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【episode10 〜祭の刃(前編)〜】

「おりゃあぁぁぁー!! 」


 ツバサの気合の一撃がハルトを襲う。

 翌朝から、授業の合間を縫って使われていない実習室にてツバサの特訓が行われている。レオル、そしてツバサ自身にも「強くなりたい」と頼まれてしまった以上、そうせざるを得ない。


「まだ動きにムラがありすぎだ! 剣を振る時は、相手に最短距離で斬りかかれ! 」


 胴着と面を着用し、木刀での実践練習をする。ハルトとツバサの特訓を、ミルとレオルが微笑ましく見ている。


「ハルト、本当に強くなったなー……」

「アイツは強いさ。正直な話、今になってアイツに挑んだ俺が恥ずかしくなって来たよ」


 ミルはハルトの剣さばきを目で追っていた。

 自分を扱う者の上達は、自分の上達にも繋がる。つくづくハルトが自分のパートナーであることを幸運に思った。


「おーい! そろそろ授業始まるぞー! 」


 気が付けば、時刻は授業の間近になっていた。

 道具を片付け、胴着を元の場所に返し、授業へと向かった。


 授業へ向かう途中、レオルがあることに気付く。

「そう言えば、そろそろシュベルツ祭が始まる時期だな」

『シュベルツ祭? 』


 ハルトとミルは、声を揃えて尋ねた。



 シュベルツ祭

 学園都市シュベルツ全体で行われる年に一度のイベントである。都市の活性化と、都市民の交流を深めることが目的とされている。



「……と、説明はこんな感じだな」

 レオルは自分が受ける授業の教室の前に来ると、

「じゃあ後でな! 」

 と、颯爽と教室へと入って行った。


「祭りだ祭りー! 」

 一人で盛り上がっているミル。

「シュベルツ学園はその日、戦闘教育科の生徒を選抜して、模擬戦のトーナメントが行われるのよ」

「模擬戦か。確かにシュベルツ学園の宣伝にもなるだろうしな」

 ツバサの話にハルトも納得する。


「それでねハルト、ハルトとミルに私達第11小隊に入って欲しいなーって……」


 ハルトに背を向け思わず本音を呟くツバサ。

 しかし、

「……で、この前の話なんだけどな……」

 振り返ると、ハルトとミルは廊下の先の方へ歩いて行ってしまった。


「……もう! ハルトの馬鹿ー!! 」


 ツバサの怒鳴り声だけが廊下に響き渡った。



 ********************



「……香月ハルト君、ですよね? 」


 ハルトは突然下校中、一人の女子生徒に呼び止められた。その女子生徒は戦闘教育科ではなく、救護科の制服を着た、栗色のポニーテール、大きな瞳にスラリと伸びた手足が特徴で美しい。


「見ねえ顔だけど、何か用か? 」

 振り返り、その女子生徒の前に立つ。

「ちょっと何よアンタ? 私に黙ってハルトに……んんっ! 」

 ミルがハルトと女子生徒を遮ろうとするが、

「ミル、ちょっと黙っててくれ」

 と、ハルトに軽くあしらわれてしまった。


「わ、私、ゼノビアと申します! あ、あの……これ、読んで下さい! 」


 ゼノビアは自らの名を名乗り、白い便箋に包まれた手紙をハルトに渡し、一目散に走り去って行った。


「……一体、何なんだ? 」

「ハルトー! 何で私を邪魔者扱いしたのよー! 」


 怒るミルの顔を左手で防ぎ、右手に持つ便箋を見つめた。一体何の手紙で、どんな内容なのか想像もつかなかった。


「お! ラブレターじゃねーか! これ、誰にもらったんだよハルト!? 」


 背後から突然手紙を覗いたのはレオルだった。


「ラブレター? 何だそれ? 」

「ラブレターってのは、好きな相手に文章で気持ちを伝える一つの手段だ! コレを渡して来た相手は、お前のことが好きだってことなんだぜ! 」


 便箋の封を切るとそこには、

「香月ハルト君へ


 私は以前、毒染虫に襲われた住宅街で貴方に命を救われました。その時からずっと香月君のことが頭から離れません。もし宜しければ、明日の放課後、男子寮と女子寮の間にある公園でお会いしませんか? そこで改めて気持ちを伝えさせて下さい ーー ゼノビア」

 と記されていた。


「なるほど、この都市ではこうやって気持ちを伝えるんだな。珍しいな」

「いやいや! 全然珍しくないぞ! むしろ学園生活の定番だろ! 」

 初めての体験に感心するハルトと、驚きを隠せないレオル。


「ハルト! まさかあの女に惚れたんじゃ……すぐに捨ててー! 」


 女が絡むと、ミルを止めるのも一苦労だ。




 翌日の放課後。


 ハルトはゼノビアの指定した男子寮、女子寮の間にある公園へと出向いた。


「あ、香月君」

「遅れた、悪いな」


 滅多に謝ることのないハルトが謝った。それはゼノビアだからではなく、初めての感覚に少し緊張していた所為だ。


「……」

「……」


 二人は言葉に詰まる。切り出したのはゼノビアの方だ。

「香月君、この前は本当にありがとうございました! 」

 深々と頭を下げられ、戸惑うハルト。

「いや、力のある奴が、力のない奴を守るのは当然のことだよ。俺は自分の使命を真っ当しただけだ」

 頭を掻き、照れを隠せない。


「戦闘教育科の方々でも本物の毒染虫相手には歯が立たなかったのに、香月君は強いんですね! 」

 ゼノビアは目を輝かせ見つめて来る。その視線に対して見つめ続けていられないハルトは、

「ど、何処か座って話そうぜ! 」

 と、上擦った声でそう言った。


 近くにあったベンチに座り、学園都市シュベルツの景色を眺める。土地が高いため、シュベルツ全土が良く見える。

 必死に言葉を探すが、何を話していいのか分からない。ハルトは自分の気持ちの変化に疑問を抱いた。


 ……俺はゼノビアが……す、好きなのか!?


「香月君! こ、今度のシュベルツ祭なんだけど……一緒にお祭りに行きませんか!? 」


 突然ゼノビアがそう言い出した。ゼノビアは断られるのが怖いのか、目を閉じて頭を軽く下げ、右手を前に差し出した。

「何で俺となんかが良いんだ? 他にも男は幾らでもいるだろ? 」

 ハルトは空気の読めない発言をした。断るつもりはないが、対応の仕方が分からないのだ。


「いつも隣にいる方には失礼な事だとは分かっています! だけど、香月君に何か恩返ししたいんです! 」

「ああ、ミルのことか」


 辺りは日が暮れ始め、公園の電灯には電気が点いた。寮へと帰って来る生徒も増えて来た。

 この状況を見られたくはない。


「……分かった。本当に俺で良いなら一緒に行くよ」

「本当ですか!? ……やったー! ありがとうございます! 」


 ハルトが承諾すると、ゼノビアは見た目とは裏腹にはしゃぎ出した。ハルトの手を握るが、ハッと気付いた二人は頬を赤らめ目を逸らす。


 すると、

「……ハルトー! どこ行ったのー? 」

 と、ハルトを探すミルの声が聞こえて来た。この現場を見られるのは面倒だ。


「じゃ、じゃあ今日はもう帰るよ! 」

「あ、はい! おやすみなさい! 」


 ミルの声が近付いて来る。ハルトは凄まじい勢いで男子寮へと帰って行った。





 午前0時。


 ハルトは謎の殺気、そして複数の気配に目を覚ました。その殺気と気配は寮の外から感じられる。その禍々(まがまが)しい殺気からして、只者ではないことが分かる。

 しかし、凄腕の殺し屋だとすれば殺気は断つ筈だ。


 ……だとすれば、これは一体……?


 どの道誰かが狙われていることは明白だ。ハルトが自分で確かめざるを得ない。


 寮から周囲の気配を察しながら表に出る。寮の周りは多くの木々が並び、身を隠すには最適だ。


「……急に気配が消えた? 一体どこに……!? 」


 そこまで言うと、ハルトは考えるのを止めた。再び気配を察知した頃には、既にハルトは謎の敵に囲まれていた。

 聞こえて来るのは風と擦れる草木の音。明かりは月の明かりだけで、辺りはほとんど暗闇である。

 五感を研ぎ澄ませ、臨戦態勢に入る。

 音、温度、匂い、全ての感覚を感じる。


「……そこか」

 ハルトは男子寮の屋根の上を指差した。

 すると、

「あーあ、バレちゃったー」

「お前本当に気配隠すの下手過ぎだな」

「さすがあの香月ハルトだぜ! 」

 と、屋根の上にいた奴はおろか、木々の陰から続々と黒いマント、そして鬼の仮面を被った者達がハルトの前に姿を現した。


「てめえら、殺し屋か? 」


 ハルトは身構えて聞く。

「殺し屋ねー、俺達をそんなんと一緒にせんでくれやー」

 その中でも一番小柄な男がハルトの前に立った。


「俺達は……」

「……ハルトー! 」


 男が何かを言いかけると、背後からの大声が言葉を遮った。


「み、ミル!? 何で来た!? 」

「殺気を感じたんだよー! こいつら一体何なの!? 」


 ミルは靴も履かず、その姿から慌てた様子が分かる。

「お、かわいこちゃん発見ー! 」

「おい、任務を忘れるなよ? 」

 仮面の男達は、ミルをも巻き込む様だ。


「ミル……」


 ミルの力を借りようとしたが、躊躇った。ミルの正体を何人たりとも知られるわけにはならない。

「ハルト? 」

 ミルが不思議そうな表情で尋ねて来る。


「下がってろミル! 」


 そう怒鳴り、ミルを男達に近付かない様にした。

 そして、少し間が空き、ハルトは無言で男達に体術のみで挑み掛かった。


「おおー! いさぎええなー! 」

 一番小柄な男に殴り掛かる。しかし、その男の5m程手前で瞬時に踏み止まった。

「あら? 何でやねん! どうしたんー? 」

 小柄な男はそう言っているが、ハルトは好判断をした。その男から一番禍々しい殺気を感じたのだ。


 恐らくこいつがボス……


「ハルト、後ろー!! 」


 ミルの声に反応し、後ろの敵に気付く。かなり体格の良い大男二人が目の前まで接近していた。

 二人は身体の倍はある巨大な斧を振り回す。前後に立つ抜群のコンビネーションで、一撃目を躱した直後にもう一人が二撃目の斧を振り下ろす。

 まともに当たることは避けられたが、右の頬に僅かな切り傷を付けられた。


「なかなかやるな。俺達二人を素手で相手にするなんてな」

「お褒めの言葉、どーも」


 その言葉と同時に、再び二人の攻撃が開始される。

 前方の男が斧を振り下ろすと、その斧が地面に深く突き刺さり抜けなくなった。それを好機と見たハルトは、その男の背後から来る後方の男の振り下ろす斧の柄を蹴り、遠くへ飛ばす。

 そして、前方の男の顎を目掛けて右拳を叩きつけようとした。

 しかし、

「おいおい、背中ガラ空きじゃねーか」

 と、背後から猛烈な衝撃を受け、男子寮の壁へと飛ばされた。


 そのまま壁に打ち付けられ、かなりのダメージが残る。口内が切れ、血の味が口内に広がる。

 起き上がり、男達を睨みつける。しかし、この状況を打破する手段が見つからない。


 すると、恐れていた事態が訪れた。


「ハルトに……ハルトに手出しすんじゃねえー!! 」


 ミルがそう叫んだ。ミルが口調を悪くした時は、完全に理性を失っているサインである。

「馬鹿! 止めろミル!! 」


 うあぁぁぁぁー!!


 ミルの身体から眩い光が放たれる。

 そして……漆黒の刀へと変化してしまった。

「へえ! こりゃあ面白いもん見れたわぁ! 」

 小柄な男が黒刀ミルの正体に一早く気付き、拾い上げようと黒刀に近付く。


「ミルに触るなぁー!! 」


 烈風の如く凄まじい速さで黒刀に近付き、男よりも先に拾った。

「おいおい、勿体ぶらんと俺にも見せてくれや! 」

 しかし、怒りに満ちたハルトに男の言葉は聞こえていない。


 鷹の様な目付きで男達を睨みつける。


「まるで虎狼の目やな。これは用心せんとあかんわ」

「俺達に任せろ! 」


 先程と同様、斧を持った大男二人組が襲い掛かって来る。


「待て! 止まれ! 」


 小柄な男は、ハルトの脅威の気迫を警戒し二人を止めようとした。

 しかし、

『死ね小僧! 』

 と、二人組はハルトに向かって斧を振り下ろす。

 ハルトも黒刀を前方の男に向けて斬りつけた。

 斧の刃と黒刀の刃が触れる。通常ならば、そのまま互いが弾かれる。

 しかし、黒刀は斧の刃を斬り裂き、斧を真っ二つにした。そしてその勢いで、後方の男の首を斬り落とす。すぐさま振り向きざまに前方の男の首も斬り落とした。


「只者じゃねーぞアイツ……いや、あの刀か」


 細身で長身の男がそう呟いた。

 そして、

「次は俺が相手になろう」

 その男がハルトの前に立った。

 すると、男子寮女子寮共に幾つもの部屋の電気が点いた。ハルトが寮の壁に叩き付けられ、騒音に気付いたのだろう。


「おい、今日はこの辺で引くで! 他の奴に見られるわけには行かへん! 」


 突然小柄な男が慌てた様子を見せた。

「……香月ハルト、また会おうや」

 そして、仮面の男達は一斉にその場から音も無く逃げ去って行った。


 男達が逃げ去ると、ミルは黒刀から元の姿へと戻った。

「ミル……無事……か……」

 ハルトはそう言うと、ゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 大男二人組の斧の刃には神経毒が塗られていた様だ。ハルトの頬の僅かな傷口から毒が入り、意識を失う。


「……ハルト? ハルトー!! 」


 すると、女子寮からイシュダルと生徒会の女子生徒が四人ミル達の下に走って来た。

「ミルさん! この状態は一体何なのですか!? 話を聞かせてもらいます! 」

 イシュダルの指示により、ミルとハルトを二人ずつで捕らえた。動くことのできるミルだけが、その場から連行される。


「ハルトを助けて!……ねえハルト! ハルトー!! 」


 暗闇が広がる静かな夜に、ミルの叫び声だけが響き渡った……


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