人類滅亡?
――人類はあと数年ももたずして滅亡する。誰も口には出さないが、言わなくても皆分かっていることだ。
こんな糞みたいな世界に希望なんかない。微かに残っていた淡い希望は、先日完全に弾けてしまった。
そう、人類の組織的抵抗は一ヶ月前に完全に失敗した。半島への侵入を阻止するために、各国が利害度外視で掻き集めた最後の兵力。それが亜人どもによって徹底的に壊滅させられたのだから。各国の主たる指導者は軒並み戦死。撤退できた兵士達は千にも満たない。残されたのは戦力になりそうもない老人や女子供ばかり。この盤上遊戯は、すでに詰んでいる。
「終わりじゃな。うむ、どうみても終わっておる。実に分かりやすい」
ロゼッタは地図を眺めながら、何度目か分からない溜息を吐いた。ロゼッタは大陸の半分を支配していた大ロートラック帝国の娘。尊き一族の一人である。
「姫、まだ諦めてはなりませぬ。このミナス要塞は我らに残された最後の砦。ここで粘れば必ずや援軍が現れましょうぞ!」
「援軍じゃと? 一体どこから援軍が降ってくるというのか。天からか? それとも海の彼方にあるとかいう楽園からか? まさか冥界ではあるまいな」
コルランド大陸はすでに亜人によって完全に制圧されている。支配圏を追いやられていった人類は、最後にこのユーズ半島にこもったのだ。その防衛線は先日破られた。あとは川を越え、森を進み、平原を走り、残された人類を抹殺しようと殺到するだろう。
諦めの悪い連中は大規模船団を編成し、どこかにあるという楽園を目指して無謀な航海へと出発した。またある者は、どうせ死ぬなら故郷で死にたいと決死隊を編成して敵地へと突撃して行った。どちらも選ぶ事ができなかった者達は、このミナス要塞やそれぞれが築いた砦へと篭り、いずれ訪れる“そのとき”を脅えながら待ち続けているというわけだ。
「まだ見ぬ大陸から、我らを助ける為に増援が来るやもしれません。それに、楽園には神がおわすという噂です。この惨状に心を痛め、必ずや助けを」
「モロクよ。そなたの頭は大丈夫か? 小さな希望に縋るのも良いが、人間諦めも肝心じゃぞ。妾のように部屋に篭って、そのときまで惰眠を貪ろうではないか」
「姫ッ!」
「声がでかいのう。その有様では、人類滅亡の前に毛根が尽きそうじゃな」
毛髪がめっきり薄くなった養育係のモロク。最近では訳の分からない宗教にのめりこみ、ひたすら助けを求めて祈り続けている。気持ちは分からなくはないが、そこまで惨めに生に縋りつくのはごめんだ。ロゼッタはそう思った。
「姫、最後にお願いがございます。どうか召喚の儀を行なってくださいませ。残された民達は、それだけを望んでおります。姫もそれは分かっておられるでしょう」
「あれはただの通過儀礼じゃ。皇族が成人する際に、形式的にとりおこなうもの。本当に神獣を召喚するわけではなく、そこらへんにいる獣を捕まえてきていたのじゃ。つまり、なんの役にもたたぬ」
「そ、それでもです! 万が一にも奇跡がおこるやもしれません。この世に神がおられるなら、我らを見捨てるわけがありません!」
「ふん、馬鹿馬鹿しい。妾は嫌じゃ。そんな見苦しい真似をするぐらいなら、この場で首を括ったほうがマシじゃな」
食い下がるモロクに対し、ロゼッタは鼻を鳴らしたあとで吐き捨てた。
ロゼッタは部屋を出て、外へと出る。ロゼッタのいた城主の間は要塞で一番高い場所にある。その外からは要塞を一望でき、さらに遠くにある大陸の地平線を見渡すこともできる。こうして見る限りでは、以前とあまり変わりないように思える。だが、あの地帯にはすでに人間は一人もなく、いるのは獣が突然変異した亜人のみ。
亜人は人間と同じ言葉を話し、独自の文化も持っている。そしてなにより、人間への恐ろしいまでの憎悪にとりつかれているのだ。今まで捕食される立場にあったという無念と怨念が、彼らを苛烈な戦いへと駆り立てる。鳥やら馬やら猪、豚、猿、鹿、山羊、兎。ありとあらゆる獲物たちが人間へと一斉に牙を剥いた。人類も最初はなんなく撃退していたが、彼らが“武器”を扱うようになると事態は一変した。死を恐れずに昼夜を問わず延々と責めつづる彼らに、人類は徐々に追い詰められ、やがては街や砦を落とされるようになった。最後には、不落と讃えられた帝都まで。
「……我らには神がいないようだが、あやつら亜人にはいるらしい。実に羨ましいことじゃ。なあモロク」
「……姫」
「召喚の儀は妾は決してやらぬ。哀れな民達の“最後の希望”とやらを奪うのは妾は望まぬ。そんな残酷なことはできぬわ。……どうせなら、妾を憎んだまま死なせてやったほうが良いじゃろう」
「……かしこまりました」
「そうがっかりするでない。最後の日まで、明るく過ごそうではないか。人生を楽しむコツじゃぞ。これは本の受け売りじゃがな」
ロゼッタはできるかぎり優しく微笑むと、モロクの肩を叩いてやった。
――その晩、亜人たちは怒涛の勢いで半島に侵攻を開始。各地の人間の生息地を蹂躙し、殺戮していった。立ち上る火の手は要塞からも眺める事ができてしまった。人々はひたすら身体を縮め、見ないふりをすることしかできなかった。残された防衛戦力は1000にも満たない。各国の王はそれぞれの砦に篭り、最期の時を迎えるつもりのようだ。一応この要塞に誘ったのだが、丁重にお断りされてしまった。死の瞬間まで、帝国の下でというのは誇りが許さなかったのだろう。
人類が滅亡したあとは、一体どうなるのだろうか。ロゼッタはぼんやりとした赤い空を見上げたあと、寝室へと戻った。亜人たちが国を作り、自分達の文化を築き上げていくのだろうか。猿と鳥が結ばれ、猪と豚が音楽を奏でる。まるで絵本のような世界ではないか。
「物語の中ならば良かったのじゃが。この世は実に残酷なことじゃな。なぁ、父上」
骨まで貪りつくされたであろう父、皇帝の顔を思い浮かべる。傲慢だったが、ロゼッタには優しかった。あと一週間もせずに父の元にいくことになるのは間違いない。あとは、死に方を考えるだけだ。
「……妾だって、本当は怖い。だが、弱音を吐く事は許されてはおらぬ。それが、皇族の使命というやつじゃ」
毒を煽るか、のどを掻き切るか。それとも最後まで抵抗して生きながら食われるか。ロゼッタは答えのでそうにない考えに耽りながら、眠りにつくことにした。
――その三日後。亜人たちの統一軍旗が北方にそびえる山に掲げられた。あそこにはどこぞの国の王族が篭っていたはず。つまり、彼らは玉砕したということだ。冥福を祈るつもりはない。遠くない将来、自分達もああなるのだから。
だが、ロゼッタ以外は冷静に受け止めることはできなかったようだ。要塞に篭るか弱き人々は完全に恐慌状態に陥り、ロゼッタのいる楼閣へと押し寄せた。
「姫はなぜ召喚の儀を行なわない!!」
「我々を見殺しにするつもりか!」
「お願いです、どうかお慈悲を! 私達を助けてくださいッ」
「強引にでも執り行わせるんだ! 邪魔するならどいつもこいつもぶっ殺してやる!」
押し留めようとする兵士達ともみ合いになり、怪我人が出始める。泣き喚く子供や女。怒り狂う男達。
「あれだけの元気がまだ残っていたとはの。妾にも分けて欲しいものじゃ。妾には惰眠を貪るくらいの気力しか残っておらぬ。だが、大人しく引き篭もっておれば、このように平静でいられるのだ」
ロゼッタは呆れるが、彼らの気持ちもわからないこともない。奇跡がおきるかもしれないのに、何もしようとしないロゼッタを許せないのだろう。たとえそれが何の意味もない行為だとしてもだ。ロゼッタは回りに控えているモロク、侍女や近衛兵たちを見渡す。皆が不安そうな表情をしているが、どこか期待のようなものが目には浮かんでいる。彼らもまた同じ気持ちなのか。
「……まさか、お前達も、妾に望むのか? ありもせぬ奇跡に縋るために、馬鹿げた芝居をしろと」
「……姫。お願いいたしまする。どうか、民達の最後の願いを」
「そうか。ならばもう良い」
ロゼッタはなにもかも馬鹿馬鹿しくなった。その上でまぁいいかと考え直す。最後の希望が打ち砕かれた連中と一緒に、毒を煽って心中するのも悪くはない。悲劇が喜劇になりそうではないか。実に良い。
「分かった。召喚の儀を執り行おうぞ。妾に残された最後の仕事のようじゃ。ただし、その後は妾の好きにさせてもらうぞ」
ロゼッタは努めて明るくなるように笑った。上手くいったとはとても思えなかったが、それでも頑張って微笑んだ。
ミナス要塞の最上階、式典のために用意されたそれなりに広い一室に、ロゼッタはいた。普段の金の巻き髪は下ろし、よく分からない杖やら書物やらをその手に持って。床に描かれた魔法も当然ながら適当だ。この世界には、魔法などというものは一切存在しない。だから、これから何をしてよいやらも分からない。モロクはこういったことには疎く、儀礼を担当していた文官はとうの昔に死んでいる。父もいない、母もいない、兄もいない、教育にうるさい叔父や叔母も誰もいないのだ。
モロクや侍女、近衛兵達は固唾をのんでロゼッタの一挙手一投足を見守っている。仕方がないとロゼッタは懐からあるものを取り出す。ロゼッタが一時期熱中していた占いに使っていた小道具。いまでは故郷の思い出の品として常に持ち歩いている物。蓋を開け、中からそれを取り出す。様々な絵柄の描かれた22枚のカード。太陽やら星やら月が描かれている綺麗なものなのだ。高価なものらしく装飾も凝っている。折り曲げようとしても、できそうもないほど強固だ。それを適当にきって、魔法陣の周りに配置していく。
「さてと、燭台の蝋燭に火を灯すのじゃ。兄上のときは、確かそうだったからな。外の光が入らぬようにするのだ」
「は、はい!」
モロクと侍女たちが慌てて火を灯していく。外の明かりは遮断され、不思議な空間が作り上げられる。あとはロゼッタが三文芝居を演じるだけ。それでこの喜劇の幕は開き、民の絶望、そして死によって降ろされるのだ。実に趣き深い。
「でははじめようかの。あー、なんじゃっけな。ド忘れしてしまったから、ちょっと待ってくれ」
「ひ、姫、大丈夫ですか?」
「うーん」
「…………」
「よし、思い出したぞ。――天にましますクソッタレな神様。クソッタレな亜人どもを道連れにしたいので、どうか我らに力をお与えください。それができないなら、とっととくたばっちまえ、このクソ野郎ッ!」
ロゼッタが皇族に相応しくない罵声とともに杖を圧し折り、書物ごと魔法陣に叩きつける。埃が舞い上がり、一瞬の静寂の後、燭台の蝋燭の火の勢いが増していく。炎は魔法陣の外側に配置したカードの何枚かに燃え移り、奇妙な光がそこに集っていく。
「え?」
ロゼッタは思わず目を見開く。何も起きないはずなのに、なんで? という驚きで一杯だ。
「ひ、光が」
「――な、なんじゃ。妾はなにもしておらんぞ。うん、妾は知らぬ!」
「ひ、姫! 召喚の儀は成功したのです! 我らに奇跡が訪れますぞ!」
モロクと侍女たちが喜びの声を上げる。そんなことを言われても、ロゼッタは困る。罵詈雑言を神に投げかけたのに、どうして助けがやってくるのか。罵られて喜ぶ変態なのだろうか。下手をすると、このまま火の手が増して、焼き殺される心配もある。焼死だけは勘弁してもらいたい。ロゼッタはとりあえず逃げる態勢に入った。
「き、きますぞ!」
「わ、妾は知らぬ。悪いが、先に逃げるぞ!」
ロゼッタが扉に駆け出したとき、集った光が爆発し、凄まじい音と衝撃がその場に巻き起こった。ロゼッタは壁に頭を打ち付けられ、そのまま意識が薄れていくのを感じていた。
(こ、こんな死に方とは。ま、まさに喜劇。世の中とは、残酷で、実に面白いの)
数分が経過すると光は薄れ、その場に倒れていた者たちが目を覚ます。分かりやすい奇跡とやらは降りてこなかったようだが、魔法陣の中には見知らぬ人間?たちがいた。ご丁寧に、その足元にはカードが置かれている。その他のカードは儀式の前と異なり伏せられている。誰が伏せたのかは分からない。ロゼッタはよろよろと立ち上がり、その者達の様子を窺う。
(言葉は通じるのじゃろうか。なにごとも挨拶が肝心と母上は言っておったが)
「…………ふざけた真似を」
まずは目つきの悪い黒髪短髪の少女。歯を剥き出しにして怒りを露わにしている。その手には光り輝く剣が握られており、赤い血が滴り落ちている。足元にあるカードは、“正義”。その剣呑な視線は、正義の使者には似つかわしくないというのが第一印象だ。勿論言葉に出しはしない。今にも斬りかかってきそうだから。
「日向ぼっこしてたら、なんか凄い事に。もうすぐ会議なのに、またシンシアに怒られそう。――ま、いっか」
次は忙しなくきょろきょろとしている少女。背中には二又の槍、腰には鉄槌が備わっている。身につける鎧は騎士のようであり、胸には天秤の紋章が刻まれている。彼女の足元にあるのは“太陽”。一致しているのは、その燃えるような赤い髪だけだ。全世界を照らしてくれそうな威厳は全くない。
「クーン」
そして、唯一人間ではないもの。青毛の子犬。くーんと鳴きながらごろごろと転がっている。可愛いことは可愛いが、意味が全く分からない。犬っころのカードは“戦車”。神様は相当の悪戯好きらしい。
「…………私の、肉が、消えた? 芋は? 魚は?」
最後に、ナイフとフォークを持ったまま固まっている少女。黒髪黒鎧、背中には鋭利な黒鎌。全身黒ずくめの少女だ。胸には白い鳥の紋章が刻まれている。呆然と口を開けて、起こった事態をまるで把握できていないらしい。空中で、フォークを何度か動かし、食事をしようと頑張っている。その努力が報われることは決してないだろう。カードは不吉極まりない“死神”だ。
「……どうしたらいいんじゃ。モロク、言いだしっぺのお前が責任を取れ」
「え、えーと。取りあえず話しかけてみたらどうでしょうか」
「そうじゃの。誰かは知らんが、話をするのは大切じゃからな」
ごほんと咳払いをしたあと、ロゼッタはふんぞり返って話しかける。全員ロゼッタよりは年上らしいが、同年代といっても通じる外見だ。ならば遠慮はいらないだろう。ロゼッタは気力を振り絞ってみた。
「妾は大ロートラック帝国が姫、ロゼッタである。そしてここはクソッタレなミナス要塞。お前達は妾の超適当な召喚の儀によって招かれてしまった哀れな犠牲者というわけだ。そう、所謂“神の悪戯”というやつじゃ。今の気持ちを聞かせてもらえるかの?」
こちらの言葉が通じるかは分からなかったが、ロゼッタは偉そうに話しかけてみた。別に招きたくて招いたわけじゃないし、責任を問われても困ってしまう。そう、全部神とやらが悪いのだ。だが、それだけではあれなので、いちおう文句を聞いてやることにした。
“正義”は顔だけこちらを向け、“太陽”はへーと呑気に頷いた。“戦車”はこちらに駆け寄ってきて、ロゼッタの足をペロペロと舐め始めた。なぜか懐かれてしまったらしい。
他と違う反応を見せたのは“死神”だ。ゆらりゆらりと身体を動かしながら、こちらへと近寄ってくる。ロゼッタは気圧され、少しずつ後ずさりするが、すぐに壁に当ってしまう。この少女だけは、ほかと少し違う気がする。何が違うかと言うと、殺意が小さい身体から滲み出ているのだ。
「あ、あの、いや、今のは――」
「…………」
近づいてくる。
「ちょ、ちょっと待ってほしい。い、いまのはほんの冗談じゃ。そう、プリンセスジョークというやつでな。ちゃんと事情を説明するから、どうかそのナイフとフォークをしまってはくれぬか?」
「……お腹すいた」
「――え?」
「三日間我慢したご飯は美味しいって、ベローチェが言ってたから。だから、私はご飯を三日抜いた。そして、食べようとしたら、お肉が消えていた。ねぇ、どうしてか、貴方、知ってる? ねぇ」
口元を怒りで歪めて、“死神”がさらに近づいてくる。やばい。ロゼッタの背中を冷たいものが伝う。やはり神様とやらを罵倒した罰があたったのだ。まさか成功するなんて思わないじゃないか。というか、なんで成功するんだとロゼッタは思う。だが、そんな事情を説明しても、目の前の“死神”は聞いてくれそうにない。
そう、人間諦めが肝心だ。ロゼッタは諦めることにした。
「こ、こうなっては仕方がない。せ、せめて痛くないよう、一撃で頼むぞ」
「――ワン!」
簡単に諦めた瞬間、犬っころがロゼッタの前に立ち塞がった。そして、遠吠えの声をあげると同時に白煙があがる。
その煙が晴れると、四季折々の果実や野菜がそこには山積みになっていた。見たこともないぐらいにどっさりと。
「……な、なにが起こったのじゃ」
「ワン」
犬っころが、前足でどうぞという仕草をすると、“死神”が小さく頷き、そちらへと向かっていく。かと思うと、両手でそれらを掴み、凄まじい勢いで消化し始めていった。あっと言う間に果実が姿を消していく。これには凶悪な亜人も驚く事は間違いない。
「ね、私も貰ってもいいかな? なんかおいしそうだし」
「ワン!」
犬っころが上機嫌で頷く。犬のくせに言葉は通じるようだ。
「……魔物、いや、これは神獣? ま、人間食わないなら魔物じゃないか。……というか、眠くなってきたから、私は寝るから」
“正義”は欠伸をしたあと、その場に座り込んで眠ってしまった。“太陽”は食事に参加しはじめている。
“戦車”は得意気な顔で、ロゼッタの顔を見上げている。尻尾が凄い勢いで振られている。どうやら褒めてほしいらしい。
「う、うむ。良くやった。お前の活躍は大ロート勲章ものじゃ!」
「ワン!」
犬っころはぐるぐるとその場で駆け回っている。
しばらく眺めていたロゼッタは何故か頭が痛くなってきたので、その場に座り込む事にした。心配したモロクが慌てて駆け寄ってくるが、相手をする気力がない。
犬っころが元気に抱きついてくる。ふさふさの毛が心地よい。
「うむ、多分これは夢だったのじゃ。うん、そうに違いない」
ロゼッタは頭を撫でてやった後、とりあえず寝る事にした。面倒なことは後回しにする。父や母から叱られていた悪癖。今もそれは直っていない。どうやら死ぬまで直ることはなさそうだと思いながら、重い瞼を閉じた。
「はい、これ」
「むぐっ」
ロゼッタは強引に叩き起こされてしまった。ニヤリと笑う赤髪の太陽。ロゼッタの口には細長い胡瓜が突っ込まれている。
「幸せのお裾分け。ね、ここってどこなの? 幸せが一杯あるなら、教えて欲しいな」
「……むぐ。なるほど、これは夢ではなかったのだな。妾は今、最高に不幸になった気がするぞ」
「そっか。それは大変だね。頑張ってね」
「うむ」
ロゼッタは胡瓜を噛み千切ると、大きな溜息をついた。“死神”は相変わらず食べ続けている。
これが、絶滅の危機にあった人類の転換点となる場面である。伝説に残されるような重々しいやりとりなど一切ない。悲しいが、これが現実なのだ。物語と言うのは脚色があってようやくそれらしくなる。だから、文句を言われてもロゼッタは非常に困る。
子供でも信じないような出来事が次々と起こるのは、このすぐ後からだ。ロゼッタと愉快な連中の働きにより、人類はなんとか生存圏の確立に成功していくことになる。嘘みたいだが、本当だ。信じてもらわなくても全然構わないが。それまでには山やら谷やら、晴れやら雨やら嵐やらが嫌と言うほど一杯あるのだが、それはまた別のお話。
いわゆるお祭り話。なんか一話で完結でもいい感じ。砦にこもって戦う話が見たかったのです。気が向いたら続きを書きたいです。頭からっぽにして。短編にしようかと思ったのですが、続きを書くときに困るので一応連載形式に。更新はするとしても超不規則になります。ごめんなさい。
食いしん坊な死神……一体何者なんだ。