【episode5 〜真実の刃〜】
「……てめえら、一体何者なんだ? 」
ハルトは四人の男達にそう聞いた。
その日の晩、街の格安ホテルに泊まったハルトとミルだったが、寝ているところを何者かに狙われてしまった。対抗しようとしたハルトだが、ミルを人質に捕られてしまった。
「乱暴はするんじゃないよ? 」
窓の外から黒いマントを羽織った、一人の女が入って来た。
ここは四階のはずだ……
その女はハルトの前に立った。
「ちょっとアンタ! ハルトに何かしたら許さないわよ! 」
ミルは捕まりながらも暴れている。
「大丈夫よ、おチビさん。……貴方、昼間に兵士を一人倒した子よね? 」
女はミルを宥め、ハルトに尋ねた。
「そうだけど……? 」
「あの戦闘を観て感じたわ。貴方には殺しの才があるってね。……人を殺した経験は? 」
「ねえよ、あるわけねえだろ」
淡々と話しながらも、ハルトはいつ何が起きても大丈夫な様に気を張っていた。
「そんな警戒しなくても大丈夫よ? アタシ達は貴方をスカウトしに来たんだから」
「……スカウト? 」
ハルトが聞き返すと、ミルが慌てて叫んだ。
「ハルト! こいつらから、大量の血の匂いがする! 逃げて! 」
それを聞いてハルトは再び警戒した。ベッドの横にあった箒を手に取り、構えた。
「凄いわ! 貴方、染み付いた血の匂いが分かるのね!? 」
女はミルに興味を持った様だ。そして、その女はハルトとミルに向かってこう言った。
「貴方達……殺し屋にならない? 」
少し考えるハルトだったが、思わず鼻で笑った。
「殺し屋ね……なるわけねえだろ! 」
持っていた箒を床に叩きつけた。
「どうしてもならないのかしら? 」
「人殺しを職業にするのはごめんだな。どんな理由であろうが、そんな道理が通るはずがない。俺は……俺は、母さんの仇である毒染虫を喰って復讐するためだけに強くなる」
それを聞いたミルが、ほんの僅かにハッとした。
すると、女は腰に差してあった短刀を手に取った。
「そう……なら仕方ないわね」
女がハルトに近づくに連れ、部屋に緊張感が走った。
「やめろ! それ以上ハルトに近付くなー! 」
捕まりながらもミルは暴れている。男達は必死にミルを床に押さえ付けた。女はジリジリの少しずつ近付いて来る。
「抵抗しなければ楽に死なせてあげるわ。可哀想だけど、これは貴方が選んだ道よ? 」
自分から近付いておきながら、何て身勝手なんだよ……
頭ではそう冷静にツッコんだが、危機的状況には変わらず、それを打破する術も無い。額には冷や汗が出ている。
「さようなら」
女が素早くハルトの首を斬り落とそうとした。その殺気を瞬時に感じたハルトは、咄嗟に膝を曲げて躱したが、そのまま尻もちを着き、上手く立ち上がれない。
「……てめー! ハルトに近付くんじゃねー! 」
ミルは今までにない怒りの声を上げた。眉を顰め、男達に抵抗している。
「大丈夫よ、安心して。この子を片付けた後はちゃんと貴方も始末してあげるから」
短刀を巧みに振り回し、もう一度ハルトに向かって構えた。
「今度こそ楽にしてあげるわ」
今度は逃げられない。本当に殺される。
母の復讐も叶わないまま……
「……やめろって言ってんだろーがぁー!! 」
短刀が斬りかかるのがはっきり見えたその時、ミルの叫び声が部屋に響く。そしてその瞬間、短刀と共に、片腕が飛んだ。女を見てみると、右腕が身体から斬り離され、斬り口からは血が溢れ出た。
「い、嫌あぁぁぁー!!」
女は右腕の斬り口を押さえ、悶絶している。その時、ハルトは異変に気付き辺りを見回した。
ミルがいない……
ミルを押さえ付けていた男達は意識はあるものの、ダメージを受け倒れている。
「おいミル! どこに行ったんだ!? 」
しかし、部屋のどこにも姿は無い。
すると、ベッドの横の壁に1本の漆黒に染まる刀が突き刺さっていることに気付いた。刀を見るのも、況してや手にするのは初めてだ。
「確かに剣には無い峰がある。本で見たことあるけど、まさか本物を見れるなんて……って、一体何でこの壁に? 」
今更ながらの疑問が浮かんだ。
「よくも……よくもアタシの右腕を斬ってくれたね!! ……殺す!!」
背後から女の声がすると、短刀がすぐ目の前まで来ていた。短刀を見ることは出来たが、反射的に反応しても間に合わない。
……ダメだ!!
そう諦めたその瞬間、ハルトが持っていた漆黒の刀が勝手に動き出した。その黒刀は凄まじい斬れ味で、女の短刀を真っ二つにした。
「な、何ぃぃー!? 」
そして黒刀はそのまま、状況を飲み込めない女の首を斬り落とした。女は最期に言葉を発せず、目を開けたまま即死した。
その黒刀の暴走は止まらず、恐怖に怯える仲間の男達を一人残らず斬殺してしまった。部屋に残ったのがハルトだけになると、その黒刀は動きを止めた。ハルトも思わず恐怖で黒刀を床に落とし、その場から離れる。
「な、何だよこれ……」
ハルトが殺し屋達の死体を見ていると、誰も触れていないはずの黒刀が宙に浮いた。そして黒刀から眩い光が放たれる。
「な、何だ!? 何が起こってるんだよ!? 」
目を開けようにも、光のせいで目が開けられない。
そして、すぐに光は消えた。恐る恐るハルトは目を開ける。すると……ハルトは信じられない光景を目にした。
「……ごめんねハルト。これが私の本当の姿なの」
黒刀が浮いていた場所に……ミルがいた。弱まった光がミルから発せられている。
これがミルの……本当の姿……?
しかし、人間が刀になるのか? それとも刀が人間になるのか?
そして、ミルからは信じられない、信じたくもない言葉が発せられた。
「私ね……実は、毒染虫なの……」
その言葉は確かにハルトの耳に入った。しかし信じられない。
「ははっ、冗談よせよミル! そんな冗談面白くねえよ! 毒染虫が人間になるわけねえだろ! 」
ハルトは笑った。実際には、ハルトの頭の中は真っ白だった。
「……よく聞いてハルト。毒染虫は地球上の生物のどの姿にでもなれるの。自分で決められるわけじゃないけど。……私が何で人間と刀の二つの姿で存在しているのかは分からない。……ハルト、言ったよね? 母さんの仇である毒染虫を喰って復讐するためだけに強くなるって」
そう言うと、ミルは両手を広げ目を瞑った。
「私が死んで償えるとは思えない。……だけど、人間にとって私達は脅威なんだよね? 私は、殺されるのがハルトならいいよ。この世界で私が愛した、ただ一人の人間だから…… 」
ミルはそれ以上何も言わなかった。
こいつは毒染虫……こいつは毒染虫……毒染虫は母さんの仇!!
しかしハルトが起こした行動は、自分にとっても不思議だった。
「ハ、ハルト……? 」
ハルトは……ミルを強く強く抱き締めていた。互いの体温、心臓の音まで伝わって来る。
「お前は俺を助けてくれたろ? それを殺すなんてこと、俺には出来ねえよ…… 」
思わず涙が溢れ、声は震えていた。ミルも涙が込み上げる。背中に手を回し、ハルトを抱き締める。
「これからもずっとずっと一緒にいてもいい? 」
「ああ、これからもずっとずっと一緒だ」
肩に両手を置いて目を合わせる。するとその時、部屋の外から階段を駆け上がる音が聞こえて来た。その音はどんどん近付いて来る。
「この状況を見られたら俺達はタダじゃ済まないだろうな。ミル、ここからすぐに逃げよう。……走れるか? 」
「うん! 逃げる時も、ずっとずっと一緒だよ! 」
二人は笑顔を見せ合い、窓から向かいの家の屋根に向かい飛び出して行った……