表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

死神のシェラ

「しかし、先ほどの民たちの顔は趣き深かったな。喜んでよいものやら、悲しんでよいものやら。その二つが見事に入り混じっておったぞ」


 無理もない事だ。分かりやすい竜やら神の化身やらが出てくるのではなく、こんな世界どうでも良いといった態度の少女が三人。それに犬っころ。これで万歳三唱するような脳天気な人間はさすがにいない。


「姫! 皇族に相応しくないお言葉はどうかご自重ください!」

「このような状況で皇族もクソもあったものか。妾はな、本当はずっと引き篭もっていたかったのじゃ。上流階級の付き合いなど反吐が出るほど嫌いじゃ。どこぞのボンボンでも捕まえて、さっさと楽隠居するつもりであったのに」


 ロゼッタの軽口を聞いて、モロクの血圧が上がっていく。顔は真っ赤に染まり、トマトのように熟してしまった。

 ロゼッタがこのように怠惰な性格に育ったのは誰のせいでもない。生まれつきだ。傲岸不遜、わが道を突き進む父。容姿端麗、包容力に溢れる母。勤勉で実直、全てが完璧な兄。そして怠惰で面倒くさがりのロゼッタ。実にバランスが取れている。

 落ちこぼれであることは自覚していたので、劣等感に苛まされることはなかった。むしろ馬鹿っぽく振舞うだけで、貴族連中は笑顔で褒め称えてくれる。お飾りであることさえ受け入れてしまえば、これほど楽な地位はない。あとはそこそこの顔をした性格の良い男と結婚するだけだったというのに。

 ロゼッタの人生計画は完全に狂ってしまった。八年前に亜人の蜂起が始まり、燻る火種は瞬く間に大陸を燃やし尽くした。ロゼッタの淡い夢ごとだ。なんの因果か知らないが、皇族の中で最後まで生き残ってしまうというおまけつき。野心ある有能な連中が真っ先に死んでいくとは、実に皮肉なことだ。


「それで、客人達はどうしているのだ」

「はっ、食堂にて夕食を召し上がられております」

「……“死神”もか?」

「はい。全く遠慮のない食べっぷり。調理人が疲労で青い顔をしておりました」

「あれだけの量を食った後に、よくも食えるものじゃ。食いっぷり勝負ならば亜人を圧倒できそうじゃのう」


 ロゼッタは呆れながら軽口を叩く。

 実際問題、これからどうしたら良いのかさっぱり見当もつかない。気圧されたのは事実だが、亜人相手に戦えるのかというと、そうは全く見えない。一匹二匹殺せたところで何の解決にもならない。亜人の統一連合軍は数万、数十万にまで膨れ上がっているはずだ。はずというのは、亜人の全容は最早誰にも全く分からないからである。調べようにも斥候を出せば確実に殺されてしまうし、知ったところで何の意味もない。


「ですが、召喚の儀によって現れた方々。必ずや我らに救いを――」

「無理じゃろ。なんでなんの関わりもない世界のために命をかけねばならぬ。妾なら死んでも嫌じゃ。さっさと家に帰らせろと喚くであろうな」

「ひ、姫!」

「聖人などこの世にはおらぬ。残念だが世の中とはそういうものじゃ。ふふん、引き篭もりは伊達ではないぞ。数々の伝記や物語、下々の下賎な書物まで読み込んでいたからのう。モロクの数百倍は世間に詳しいのじゃ」


 お小遣いを投入し、小間使いを通じて色々な物品を城下から取り寄せていたのだ。くだらない馬鹿話から下ネタまでロゼッタの知識は豊富である。もちろん実際に見たことや経験したことはないので、ただ頭でっかちなだけではあるが。

 

 そんなことを話しながら、ロゼッタとモロクは食堂へと入っていく。帝都ではなく要塞に築かれたものなので、簡素な造りとなっている。食材だけは豊富だ。なぜなら、消費するはずだった人間はすでに亜人の胃袋の中だから。


「味のほうはいかがかの。妾の故郷の料理じゃ。気に入ってくれれば嬉しいが」

「本当に美味しい。お代わり頂戴」

「アンタ、まだ食べるの?」

「食べられるときに食べておかないと。後悔したくないし」

「あ、それ一口頂戴」

「それは私の苺でしょうが! 苺に一口なんてあるわけないでしょうが!」

「ワン!」

「このクソ犬、邪魔すんな!」


 少女達と犬の騒がしい声が食堂に響く。それなりに打ち解けてはいるらしい。だが、食事が終わればさっさと帰らせろというに違いない。だが、それはできないのだ。

 どうやって呼んだのかも分からないのに、帰らせる方法など知るわけがない。非常に遺憾ではあるが、彼女達にはここで一緒に死んでもらうしかない。土下座しろというならばしてやっても良いだろう。自分だったら絶対に許さないだろうから。


「あー、大事な話があるのだが、その前に自己紹介をしようと思うのじゃ。妾の名はロゼッタ・ロートラック。一応この要塞の指導者をやっておる」


 ロゼッタが次を促そうとするが、誰も続かない。

 “死神”は食べることに没頭し、“太陽”は“戦車”の喉をくすぐっている。“正義”は頬杖をついて目を擦っている。

 誰もロゼッタのことには興味がないようだった。


(ぐぬぬ。だが怒ってはならぬ。彼らは巻き添えを受けたのだから。妾は全てを受け止めねばならぬ)


 ゆっくりとテーブルに近づいていき、“死神”に声を掛ける。


「の、のう。よければ食べるのをやめて、そなたたちの名前を教えてもらいたいのじゃが」

「お代わり」


 空になった皿を渡されてしまった。


「あ、えーと、はい、分かりました」

「ひ、姫!」

「い、いいのじゃ。妾など所詮は引き篭もりだった女。給仕してるぐらいが丁度良いのじゃ」


 モロクと共に、厨房とテーブルを十往復したところで、“死神”の食事はようやく終わった。“太陽”と“戦車”、それに“正義”はすでに夢の世界へと旅立っていた。


「のうモロク。そろそろ妾は怒ってもよいのではないだろうか」

「姫、どうか心をお鎮めくださいませ。彼女達は神の使いやも――」


 モロクがそう呟いた瞬間、顔を伏せていた正義がむくりと起き上がり、


「神の使いなんて呼び方、虫唾が走るからやめてくれる? 次いったら全力でぶん殴るから。というか、私はさっさと帰りたいんだけど。あそこには、やることが腐るほど残ってるからね」


 黒髪をぐしゃぐしゃと掻き毟り、“正義”の少女が吐き捨てる。この様子では、正義という異名で呼んでもぶん殴られそうである。


「あ、ああ。そのことで妾は話をしようと」

「えーと、これは私の宝物、“頭が良さそうに見える眼鏡”。これをつけると――」


 “太陽”が赤髪を後ろに纏めた後、懐から小物入れを取り出し、いきなり眼鏡を付け出した。突然の行動にロゼッタの目が点になる。

 脳天気で何も考えていなさそうな表情が一変し、どこぞの参謀のようなキリッとしたものになる。威厳が滲み出すとともに、何故か口調まで変わりだした。


「今まで聞いた情報を統合すると、おそらくロゼッタ姫は私達を戻す方法は知らないのでしょう。そもそも、私達のいるこのミナス要塞は人類最後の砦。彼らは最後の救いを求めて“召喚の儀”とやらを執り行ったと思われます。間違いありません」

「……アンタ、一体誰なのよ」


 正義が太陽に突っ込みを入れている。出遅れてしまったロゼッタは内心歯噛みした。

 太陽は眼鏡を半分ほど外し、上機嫌で白い歯を見せて笑っている。


「いつも偉そうで根暗な参謀、リグレットの真似。得意技は陰口と自虐。ね、頭良さそうに見えた? ね」

「……たった今、そう見えなくなったわ。アンタはずっと眼鏡掛けてなさい」

「えーと、そこの赤髪の言う通りでな。妾はそなた等を返す術を知らぬ。そもそもが、どうやって呼んだのかも分からんのじゃ。妾は適当にやっただけなのに、なんでこんなことに」

「じゃ、元の世界に帰る方法はないってこと?」


 “正義”の目が鋭くなる。ロゼッタは思わず戦慄を覚える。


「いえ、現段階でも何個かあると思われます。一つ目は、彼女の願いを叶える事。つまり、人類を追い詰めている亜人を打ち払うことですね。どの程度なのかはさっぱり分からないけれど」


 真面目な顔になった太陽が解説を始める。だがその口元は笑っている。


「亜人、ね。実際に見て見ないとなんとも言えないか」

「二つ目は、私達を召喚したこの姫を殺すことです。そうすれば、私達は確実に元の世界に帰れます。一番てっとり早いですね」

「――え」

「な、何を言われるのか!?」


 激昂するモロクを制止する“太陽”。


「私は推測を述べたまでです。実行するかどうかはまた別問題で」


 三人の少女の視線がこちらへと集中する。殺意は篭められていないようだが、躊躇するような雰囲気もない。なんとなくだが、こいつらはやると決めたら容赦なくやるだろう。死神は鎌、太陽は槍か鉄槌、正義は光の剣。どれも痛そうだが、鉄槌と鎌はなんとなく嫌だった。


「なるほど。方法はその二つ?」

「いえ、これはちょっと特殊なのですが、もう一つあるようですね」


 眼鏡を外して太陽はニヤリと笑う。彼女の身体が光に包まれていく。


「ちょ、ちょっと! アンタ自分だけ帰る気じゃ! おい、私も連れて行けッ!」

「連れて行っても良いけど、帰る世界が違うんじゃないかな」

「うるさいッ! 自分だけ逃げようなんて甘い話が――」


 “正義”が“太陽”に掴みかかるが、すり抜けてしまう。


「うん、やっぱり上手くいったみたい。そっか、こういう仕組みなのか。頭よくなる眼鏡掛けてなかったら気付かなかった!」

「そのインチキ眼鏡か! 私にもその眼鏡を寄越せ!」

「駄目だよ。これは私の宝物だから。じゃ、私は応援つれてくるから、それまで頑張って生きててね。絶対に戻ってくるから。これは約束」

「このクソ餓鬼ッ!」

「ばいばい」


 太陽の少女は右手を折り曲げ胸元に当て、くだけた敬礼をしてみせる。その直後、光とともに太陽の姿は掻き消えてしまった。


「……あの赤毛のガキ、次会ったら絶対にぶん殴る。よし、二回にしよう」

「あ、あの。そろそろ妾の話を――」

「これは食べられないか。肉が少なそうだし、毛を毟るのが大変そう」

「わ、ワン!」


 話そっちのけで犬っころを眺めていた死神。可愛がっているのかと思いきや、食えるかどうか品定めしていたようだ。犬っころは毛を逆立てて威嚇している。


「モロク、妾は疲れたから部屋に戻るぞ。二度と醒めることのない眠りにつくことにする」

「ひ、姫、お気を確かに!」



 気を取り直したロゼッタは、とりあえず亜人について説明するために要塞の屋上へとやってきた。山岳に高らかに掲げられる禍々しい亜人の軍旗。形容し難い紋章が何個も記されている。種族全ての紋章を記したためとのことだが、悪趣味極まりない。

 時折上がる不気味な遠吠えは、亜人の威嚇の声。数日前より確実にそれは近づいている。これでは人類滅亡まで数年などとはとてもいえない。もって一ヶ月といったところか。

 本来なら軽口を叩いていられるような状況ではない。だが、塞ぎこんでいても変わるわけではない。故に、ロゼッタはいつも通りに振舞うのだ。


「……なるほどね。アンタ達は連敗に連敗を重ねて、こんな僻地にまで亜人とやらに追い立てられたんだ」

「そうじゃ。笑うなら笑うが良い。これがこの世界の人間の末路というわけじゃ。もうすぐ亜人の世が訪れよう」


 否、すでに訪れているのかもしれない。人類がこの世界にどれだけ存在しているのか。それすらももう分からない。


「それは、この目で相手を見てからにするわ。直接ね」

「どういうことじゃ?」

「私は“勇者”だからね。その亜人とやらが魔物だったら殲滅してやる。どの世界だろうと、魔物は皆殺し。そう決めているから」

「ゆ、勇者とな」

「そういうこと。だって、それが勇者の使命であり存在価値でしょ?」

「勇者の使命?」

「どれだけの犠牲を払おうとも、魔物を徹底的に皆殺しにすることよ」


 本来なら笑うべきところなのだろうが、それはできそうにない。信じるに足る迫力とやらが小さな身体から溢れている。そう、この少女は勇者なのだ。何の根拠もないけれど、ロゼッタは信じることにした。


「……じゃ、私はいくから。精々絶滅しないように気張りなさい。私はアンタ達が死に絶えようが全く気にしないからそのつもりで。守ってやる義理もないしね」


 腰の袋から白い翼を取り出すと、勇者を名乗った少女はそれを掲げて要塞から飛び降りる。自殺でもするつもりかと押さえようとしたが間に合わなかった。

 ロゼッタが恐る恐る下を見やると、低空を滑空する少女の姿があった。どういう力を使ったのかは知らないが五体満足のようだ。


「……やはり、ただものではない。本当に勇者なのか? それとも妾は白昼夢を見ているのであろうか」

「じゃあ、私が確かめてあげようか?」


 死神が右拳を握り締めている。是と答えたら確実に顔面に炸裂するに違いない。


「い、いや。今回は遠慮しておこうかの」

「そうなんだ」


 死神はその場に座り込むと、腰の小袋を取り出して豆を貪り始めた。バリボリと景気良い音が響く。


「……あっと言う間に、お主しかいなくなってしまったな」

「そうだね」

「ワンワン!」

「ああ、犬っころもいたのう。小さいから失念しておったのじゃ。どうか許してほしい」

「ワンッ!」


 ロゼッタが犬っころの頭を撫でていると、死神が小さく呟く。小さいが、良く響く声で。


「この世界がどうなろうと私には関係ないし、知ったことじゃない。人間が全滅しようが本当にどうでも良い」

「……うむ、そうであろうな。それが当然の反応じゃ」

「でも、貴方にはご飯をご馳走になったから、その借りだけは返してあげる。今まで食べた事のない味だったから」


 “死神”が笑った。


「そ、そうか! ……ありがとう。本当に、本当にありがとう」


 それは一緒に死んでやるという言葉と同義のように思えた。多分違うだろうが、ロゼッタは本当に嬉しかったのだ。

 それに、先ほどの太陽の言葉が真実なら、そうなるまえにロゼッタが死ねばよい。彼女達は無事に元の世界に帰れるだろう。そしてこの犬っころも。


「私の名前は、シェラ。シェラ・ザード」

「……シェラか。僅かの間だと思うが、よろしく頼む。私の名はロゼッタじゃ。姫などと余計なものはつけなくてよい」


 ロゼッタが手を差し伸べると、シェラは口元を歪めると、それを握り締めた。

 ロゼッタの手には、数粒の豆が握らされていた。死神は悪戯が好きなようだ。試しに一つ食べてみると、少し苦い味がした。もう一つはとても甘かった。

タイトルがネタバレ

でも他に思い浮かばず。

作業の息抜きに書いています。いわゆるストレス解消です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ