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【episode9 〜決闘の刃〜】

 図書室には異臭が漂っていた。獣や人間の死体が放置されているのだから無理もない。カーテンが閉められ、部屋は昼間にも関わらず暗い。


「あら? お客様? 珍しいですわ」


 部屋を見回していると、奥の本棚から眼鏡を外しているアリシアが出て来た。着ている白衣には獣の返り血がベッタリと付いている。


「……お前、ここで何してるんだ……? 」

「え? 何って、生物の解剖ですわ? 」


 あっさり言うアリシアに、ハルトは少し恐怖を感じた。


「あのー……」


 すると、アリシアは目を細めてハルトをじっくり見つめた。


「何だ? 」

「……どちら様でしょうか? 」


 そう言われた途端、ハルトはずっこけてしまった。ついさっき殺そうとした相手を忘れていたからだ。


「てめえ! さっき俺を殺そうとしただろうが! 勝手に忘れてんじゃねえぞ! 」

「殺そうとした……? 」


 それでもアリシアは首を傾げている。こちらに来ようとしたが、アリシアは足元の豚の死骸につまずいた。それを見て、ハルトはようやく気付いた。


「てめえ! さっさと眼鏡を掛けろ! 」


 アリシアは視力がかなり悪い様だ。眼鏡がすぐ隣の机の上に置いてあるが、それさえも見えておらず、あたふた眼鏡を探している。


「眼鏡……眼鏡……」

「ほらよ」


 眼鏡を取ってアリシアに渡す。

「あ、ありがとうございます……」

 御礼をして眼鏡を掛けると、アリシアはハルトに気付いた。


「あ、先程の方でしたわね! ……それで、私に何のご用件でしょう? 」

「俺と決闘しろ」

「……決闘? 」


 アリシアは首を傾げ、

「何故私と貴方が決闘しなければならないのでしょう? 」

 と言った。


「俺はこの学園最強になる。学園長や生徒会長からの命令なんか聞きたくねえからな」

「学園長やイシュダルの命令が聞けない? それは一体何故でしょう? 」


 ハルトは昨日の事件を全て話し、今日イシュダルに言われたことも話した。

 それを聞いたアリシアは、

「イシュダルが言うことだから間違いはありませんわ。実力はイシュダルと互角と言われているようですが、私は彼女をとても尊敬しておりますの。それを悪く言う様ならば、私は容赦しませんわよ? 」

 と、殺気のこもった笑顔でそう言う。


 その殺気は、ハントでさえも感じられた。しかし、その時ふと疑問に思った。


 俺とミルが殺されかけた時、ミルはアリシアからは殺気を全く感じられなかったと言っていたけど、今は俺でさえ感じられた……

 何故だ……?


 その疑問を心の中に留めておく必要は無い。


「さっきの攻撃は俺達を本気で殺そうとしたのか? それとも……」

「いえ、試しただけですわ。この都市に現れた蜈蚣ムカデ型毒染虫を討伐した方々を。もし私の攻撃で死んでしまう様なら、あれはマグレだったと思わざる得ませんでしたが、そうではなくて助かりましたわ」

「助かった? こっちは危うく死にかけたんだぞ!? しかも、助かったのは俺達だ! 」


 感情を露わにするハルトと、淡々と物を言うアリシア。


「……それと、この死骸や遺体は全部てめえが殺ったのか? 」


 ハルトは部屋中の様々な肉の破片や骨の欠片などを見て、少々気分が悪くなって来た。

 何よりも異臭が酷い。


 一体この部屋は何なのだろうか? 図書室のはずでは無いのか?


「えーっと、ほとんどは私ではありませんわ。あくまで私は死体と遺体を解剖して、研究するだけですもの。それに、私が殺そうとすると、相手の肉を炭にしてしまうので研究には使えませんわ」


 アリシアは恐ろしいことを笑いながら言っている。

 ハルトは唖然とその姿を見ている他なかった。


「それで、決闘致しますの? 」


 アリシアがそう言って来たが、もはやハルトに戦う意思は無くなっていた。


「いやいいや。アンタに解剖も、炭にもされたくねえからな」

「あら、それは残念ですわ。ちょっと楽しみにしていましたのに」


 アリシアは分厚い本を持ってそう言った。


 用が済んだハルトは図書室から出ようとする。すると、

「貴方のお名前をお聞かせ下さいませんこと? 」

 とアリシアに呼び止められた。

 ハルトは立ち止まり、アリシアに振り向いてこう言った。


「香月ハルト。てめえに勝つ男の名前だ。覚えとけ」




「ちょっとハルトー! 私を置いてどこ行ってたのー!? 」


 案の定、午後の授業が始まる前にミルの下に戻ると、ミルは膨れっ面で怒っていた。

「悪い悪い。屋上であった、あの女の所に行ってたんだよ」

 ミルの頭を撫でてそう言うと、

「あー! あの女ね! ハルトまさか、あの女に誘惑されたんじゃ……!? 」

 と変な誤解をされてしまった。


「ば、馬鹿! んなわけねえだろ! 本気で殺そうとしたのか、調べに行っただけだ! 」

「なーんだ! てっきりハルトは、私みたいな美少女よりも、巨乳の魔女の方が好きなのかと思ったよー! 」

「お前、俺をそんな風に見ていたのか!? 」


 すぐに誤解が解けたが、ミルはまだ怒っている。

「今度から、私もちゃんと連れてってねー? 私とハルトはずっと一緒なんだもん! 」

 そう言って、いつも通りハルトの左腕を抱き締めた。

「分かったよ。……じゃあそろそろ授業に行くか」

 二人は教室へと向かって行った。




 ツバサは寮の部屋で寝込んでいると、コンコンとドアをノックする音が聞こえ、起き上がった。

「はーい? 」

「……俺だ」


 ぶっきら棒なこの声は!


「何の用? 香月ハルト」

「邪魔するぞ」


 ドアを開けると、ハルトはズンズンと部屋に入って来た。

「ちょ、ちょっと! ここ女子寮よ!? 勝手に入って来てんじゃ……」

「てめえの見舞いに来たって行ったら、管理人が快く入れてくれたぞ? 」

 ハルトはツバサに一本の剣を差し出した。


「これ、俺がここ(シュベルツ)に来る前に買った業物だ。毒染虫を二、三体斬った程度だからまだ使えるだろう。手入れもしてあるしな」

「ちょっと、何で私に? 諦めろって言ったじゃない!? 」


 ツバサは受け取った剣を、ハルトに押し返す。


「……聞いたんだよ、レオルから……お前の過去のこと」

「……え? 」




 ハルトがツバサの見舞いに行く30分程前……


 午後の授業を終え、ミルと街にでも出掛けようとしたその時、レオルに呼び止められた。


「おーいハルトー! 」

「おう、どうしたんだレオル? 」


 レオルは不安そうな様子だ。


「ツバサが昨日も今日も学校休んでるんだよ。アイツ、今まで一度も学校休んだことなんてないのに……」

「まあ、確かにあの熱血馬鹿は風邪なんか引きそうもねえしな。……で、それを何で俺に教えたんだ? 」


 すると、ハルトはレオルに連れられ、コロシアムに来た。二人はコロシアムの中心に立ち、レオルがハルトを見つめた。


「急にどうしたんだよレオル? 俺とやる気か? 」

「突然で悪いがハルト、俺と体術で決闘してもらう! ……行くぞ! 」


 言葉を返す間も無く、レオルはハルトに攻撃を仕掛けた。

 冗談で言ったつもりが、本当に戦いを挑まれるとは思ってもいなかった。

 そもそも、ハルトにはレオルと戦う理由が無いのだ。しかし、レオルは御構い無しに殴り掛かって来る。


「おいレオル! よせよ! 急にどうしたんだ!? 」


 ハルトがそう言うが、レオルは左拳、右足下段蹴り、左足上段蹴りが次々と攻撃を仕掛ける。

 何度もハルトが問いかけても、返って来るのはレオルの拳と蹴りだった。

 諦めたハルトは、レオルの左拳をかわさずに右手で受け止めた。


「やっとやる気になったな! 」


 レオルは、ハルトの胸部目掛けて力一杯に左回し蹴りを仕掛ける。たくましい身体付きから放たれるその蹴りの威力は想像以上に強く、両腕で防いだが、その衝撃で7、8m程吹っ飛ばされてしまった。

 すぐに起き上がり、レオルの猛攻をかわす。レオルの力任せな戦闘スタイルは、ハルトにとっては鴨だった。


 相手が仕掛けて来た決闘に躊躇する必要は無い……


 ハルトはそう呟き、レオルの身体全体を見つめる。

 レオルが左足を地面から離す。これは先程の左回し蹴りと同じタイミング、同じスピード、そして同じ力が掛けられていた。

 同じ戦闘では一度見た攻撃は残像に残り、忘れることはない。


 ハルトは、右足一本だけで立っている状態を見逃さない。

 瞬時にレオルの背後に回り、身体の全体重を支える右足を、ハルトは自身の右足で払った。レオルは身体を支える部位が払われたことにより、身体が宙に舞った。


 レオルの身体が空中で仰向けに、そして地面と平行になったその時、ハルトは右足を高々と上げた。そして、レオルの腹部目掛け、目一杯にかかとを振り下ろした。


 ぐほぁぁぁぁー!!


 レオルは地面に倒れ込み、腹を押さえるもだえる。


「馬鹿野郎、お前じゃ俺には勝てねえよ……」


 レオルは口から少し血を吐き出したが、

「へへっ、やっぱり強えなお前は」

 と手で口を拭い、笑っている。


「なあ、聞いてくれハルト」


 ダメージの大きいレオルは、仰向けに倒れたまま話し始めた。


「俺とツバサが初めて会ったのは10歳の頃だ。

……俺達は、軍事国家タタロスの西にあるクロッカスという長閑な国の出身なんだ。

俺の家は農家やってて、大した暮らしは出来なかったけど、それなりに楽しかった。

それに比べて、ツバサの家は国の政治家で、裕福な家庭だった。俺達は生き方は違えど、教育施設ではすぐに仲良くなった。

ツバサはいつも笑顔で皆に好かれていた。


……けど、それはすぐに終わった。

……貧困で困り果てた少数の国民が反政府の組織を密かに作っていて、そいつらがツバサの家を襲ったんだ。

両親どころか、一番大事にしていた弟までもが殺された。ツバサは2年間、エターニア王国の富豪に奴隷として売り飛ばされた。


……それからはどうやってここまで来たかは分からない。聞いて過去を思い出させるのも可哀想だからな。


だけど……ツバサは家族が襲われた事件の日から心から笑えなくなっている! それは俺にしか分からない!

俺は時々悲しそうな表情をするツバサを見ていられないんだ!


……頼むハルト!

ツバサは、もう自分の大事な人を死なせたくない一心で強くなろうとしている!

だからお前がアイツを強くしてやってくれないか!? 」


 涙ぐんでレオルはゆっくり起き上がり、土下座をしてハルトに頼み込む。しかし、

「……嫌だね。面倒くせえし、第一お前が守ってやれば良いだろ? 」

 とハルトは返答した。


 それでも、

「頼む! 頼むよハルト! お前にしか頼めないんだ! 」

 とレオルは何度も何度も頭を下げる。


「……今度、何か奢れよ? 」


 そう言ってハルトは振り返り、コロシアムから出て行く。


「すまない……ありがとうハルト……ありがとう……」


 ハルトが出て行っても、レオルはひたすら頭を下げ涙を流し続けた……




 ハルトは先程起きたことを話し終えた。

「っていうわけだ。これはお前のためじゃねえ。レオルが頼んで来たから……」


 しかし、

「うぅ……」

 ツバサは顔を両手で覆い、泣いていた。


 正直、ハルトは女の涙が苦手だった。特にミルには随分手を焼かされた。


「……俺は甘くねえぞ? ダメならすぐに切り捨てるからな? 」

「……うん……ありがとう、ハルト……」


 ハルトはツバサの哀れな過去に共感し、そしてツバサの頭を自分の胸へと抱き寄せた。ツバサは堪えようとしていた涙が溢れ、ひたすらハルトの胸で泣き続けた……

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