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【episode10 〜祭の刃(後編)〜】

 それから三日後。


 学園都市シュベルツでは、翌日から三日間行われるシュベルツ祭の準備がされていた。

 各学校だけでなく、各店舗も次々と店前に屋台を並べている。


「わあー! すっごく賑わってるねー! 」


 ミルとツバサは休日を街中で過ごすことにした。まだシュベルツに来て日も浅いミルに、シュベルツの街を案内すべくツバサから誘い出したのだ。

「でしょでしょ! もっと向こうにはショッピングセンターもあるんだよ! 」

 商店街に来たが、ミルは様々な物に興味を示している。


「ハルトはこういう所連れて来てくれないの? 」

 ツバサはミルにそう尋ねてみた。

「私達はタタロスにいた時は、あまり姿を表に出さない様にしていたんだよ! 中には私達の正体に気付いて襲って来る軍人や殺し屋がいたからね! それでも私はハルトに感謝しているの! 」


 ハルトの話になると、ミルは満面の笑みを見せる。それだけでも、余程ハルトを慕っていることが分かる。

「ハルトはね、助けても何の価値も無い私を、自分の身を投げ出してでも助けてくれたの! ハルトに出会わなかったら、私は生きているかも分からないんだよー! 」

「へえ、あのハルトがねー。確かにミルだけは扱いが違うわよね」


 そう言ってツバサとミルは顔を見合わせ、二人して大笑いした。




「はっくしょん! 」

 病室で横になっていたハルトは、突然くしゃみをした。

「だ、大丈夫香月君? 風邪でも引いたの? 」

 病室にはゼノビアが見舞いに来ており、食事を運んで来てくれていた。


「風邪……今まで一度も引いたこと無いな。でも、急に鼻がムズムズして来た」

 鼻を擦って窓の外を見つめる。


「最近、神経の方は大丈夫?」


 ベッドまで食事を運んでくれるゼノビア。

「ああ、ありがとう。……この通り、まだ全力で動くことは出来ないけど、もう普通の生活行動くらいは出来るよ」

 二度、三度手を握って見せる。痛みこそ無いものの、やはり全力では握れない。


 あの斧に塗られていた毒は、常人ならば毒の成分が強過ぎて、神経麻痺だけでは済まず、死に至っていた。

 毒に耐性のあるハルトだからこそ、この程度で済んだのだ。


 それ程の強力な毒を使って来る、ということは確実に敵を殺すためだ。


 一体何のために……?

 そして、あの日の襲撃は誰を狙っていたのか?


 ハルトは病院で寝込んでいる間、そのことをひたすら考えていた。


「香月君? 食べないの? 」


 ゼノビアから声を掛けられ、ハルトは我に返った。

「いや、食べるよ」

「それにしても、今年も盛り上がってるなー。……あ、別に嫌味言ってるわけじゃ無いよ!?

 ……私、生まれも育ちもシュベルツだから、シュベルツ祭には毎年行ってたの! 香月君や他の人達みたいに、他国から他国へ行くのも憧れるけど、やっぱり私はこの学園都市が大好き! 」

 ゼノビアはそう言ってベッドの隣の椅子に腰を掛ける。


 ハルトは病院食を口にするが、何とも薄味で美味しくない。しかし、ゼノビアが運んで来てくれた以上、そんなことは口が裂けても言えない。


「へえ。ゼノビアはシュベルツ出身なのか。……だけど、今となってはエターニア王国も軍事国家タタロスも、以前の様な平穏な国じゃない。エターニア王国は毒染虫の侵略を必死に対抗しているし、タタロスは完全武力主義の国。この国とクロッカスの方が断然安全だと思うよ」

「そうだよね! 私、シュベルツで生まれて良かった! 」


 ハルトの話を聞き、ゼノビアは嬉しそうだ。


「ゼノビア……祭り、行こうな」

「えっ? 」


 全ての料理を平らげ、食器をテーブルに戻す。

「本当!? でも、香月君は大丈夫なの? 」

「激しい運動しなければ大丈夫だって先生も言ってた。だから、先生に事情話せば承諾してくれるはずだよ」

 それを聞いたゼノビアは、両手を挙げて喜んだ。時々見せるはしゃぐ姿も、また可愛い。

 思わず表情が緩んでしまった。


 ゼノビアは、病室を出て行く時に小さく右手を振って帰って行った。ハルトもそれを照れながら返す。


 そして翌日の祭りを楽しみに、ハルトは眠りについた……



 *********************



「もう! ハルトったら、せっかくのお祭り一緒に行ってくれないなんて! 怒っちゃうもん! 」


 ミルはツバサとレオルを連れ、ツバサ達が模擬戦に行くまで祭りに出ていた。

「まあまあ、アイツも年頃の男だ。女子と祭りなんて、別におかしく無いだろ? 」

 レオルは必死にハルトのことを庇おうとしたが、それが余計にミルを怒らせた。


「ハルトには私がいるから大丈夫なのにー! 」


 ミルはそう言って暴れ出す。

「待て待て! 冗談だよ冗談! ハルトがミルを置いてそんなことするはずないだろ? 」

 レオルが慌てて訂正すると、

「……そっか! そうだよね! ハルトが私を置いて行くわけないもん! 」

 と、呆気なくレオルの言葉を信じ込んだ。


「きっとそうだよ! 今日は折角のお祭りなんだから、もっと楽しまないとね! 」


 ツバサの言葉に便乗してはしゃぎ出すミル。


 しかしその時、

「……えっ!? 」

 ミルは突然何かを感じた。


「どうかしたのか? 」

 レオルが問い掛けるが、ミルは全く返答せず地面を見つめ考え込む。


 誰かの声でも邪気や殺気といった「氣」でもない。

 ……だとしたら、この少しずつ近付く膨大な数の足音は一体、何なの……?


 その疑問を晴らすべく、ミルは近くにある展望台によじ登った。

 辺りを見回し、何か異変がないか探す。


「どうしたミルー? 何かあったのかー? 」


 レオル達の声が下から聞こえる。

 特に異変は無いようで、ただの空耳だと思い、

「ううん! 何でもなかったー! 」

 と下に降りようとした。

 その時、ふと遠方に目が行った。北北東の方だ。

 目を凝らし、人間には見ることの出来ない距離まで視力を高める。


 するとそこには、学園長が危険視していた洞窟からおびただしい数の毒染虫がシュベルツへと侵略して来る姿があった……



 *********************


 ミルが毒染虫の群れを見つける30分前。



「あー楽しい! 香月君、楽しんでる? 」


 ハルトとゼノビアは、学園から少し北にあるショッピングセンターに来ていた。

 ゼノビアの希望で、シュベルツ祭での特売品である限定の服を買いに来たのだ。

「ああ、楽しんでるよ。

 ……それにしても、凄い人の数だな! エターニア王国の城下町くらい賑わってるぞ! 」


 ゼノビアは、ハルトの笑顔を見てホッとした。

 この都市を良く知るゼノビアにハルトは行き先を任せていたのだが、ゼノビアにとっては中々のプレッシャーだったのだ。



 一先ひとまず買い物も終え、二人はショッピングセンターの入り口にある野外レストランで食事をすることにした。


「祭りなんて初めてだ。こんなに賑わうなんて、思いも寄らなかったよ」

 運ばれて来た食事に手を付けながらハルトが言った。

「喜んでくれて良かったぁ! 香月君、こういう雰囲気が嫌いそうだったから、正直心配だったの! 」

 ゼノビアも食事を摂りながら満足そうに微笑む。


「そう言えば、ゼノビアの所属する救護科って、一体何を勉強しているんだ? 」

「救護科は戦闘教育科の補助の為にあるようなもので、主に文字通り応急処置法や医学を勉強しているの。

 ……私、戦闘に関しては本当苦手で親にも戦闘教育科に入れって言われたんだけど、剣術とか体術といった武術は全然向いてないんだ。してや魔法は才能が無いと使うことすら出来ないから、私には戦闘教育科は無理なの。

 ……情けないよね。戦う為の学校で、戦うことから逃げてるなんて……」


 ハルトは3食分程の食事を、僅か10分で平らげた。

 それに対して、ゼノビアは目を丸くしている。


「情けなくなんかねえよ」

「……えっ?」


 コップの水を一気に飲み干し、ハルトはゼノビアに向けて言った。


「ゼノビア達が身体を治してくれる、看病してくれる、だから俺達は全力で戦えるんだ。

 戦えるから偉い、戦えないから偉くない、なんてことはねえよ。

 ……だから、その……俺は……感謝してるぜ」


 ハルトは照れくさそうにそう言った。

 最後の言葉が聞こえたかどうか。

 それでもゼノビアは嬉しかった。


「香月君にそう言って貰えるなんて、私嬉しいよ! 怪我した時は私に任せてね! 」

「はい! お願いします! 」

『……あはははは! 』


 こうしてふざけて話すのは、ミル以外は初めてだ。況してや女性と話すこと事態あまり無かった。

 避けて来た訳では無いが、親しくしたことは無い。

 しかし、何故かゼノビアには心を開くことが出来た。



「さて、飯も食ったことだし、学園の模擬戦でも観に行かねえか? 」

「あ、いいね! 私の友達が出るらしいから応援に行きたい! 」


 食事代はゼノビアの遠慮を強引に押し切ってハルトが全額払った。

 女性に払わせるのが格好悪い事くらいはハルトでさえも知っている。


「じゃあもうそろそろ始まる頃だし、このまま学園に……」


 そこまで言うと、突然街中は疎か都市全体にサイレンが鳴り響いた。

 周りの人々は突然のサイレンに驚きを隠せない。

 ハルトとゼノビアも例外ではない。


「ちょっと待っててくれ。様子を見てみる」


 そう言ってハルトは近くの住宅の屋根に飛び乗った。

 すると、ハルトの目に飛び込んで来たのは、おびただしい数の毒染虫の群れ。

 学園都市シュベルツの結界が破られ、都市全体が無防備になっていた。


 ミルが毒染虫の群れに気付いてから、凡そ5分後に学園にも知らせが入った様だ。

 シュベルツ学園から、都市全体に向けた緊急放送が流れる。

 放送は、太い声の男だ。


「学園都市シュベルツの諸君、学園長だ。学園都市シュベルツの結界が破られ、北北東の洞窟より毒染虫が大量に出現し、奴らは第18区に向かって侵略を開始している。

 ……討伐には我々シュベルツ学園が出動するため、都市民の諸君らには我が校へ避難してもらう。シュベルツ学園の救護科の生徒達を各地に向かわせるので、その指示に従って頂きたい。

 ……そして、シュベルツ学園戦闘教育科の諸君らは、決められた配置に従いそれぞれの役割を全うしろ。以上だ」


 学園長の放送が終わると、都市民達は酷く慌て出した。

 未だ嘗てない毒染虫の群れの襲撃。シュベルツ学園の生徒や、僅かばかりの都市民は以前の巨大蚯蚓型の毒染虫の襲撃を知っているが、殆どの都市民にとってはこれが初めての毒染虫の襲撃である。


「香月君! 今の放送って……本当なの……? 」


 ゼノビアは下からハルトを見つめ、怯える表情を見せる。

 返答に困るハルトだったが、屋根から下に飛び降り、ゼノビアに正直に話すことにした。


「……今の放送は本当だ。俺も上で奴らの姿を見ている。

 ……ゼノビア、お前は学園に戻って都市民達と一緒に避難しろ。ここにいると危ない」


 真実を聞いたゼノビアは、一瞬不安そうな顔をしたが、

「ううん。私は学園長の指示通り、都市民の避難を先導しないといけないの。救護科としてね」

 と、きっぱり断った。


「それで……香月君は一体どうするの? 」

「……俺は前線で毒染虫の侵入を防ぐ。結界が破られた以上、奴らと全面的に戦うしかないんだ。

 それに、俺とミルが恐らくこの学園の中でも一番毒染虫と戦った経験が多い。ミルと合流したいが、そんな時間は無い。なら、俺が先陣を切る」


 ハルトはそう言って北の第18区に向かって行こうとした。

 すると、

「待って香月君! 」

 と、ゼノビアがハルトの服の背を掴んで止める。


「ダメだよ香月君! まだ身体が治ったわけじゃないんだよ!? 香月君こそ学園に避難して! 」

「心配してくれてありがとな。だけど、これは誰かがやるんじゃない。俺がやらないといけないんだ。

 ……大丈夫、必ず奴らを追っ払って帰って来る」


 ミル以外の他人にはあまり見せない笑顔を見せるハルト。


「……約束だよ? 絶対に帰って来るって」

「ああ、約束だ」


 そう言って、ハルトは第18区へと向かって行った。





「どうして!? どうして私はハルトと一緒に戦えないの!? 」


 ミルが激怒している相手は、学園長だった。

 学園長室には、黒い革のソファに座る学園長と、イシュダルがいた。

 ミルとハルトは同じ小隊に配属されなかったのだ。それに加え、ハルトへの出撃許可を出さないと言うのである。


「香月ハルトの資料を読んだが、奴は転入試験、そして授業の成績不良によって出撃許可は出せん。

 それに比べてお前は成績優秀、転入試験の結果もSランクだ。お前には、中枢部隊として攻防ともに活躍してもらう。

 ……これは決定事項だ。反論は許さん」


 ミルはそう言い切られたことで、何も言い返せなかった。

「ミルちゃん、私も中枢部隊。一緒に行きましょう」

 説得されたミルは、イシュダルに着いて行く他なかった……





 第18区に着いたハルト。

 着いた頃には目の前まで毒染虫の群れが来ていた。

 シュベルツの最北にある小さな展望台に乗り、毒染虫を待ち受ける。


「……まだ全力で戦えそうに無いな」


 右手を何度か握ってみるが、全力では握れない。

 しかし、逃げるわけにはいかない。


「掛かって来い毒染虫。殲滅させてやるよ」


 腰に差してある短剣を右手に持った。常に警備し、短剣を常備しているのだ。

 寮に帰り、何時も使用している剣を使いたいが、生憎そんな時間は無い。


 向かって来る毒染虫は虫型種、獣型種、爬虫型種の3種の姿があり、異型種のみ見当たらない。

 異型種は、数々の毒染虫を見て来たハルトですらも見たことがない。


 ハルトは臨戦態勢に入る。

 本調子ではないが、戦いにその様な言い訳は出来ない。

 対人の戦闘とは違い、敵を喰うか喰われるかの世界なのだ。情も非情も無い。


 余計な力を完全に抜いた、脱力状態で敵を待つ。

 横一面にズラリと並ぶ毒染虫。


 すると、頭上から蜂型毒染虫がハルトに襲い掛かって来た。体長は凡そ2m。

 攻撃手段である、一撃必殺の毒針を剥き出して飛んでいる。


 飛行する宙で戦っても勝てるはずがない。

 しかしハルトは、襲い掛かる蜂型毒染虫に向かって、跳んだのだ。


 カウンターで1匹ずつ殺傷するのが好ましいが、ハルトはそれよりも受けの姿勢になり囲まれることが最悪の状況だと判断した。


 毒針を突き出す蜂型毒染虫。

 その毒針を宙で身体を捻らせ躱す。

 そしてそのまま、背後からその蜂型毒染虫の頭部を短剣で突き刺した。その蜂型毒染虫の背中を蹴り、近くの蜂型毒染虫を次々と迅速に殺して行く。



 15匹も倒すと、蜂型毒染虫は殆どいなくなった。

 残りの蜂型毒染虫はハルトを無視して、シュベルツの南へと向かって行く。


 ハルトは地に降りた。

 次に向かって来るのは、獣型種の豹型毒染虫。

 戦闘手段を瞬時に判断し、豹型毒染虫へと向かおうとした。


 しかしその時、

「撃て撃てー!! 」

 と何者かの合図で、背後から無数の銃弾が毒染虫の群れに撃ち込まれた。


「ば、馬鹿野郎! てめえらは下がっとけ! 」


 背後にいたのは、シュベルツ学園の生徒達。

 それぞれ武器を持ち、その後ろには更に多くの接近戦を得意とする生徒達が待ち構えていた。


「そこの君! 早く退きなさい! 」

 指揮を執っているのは、どうやら三年生の様だ。

 上級生だか何だか知らないが、今この状況を任せるわけにはいかない。


 上級生の命令に構わず、毒染虫との戦闘に戻った。

「もういい! 第1班、戦闘開始! 」

 ハルトの忠告を無視し、剣や槍を持った生徒達が毒染虫の群れへ突っ込んで行く。


 その生徒達は特に優れた生徒達ではなく、寧ろ実力が劣る下級生だった。


 うわあぁぁぁ!!

 きゃあぁぁぁ!!


 ハルトは戦いながら周りの戦況を確認するが、状況は至って悲惨だった。

 豹型毒染虫だけでなく、蜥蜴とかげ型毒染虫や熊型毒染虫と戦闘していた生徒達は身体を喰い殺されたり、噛み付かれ、毒染虫のウイルスに感染し身体が緑色に変色して死んでいたりしている。

 討伐に成功した者はただの一人もおらず、犠牲者だけが積み重なって行く。


「だ、第2班、戦闘開始!! 」


 この状況になってまで戦闘を続ける様だ。勇敢なのか、命令を全うしたいだけなのか。


 とにかくこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。


 しかしハルトの踏ん張りも虚しく、その僅か10分後……その場にいたハルト以外の全員が死亡した……





 ーー中枢部隊ーー


「な、何ですって!? 」


 受話器を持ち、第一線の部隊の連絡を受けるイシュダルは、驚愕の声を上げた。

 その連絡を、中枢部隊の皆へ告げる。


「第一線の部隊が……僅か20分で壊滅したそうよ。だけど今、たった一人で毒染虫の侵略を食い止めている男子生徒がいるらしいわ」


 ……ハルトだ!!


 ミルは聞かずとも、瞬時に分かった。


「では会長、私達が出撃するんですか? 」

「いえ、それはまだよ。相手の戦力が分からない以上、私達が出撃することは出来ないわ。

 この部隊がシュベルツ学園の頭なのだから、私達は簡単にやられる訳にはいかないの」


 女子生徒の問いにイシュダルは淡々と答えた。

 シュベルツ学園の中でもトップクラスの実力を持つ中枢部隊の生徒達だが、他の部隊に廻された友達などが心配であり、本心は一刻でも早く出撃したいのだ。


「ちょっと待ってよ! その男子生徒って、ハルトのことだよ! 早く助けに行かないと、ハルトが死んじゃう! 」

「ハルト君なの!? 彼には出撃命令は出ていないわ。

 ……勝手に出撃したのなら、悪いけど犠牲になってもらうしかないわね」


 それを聞いたミルは、遂に我慢出来なくなった。


「ちょ、ちょっと! 待ちなさいミル! 勝手な行動は慎みなさい! 」

「ハルトが死んじゃうくらいなら、私は誰の言うことも聞かない! 」


 そう言ってミルは近くの家の屋根に飛び乗り、北へ向かって屋根から屋根へと渡り跳んで行った。

 イシュダル達が見えなくなると、ミルは脚をバネの様にして力を溜め、神速の如く風を切って行く。


 待っててハルト!

 今、私が助けに行くよ!





 毒染虫と人間の死体が山積みになり、辺り一面には異臭が漂っている。

 地面には、赤黒い血の色、そして昆虫の緑色の体液などがべっとりと染み付いている。


「な、何これ……? 」


 中枢部隊の下から飛び出し、最北端の地に2分後に着いたミル。


 これはハルトが一人で……?


 ハルトを良く知るミルでさえ驚く光景だった。


「ハルトー! 何処にいるのー!? 」


 何処にも姿の無いハルト。

 心配になってミルは大声でハルトの名前を呼ぶ。


 しかし、返事は無い。

 ここにはいないのか、又は他の場所へ向かったか。


 すぐに辺りを探したが、ハルトの姿は何処にもなかった。


「……こうなったら! 」


 ミルは異臭のしない場所まで退き、臭覚を研ぎ澄ませる。

 ハルトの匂いは何よりも染み付いている。

 この近くにいたのなら、匂いは残っているはずだ。

 そこからハルトの匂いがする方へ向かう考えである。


「……あった! ……東の方だ! 」


 ミルは再び脚に力を溜め、ハルトの匂いを追って行った。





 一方その頃、ハルトはゼノビアが心配になり、シュベルツ学園へと向かっていた。

 あの場所で倒した毒染虫は全部ではなく、戦闘中に取り逃がしてしまう毒染虫が半数程いたのだ。


 ちっ、見当たらねえ!


 内心、ハルトはかなり焦っていた。

 ミルは自分よりも遥かに強いため心配することは無いが、ゼノビアがもし毒染虫に遭遇していた場合、身を守る術が皆無である。


 シュベルツ学園に向かう中、毒染虫の群れを追う形になっている。

 ハルトはその群れの姿を見て不思議に思った。


 違う習性や種族が群れている?

 一体……何故?


 確信は持てないが、大方予想はついている。


「……見つけた! 」


 ハルトが目を向けたその先には、20人程の都市民を連れてシュベルツ学園へと急ぐゼノビアの姿。

 そして……その背後には、虫型種蟷螂型毒染虫が2匹同じ方向へ向かっている。

 その2匹の体長は……10mはある。


 ……マズイ!!


 そう感じたハルトは、ゼノビア達の下へ行った。


「おい、ゼノビア! 」

「えっ? 香月君! 」


 ゼノビアは都市民の先頭に立ち、都市民と共に走っている。


「無事で良かったー! 分かれてから、ずっと心配だったの! 」

「心配掛けてすまん。

 ……それより、今背後から2匹、蟷螂カマキリ型の毒染虫が来てる。俺が足止めするけど、何せあの大型だ。どこまで時間を稼げるか分からない。

 だから、ゼノビアは俺に構わず都市民の避難を一秒でも早く急いでくれ! 」


 都市民に聞こえるとパニックになる恐れがある。

 ハルトはそうゼノビアの耳元で囁くと、振り返って立ち止まった。


「香月君!? 香月君!! 」

「いいから、そのまま構わず行け! 」


 一緒に戦う、と言わんばかりにハルトの名前を呼ぶゼノビアだが、ハルトはそれを強引に阻止する。


 そして、その僅か1分後、2匹の蟷螂型毒染虫がハルトの前に姿を現した。


「待ってたぜ、毒染虫」


 腰に差してある短剣を抜き、素早く身構える。

 自分の身長を遥かに上回る大きさ。そして、それ以上に2匹の蟷螂カマキリの鎌の恐ろしい程の鋭利さに、ハルトは怯えていた。

 毒染虫と戦うことは、かなりの数を経験している。

 何度か強敵に遭うこともあったし、死にかけたこともあった。

 しかし、この2匹は今まで戦って来た毒染虫とは別格だった。

 手合わせせずに相手の力量の奥深さを感じさせるのは、格上の相手である証拠である。


「逃げる」という選択肢もある。

 自分の身を守るだけならば、逃げ切れる可能性は低くない。

 ……しかし、ハルトの思考に「逃げ」の2文字は無かった。



 ハルトは、2匹に向かって飛び掛った。


 短期戦で終わらせてやる!


「愚かな人間よ」


 蟷螂型毒染虫は、そう言葉を発した。

 ハルトはそれに気付き、ハッとしたが、もう遅い。

 そのままハルトの向かう1匹の蟷螂型毒染虫が大鎌を振り下ろす。

 その大鎌を短剣で受けるが、宙で受けたことにより、脚の踏ん張りが無い状態なり、地面へ叩き落とされた。


 背中から叩き落とされたハルトは、口から血を吐き出して立ち上がる。

 その瞬間、音も無く二撃目が目の前まで来ていた。

 間一髪で大鎌を受け流すが、あと僅か反応が遅れていたら、間違いなく首が飛んでいた。


 ……もう少し、もう少しだけ時間を稼がねえと!


 そう考え、もう一度2匹の蟷螂型毒染虫に対して身構える。

 すると、

「愚かな人間よ。何故お前達は我々を殺すのだ? 」

 と、再び2匹の蟷螂型毒染虫がハルトに向かって言葉を話し始めた。

 先程のは空耳では無かった様だ。


「何故って、てめえらが襲い掛かってくるからに決まってんだろ」

「我々が人間を捕食して何が悪いのだ? 生きる為に弱者を喰う。それは、お前達人間もやっていることだろう? 」

「……てめえらと分かり合うつもりはねえ。御託はいらねえよ」


 すると、今度は蟷螂型毒染虫の方から攻撃を仕掛けて来た。

 2匹同時に大鎌を振り回す。

 風をも斬り裂くその斬れ味抜群の大鎌は、少しでも当たれば死に至るだろう。

 2匹の猛攻を何とか防ぐ。


 しかし、遂に強烈な攻撃を受け続けていた短剣の刃が砕け散った。

 2匹に挟まれ、逃げることすら出来ない。


 チェックメイト……


 ハルトの完全な敗北だった。

 地面に膝を着き、項垂うなだれる。



 これで確実に死ぬ……

 母さんの仇を討てないまま……



 黙って目を閉じる。

 片方の蟷螂型毒染虫がハルトに向かって大鎌を振るう。


「……香月君!! 」


 憶えのある声が聞こえる。

 そう言ってハルトを庇ったのは、シュベルツ学園に向かったはずのゼノビアだった。


 ハルトに飛び付くゼノビア。

 しかし、その身体を大鎌が斬り裂く。


「……ぜ、ぜ、ゼノビアー!! 」


 ゼノビアの身体は、腰の辺りを完全に斬り裂かれ、上半身と下半身が分かれてしまっている。

 傷口からは、大量の血が溢れ出す。


「嘘だ! 嘘だろゼノビア! 何で……何でこんな…… 」

「香月君……貴方を……守りたかった…… 」


 ゼノビアは、力を振り絞ってハルトの頬を手で摩る。


「……香月君、短い間だったけど……楽しかったよ…… 」

「もういい! 喋るな! 」


 蟷螂型毒染虫の攻撃を掻い潜り、ゼノビアの上半身だけを抱えてその場から離れた。


「どうして! 何で俺なんかの為に……? 」

「私……香月君のこと、好きだったから……。好きな人を……守りたかった…… 」


 そう言うと、ゼノビアは吐血した。

 見る見る内に、意識が弱って行く。


「香月君、これだけは約束して……憎しみだけに囚われないで……。生きていれば、必ず楽しいことが…… 」


 そこまで言うと……ゼノビアは息を引き取った。


「おい……ゼノビア?

 ……ゼノビア……ゼノビアー!! 」


 ハルトはゼノビアの死と同時に、完全に理性を失った。

 涙が溢れ出し、何も考えられない。


「感情に身を任せるとは、なんと愚かな」


 ハルトはもう、2匹の言葉は耳に入らない。

 涙を流し、我を失ったハルトは、感情のままに2匹へ襲い掛かった……





「ハルト、どこー? ……あ! 見つけたー! 」


 建物の屋根を跳び渡っていたミルは、探し始めて20分。

 ようやくハルトを見つけ出した。


「ハルトー! やっと……。

 ……え? 」


 ミルが目にした光景。

 それは、身体が上下真っ二つに分かれたゼノビア遺体、立ち尽くすハルト。

 そして、鎌以外の身体の部位が殆ど残っていない、2匹の大型蟷螂型毒染虫の死骸。

 その現場には、蟷螂型毒染虫の体液が大量に飛び散っていた……


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