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愚者のロゼッタ

「ハァ、ハァ。皆、足を止めるな! ミナス要塞までなんとしてでもたどり着くのだ!」


 やつれた表情をした初老の男が声を張り上げる。他の者と異なり、見事な装飾の施された鎧を身につけたこの男は“王”の地位にある。国を追われ、守るべき土地と民を蹂躙され、最後の誇りとともに篭った砦すらも失ってしまったが。

 彼らの故郷は、大陸に点在していた中規模国家の一つ、サイロ王国。大陸の大半を支配する帝国とは疎遠な関係にあったが、亜人の脅威を目の当たりにすると、その傘下に入り統一した戦線を組んだ。既に各国の戦力は壊滅状態にあったが、何とか態勢を立て直し、最後の防衛戦へと臨んだのだ。

 半島への亜人の侵入を阻止しなければ、人類は滅亡する。各国の指導者は誰もが理解していたからだ。背水の陣、不退転の覚悟を決めた兵達の士気は、今までにないほどのものだった。王は今もそう信じている。彼らは立派に戦った。


「陛下、これ以上の強行軍を続けては、更に脱落者が――」

「……追っ手がいつ現れるのか分からぬ以上、速度を緩めることはできぬ。だが、出来る限り見捨てるな」

「は、はっ」

「…………」


 だが、圧倒的な敵勢を前に、前線は容易く破られた。亜人の雑兵――獣兵には遅れをとらなかった。問題は、人間の三倍以上の大きさを誇る化け物――獣将だ。矢は通らず、剣を弾き、投石攻撃すらいなして見せる。亜人の獣将相手に、人間はなすすべがなかった。彼らに率いられた獣兵は勢いを増し、死を恐れぬ兵団へと姿を変えた。止める事はできなかった。


(あそこまで圧倒的とは。はなから勝負になるわけがない……ッ)


 そして止めとなったのが種族を率いる獣王たち。獣将が恐るべき化け物ならば、獣王は“死”を具現化したような存在だった。彼らが進む道には屍が築かれ、血は川となり地面を染め上げる。それはまさしく“死の壁”に他ならなかった。

 獣王たちの出現の後、まもなくして本陣は陥落。各国の王や武官は軒並み戦死。後方で第二波として備えていた者たちだけがなんとか逃げ延びることができた。

 突撃して名を残す選択肢もあった。だが、語る者がいなければそれに意味はない。すでに戦の趨勢は決しているのだから、今死ぬか、後で死ぬかの差だけである。サイロの王は後者を選択した。


「なんとしても最後まで生き残るのだ! 最後まで醜く足掻き続け、サイロ人の意地を、この世界と大地に刻みつけようぞ!」


 最後の死に場所を兵士たちに与えるため、サイロ王に続いて後詰の王達も兵を反転させていった。死後の世界とやらがあるならば、臆病者の誹りを受けることは覚悟の上であろう。

 戦場から退却した後は、サイロの民を連れて山岳へと上がり、簡素な砦を構築した。敵の目を引きやすいミナス要塞よりも、険しい山岳のほうが長く生き延びられる可能性があったからだ。最後まで帝国の傘下にいたくはない気持ちもあったが。


(……やることなすこと全てが裏目。王を名乗る者として実に情けない。何より情けないのは、それでも民や兵が私の後に着いて来てくれることだ)


 サイロ王の目論見は外れ、亜人の軍勢は僻地への侵攻を優先させたのだ。恐らく、ミナス要塞は最後の仕上げに残すつもりなのだろう。彼らの勝利を盛大に祝福するために。


「へ、陛下、前方に亜人の軍勢! その数は千を越えます!」

「先鋒に獣将が五匹、更に巨大な猪の化け物がいますッ!! あ、あれは、あれは獣王ですッ!!」


 前を進む兵が悲痛な顔で絶叫する。歪な長槍を構えた猪型の大型亜人。その中央で己を誇示するように得物を掲げているのは、獣将を更に一回り大きくした醜い化け物。長い舌を横に裂けた口からだらりと垂らし、充血した目で獲物を見定めている。手には禍々しい髑髏が記された大斧を構えている。一振りで数人がなぎ倒されるであろう。

 これが、“死の壁”として人間の前に立ちはだかった“獣王”だ。


「薄汚い人間が必死になって足掻く姿は面白ぇな。知ってるか? お前らは昨夜からずーっと包囲されていたんだ。食欲を抑えるのに苦労させられたんだぜ?」

「お、おのれ! き、貴様も道連れにしてくれる!」


 いきり立った勇敢な兵士が突貫する。猪の獣王に槍がたどり着く前に、控えていた獣将の巨大な腕が頭を掴みあげる。涎を垂らしながら嘲りを浮かべると、兵の腸を噛み千切り、胴体を折り曲げ、原型のない肉団子にしてしまった。


「人間がいなくなりゃ、俺たち神獣の時代が始まる。そうなったら、どの部族が大陸を制するかはわからねぇ。どいつもこいつも油断ならねぇ奴ばかりだからな。……だがよ、姿形の違う俺たちに一つだけ共通していることがあるんだ。お前、それが何だか分かるか?」

「……き、貴様らの考えなど分かるわけがない!! 罪深き亜人どもめが!」

「……そうやって、てめぇら人間が、偉そうにふんぞり返ってるのが死ぬ程我慢ならねぇってことだよ!!」


 猪の獣王が咆哮すると、その衝撃でサイロ王は吹き飛ばされる。地面へと強制的に跪かされ、全身は泥まみれ。王としての威厳は完全に喪失している。

「いい様じゃねぇか。なぁ、今まで家畜扱いしていた連中に、生きたまま貪り食われるってのはどんな気分なんだ? 教えてくれや、人間の王様よ」


 獣王が指で合図すると、殺気だった猪の獣兵たちが隊列を形成する。次の合図で、彼らは突撃してくる。こちらの兵の戦意は完全に失われている。戦いになるわけがない。

 それでも、サイロの王はよろよろと立ち上がり、叱咤した。最後の最後まで王であるために。


「サ、サイロの誇りを見せるのだ! 惨めであろうと、最後まで我々は足掻くのだ!!」

「てめぇら、食事の時間だ!! どいつもこいつも八つ裂きにして、骨の髄まで貪りつくせッ!」


 獣王が檄を飛ばす。猪の獣将たちがそれに応え、怒声を上げて人間たちに駆けはじめる。

 サイロ王と、兵、民達が覚悟を決めたその瞬間――。

 何かが大地を抉り、猪の先頭集団を吹き飛ばす。岩へと叩きつけられた獣将たちは、一人残らず腸と喉下を抉り取られている。急所への二撃、間違いなく即死だろう。


(な、なにが起こったのだ)


 良く見えなかったが、突如として、“何かが”上空から落下してきたのだ。

 そしてその“何か”は、今、王の目の前に立っている。鎧を身につけ、光を帯びた剣を持つ少女だ。全く怖気づくことなく、猪の獣王へと話しかけはじめた。


「別にこいつらがどうなってもいいんだけどさ。魔物がご機嫌にふんぞり返ってると、虫唾が走るのよね。後、偉そうに演説してるのを聞くのも苛々するし。ねぇ、アンタもそう思わない?」

「……誰だ、てめぇは」

「どうせすぐ死ぬんだから、誰でも良いじゃない。数だけは多いみたいだから、あまり手間取ってらんないのよ」

「我を愚弄するかッ!!」

「――じゃ、悪いけどいくわよ」

「なめるな、人間ごときがッ!!」


 猪の将が大斧を一閃させる。巨大な斧が唸りをあげて少女の身体に降りかかる。最悪の惨劇を想像し、サイロ王は思わず顔を背けてしまう。

 ――が、次の瞬間、猪の将の首が勢い良く跳ね上がった。


「グ、げ?」

「魔法は使えず、図体がでかいだけで隙だらけ。王を名乗るくせに魔王の足元にも及ばない。第一、神の獣を自称するなら口から火ぐらい吐いてみたら?」

「ど、どぼじで? 不斬の、おでの、がらだが。獣神様がらもらっだ、だいじな、おでの、がらだが」

「アンタが弱いからじゃないの。そのザマで“獣王”なんて、笑わせるんじゃないわよ」


 少女は興味なさそうに呟いた後、恐怖と驚愕に染まる獣王の顔面を踏み潰した。

 種の最強の存在“獣王”が討ち取られた事に、絶句し呆然とする猪の獣兵たち。しばらくすると、その身体から黒い瘴気のようなものが発生し、霧散していく。戦意を完全に失った猪たちは恐れ戦き、二足歩行することすらやめて一斉に潰走していった。甲高い悲鳴を上げながら。


「なるほど。敵の大将格をやりゃ、雑魚共は戦意を失うのか。これなら手間が少し減りそう。……ねぇ、アンタは知ってた?」

「え?」

「アンタよアンタ。偉そうな格好してんだから、そんぐらい知ってたんでしょ」


 急に話しかけられたため、暫し呆気にとられる。慌てて気を取り直し、質問に答えることにする。誰かは知らぬが助けてもらった恩人だ。


「あ、い、いや。余はそのような話は聞いた事がない。そもそも、このような化け物を討ち取るなど、常人には不可能だ。こやつら獣王たちは、“死の壁”と呼ばれておったほどなのだから」

「死の壁? 馬鹿馬鹿しい。ご覧の通り、こいつらは殺せるわ。あとはアンタらの頑張り次第でしょ。頭使って勝手にやりなさい」


 少女はそういうと、血糊を払い、先に進もうとする。


「ま、待ってくれ。どこへ行こうというのか。そなたのような強者がいれば心強い。もしよければ、我らとともに――」

「絶対に嫌よ。人間を守るのは私の使命じゃない。それに今忙しいから。目に付いた魔物片っ端から殺して、さらに根元を潰さないといけないでしょ」


 嫌悪の表情で拒絶した後、少女は面倒くさそうに頭を掻く。渇いた血糊が張り付き、痒みを覚えたらしい。

「ね、根元とは?」

「そもそも獣が突然変異なんておかしいでしょうが。しかも人間への凄まじい憎悪を抱いて? 中々面白い話だけど、こういう話には大抵裏があるものなのよ。魔物を作り出すような屑は、絶対に八つ裂きにしてやる」

「……では、こやつらの出現は、作為的なものだと言うのか」

「さぁね。本当に神の仕業だったとしたら、ついでに殺してきてやるわ」


 そう言って一歩を踏み出した後、少女は立ち止まり顔だけ振り返る。心底楽しそうな表情を浮かべて。


「そうそう、アンタが無事にミナスまでついたら、あの馬鹿っぽい巻き髪娘に伝えといてくれる? 私が根元を潰すまでは、死んでも生きてろってね」



 一方のミナス要塞。

 どうしてもカードを諦めきれないロゼッタは、再び魔法陣の部屋へとやってきていた。その手にはへらを握り締め。付き従うのはモロクに加えて、馴染みの侍女たち。人海戦術でとりかかるべしと、ロゼッタは声を張り上げたのだった。


「ワン!」


 一応犬っころもいる。シェラはマルタの種芋が欲しいといって、民達のところへ行ってしまった。鎧を着ているが、もしかしたら農民だったのだろうか。だが農作業をしている姿はいまいち似合わない。

 そもそもなんでシェラが“死神”なのか。ロゼッタにはさっぱり分からなかった。そのうち本人に聞いてみようと思う。どうして死神なのかと。きっと困惑するだろうが。それはそれで面白そうだった。

 ――そして一時間後。

 やっぱりカードは取れなかった。使い慣れていないへらはクソの役にも立たなかった。侍女達はすでに別の作業へと向かってしまった。いるのは腰を擦っているモロクと、ロゼッタの顔を舐めている犬っころだけ。


「腹立たしい! こんなもの、何の役にもたたぬわ!」


 ロゼッタがへらを床にたたきつけると、跳ね返ってきたそれが自分の脛に直撃する。ちょうど良い場所に当ったため、ロゼッタは蹲り悶絶する。


「む、むぐおおお」


 声にならない悲鳴を上げるロゼッタ。モロクは溜息を吐くばかりで助けようとしてくれない。代わりに、犬っころが前脚でつんつんと脛を触ってくる。尻尾を振って楽しそうに。


「むぎゃあああああ!! 痛っううううううううう!!」

「ワンワン!!」


 痛みで床の上をごろごろと転がり回るロゼッタ。間抜けな奇声を上げながら。犬っころも喜んで一緒に駆け回る。ドレスは埃にまみれ、髪はぼさぼさ。また殿方にはとても見せられない格好になってしまっていた。モロクは中年の既婚者のため例外である。

 思う存分転がり回り、ようやく痛みが治まったとき、何かが顔にピタリと貼りついた。

 涙目になっていた痕を擦ってから、顔に貼りついた硬い何かを剥がす。


「こ、これは」


 カードだった。あれほど努力してとれなかったのに、転がっていたら取れた。世の中というのは思い通りにいかないものである。


「…………むぐぐ。し、しかし、怪我の功名というやつじゃろうか。泣きっ面に蜂にならなくて良かったぞ」


 そう呟いてから立ち上がり、カードを確認した瞬間、ロゼッタの顔が思い切り引き攣る。

 そのカードは『愚者』だった。ご丁寧に、カードの絵柄まで変化している。金髪巻き髪、偉そうにふんぞり返る生意気そうな少女の姿に。どこからどう見てもロゼッタにしか見えない。

 愚者というのは、そのままの意味を表すこともあるが、占いのうえでは他にも色々な意味がある。熱狂とか自由とか可能性とか、良い意味も一杯あるのだ。だが、このカードは確実にロゼッタを馬鹿にしている。それはなぜかというと。

 本当に小さな文字で、愚者という文字の間に“か”と刻まれているのだ。――つまり、“愚か者”だ。子供でも分かる。


「“愚者”のカードの分際で、妾を馬鹿にするとは良い度胸じゃ! 愚かな行動の報い、今こそ受けるが良いわ!!」


 カードを壁に向かって振りかぶる。カードは大事な宝物だったが我慢ならなかったのだ。頑丈とはいえこれだけ勢いをつければ確実に欠けてしまう。それでも構わぬと、ロゼッタは容赦なく全力で投げつけた。

 だが、衝突する寸前カードはくるくると回りながら軌道を変える。軽快に反転してみせると、ロゼッタの顔面――鼻頭へと勢い良く貼りついた。同時に、『ぐえっ』という鳥を絞めたときのような声が漏れる。

 再び痛みで悶絶するロゼッタを見て、モロクはぼそっと呟いた。


「……まさに、泣きっ面に蜂、いや、カードですな」

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