正体は常に朝からハイテンションで起きるミルだ。ハルトは一つため息をつく。そして、
「何でお前が男子寮にいるんだよ!? 夜は女子寮で寝たはずじゃ…… 」
と聞いてみたが、
「夜中に忍び込んだんだよ! 女子寮と違って男子寮には結界なんて張られてないからねー! 」
とあっさり返されてしまった。
そうだった。聞いた話によれば、以前夜中に女子寮に忍び込もうとした男子生徒が捕まり、それ以来消灯時刻である午前0時には結界が張られてしまうのだ。
「……ん? おおっ、ミルじゃないか! おはよう! 」
隣のベッドからそう起き上がったのは、レオルだった。昨夜、入寮した際にレオル本人から同部屋だと聞かされたのだ。
消灯時刻が過ぎ、寝ようとベッドに入った。しかし、レオルに突然話掛けられ、ハルトはそれに付き合うことにする。するとすぐにハルトとレオルは気が合い、気が付けば深夜2時まで語り合っていた。
ハルトが寝不足なのはそのためだ。
「ハルトー、ミルちゃんと仲良いのは知ってるけど、ベッドに連れ込んじゃダメだろー」
とレオルがハルトを茶化す。
「違えよ! ミルが勝手に…… 」
そう言ってミルを指差すと、ミルは潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「うぅ…… 」
上目遣いでミルに見つめられると、それ以上責められなくなる。仕方なくベッドに腰を下ろした。
「そういえばハルト、今日から授業受けるんだろ? もちろん戦闘教育の授業やるんだろ? 」
寝癖が付いたまま、レオルは制服を着ていく。制服と言っても、戦闘教育科は支給された男子は青い、女子は赤い、体型によって形を変える特殊な戦闘スーツが制服となっている。
「めんどーなんだよなぁ、必要の無い戦闘するのは。模擬戦とかやらされるのは勘弁だしな」
ハルトは頭を掻いて、そう答えた。
「えー何でー!? 私戦いたいよー! ねー! ハルトー! 」
ミルはハルトの左腕を掴んで振り回す。ミルのワガママは昔からだ。ハルトはミルの耳元で囁いた。
「お前は正体をバラしちゃいけねえんだ。戦うのはいいが、絶対に正体を見破られるようなことはするなよ? もしバレたら、俺もお前もタダじゃ済まないだろうからな」
いつになく真剣なハルトの言葉に、ミルは唾を飲み、黙って頷いた。
「何だよハルトー、ミルー! お前ら仲良さそうにコソコソしちゃって! 」
レオルは着替えが済んだ様だ。少しだけ嘆いている。
「じゃあ俺は先に学校に行くぞ。 お前らも初日から遅刻すんなよ! 」
そう言われ、壁時計を見てみた。すると、針は授業開始の10分前を指していた。
ハルトは急いで制服に着替え始めた。そして、ミルを女子寮へと帰らせる。
「急げミル! 初日から遅刻は洒落になんねえぞ! 」
息を切らし、教室に飛び込んだ。授業開始には間に合った様だが、その様子に驚いた生徒達の視線がハルトとミルに一斉に集められた。それと同時に、眼鏡をかけた男の教師が教室に入った。
「あー、君達が転入生の二人だね。……早速だけど、君達には実力テストを受けてもらうよ。……他の生徒は、自分の戦闘タイプのマニュアルに沿って訓練を始めなさい」
ハルトとミルは男の教師に連れられ、教室の隅の個室に入った。教室と言っても、その大きさは人が200人は簡単に入ることが出来る程だ。そこには、小さなカプセルが二つ並べれている。
「ここにそれぞれ入り、仮想空間で仮想毒染虫と戦って頂きます。カプセルの中で仰向けに寝て頂ければ、後はカプセルが仮想空間へと案内してくれるので大丈夫です」
仮想空間ねぇ……
この学園が行う実力テスト。恐らく生温い戦闘マニュアルになっているだろう。
ハルトはそう考えていた。隣にいたミルは、気付けばカプセルに入ろうとしていた。
「じゃあハルト、おっ先ー! 」
「おいミル! 」
先に行こうとするミルを止め、正体を明かさない様に注意しておいた。
「任せてよー! 」
と言っていたが、心配で仕方がない。
不安になりながらもハルトは自分のカプセルへ入った。
カプセルの中は暗く、人一人が寝られるだけの大きさだ。
「仰向けに寝て、目を瞑って下さい」
カプセルのシステムから機械音の指示の声が聞こえて来た。ハルトは指示通り仰向けに寝て、目を瞑る。
「……それでは、仮想空間へとご案内します」
そうカプセルのシステムがそう言うと、何やら頭にチューブの様なものがいくつも貼られたのを感じた。すると、瞼が重くなり、ハルトの意識は仮想空間へと向かった……
「やっぱり予想通りだったな」
ハルトが思った通り、仮想空間の出来は低レベルなものだった。場所は巨大な森の中。敵は、単純な行動パターンの蜂や蜘蛛が数十匹、襲って来た。
既にハルトは襲い掛かる敵を全滅させていた。これといった手応えもなく、少し残念がっていると、背後の茂みから気配がした。
「まだ残ってやがったか……うっ!? 」
その茂みから姿を現したのは……一匹の人間大程の蜈蚣だった。
なんて事のない弱い敵。しかしハルトは蜈蚣を見たその瞬間、頭を抱え叫んだ。
うあぁぁぁぁぁ!!
蜈蚣……それはハルトにとって、母の死をフラッシュバックさせる最大の脅威である。
蜈蚣は放心状態のハルトに容赦なく
噛み付いた。仮想空間のため、勿論痛みなど無い。
しかし、攻撃を受けたハルトは、意識を現実へ強制的に戻されてしまった……