ロゼッタは友達が欲しい
「さてと――」
白い翼を袋にしまい、勇者は大地に降り立つ。やってきたのは黒煙の上がっていた場所。粗末な木造建築が寄り集まっていた、一応は村といえそうなところだ。中に入ろうと近づくと、生温い風に乗って独特の臭いが鼻の奥に刺さる。
とてもかぎ慣れた臭い。血と人間の焼ける臭いだ。瓦礫やら白骨を踏み分けて村の中心部へと近寄っていくと、盛り上がっている異様な集団がいた。
身体を一回り大きくし、武具を身につけ、二足歩行を可能とした獣たち。ロゼッタが言っていた亜人であろう。ここにいるのは、茶色の肌をした牛型だ。筋肉は非常に隆々としており、並の人間ならば一撃で昏倒させそうだ。人類が劣勢に追い込まれるのも頷ける。牛型の亜人は酒を飲み、野太い声で歌に興じており非常に上機嫌な様子だ。そして、彼らの手には人間のものだと分かる赤肉がある。なぜ分かったかというと、焚き火の中心に焼け爛れた人間の首がいくつも突き刺されていたからだ。弄んだらしき痕跡がそこかしこに残っている。中には人間の目玉や耳で作った装飾品を見につけている者までいる。
眩暈を覚えそうなほどの腐臭が漂う。勇者はこみ上げて来る感情を堪え、一度だけ冷静に考える事にした。
「…………」
人間の味を知り、それに愉悦を覚えてしまった獣。魔物以外の何者でもない。自然と剣を握る手に力が篭められていく。
勇者は舌打ちすると、一度だけ溜息を吐く。全く関係ない世界で、わざわざ危険に飛び込んでいこうとする自分。実に度し難い。
だが、それでもだ。自分は勇者なのだから、絶対に見逃すわけにはいかない。
「やっぱり無理。ここがどこだろうと、関係ないわ。大事なのは――」
勇者が無造作に歩み寄ると、焚き火を囲んでいた魔物たちが慌てて立ち上がる。得物を手に取ると、牙を剥きだして威嚇してくる。
だが、こちらが一人だと分かると、厭らしい笑みを浮かべ始めた。
勇者は大地を踏みつけると、そのふざけた顔面目掛けて右拳を突き出した。
「――グゲッ」
目玉と脳漿が炸裂し、魔物達へと降り注ぐ。勇者は歯を剥き出すと、
「勇者は魔物を殺すために存在する。だから、お前達は皆殺しだ」
勇者は剣を構えてそう告げた後、怒りで震える魔物の群れに斬り込んでいった。
一方、夜を迎えたミナス要塞。
死神の名前を聞きだす事に成功したロゼッタは、さらに親睦を深めようとあることに付き合ってもらおうとしていた。
そのために必要な道具を取りに行く途中、薄い髪の毛を翻らせた養育係のモロクに出会う。
「ちょうどよいところに。シェラはまだ食堂にいるのかの?」
「これは姫。シェラ様でしたら、さきほど外に出て行かれましたぞ」
「そ、外じゃと!? 一体何をしにじゃ!」
夜に要塞の外に出て行くなど自殺行為のなにものでもない。昼間は小さいながらも食料を自給するために、農作業を行う者もいる。当然護衛の兵士を配置してだ。それもあくまで太陽の出ている昼の話。
夜は危険すぎる。亜人の中には夜行性の者もおり、この要塞に逃げてくるまでに何人も連れ去られてしまった。連れ去られた後どうなるかは言うまでもない。
「はい、この半島で栽培されているマルタ芋の話をしたところ、大変興味をもたれたようでして」
「マルタ芋なら、この要塞にも山ほどあるであろうが!」
「そう申したのですが、この目で栽培されているところを見たいと」
「こ、この戯け者が! どうして強引に止めぬのだ!」
「お、襲い掛かってきたら返り討ちにしてやると、大鎌を持って笑っておいででしたので。私では止めようにも止められませぬ」
「至急迎えにいくのじゃ! 元の世界に帰す前に死なせてはならぬ!」
と、大騒ぎをしていると、前方からシェラが何事もなかったかのような顔で現れた。両手で何かを引き摺りながら。
「こんな夜更けに、そんなに騒いでどうしたの?」
「ぶ、無事じゃったのか!」
「なんか変な鳥が襲い掛かってきたけど、芋は大丈夫だった。うるさいから頭は潰しちゃったけど」
引き摺っていたのは、頭部のない鳥型の亜人。背中には小型の鎌が突き刺さっている。
ロゼッタはこんな間近で亜人を見たのは初めてだったので、思わず顔が引き攣る。
「ほ、本当に死んでいるのかの?」
「動かないから、多分」
「ど、どれ」
つんつんと指でつついてみる。でかくして、防具を身につけている以外は普通の鳥と変わりない。体はまだ温かく、先ほどまで生きていたということを感じさせる。
「ねぇ、亜人って人間じゃないんでしょ?」
「う、うむ。そもそも亜人というのは、“人間のできそこない、半端者”と、我らが見下してつけた別称じゃ。こやつらは自分たちのことを亜人ではなく、神獣と称しておるな」
「じゃあ、人間じゃないんだ」
「そういうことじゃな。うむ、どうみても人間ではないじゃろ」
しつこく念をおしてくるシェラに、ロゼッタは深々と頷いてみせる。
「なら安心して食べられる。夜食と明日の朝食は焼き鳥にしよう」
「――え。そ、それを食べるのか?」
「だって鳥でしょ。こんなに大きい鳥肉を食べるのは初めて。沢山あるから、ロゼッタにも分けてあげる」
鼻歌を歌いながら、シェラは死体を引き摺って去っていってしまった。暫くすると、食堂の方角から凄まじい悲鳴が立ち上った。
哀れな調理人が巻き添えを受けたのだろう。
「う、うーむ。物は試しとも言うが、どうしたものかのう」
「わ、私は遠慮しておきます」
「ならば、妾はご相伴に預かるとしようかの。どうせそのうち死体を貪られるのじゃ。そうなる前に食ってくれようぞ」
ロゼッタは長袖の服を腕まくりすると、一度気合を入れて食堂に向かって歩き始めた。
一人というのはあれなので、近衛兵と警戒していた歩哨たちを道連れにして。
食べるまでは非常にアレだったが、口にしてみると意外といけた。普通の鳥と全く変わらない味。兵士達も同じ感想を抱いたようで、あっと言う間に鳥料理は片付いてしまった。久々の肉という事で食が進んでしまったのだろう。
ちなみに、シェラは少しだけ膨れていた。自分の取り分が大幅に減ってしまったからだ。そのお詫びとしてロゼッタ秘蔵のお菓子をあげたところ、機嫌はあっと言う間に直った。
――次の日。
勇者と太陽の少女は相変わらず戻らない。犬っころは要塞の中を楽しそうに駈けずり回っている。子供達に遊んでもらって満足そうである。
ロゼッタは今日こそシェラと親睦を深めようと、先に道具を取りにいくことにした。シェラには妾がいくまで食堂で待っていて欲しいと予め告げて。モロクが私も手伝いましょうと付き従っている。
やってきたのは召喚の儀を執り行った部屋。まだ魔法陣は描かれたままで、カードもそのままの状態だ。開かれているのは、死神、正義、太陽、戦車の四枚。他のは全て魔法陣の周りに伏せられている。
「うむ、あの騒ぎでなくなっていたかと思ったが全部あるようじゃ。妾のお気に入りだからのう」
「このカードがですか? 確かに造りは良さそうですが」
「妾が小遣いをはたいて買ったのじゃからな。そう簡単になくすわけにはいかぬ。あの世まで当然もっていくつもりじゃ」
「姫、そのようなことは仰ってはなりませぬ!」
「やかましいのう。ほれ、さっさと拾うのを手伝うのじゃ。傷をつけてはならんぞ!」
モロクを促し、ロゼッタは部屋の中心に小走りで駆けて行く。
傷がつかないように、丁重にカードを拾おうとした。――拾えない。カードを触る事はできるが、床から引き剥がす事ができない。
「むむ」
「ひ、姫。剥がれませぬ」
「そなたがへっぴり腰だからであろう! 腰に力をいれて引き剥がすのじゃ!」
「傷をつけるなと先ほど――」
「だからといって床に貼っておいてどうするというのじゃ! ほれ、さっさとやらぬか!」
ぐぬぬと力を入れて、引き剥がそうとする。だが、裏に伏せられたカードが剥がれる気配はまったくない。モロクも同様だ。肌の見える頭が赤く染まっている。頑張っているのは認めるが、結果がでなければ無意味。それはロゼッタにも当てはまるが。
「ひ、姫。あとで兵士たちを呼んで剥がすのを手伝ってもらいましょう」
「こんな馬鹿馬鹿しい事に兵達の手を煩わせるわけにはいかぬ。それに、妾は今このカードが欲しいのじゃ」
「な、何かに使われるのですか?」
「無論じゃ。妾はシェラとこれを使って時間を潰そうと思っておる」
剥がすのをやめたロゼッタが、両手を叩いて埃を落す。
「召喚の儀に用いた、このカードをですか?」
「これは本来は、妾が占いを行なうときに使っていたものじゃ。父上や生真面目な兄上の目を盗み、勉強するふりをして妾は占いに興じておったのじゃ。結果は全て書き記してな。ちなみに誰にもバレなかったぞ」
「……そんなことをなさっていたとは。このモロク、情けなくて涙がでてきそうですぞ! 今は亡き陛下になんとお詫びすれば――」
「おかげで字は綺麗になり、日々の大切さに気づくことができたのじゃ。苔むした家訓とやらを書き写すよりは有意義だったのう」
「姫! 大ロート帝国の家訓を苔むしたとはなにごとでございますか!」
「やかましい。それでじゃ、妾はこのカードを使って未来のことまで占っておった。部屋に篭り書き上げたその記録は十年分。――そう、人呼んで十年日記」
占いの結果にもとづき、どのようにその日を過ごすかを延々と考える。そして、面白そうなことを書に書き記していく。退屈極まりない城の生活で、最も潤っていた時間と自信を持って言える。
「……占いをもとにしたということは」
「むろん嘘八百じゃ。実際は、亜人が蜂起するまで変わり映えしないクソッタレな日常じゃった。今はもっとクソッタレじゃがのう。変わりすぎるというのも考え物じゃな」
ケケケと笑いながら、ロゼッタは再びカードを剥がす作業に戻る。忙しい父や母、兄はほとんど自分には構ってくれなかった。教育係はモロクを除いてほとんど面白みのない連中ばかり。空想に耽っている時間が一番楽しかったというのも仕方のないことだろう。
そんなくだらないことにシェラを巻き込むつもりはない。ただ、占いの知識だけは一応みについているので、世間話をかねてシェラを占ってみようと思ったのだ。あわよくば、どんな人間で、どんな暮らしをしていたのか聞いてみたい。初めての同年代の少女。もし仲良くなれて、友達にでもなれたら、とても嬉しい。同年代の友達、いや知り合いすらいなかったのだから。皇族というのはそういうものだと兄は言っていたが、やはり寂しいものだ。
死ぬまでに友達を作る。今まで忘れたフリをしていたが、やはり諦めきれない。よってロゼッタは、亜人がやってくるまでの短い期間、親睦を深めようと精一杯努力することにした。
この世界で人類が滅んだとしても、誰かがロゼッタのことを覚えていてくれるなら、自分の人生には意味があったように思える。思い込めるではないか。頑張ってみる価値はある。
「……しかし剥がれんな。そもそもなんでこれは剥がれんのじゃ。もしや、役立たずな妾に対する、誰かの嫌がらせかの?」
「こんな馬鹿な真似をする暇な人間は、この要塞にはおりませぬ」
“一人を除いて”という小さな声がロゼッタの地獄耳に聞こえてくる。いい度胸じゃとロゼッタが薄く笑うと、モロクは視線をそむけた。今更どう取り繕おうと、後で髪の毛を毟ることは確定している。
「ならば、他のはどうであろうか」
魔法陣に沿って、取れるかどうかを確認していく。やはり裏返しになったものはどれもピッタリと張り付いていた。というか、表になったカードも貼り付いている。
「むむ。ぐぬぬ」
ロゼッタの大事な宝物が、床に吸い取られてしまった。やりきれない思いがこみ上げて来る。地団駄を踏んだ後、本気の本気、超全力で伏せられたカードに力を篭める。
「むぐぐぐぐぐぐ!!!」
「ひ、姫。顔が真っ赤ですぞ!」
「ぐぬぬぬぬぬ!!!!!!」
僅かにだがカードの端が浮かんだような気がした。気のせいかもしれないが、ちょっとだけ指でつかめる範囲が増えたような。
もうどうにでもなれと、両脚で踏ん張り、両指でカードを掴む。スカートが危険な感じにまくれ上がり、モロクが『あわわ』と狼狽する。
農作物を引っこ抜くような態勢で一分踏ん張った結果――。
「あ」
カードは見事にめくれた。めくれたのは良いが、その場でくるくると回転し、表になった状態でまたぴたっと貼りついた。慌てて剥がそうとするが時すでに遅し。もうこれっぽっちもめくれそうな気がしない。床と完全に一体化しているようである。
「……骨折り損のくたびれ儲けじゃったかの。どこの国の言葉かは知らぬが、実に趣き深い」
「姫、その、お召し物が」
「ああ、下着が丸見えじゃな。だが、もうどうでも良い。妾はシェラと一緒にご飯を食べる事にしようぞ。こうなればヤケ食いじゃ」
全身汗と埃まみれのロゼッタが、とぼとぼと歩き出す。
その後をモロクが追い、慌ててスカートの位置を直し始める。手拭を取り出し、顔を拭こうとすると、奇声をあげたロゼッタに残り少ない髪を毟られてしまった。
その場に残ったのは、ロゼッタの宝物のカード。表になっているのは五枚。死神、太陽、正義、戦車。そして――。
満足そうな顔で吊るされている男。血の気が失われた顔には後悔や絶望は一切ない。己の意志に殉じた事に、誇りを抱いている。
突如として黒い霧がカードを包み込むと、カードに背景が映りこみ、“吊るされた男”という題字に、一文字が新たに刻み込まれた。
黒地に白烏の旗印。それらが高らかに翻された背景――、“吊るされた男達”へと。
無敵のスター○ラチナで、この忙しさをなんとかしてくださいよう
基本的には、シリアスとギャグ半々です。今はガンガン更新ですが、原稿が戻ってきたらしばし音信が途絶えます。それまでは頑張ります!
感想、コメントは全て見ております。返信は落ち着いたらさせていただきます!