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第11話 『越の風華』 第一部 後編

作者: 目賀見勝利

《大和太郎事件簿・第11話/越の風華ふうか・第一部》

      〜須佐之男スサノオ復活伝説殺人事件〜  

                 =後編=




越の風華63;

2012年12月4日(火)  午前11時過ぎ  東京桜田門の警察庁会議室


毎朝新聞社の向山部長と鮫島姫子が帰った後、半田警視長と大和太郎が話し合っている。


「ハンス・マルクスがイタリアでの13兆円相当の国債運搬事件に関係しているのが事実なら、ブラッククロスが何らかの計画で動いていると考えるのが妥当でしょう。」と太郎が言った。

「その計画と蘇民将来殺人事件が関係しているなら、高城六郎と風祭武文、そして松永金融担当相と寺田純子の死は繋がってくる可能性がありますな。」と半田が言った。

「蘇民将来殺人事件については向山部長が申されていたように、岳内太郎の組織を仮に黒鵜族と名付けておきますが、その黒鵜族が動いたとしても、殺人の動機が見つかりません。黒鵜族は日本を護るのが目的の組織と思われますから、国債運搬事件の真相を解明するために動いていた松永金融担当相を殺害するとは思えません。また、高城六郎と風祭武文が河菱会と金銭で繋がっていたとしても、黒鵜族にとって、それが殺す理由になるとは思えません。一方、河菱会の三田組長の指示で工藤組の張が広島県呉市の海上自衛隊基地に対し爆弾テロを実行したとなると、その報復として黒鵜族は三田阿礼樹と張帆二を殺害した可能性はあるでしょう。特に、三田阿礼樹を拷問してテロの背後関係を白状させようとするでしょう。」と太郎が言った。

「最近、河菱会とオメガ教団が度々、会合を行っていたと云う報告が公安部からありました。爆弾テロの黒幕がオメガ教団とすれば、その背後にはK国情報組織KISSかブラッククロスの存在も考えられますな。」と半田が言った。

「オメガ教団は岡上正一に13兆円の国債運搬を指示したとして、その理由が何なのかを知りたいですね。イスラエル情報機関モサドから情報を貰えませんかね?それが難しいなら、岡上正一の所在を見つけることが出来れば良いのですが・・・。」と太郎が半田に言った。

「警察庁からよりもCIAからの依頼の方が効果ありそうですね。大和探偵からCIAに依頼できませんか?」と半田が言った。

「ブラッククロスのテロが絡んでいる可能性を示せば、CIAはモサドにアプローチするでしょう。しかし、我々に情報をくれるかどうかは不明です。」と太郎が言った。

「13兆円相当の国債が何処に運ばれようとしていたのか。ブラッククロスのハンス・マルクスが絡んでいると知れば、CIAも興味を示すのではありませんかね?」と半田が言った。

「CIA,モサド、警察庁公安部との合同会議を開く必要はありませんか?」と太郎が言った。

「そうですね、刑事局長に相談してみましょう。しかし、高城六郎、風祭武文、寺田純子は誰に何の理由で殺されたのでしょうね・・・。オメガ教団から派遣された殺し屋と仮定したら、理由が見えてきますかね・・・?」と半田が腕組みをして考え込んだ。

「先日の日曜日に中村竜と岡山県玉野市のAV総業に集合していた外国人たちのことも気になります。」と太郎は言いながら、CIAのハンコックから聞いた、AV総業の工場内にある二分の一サイズに縮小されているパルテノン神殿の存在を思い出していた。



越の風華64;

2012年12月6日(木)  午後2時過ぎ  京都市下京区西洞院四条のマンション管理会社


大和太郎は岡上正一こと田中義一が入っていた京都市下京区西洞院高辻近くにある賃貸マンションの管理会社に来ていた。

管理会社の社員は資料ファイルを開きながら太郎の質問に答えている。


「田中義一さんはまだ、西洞院高辻にあるマンションにお住まいですか?」と太郎が訊いた。

「大和探偵もご承知のように、今年の3月にあった、女性をかくまっていたのが発覚した事件のあと、4月初旬には引っ越されました。」と管理会社の社員が言った。

「どちらに引っ越されたかは判りますか?」と太郎が訊いた。

「関東地方に行くと仰っていましたが、住所は聞きませんでした。」と社員が言った。

「田中義一さんが賃貸契約した時の保証人はどなたでしたか?」と太郎が訊いた。

「保証人ですね。えーと、ああ、大崎隆弘さんですね。住所は神奈川県鎌倉市佐助○○ですね。電話番号は090−○○○○−○○○○ですね。これは個人情報ですから扱いには注意願います。」

「大崎隆弘さんですか。年齢はおいくつの方ですか?」と言いながら、太郎は手帳に住所と電話番号をメモしながら訊いた。

「2010年の賃貸契約当時の年齢では63歳ですね。」と社員が言った。

「大崎隆弘さんには保証人になっていることを確認されましたか?」

「ええ。この書類の記録では電話で確認したことになっていますね。住所も口頭で確認したことになっています。」と社員が言った。


「あの大崎隆弘か。イタリアのキアッソ駅で岡上正一と一緒に国債を運搬していた人物と同姓同名だな。同一人物として、住所はキアッソ事件時の川崎市から鎌倉市に移っているな。大崎隆弘を調べてみる必要があるな。」と思いながら、太郎はマンション管理会社を辞した。



越の風華65;

2012年12月6日(木)  午後3時ころ  京都市上京区のD大学神学部藤原研究室


マンション管理会社を出た大和太郎は地下鉄に乗ってD大学・藤原研究室まで来ていた。

藤原教授と博士課程の研究生・鞍地大悟からキリスト教に関する知識を授けてもらうのが目的であった。


「それで、何を知りたいのですか?」と藤原教授が訊いた。

「13と云う数字はキリスト教にとってどのような意味があるのかを知りたいのです。」と太郎が言った。

「13ですか・・。さて、何の話をしましょうか。鞍地君、何か意見がありますか?」と教授が訊いた。

「どのような状況を想定すればいいのかですが・・・。」と鞍地大悟が太郎に訊いた。

「2009年6月にイタリアとスイス国境のキアッソ駅で13兆円相当の国債運搬事件がありました。イタリアからスイスに入国しようとしていた二人の日本人がイタリア財務警察に拘束されました。彼らが何故に13兆円を持っていたのかです。キリスト教の歴史と関係があると仮定した場合、どのような事件や予言が関係するのか、私にはよく判らないのです。お二人のご意見を聞かせてもらいたいのですが。」と太郎が言った。

「ああ、13兆円がイタリアからスイスに向かっていた事件ですか・・・。」と教授が言った。

「ええ。イタリアのミラノから3人の日本人が列車に乗ってスイスのチューリッヒに向かったようです。」と太郎が言った。

「3人の日本人ですか。東洋の国・日本の3人。東方の三博士ですかね。鞍地君どうですか。」と教授が言った。

「目的地がスイスのチューリッヒではなく、イタリア・ミラノからドイツ・ケルンに向かったと考えると、東方の三博士の遺体が関係しますね。ドイツのケルン大聖堂には東方の三博士の遺骨が納められた黄金の棺が安置されているそうですから。」と鞍地が言った。

「何故に3人の日本人の目的地がドイツのケルン大聖堂なのですか?」と太郎が良く判らないと言ったふうに訊いた。

「キリストの誕生を祝うためにイスラエルを訪れた占星術師である東方の三博士の遺骨は、キリスト教を初めて認めたローマ皇帝・コンスタンティヌスの母ヘレナによって発見され、コンスタンティノポリスの聖ソフィア寺院に運ばれました。しかし、ミラノ司教の要請でミラノの三聖王教会に安置されます。その後、ドイツのフリードリヒ1世にミラノは征服され、遺体はドイツのケルン大聖堂に運ばれ安置されました。

また、三つの宝物を持参した東方の三博士がイエスキリストを訪問した日は異邦への救い主が顕現した『公現の日』と呼ばれ、キリストの誕生日である12月25日から数えて13日目の1月6日とされています。また、キリストの誕生から13日目に洗礼が行われたので『神性顕現の日』とも呼ばれています。この場合、13と云う数字は何かが有効に働く期間、あるいは有効期限という意味と解釈できます。食べ物で云えば賞味期限と云う事でしょうか。」と鞍地大悟が言った。

「13兆円のお宝を持った3人の日本人がケルン大聖堂に眠る東方の三博士にお宝を捧げる訳ですか。それが実現すると如何どうなるのでしょう?あるいは、13兆円が消えてしまう事に意味があるのでしょうかね?」と太郎が疑問を呈した。

「それは判りません。13兆円が何に対して使われる予定だったのかが不明ですね。その、何かの儀式をケルンの大聖堂で行おうとした人に訊くしかありませんね。」と鞍地大悟が言った。

「三つの宝物は没役、乳香、黄金、であったとされていますが、それは青年、壮年、老人に喩えられます。あるいは、死と埋葬、神権、王権を意味するとも、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの三つの地域を意味するものとも謂われたりします。それはヨーロッパ、アフリカ、アジアの三つの地域の中間にあるイスラエルの地で生まれたイエスキリストと云う意味です。あるいは、世界の中心がイスラエルと云う意味かも知れません。また、東方の三博士はイエスが誕生したことを占星術を使い、星の巡りを読み解いて、ユダヤの王が生まれたと形容しています。それはユダヤと云う言葉の意味を知る必要があると云うことです。」と藤原教授が補足した。

「その意味は?」と太郎が訊いた。

「ユダヤ人種と解釈するのではありません。現在のところ、私には判りません。ユダヤと云う言霊が何を意味するのかです。現在の人類の記憶には言霊・ユダヤの意味は残っていないでしょう。」と教授があきらめたように言った。

「言霊の意味が不明ですか・・・。ひふみ47文字は天照大御神から大己貴命に降ろされた玉歌神勅だったな。そして、その意味は不明。」と太郎が考えるように呟いた。


「ところで、話は変わりますが、ギリシア神話について訊きたいのですが・・・。確か、鞍地さんの博士論文の研究テーマは『旧約聖書とキリスト教とギリシア神話の関係に関する一考察』でしたね。」と太郎が言った。

「藤原教授のご指導を頂きながら、まだ研究中ですが、何でしょうか?」と鞍地大悟が訊いた。

「パルテノン神殿について何でもいいですから教えていただけますか?」と太郎はハンコックから聞いた疑似パルテノン神殿の話を思い出しながら訊いた。

「何でも良いのですか・・・。何を話しましょうかね。」と鞍地大悟が何かを思い出す風な言い方をして考え込んだ。

「これまた、何故にパルテノン神殿なのです、大和君?」と藤原教授が訊いた。

「日本国内のある場所に疑似パルテノン神殿を建てて、何かを行っている集団が居るのです。」

「その場所は岡山県の玉野市ですか?」と教授が言った。

「何故、判るのですか?」と太郎が訊いた。

「あっはっはっは。日本国土は世界の縮図でしたよね、大和君。」

「はあ・・・、確かに。」

「玉野市はギリシアのアテネに相当する場所にあります。パルテノン神殿はアテネのアクロポリスの丘にありますからね。」と鞍地大悟が言った。

「鞍地君。大英博物館にあるパルテノン神殿で発見された事から話してはどうですか。あの話が面白そうですね。」と教授が言った。

「そうしましょう。」と鞍地が言った。

「お願いします。」と太郎が言った。

「パルテノン神殿の破風壁の下部の壁に描かれていた彩色された模様の話をしましょう。それは、世界の王の紋章であり、日本の天皇家の紋章でもある16弁菊花紋に似た16複弁菊花紋でした。そして、16方向に太陽が発光する姿を描いた八光紋。そして、ゼウスが手に持つ独鈷どっこの剣から発せられる雷の表象である雷光紋。これらが何を意味するのかです。パルテノン神殿は女戦士アテナを祀る神殿です。アテナはゼウスの頭から生まれ出た知恵・戦略の神でもあります。そして、オリーブ樹を都市国家アテネの民衆に与えたことにより、アテネの守護神としてパルテノン神殿に祀られた神でもあります。ゼウスの子であるペルセウスに勝利の女神ニケを随伴させて、ゴルゴン三姉妹のメドーサの首を刈り取らせたのが女戦士アテナ神です。都市国家アテナイの守護神の座を海神ポセイドンと競い、勝利した女神。オリーブの恵みをアテナイ市民に与えたことにより守護神の座を勝ち得た女神アテナを祀った場所がパルテノン神殿です。」

「『オリーブの栄光』ですね。」と太郎が言った。


「玉野市には豊玉姫命の他に、女戦士である神功皇后を祀る玉比口羊たまひめ神社があります。」と藤原教授が言った。

「そえでは、パルテノン神殿は玉比口羊神社に比定できる訳ですね・・・。」と太郎が考えを飛躍させて言った。

「まあ、断定はできませんがね・・・。」と藤原教授は慎重な言い回しをした。


「あの四角錐の形をした巨岩から飛び出した三つの火の球は何を意味するのでしょう?一つは牛窓町へ。一つは西大寺観音へ。一つは、臥龍稲荷神社のある裏山へ。」と太郎が訊いた。

「それは、今、研究中で、推理は出来ていません。」と鞍地大悟がいった。



越の風華66;

2012年12月9日(金)  午後2時ころ  鎌倉市佐助○○の大崎邸


太郎は簡単な手土産を持って大崎隆弘の自宅を訪問していた。

3階建ての小さなマンションの一室に大崎氏は1人で暮らしていた。


「よく私の居場所が判りましたね。」と初老の大崎が言った。

「私立探偵ですので、守秘義務があり情報源はお話できません。」と太郎が言った。

「そうですか。まあいでしょう。それで、何を私から聞きたいのですか?」と大崎が訊いた。

「キアッソ事件の事を聞きたいのですが。」

「そうですか。何から話しましょうか?」

「何故にイタリアからスイスへ国債を運ぶことになったのですか?」と太郎が訊いた。

「実は、5年間は守秘義務がある契約でした。確か、2009年5月のことでした。某企業が期間限定のアルバイト募集の新聞求人広告を出しました。ヨーロッパでの物品運搬で英語、ドイツ語を話せる50歳以上の男性を求めていました。かなり良い条件のアルバイトでした。物品運搬はイタリアのミラノからドイツのケルンまで運ぶと云う話でした。結局、キアッソまでで、中断することになりましたがね。」

「某企業の名前は?」と太郎が訊いた。

「それは、守秘義務でお話できません。」

「外資系の企業ですか?」

「まあ、そうです。これ以上は訊かないで下さい。」

「その企業の話は岡上さんにも話しましたか?」

「いいえ。何も話していません。その企業からは同行者とは必要なこと以外は話さないように指示されていましたから。岡上さんとはお互いにあまり話をしませんでしたね。」

「それで、アルバイトのかなり良い条件とは?」

「ヨーロッパ旅行ができて、旅費・宿泊費を含め、小づかいが百万円貰えて、6月1日から6月13日までの13日間の仕事でした。ただ、守秘義務契約が付いていました。5年間は他言しない事が条件でした。国債を運搬するとは思っていませんでした。私が聞いていたのは、ある企業の極秘資料を運搬すると云う話でした。6月1日に成田を出発し、イタリアに向かい、指定されていたミラノのホテルに宿泊しました。宿泊予約は雇用主が手配していました。そのホテルで他の二人の日本人に会いました。仲介したのはドイツ人のハンス・マルクスという人物でした。一人が岡上正一さんでした。岡上さんの本名は田中義一でしたが、その時は、岡上正一の名前で紹介されました。田中義一の名前は、キアッソでイタリア財務警察に拘束され後、二人で日本に帰国する前に聞きました。もう一人はたしか高岡研二とか言っていたと思います。富山県の人でした。岡上さんと私が渡された旅行ケースを持ってミラノ駅から列車に乗りました。高岡さんはマルクスさんと同じ列車の別の車両に乗ったと思います。スイスのチューリッヒまでは別行動する計画でした。その後のケルンまでの行動については知らされていませんでした。」と大崎が言った。

「イタリアの財務警察の拘束から解放されたあとの行動はどのようなものだったのですか?」と太郎が訊いた。

「キアッソ駅近くの弁護士事務所に行き、そこからハンス・マルクスが手配した乗用車でスイスのチューリッヒに行きました。チューリヒのホテルに一泊し、チューリヒの空港からハンス・マルクスが予約した飛行機で日本の成田戻りました。岡上正一さんとは別の飛行機で帰国しました。高岡研二さんとは、ミラノで会った以後はいっさいお会いしていません。」

「国債が入っていた旅行カバンはどうなったのですか?」

「さあ、判りません。イタリア当局に没収されたのか、ハンスが持って行ったのか、何も聞いていません。」

「ハンス・マルクスと初めて会ったのはどこですか?」

「イタリアのミラノのホテルです。ハンスの指示で行動することになっていました。」

「列車の切符は何処から何処までのものでしたか?」

「ミラノからチューリッヒまでです。チューリッヒのホテルで一泊する予定でした。そこで、次の行動内容がハンスから指示される予定でした。しかし、先ほどお話した通り、日本への帰国指示で終わりました。アルバイト料の百万円はそのまま頂きましたがね。」

「その後、雇い主の企業には行かれましたか?」

「いえ、あの事件のあとは連絡も取っていません。最初からそう云う契約でしたから。」

「岡上正一とは連絡をお取りですか?」

「はい、岡上正一から一度ありました。どこかの賃貸マンションの保証人になって欲しいとのことで、30万円頂きました。キアッソで拘束された時、私のパスポートを見たので私の住所を知っていたそうです。マンション管理会社からの連絡があっただけで、岡上さんには直接会っていません。お金は小切手で送られてきました。その後、彼の携帯に電話を入れましたが、使用停止になっており、現在は連絡先が判りません。」

「マンションの場所とか、名称は覚えていますか?」

「いえ、確か、京都市内にあるマンションとだけしか聞いていません。」

「キアッソ事件当時、パスポートによると川崎市にお住まいでしたよね?」と太郎が訊いた。

「ええ、そうです。あの当時は、勤めていた会社を定年退職し、実家のある川崎市に住んでいました。事件の後、しばらくしてこのマンションを購入しました。それが何か?」と大崎氏が言った。

「いえ、私の持っている情報を確認させて頂いただけです。」


岡上正一の消息が判らないまま、太郎は大崎邸を辞した。



越の風華67;ゴルゴン三姉妹と宗像三女神

2012年12月12日(月)  午後3時ころ  京都市上京区のD大学神学部藤原研究室


二人の白人が藤原教授を訪問していた。大学院博士課程に在籍中の鞍地大悟も同席している。

白人が連れて来た大友一郎と云う同時通訳の日本人が同席しているが、三人は通訳に構わず英語で話している。


「トゥーレ財団のカール・クリューガーと謂います。」と云いながら一方の白人が名刺を差し出した。

「同じく、トゥーレ財団のデニス・ホワイトと謂います。」と二人目の白人も名刺を差し出した。

「カナダ国・トゥーレ財団の企画部長さんと財務部長さんですか。」と渡された名刺を見ながら藤原教授が言った。

「事前にお話いたしましたが、藤原研究室に100万ドルの研究費を寄付することを考えております。その寄付行為が適正であるかの判断をするために本日はこちらに来ました。本日はその手付金として1万ドルをここに持参しています。日本円に換算して100万円です。どうぞ、お受け取りください。」とデニスが言いながら100万円の札束を差し出した。

「ありがとうございます。それで、いくつかの質問があるとの事でしたね。」と藤原教授が言った。

「その通りです。さっそくですが質問を始めます。」とデニスが言った。

「どうぞ。」と教授が答えた。


「我々の調査では、ギリシャ神話の研究を始められたのは2年前くらいと聞いていますが、その研究の目的・意図は何ですか?」とデニスが訊いた。

「日本列島は世界の五大陸の縮図であることを確認するためです。」

「五大陸とは?」

「アジヤとヨーロッパのあるユーラシア大陸、北アメリカ大陸、オーストラリア大陸、南アメリカ大陸、アフリカ大陸の五つです。もし、ギリシア神話、ローマ神話と日本神話の多くの話が共通する内容であるならば、日本列島が世界の縮図であることになると考えています。」

「仮に、それが事実として、何の意味になるのですか?」とカールが訊いた。

「それは、聖書の予言が実現するのかどうかを判断する基準になります。また、日本国が神国であると云う人物も居ます。それを確認できるかも知れません。」と教授が言った。

「なるほど。特異な発想ですな。日本は神国ですか。」と言いながら、カールは満足そうにほほ笑んだ。


「現在の研究テーマは『旧約聖書とキリスト教とギリシア神話の関係に関する一考察』と聞いていますが、そのテーマは聖書の予言に関係するのですか?」とデニスが訊いた。

「はい、その通りです。世紀末予言は多くの国に存在します。日本も例外ではありません。」

「なるほど、聖書にあるヨハネの黙示録のような世紀末予言の研究ですか。」と、デニスが確かめるように言った。


「それでは、ギリシア神話と日本神話について質問します。」とカールが言った。

「どうぞ。」と教授が言った。

「アポロンの予言についてはどのようにお考えですか?」とカールが訊いた。

「それは、こちらに居ります鞍地よりお答えていたします。鞍地君。」と、教授は言いながら鞍地大悟を見た。

「アポロンの予言、あるいはアポロンの神託はギリシア国のデルフィの町にあるアポロン神殿で行われました。日本国土が地球世界の縮図とするならば、日本の岡山県玉野市がアテネに相当し、玉野市の西北にある岡山県倉敷市の由加山がデルフィの町に相当します。そして、神託が行われた神殿は由佳神社です。そちらの壁に貼ってある大きな日本地図をご覧下さい。」と言いながら、鞍地はソファから立ちあがって日本地図の前に行った。

「ここが由佳山です。」と言いながら鞍地は瀬戸内海に近い岡山県倉敷市児島の由佳山の位置を指で押さえた。


「由佳神社ですか・・・。」とカールが呟いた。

「由佳神社の由諸によると、2000年前からの古代、日本の朝廷は由佳神社を祈願所として神託を授かる儀式を行ったとされています。また、この由佳神社の南方の海岸には唐琴の浦と呼ばれる場所があります。デルフィのアポロン神殿で神託を受ける儀式には竪琴ハープが奏でられたと謂います。竪琴ハープ、それは日本人から見れば異国の地から来た唐琴です。たぶん、由佳神社で行われた儀式には竪琴が用いられたことでしょう。日本の天神である菅原道真と云う人物が唐琴の浦で詠んだ和歌があります。『船停めて、波に漂う琴の浦、通うは山の松風の音』、『風により、波の緒かけて夜もすがら、汐や引くらむ唐琴の浦』です。この和歌の意味する情景は、『唐琴の浦では風が吹くと波の音や山にある松が風に揺すられる音が琴の音のように涼やかに聞こえる』と云うことです。言い換えますと、由佳山で奏でられる琴の音色が波音のように聞こえてくると解釈できます。ちなみに、唐琴とは外国の琴と云う意味で、日本の琴とは異なると云うことになります。」と鞍地が言った。

「なるほど、アポロン神殿は由佳神社ですか。そして、琴の音色が波音のように届く唐琴の浦ですか・・・。ところで、天神とはギリシア神話で云うところのゼウスのことですかな?」とカールが訊いた。

「ギリシア神話でのゼウスは天神と呼ばれていますが、菅原道真が天神とされたのは、古代に星占いを行った陰陽師たちが謂い出したことです。陰陽師たちが流したと思われる噂では、菅原道真はゼウスのように落雷を発生させることが出来たとされています。日本の天神は雨や風雷など、天候を司る神様と云うことから考えるとゼウスと似ていますね。」と藤原教授が付け加えた。


「それでは、次の質問です。紫の光を発する竪琴である筑琴ちくきんとは何ですか?」

「これは難しい質問ですね。ギリシア神話やローマ神話には無い話ですね。竪琴は西洋の古代からあったようですが、紫の光を発する筑琴ですか・・・。」と教授が言った。

「ご存知ではないですか?」とデニスが訊き返した。

「そうですね・・・。ここに沖ノ島と云う大岩で出来た小さな島が日本列島の西の端にある玄海灘と呼ばれる海にあります。玄海の玄は、赤味を帯びた黒色とか、はるか彼方とか、北向きとか、静かとか、奥深いとかの意味を持ちます。」と言いながら、教授が立ちあがって日本地図の九州福岡県の北側にある沖ノ島の位置を人さし指で押さえた。

「玄海に浮かぶ沖ノ島ですか。」とカールが言った。

「この沖ノ島には宗像大社と呼ばれる神社の一部があります。宗像大社は九州本島の辺津宮、その近海にある中津宮、そして沖ノ島の沖津宮の三か所に分かれています。沖ノ島の古代遺跡から青銅で造られた五弦の竪琴が発見されています。その琴は錆びて紫色に見える部分があります。しかし、このことが紫の光を発する、と云う意味とは思えませんが、何か関係するのかも知れません。宗像大社のある場所は古代には筑紫の国と呼ばれていた地域にあります。筑紫とは紫の筑(琴)を意味します。古代においては筑とは竹でたたいて音を出す楽器を意味しました。紫の筑琴の話は調査研究の余地がありますね。」と教授が答えた。


「その宗像大社とは?」とカールが訊いた。

「三柱の女神を祀る神社です。沖津嶋姫、中津嶋姫、市杵嶋いちきしま姫の宗像三女神です。私は日本のスフィンクスと呼んでいます。」と藤原教授が言った。

「スフィンクスと呼ぶ理由は何ですか?」とカールが訊いた。

「スフィンクス、それは三つの姿を持った荒ぶる女神。エジプトの三大ピラミッドがあるギーザにあるスフィンクス。その三大ピラミッドが意味するオリオンの三つ星。ギーザに相当する場所が日本列島にあります。ここ、能登の宝達山、石動山、円山がそれです。」と言いながら、教授は日本地図の能登半島を指差した。

「なぜ、スフィンクスは荒ぶる神であるのですか?」とデニスが訊いた。

「ギリシア神話では荒ぶる三女神はゴルゴン三姉妹です。ゴルゴン三姉妹は大海を渡った世界の端の島に住んでいたとされています。ゴルゴン三姉妹の末娘であるメドーサはゼウスの子ペルセウスによって首を刈り落とされました。宗像三女神は荒ぶる三女神ではありません。しかし、筑後国風土記と云う古代文献によると、スフィンクスに相当する荒ぶる神は筑紫君の祖先である甕依姫みかよりひめによって鎮められ、改心しました。改心した荒ぶる三女神、それが宗像三女神です。そして、改心したゴルゴン三姉妹の末娘メドーサは、辺津宮に祀られている宗像三女神の末娘である市杵嶋姫です。」と教授が持論を展開した。

「本当にゴルゴン三姉妹は心を入れ替えてしまったのか・・・?しかし、紫の筑琴によって再び荒ぶる神となって戻ってくることは可能であろう。甕依姫みかよりひめがメドーサを呪術で祀り鎮め、抑え込んだだけで、改心したとは限るまい。まだメドーサは紫の筑琴によって甦るはずだ。しかし、この男はなんという大胆な発想をする人物だ・・・。おもしろい。」とカール・クリューガーは信じられないと云った顔付で考えを巡らせていた。


「それでは、次の質問です。その市杵嶋姫は何処に居るのか?」とカールが更に訊いた。

「甕依姫の甕依みかよりの意味を推理しなければなりません。」と藤原教授が言った。

「ミカヨリの意味ですか・・・。あなたにはその意味が判りますか?」とカールが訊いた。

「一応、推理してあります。『みか』とは水甕みずかめのことですが、ここでは、甕布都みかふつ神を意味し、古事記と云う古代文献では甕布都神は布都主神で建甕槌たけみかずち神と同一神としています。建甕槌は鹿島神宮の祭神です。そして、よりの意味です。日本の女神で水の中に住む姫神は依りの名前が付きます。活玉依いくたまより姫は鹿島神宮の祭神・建甕槌命の妻神です。また、玉依比売たまよりひめは海神の娘です。玉依は霊依たまよりであり、『依り』とは人間に神霊が衣の様に憑くことを意味します。すなわち、玉依とは神霊が憑依することを意味します。同じ様に、甕依みかよりの意味は水甕みずかめに坐することです。」

「それで、その水甕はどこにあるのか?」と、カールは藤原教授の方に身を乗り出した。


「鹿島神宮の東には鹿島灘と呼ばれる大海があります。その鹿島灘の一部に見目みるめの浦と呼ばれる海域があり、その海中に磐座いわくらがあります。この磐座は鹿島神宮にある要石と呼ばれる黒花こう岩と繋がっております。ある霊能者によると、要石はある女神の右目であるそうです。そして、左目は見目浦の海中磐座と云うことになります。その霊能者が云うには、要と云う字は西の女と書き、西から来た女神だそうです。西洋のギリシア神話に登場する西の果てに住むゴルゴン三姉妹。日本国の西の端の島々で生まれ祀られた宗像三女神。そうです、ゼウスの子ペルセウスが刈りとったゴルゴン三姉妹の末娘メドーサの首にある目が要石と見目浦の磐座です。水甕とはメドーサの首です。」

「水甕、すなわちメドーサの首が鹿島灘の海中、その見目浦にあると云う事ですね。」とカールが念を押した。

「違います。日本列島は世界の縮図で、世界の映し鏡であるだけです。分神霊的には存在しますが、物質・本神霊としてのメドーサの首は見目浦にはありません。見目浦は鹿島市の明石海岸の沖にありますが、真の明石海岸は兵庫県明石市のある場所です。日本の標準時は東経135°で示され、明石市があります。この明石市を暗示する名称が鹿島市の明石海岸なのです。ここがその明石市です。鹿島明石海岸と宗像三女神の比売大神が祀られている九州大分県の宇佐神宮を結ぶ直線上には兵庫県明石市と淡路島に挟まれた明石海峡があります。ここに、日本列島の西部にある宇佐神宮の比売大神と鹿島灘の見目浦の女神が繋がります。末娘・メドーサが改心して末娘・市杵嶋姫となった訳です。」と教授は言いながら、日本地図の明石海峡の位置を指で押さえた。

「明石海峡ですか・・・。」とカールが呟いた。

「明石市の対岸には淡路島がありますが、この淡路島は世界の縮図では南米大陸です。しかし、この明石海域は瀬戸内海の一部であり、瀬戸内海はヨーロッパの地中海に相当します。そのように考えると、この淡路島はトルコの南にあるキプロス島に相当します。」と日本地図を見ながら教授が説明した。

「淡路島がキプロス島ですか・・・。」

「こちらの世界地図を見てください。」と言いながら、教授は壁に貼られている世界地図の方へ歩いた。

「鹿島市の明石海岸や鹿島神宮は北緯35度58分にあります。一方、キプロス島とトルコの間の海域も北緯35度58分にあります。そして、キプロス島の真南にはエジプトの海岸があります。そこにはペルシア人の先祖でもあるペルセウスの墓があるだろうと噂されるペルシウム(ペルシオン)遺跡があります。メドーサの首を取ったペルセウスの遺骸があるのです。ペルシウムを真北に上がったトルコの海岸地点は世界の縮図としての明石市に相当する場所で北緯36度です。ペルセウスは半神半人の人物です。魂は天空に帰り、肉体としての遺骸はペルシウムの地に埋められたのでしょう。このペルシウム遺跡を真北に進んで北緯35度58分と交わる海域にメドーサの首が寝むっていると思います。」と教授は世界地図のキプロス島とトルコ海岸の海峡を指差しながら説明した。


「何故にそのように思うのですか?」とカール・クリューガーが突っ込んで訊いた。

「アレキサンダー大王です。」と教授が言った。

「アレキサンダー大王?」とカールが不思議そうな顔をした。

「アレキサンダー大王が描かれたモザイク画がイタリアのポンペイ遺跡から発見されています。その絵の戦場で戦うアレキサンダー大王の胸にはゴルゴン姉妹の末娘・メドーサの首が描かれています。このモザイク画は紀元前4世紀に描かれた戦闘場面の絵画を写し取ったものと考えられています。戦場でのアレキサンダー大王は胸にメドーサの首をつけて戦ったようです。このメドーサの首はマケドニアの王子であったアレキサンダー大王がギリシアを征服した時、アテネのパルテノン神殿に祀られていた女戦士アテナ像から奪い取ったものと思われます。このゴルゴン三姉妹の末娘・メドーサの首はペルセウスが円鏡の楯を貸してくれた女戦士アテナへのお礼としてペルセウスが捧げたものです。メドーサの首を受け取ったアテナ神は、山羊の革で出来ているイージス(アイギス)と呼ばれる戦闘時に着る防護具にその首を縫い込んだと云われています。

(※別の説では、アイギスは鍛冶神ヘパイトスが作ったアテナ神が左手に持つ円鏡の楯のことで、その楯にはメドーサの首が埋め込まれていたとされています。パルテノン神殿にあったアテナ神像が左手に持つ楯にはメドーサの頭部がレリーフ(浮き彫り)されていたらしい。)

また、パルテノン神殿の女戦士アテナ像の右手には勝利の女神・ニケが止まっていました。アテナ神はメドーサの首を縫い込んだイージスを胸に飾ったり、女戦士アテナ像の左手にあった円鏡楯に飾たりしたようです。そして、そのメドーサの首には勝利の女神・ニケの霊魂が宿ってしまったのでしょう。メドーサの首を縫い込んだイージスを身に着けるようになってからは、勝利の女神・ニケの守護を受けたのか、アレキサンダー大王は連戦連勝を重ね、小アジヤと呼ばれたペルシアを含む中東地域を征服し大王国を築きました。しかし、アレキサンダー大王が病で急死した後、後継者争いが勃発しました。子供のころからの学友であった将軍プトレマイオスはアレキサンダー大王の遺体が入ったひつぎを奪い、エジプトのヘラ(シワ)のアモン神殿へ運びます。ヘラのアモン神殿はアレキサンダー大王がアモン神から『汝は神の子である』との神託を受けた場所です。しかし、その途上で、アレキサンダーの棺の中に置かれてあった鎧とメドーサの首を不吉なものとして海中にすててしまったと思われます。その場所が明石市に相当するトルコ海岸とキプロス島の間にある海峡です。」と教授が言った。

「なるほど。アポロンの神託と同じように、勝利の女神・ニケの霊魂はメドーサの首に入り込んでいると、この藤原教授は考えているのか。そして、メドーサの首はキプロス島沖の海中にあると云うのか。藤原教授は祭祀家・中臣なかとみの血族か・・・、畏るべしかな。」とカール・クリューガーは思った。


「以上ですが。他に何か質問があるでしょうか?」と教授が訊いた。

「やはり、勝利の女神・ニケはメドーサの首に宿っているのか・・・。」とクリューガーが呟いた。

「有意義な時間でした。今後の調査研究の成果に期待します。寄付の残金9千9百万円(99万ドル)は明日にでも指定の銀行口座へ振り込みます。トゥーレ財団日本支部からの入金になります。マネーロンダリングの銀行調査がありますが、一両日中には受け取れると思います。振り込み先銀行の口座番号を教えてください。」とデニス・ホワイトが言った。



越の風華68;

2012年12月12日(月)  午後4時ころ  京都市上京区のD大学正門近くの路上


品川ナンバーの黒塗高級乗用車が相国時方面から走ってきて、D大学正門前で待っていた三人の男の横に止まった。

そして、白人の男が日本人男性に英語で話しかけている。


「ミスター大友。同時通訳、御苦労さまでした。」と、デニス・ホワイトが英語で言った。

「あまりお役に立ちませんでしたが、宜しかったでしょうか。」と大友一郎が言った。

「あれで、結構でした。お約束の通訳料です。」と言いながら、デニスが大友に金銭の入った封筒を手渡した。

「ありがとうございます。」と言って、大友は封筒の中身を確かめた。

「それでは、我々は東京へ向かいますので、ここでお別れです。」

「はい。お気をつけて。」と大友が言った。


車が走り去ったあと、大友一郎は今出川通りに出てタクシーを拾い、京都駅に向かった。



越の風華69;

2012年12月12日(月)  午後4時過ぎ  京都市内の道路を走る車内


「それで、紫の光を放つ筑琴はどうしますか?」とデニスが訊いた。

「宗像大社だったな。紫色に錆びた古代の竪琴が見つかったのは。」とカールが言った。

「ええ。藤原教授はそのように言っていました。」

「どのような竪琴なのかを調べよう。筑琴と竪琴は同じものなのか、違うものなのか。アポロンの神託では竪琴であった。そして、円鏡の楯がメドーサの首に導いてくれる。円鏡の楯も見つけるか、製作するのかを判断する必要がある。そのための調査は必要だろう。筑波山の別呼称である紫峰山との関連につても調査が必要だな。ただ、メドーサの首がキプロス島の北の海域にあるのなら、日本にこだわる必要はないかもしれない。紫の光を発する竪琴と円鏡の楯を新しく製作すればよいのかもしれない。しかし、円鏡の楯は判るが、紫の光を発する竪琴がどのようなものなのかがはっきりしていない。製作するには、その形を決める手掛かりが必要だろう。」

「私は唐琴の浦の話が気になります。」とデニス・ホワイトが言った。

「唐琴とは外国の琴で、天神はゼウスに相当すると云うことでしたね。」

「そうです。由佳神社の南方の海岸にある唐琴の浦はデルフィ遺跡の南方にあるペロポネソス半島の事ではないかと思うのです。」

「泳いでいるタコのような形をしたペロポネソス島が唐琴の浦と云うことですか。その理由は?」

「ペロポネソス半島のコリントス遺跡にはアポロン神殿があり、オリンピア遺跡にはゼウス神殿があります。音楽の神アポロンが奏でる琴の音が天神ゼウスの起こす風に乗ってゴルゴンの末娘・メドーサの首が沈んでいるキプロス島沖の海中にさざ波となって届けば、勝利の女神・ニケは眠るのではないでしょうか。」

「なるほど、ペロポネソス半島からの筑琴の音を発生させればよい訳ですね・・・。」とカールが腕組みをした。

「タコのような形も見方によっては古代ギリシア時代の竪琴の形に見えませんかね・・・。」とデニスが呟いた。



越の風華70;

2012年12月13日(火)  午前11時ころ  国会前庭


大和太郎と警察庁の半田警視長がベンチに座って話している。


「蘇民将来殺人事件の進展は如何ですか?」と太郎が訊いた。

「各県警捜査本部の意見では4つの事件の犯人は同一ではないとの方針になりました。長野県茅野市の諏訪大社横の駐車場で死んでいた高城六郎と兵庫県西宮市の須佐之男神横の駐車場で死体が発見された風祭武文の死体の傍には朱文字で蘇民将来と書かれた牛王神符がありました。一方、東京都港区の自宅マンションで首を吊って死んでいた松永金融相と神戸市東灘区の自宅マンションで服毒して死んでいた寺田純子の死体には牛王神符がありませんでした。現在のところ、松永金融相の場合は自殺と結論されています。寺田純子の場合、壁にあったはずの牛王神符がなくなっています。したがって一応、他殺の線で捜査継続中です。」と半田が言った。

「レストラングループ越路の社長である高城氏と投資会社社長の風祭氏を殺した犯人は同一で、松永金融相と寺田純子さんを殺した犯人は別人と云うことですね。しかし、9月7日未明に松永金融相、9月12日未明に高城氏、9月14日未明に風祭氏と寺田純子さんと、何らかの繋がりがある4人が一週間の間に死亡しています。この4人の死亡は連続殺人事件と考えても可笑しくないのでは?何かを隠ぺいする目的で行われた連続殺人・・・。犯人は異なるかも知れませんが、何らかの関連がある4つの殺人事件のような気がするのですが・・・。」と太郎が言った。

「どうですかね・・・。警視庁では松永金融相は自殺と結論され、処理されています。寺田純子を殺した犯人が松永金融相を殺したと云う判断は出ていません。松永金融相と寺田純子の関係を考えると同一犯の可能性も考えられますが、今後の捜査で結論が変わるかも知れませんがね・・・。」と半田が言った。

「以前、神武東征伝説殺人事件があった時に牛王神符を使った犯人は岳内林太郎でしたね。林太郎の父親である岳内太郎のグループ、仮に『黒鵜族』と命名しますと、その黒鵜族が高城六郎と風祭武文の犯人と云う可能性は如何ですか?」と太郎が言った。

「殺人の動機は?」

「日本国に対する何らかの反乱。風祭武文の資金源が河菱会として、河菱会を襲撃して組長・三田阿礼樹みたあれきを拷問し、殺害したのが黒鵜族と考えると、高城氏と風祭氏と繋がります。」

「高城と風祭が河菱会の手先であったということですか?」と半田が訊いた。

「いえ、違います。河菱会の背後に居る組織の手先であったのではないでしょうか。三田組長を拷問して聞き出そうとした内容がその組織の名前だったと推理すると如何でしょう。」

「その組織の名前は、例えば?」と半田が誘導するように訊いた。

「オメガ教団ではないでしょうか。他方、国家鎮護のための黒鵜族ですが、資金源として全国の暴力団からの殺人依頼を受けたりもしていた可能性があります。いろいろな暴力団からの情報で河菱会がオメガ教団と繋がっており、広島県呉市の海上自衛隊テロ事件を起こしたのではないかとの疑念を持ち、三田組長を拷問したと推理したのですが。」と太郎が言った。

「なるほど。筋が通っていますね。まずは、その線で証拠を探してみますかね・・・。松永金融相と寺田純子の場合はどうですか?」と半田が言った。

「松永金融相場合は、やはり13兆円の国債事件の調査が原因と考えられます。それに関する秘密情報を寺田純子に教えていた。寺田純子の部屋にあった牛王神符にその情報が書き込まれていたのではないでしょうか?」と太郎が言った。

「しかし、寺田純子が玄関の壁に牛王神符を張ったのは松永金融相と別れて2年以上経ってからでしたよね。」と半田が言った。

「武庫茂という人から聞いた話ですが、寺田純子さんは以前から持っていた牛王神符に蘇民将来と書いた、と云うことでした。ですから、松永金融相と熊野旅行をした時に購入したか、松永氏から貰ったということも考えられます。その牛王神符に蘇民将来と書きこんだ際に、何か秘密の事が書かれているのを知ったのかも知れませんね。」

「何が書かれていたのでしょうかね・・・。」

「例えば、調査で判った13兆円を運んだ日本人の名前と住所とか、背後関係とか。」と太郎が言った。

「それは無いでしょう。松永金融相が大臣になったのは1年半前の2011年6月です。大臣に成ってから、それより2年前の2009年6月にあった13兆円の偽国債事件の調査を命じたわけです。しかし、寺田純子と別れたのは今から2年前の2010年11月ですから、寺田純子が持っていた牛王神符に松永金融相が偽国債事件の内容はかけないですよね。ただ、ふたりが別れた後にも会っていた場合には、大和探偵の推理したような事も考えられますがね・・・。」と半田が推理を付け加えた。

「確かに、そうですね・・・。」と太郎が頭を掻きながら言った。

「しかし、手掛かりがない状況ですから、その線で調査してみますかね・・・。松永金融相と寺田純子が別れた2年前から死亡するまでの期間に再び会っていたのかどうかを調べてみましょう。特に、9月10日発売『週間真調』の暴露記事が発表された後の期間が問題になるかもしれませんな。記事を読んだ松永氏が寺田純子の住所を調べ、訪問したかどうかですな。寺田純子が住んでいたマンションの部屋に残されていた指紋の中に松永金融相のものがあったかどうかですね・・・。あの週間誌の記事のすべてが真実であったかどうかですね。松永氏を恨んでいた寺田純子が事実でない事をルポ・ライターに話している可能性もありますしね。また、寺田純子はあの記事のことは悔んでいたとの話もありますしね。ところで、本日の御用の向きは何ですか、大和探偵。」と半田が訊いた。


「前置きが長くなって申し訳ありません。実は、イスラエル国情報機関モサドの要員である岡上正一こと田中義一の所在をご存じであれば教えていただきたいのですが。」

「まだキアッソ事件を追いかけているのですか?」

「まあ、そうです。」

「公安部から岡上の情報は上がってきていますが、それを教える訳にはいきません。」

「ヒントでも良いのですが・・・。」

「あっはっはっは。それもだめです。」

「では、この件が松永金融相と寺田純子の殺害理由に関係するかもしれないとしたら、如何ですか?」と太郎が言った。

「どういう事ですか、それは・・・。」と半田が訊いた。

「キアッソでイタリア財務警察に岡上正一と一緒に拘束された大崎隆弘さんに会ってきました。大崎隆弘さんが言うには、外資系の某企業に物品運搬のアルバイトをたのまれたのが国債運搬事件だったそうです。ただ、守秘義務のためその外資系の某企業の名称は教えていただけませんでした。」

「岡上正一なら話してくれる訳ですか?」

「たぶん、話してくれると思います。13兆円相当の国債運搬事件をイタリア政府に通告したのがイスラエル政府と云うことですから、現在、モサドは国際的組織のブラッククロスの動きを注視しているはずです。そして、イスラエル政府はブラッククロスの動きを封じ込めたいと思っているはずです。なぜなら、ブラッククロスは神の計画の実現を推進している組織で、神の計画の究極は小アジア、すなわちイスラエルの国土がある中東地域での世界最終戦争・ハルマゲドンの実現です。それは、イスラエル国の戦場化であり、ひいてはイスラエル国の消滅を意味します。大崎隆弘にアルバイトを依頼したのが外資系の某企業であることを岡上正一は当然、つきとめていると思います。そして、その企業の意図を知りたがったはずです。モサドの調査力と行動力ならもうその企業の調査・監視をしているはずです。日本国内で活動しているその某企業の動きを封じ込めるには日本国警察の協力が必要であることはモサドなら充分に認識しているはずです。」と太郎が言った。

「それで、松永金融相と寺田純子の殺害理由とはその企業名が寺田純子のマンションの壁にあった牛王神符に書かれていた、と云う推理ですかね?」と半田が言った。

「はい。推理に過ぎませんが、それが事実かどうかを確かめたいのです。そして、その企業の背後関係がどうなっているのかを知りたいのです。」

「その企業の背後にいるのがブラッククロスで、その狙いが何なのかを知りたい訳ですね。判りました。松永金融相と寺田島純子が2年前に別れた後も会ったことがあると云う仮定のもとに、調べてみましょう。」と半田が言った。



越の風華71;

2012年12月15日(木)  午後2時ころ  東京・市ケ谷の自衛隊本部



大和太郎と竹下統合幕僚長が庭を歩きながら話している。


「ご依頼の案件は何でしょうか?」と太郎が訊いた。

「的場史朗との連絡役リエゾンをお願いしたいのです。」

「香港にいる的場さんですか? 確か、武器商人の山極亮輔を名乗っていましたね。」と太郎が言った。

「そうです。」

「連絡役とは、どういうことでしょうか?」

「最近になって、ギリシアの民間庸兵組織が戦闘用の武器や装甲車、高射砲、高速艇、そして庸兵の調達を大掛かりに始めているらしいのです。我々軍事関係者の間では、『ギリシア人の庸兵部隊が動く時、中東に戦乱がある』と謂われています。アレキサンダー大王のマケドニアがペルシアと戦った時、ペルシア側には多くのギリシア人傭兵が居たと謂われています。ギリシア人の庸兵が中東の何処かの国に雇われ、戦闘をするとしたら、PKO活動の一環として日本の自衛隊もアメリカ軍と共に出動することになります。」と統合幕僚長が言った。

「ギリシアの民間庸兵組織が戦闘準備をしているのですか?」と太郎が言った。

「その目的が何なのか、ヨーロッパ各国に駐在の情報部員に調査させているが、的場史朗には香港、上海、九龍かおるん、などで武器商人の背後で動いている組織の情報収集を行ってもらっています。それで、中国や他国の盗聴・検閲は油断できません。その情報を無線やメール、郵便物で私に届けるには情報漏洩の危険があります。そこで、大和探偵にお願いしたいのです。現在の諜報活動には信頼できるヒューミントが必要なのです。」と竹下統合幕僚長が言った。

「そういうことですか。畏まりました、連絡役をお受けいたします。」と太郎が返事した。

「的場史朗とのコンタクト日時に関して、自衛隊は一切関知しません。また、自衛隊への連絡も不要です。私には、的場からの情報内容のみを伝えてください。活動資金は明日にでも銀行口座に振り込みます。振り込み名義人は以前とは異なります。川上源一です。以上ですが、その他、何か質問がありますか?」

「いえ、ありません。」

「これが的場史朗の連絡方法です。この場で記憶してください。」と言って、統合幕僚長が太郎に紙片を渡した。

連絡方法を確認した太郎は紙片を竹下統合幕僚長に返した。



越の風華72;

2012年12月15日(火)  午後4時30分ころ  兵庫県警の蘇民将来殺人事件合同捜査本部


「鑑識からの報告が来た。寺田純子の部屋の玄関壁から採取していた指紋と警視庁からもらった松永金融相の指紋が一致した。また、寺田純子の部屋にあったCD盤にも松永金融相の指紋が採取されていた。」と山形係長が言った。

「CD盤って、東京の西荻窪にあるレコード店のレシートが残されていたCDですか?たしか、ガーネット・クロウとか云うグループの曲でしたよね。」と橘刑事が言った。

「そうだ。8月31日付けのレシートがCDケースの中に入っていた。レシートにも松永氏の指紋が残されていたようだ。」

「と云うことは、8月31日から9月7日までの間に松永金融相は寺田純子のマンションを訪問していた可能性が考えられますね。」と土井刑事が言った。

「そう云うことだ。半田警視庁が推理された通りだったわけだ。しかし、何故に松永金融相はわざわざ西荻窪までCDを買いに行ったかだな。御自宅は港区だから、杉並区まで足を伸ばしたことになる。何か想い出でもあったのか、レシートまで残していたのだからな。」と山形が言った。

「二人は依りを戻していたのですかね・・・。」と橘が言った。

「まあ、どうかな。単に、松永氏が寺田純子への慰謝料をあらためて支払いに来ただけかも知れんしな。」

「松永金融相は寺田純子のマンションをどのようにして知ったのでしょうかね?」

「松永金融相と寺田純子の関係の暴露記事を書いたルポ・ライターから寺田純子の連絡先を聞いたのかも知れんな。土井、警視庁に連絡して、この件の確認を取ってくれ。橘は8月31日から9月7日までのJR摂津本山駅の監視カメラの録画映像に松永金融相の姿が映っているかどうか確認してくれ。しかし、松永金融相は自殺じゃないのか・・・?」と山形係長が腕組みをした。



越の風華73;

2012年12月25日(火)  午前6時30分ころ  鎌倉市の鶴岡八幡宮 本宮内拝殿

  

空が白み始めている。

太陽はまだ現れていないが、由比が浜から遠くに見える水平線上にち込めた薄い朝靄あさもやが薄紫色に染まり始めている。


鶴岡八幡宮本宮楼門の扁額へんがくには『八幡宮』と書かれているが、『八』の文字は鳩が二匹向かい合った形で書かれている。

鶴岡八幡宮の本宮は南向きである。したがって、人は北方に向かって参拝する。

また、九州大分県の宇佐神宮は西方にあるのだが、さかきが植えられている宇佐神宮遥拝所も、何故か、北向きに参拝する形になっている。

鶴岡八幡宮の祭神は京都の石清水八幡宮から勧請された八幡大神、神功皇后、比売大神である。

また、石清水八幡の祭神は九州大分県の宇佐神宮より勧請された。もちろん、宇佐神宮の祭神も八幡大神、神功皇后、比売大神である。

ちなみに、比売大神とは宗像三女神(沖津島姫、中津島姫、市杵島姫)のこととされている。


本宮内にある祭檀前で藤の頭飾りを付けた巫女・国華こと白山泰子が『一輪の舞』を奉納している。

そして、拝殿の祭檀に向かって青山深雪こと宝達奈巳が祭神に向かって祝詞を奏上している。

拝殿の東側では『とびの尾』と呼ばれる『六弦和琴』を竹で作られた爪で弦を弾いて音を奏でている。

拝殿の西側からはしょう篳篥ひちりきの笛音が響いている。


比売大神ひめおおかみしこみ、しこみ申す。須佐乃男の剣よりうまれし御神なれど、その御身、今は、巌なり。今、再び、御心を解き放ちて、三千世界に恵みを降されんことをい願い奉ります・・・。しこみ、しこみ申す・・・。

ひふみよい むなやこともちろ らねしきる ゆえつわぬそを たはくめか うおえにさりえ てのますあせえ ほけれ・・・・。」


そして、鎌倉・由比が浜の沖合いから若宮大路を貫いて一塵の突風が鶴岡八幡宮の本宮まで届いた。



越の風華74;死せる弾武典、生ける岳内太郎を悩ます

2012年12月25日(火)  午後1時過ぎ  長野市鬼無里某所にある影の軍団・黒鵜族のアジト


深い雪に包まれた萱葺かやぶき屋根の屋敷内で13人の男たちによる会議が開かれている。


「大友一郎の報告では、カナダにあるトゥーレ財団とか云う組織の人間が紫の光を発する筑琴を探しているようだ。その筑琴を何に使うのかは不明だ。しかし、ギリシア神話にかかわりがあるらしい。ギリシア神話のアポロンの予言についてD大学神学部の藤原教授に質問を浴びせていたらしい。このトゥーレ財団は弾武典が出入りしていた投資顧問企業・極北エージェンシーと関係があると思われる。これは大友一郎が極北エージェンシーのアルバイト通訳募集の広告に応募して採用されたので判った。」と岳内太郎が言った。

「大友一郎は自衛隊のジェット戦闘機のソフトウェアを書き換えて墜落させた大友須美雄の兄さんでしたね。」

「そうだ。だから信頼できる情報だ。」

「アポロンと云えば、月の女神とされるアルテミスと双子の兄妹でしたね。」

「そうだ。筑波山で自害して果てた弾武典が懐に持っていた紙切れに書かれていた内容、『月神への呪文』と関係があるのかもしれない。とすると、トゥーレ財団はブラッククロスの下部組織であるのかも知れないと云うことだ。」

「そういえば、筑波山中で死んだ弾武典の懐にあった紙片に書かれていた牛王神符『蘇民将来』計画についての妨害活動が残っていましたね。」

「あの紙切れに書かれていた『三輪の鳥居』である三人のうちの高城六郎と風祭武文の二人はオメガ教団のヒットマンが殺した。何故に殺したのかだな。計画を中止する為なのか? 弾武典は『三輪の鳥居』の三人を殺す計画をしていたのだろうか。しかし、あと一人、月島次郎の所在が判明していない。月島も殺されてしまっているのかどうかだな。殺されたとして、その場所は何処かだ。その場所が判れば、弾武典の狙いがわかるのだが・・・。長野の諏訪大社・上社前宮と兵庫県西宮の須佐之男神社。あと一か所がどこなのか・・・。しかし蘇民将来と朱文字で書かれた牛王神符を持っていた二人を始末してしまっては、『蘇民将来』計画は実現しないだろう。『蘇民将来』とは生き残るための呪文のはず。オメガ教団は何故に高城と風祭を抹殺したのだろうか?狂ったか・・? 弾武典もこの世に居ないのだからな。ただ、『三輪の鳥居』計画の下に書かれていた『月神への呪文』計画の11人が何を行うのかが不安材料だ。」と岳内太郎が言った。

「そうすると、今度は、トゥーレ財団が相手になりますか?」

「河菱会の三田阿礼樹から聞き出した話では、AV総業の岡山県玉野市T団地にある工場内にはパルテノン神殿が建てられているそうだ。その後、このAV総業の工場を岡山支部の情報員に監視させているが、弾武典が京都の山奥で修業させていたと思われる11人の男たちが時々出入りしているとの情報が入った。」

「京都の大悲山から姿をくらましていた男たちが岡山に現われましたか。」

「たぶん、あの紙きれに書かれていた『月神への呪文』の11人だろう。赤城牛、鈴木虎、藤井兎、中村竜、諸山巳、栗橋馬、山上羊、日野猿、大嶋鳥、土谷犬、酒井猪の名前が書かれていた。この11人が12支を意味しているならば、ねずみに相当する人物が欠けている。12支は子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥であるが、最初のの名を持つ人物が居ない。何故に居ないのか、その意味が不明だ。そこに弾武典の計画が隠されているのかどうか・・・。また、諸山巳の巳の文字だけが12支の文字と同じだ。蛇とはなっていない。そこも引っかかる・・・。」と岳内太郎が言った。

「11人のリーダーである中村竜に関しては、CIAと私立探偵の大和太郎が監視を続けていますが、我々はどのように対処しましょうか?」と一人の男が岳内に訊いた。

「CIAがどのように動くかを見極めよう。当面、手出しはするな。しかし、監視は続けてくれ。それと、大和太郎か。こいつは何をしでかすかわからん男だ。よく見張ってほしい。しかし、岡山県玉野市のパルテノン神殿は何を意味するのかだ・・・。ギリシア神話を読み返す必要があるかな・・・。弾武典め、何を考えていたのだ・・・。」と岳内太郎が呟いた。



越の風華75;

2012年12月25日(火)  午後3時過ぎ  京都D大学の藤原研究室


半田警視長の依頼を請け、兵庫県警の蘇民将来殺人事件合同捜査本部の捜査会議に出席するために大和太郎は関西に来ていた。事件の推理を事前に深めておくために、藤原教授から神社や神話の知識を訊こうと思い、太郎はD大学の藤原研究室を訪問していた。

大和太郎、鞍地大悟、藤原教授が壁に貼られたA0サイズの日本地図と世界地図を前にして議論している。


「その二人が殺されていたのは諏訪大社上社前宮と西宮市の須佐之男神社でしたね。」と藤原教授が太郎に確認した。

「そうです。」

「それは面白いですね。」

「面白いですか?」

「その二つの神社、すなわち、霊的スポットを結ぶ直線を引いてみましょう。」といって、教授は日本地図に定規を当てて直線を引いた。

「それで何がありますか?」と太郎が訊いた。

「さらに、石川県の白山山頂の白山比口羊神社奥宮と伊勢神宮を結んでみます。そして、この二本の直線が交わるポイントがここ、岐阜市です。岐阜市鷺山1768には天神人祖一神宮の岐阜分社があります。」

竹内巨麿たけうちきよまろの創始した天津教・皇祖皇太神宮の分祠である天神人祖一神宮が二本の霊ラインの交点にあるのですか。」と太郎が言った。

「この意味が何かですね。それが、蘇民将来とどのように結び付くのか。白山比口羊神社奥宮と伊勢神宮結ぶ霊ライン上には能登の気多大社、宝達山の手速比口羊神社、名古屋の津島神社もあります。いずれも、大巳貴おおなむち命、スサノオ命に関係する神社です。諏訪大社と西宮市の須佐之男神社の祭神は建御名方命で大巳貴命の子孫です。」と教授が説明した。

「そもそも、竹内巨麿が天津教・皇祖皇太神宮を創始した狙いは何でしょうか?」と太郎が訊いた。

「モーゼの墓、キリストの墓がこの日本国土にあると主張した男、竹内巨麿は何が言いたかったのでしょうね。」と鞍地大悟が言った。

「何かを暗示したかったのでしょう。私は鞍馬の魔王尊であるサナート・クマラが竹内巨麿に憑依し、彼を背後で動かしていたのではないかと想像しています。モーゼは旧約聖書、キリストは新約聖書。モーゼは紀元前B・C、キリストは紀元後A・Dの世界の象徴。現代世界の主要宗教であるキリスト教とイスラム教、そしてユダヤ教もその起源はヤハウエ神です。イスラエルのエルサレムに祀られています。そして、日本の神社で一番多く社があるのが八幡神社です。」と藤原教授が言った。

「八幡宮ですか・・・。」と太郎が言った。

「八幡宮といえば、宗像三女神が祀られていますね、宇佐神宮には。」と鞍地大悟がいった。

「日本のスフィンクスである宗像三女神がどうかしましたか?」と太郎が訊いた。

「先日、一億円の研究資金寄付を貰いました。」と教授が言った。

「また、そんな大金、誰からですか?」と太郎が驚いたように訊いた。

「カナダにあるトゥーレ財団とか云う組織です。」

「トゥーレ財団ですか・・・。」と呟きながら、太郎は古代ギリシアの伝説などの登場する極北のアルティマ・トゥーレの事を思い浮かべていた。

「ゴルゴン三姉妹の末娘・メドーサの首を探しているようでした。」

「ギリシア神話に登場する戦士・ペルセウスによってねられたメドーサの首ですか。それはどこにあるのですか?」

「あっはっはっは。大和君も興味がありますか。」

「ええ、まあ。面白そうですから・・・。」と太郎が言った。


「鞍地君、ギリシア神話の話をしてくれますか。」と教授が言った。

「はい、承知しました。それでは、頭の毛髪が蛇で出来ている怪物メドーサについてお話します。もともと、メドーサは金髪の美女でした。美女のメドーサを見染めた海神・ポセイドンは彼女と浮気をします。そして、アテナ神の神殿でメドーサと情交を行い、神殿を穢し、アテナ神を怒らせてしまいました。また、浮気を知ったポセイドンの妻・アンピトリーテもメドーサを呪います。アテナ神とアンピトリーテの呪いによって、メドーサは蛇の髪、猪の牙、青銅の腕、黄金の翼を持った怪物に変えられてしまいます。同時に、妹のことでアテナ神に抗議したメドーサの二人の姉も怪物ゴルゴンに変えられてしまいました。怪物ゴルゴンの姿を見た者は石に変わってしまいます。醜い姿になった三姉妹は海の果ての島に身を隠してしまいます。その後、ある国王に騙されたペルセウスがゴルゴン退治に向かい、メドーサの首を刎ねます。その時、メドーサの首からメドーサとポセイドンの子供である戦士・クリサオルと翼を持った白馬ペガサスが誕生しました。クリサオルとは黄金の剣と云う意味です。その後、ペルセウスはメドーサの首をアテナ神に献上しました。アテナ神はメドーサの首を楯に付けたり、自分の胸元に飾ったりしたようです。」と鞍地大悟が説明した。


「トゥーレ財団の人は、ギリシアのパルテノン神殿に祀られていたアテナ神像から無くなったメドーサの首にはアテナの随神であった勝利の女神・ニケの霊魂が入り込んでいると考えているようでした。その、ゴルゴンの首を見つけて何をするつもりなのかは判りません。」と教授が付け加えた。

「まあ、なんとも神霊的な組織ですね、トゥーレ財団とは・・・。それで、教授のお考えでは、メドーサの首は何処に存在するのですか?」と太郎が訊いた。


「まあ、順を追って説明しましょう。怪物ゴルゴン三姉妹がスフィンクスのモデルとすれば、日本のスフィンクス宗像三女神の末娘・市杵島姫命がメドーサと云うことになります。」

「メドーサは弁財天とされる市杵島姫命ですか・・・。」と太郎が呟いた。

「パルテノン神殿に祀られていたアテナ神像にはメドーサの首と勝利の女神・ニケが飾られていました。ニケが宿ったメドーサの首をアレキサンダー大王が奪い取り、自分の戦闘防護布・イージスに縫い込み、戦闘時には胸元に飾っていました。しかし、アレキサンダー大王の死後、後継者争いが起こり、アレキサンダー大王の遺骸をエジプトに運び出す途上、地中海のある場所にメドーサの首は沈められたと、私は推理しています。」と教授が言った。

「その推理の根拠は何ですか?」と太郎が訊いた。

「鹿島明石海岸沖の見目浦の海中磐座いわくらと鹿島神宮の要石は繋がっているようです。そして、要石は西から来た女神の左眼であり、右眼が見目浦磐座と、青山東雲と云う霊能者は言っています。また、大和君も知っているように、石川県能登の鹿島郡にはアラビアを連想させる地名や地番があります。(ア)ラビア鹿島とか、東間ラとかエジプトの太陽神ラーを思い起こさせます。また、能登の鹿島郡志賀町の海岸には三味線島があり、宗像三女神も祀られています。」と教授が言った。

かなめとは西にしの女と書くのですね・・・。青山東雲さんがそう言ったのですか・・・。」

「そうです。金目かなめとも書けます。そして、鹿島神宮の祭神は建甕槌たけみかずち命で黄金に輝く剣を持って、大国主命に国譲りを迫りました。ゴルゴン三姉妹のメドーサから生まれ出た海神ポセイドンの子・クリサオルが建甕槌たけみかずち命の會祖父に相当します。一方、建甕槌命の曾祖父に当たる神は奈良の三輪神社の祭神・大物主命です。大物主は奈良春日大社境内にある内院末社・海本かいもと神社の祭神です。この海本神社とは何かです。それは、三輪神社の三輪の意味を解くことから始まります。古代ギリシアの哲学者プラトンが残した書物・クリティアス、ティマイオスによると、古代、地中海の西方にあったアトランティス王国ではアクロポリスの丘に海神ポセイドンを祀っていた。このアクロポリスの丘は三重の輪になった運河の真中にあったようである。その中心の丘の上にはポセイドン神殿があり、その神殿の中で人々は、法律を守る誓いとして牡牛おうしの頭首を切り取り、その血を飲み合ったという。三重の輪で囲われたアクロポリスの丘とは奈良の御神体山である三輪神社の御諸山こと三輪山に相当します。三輪山に祀られている大物主命とは海神ポセイドンに相当し、日本神話では海原を治める役目のスサノオ命こと牛頭天王と云う事になります。」

「三輪神社、すなわち大神みわ神社の祭神・大物主命とは須佐乃男命ですか・・。そうすると、拝殿内にある三つ鳥居はポセイドンが持つ三つ叉槍・トライデントを表しているのですかね。」


「少し横道にれましたが、鹿島神宮の要石と鹿島明石海岸沖の鹿島灘・見目浦にはメドーサの化身である市杵島姫命が磐座に宿っていると云うことです。そして、明石海岸とは兵庫県明石市にある瀬戸内海の明石海峡と繋がると考えられます。世界の縮図としての明石海峡はトルコとキプロス島の間の海域に相当します。また、鹿島明石海岸や鹿島神宮は北緯35度58分にあり、トルコとキプロス島間の海域も北緯35度58分にあるので、地球の自転を考えると、宇宙の星々から受ける影響は同じはずです。だから、このキプロス島北部の海域に荒ぶる神・メドーサの首は沈んでいると推理出来ます。その首には勝利の女神・ニケの霊魂が宿っていることでしょう。」と教授が自信あり気に言った。


「明石海峡ですか。確か、神武東征での明石海峡は『速吸はやすいの門』と呼ばれていましたね。椎根津彦が速吸の門で神武天皇を出迎え、家来になり、大和王権成立に貢献しました。その椎根津彦は神戸市東灘区の保久良神社に祭られています。先日、保久良神社に奉納されている絵馬札の中に不思議な絵があるのを見つけました。」と太郎が言った。

「不思議な絵とは、どのような?」と教授が訊いた。

「スフィンクスの子供のような印象の絵でした。顔の感じからは性別の判断はできませんでした。保久良神社の境内にある神生かみなり岩と外形がそっくりで、小さな羽根が背中に生えており、霊能者が描いたのではないかと思いました。」と太郎が説明した。

「確か、須佐乃男命も保久良神社の祭神でしたね。海を治める荒ぶる神の御子が誕生するということですかね。それが、メドーサの化身である市杵島姫命ですかね?とすると、荒ぶる神の御子が誕生する場所は明石海峡ですかね。それとも、鹿島明石海岸ですかね・・・?」と教授が考え込んだ。


「トゥーレ財団の方は紫の光を放つ筑琴を探しているようでしたね、教授。」と鞍地大悟が言った。

「そう、筑紫琴とは何かと質問してきたね、彼らは。」と教授が言った。

「紫の光ですか。確か、夢予言者のジーン・ディクソンが夜中に見た蛇の話がありましたよね、教授。」と太郎が言った。

「そう、1952年7月14日の午前3時頃でしたかね。『紫がかった異様な光に照らし出されたピラミッド形の頭を持つ黄色と黒色の縞模様の蛇の幻がベッドの傍らに現れ、東方には知恵と理解があると言っている様だった。』と、夜明けの太陽を待っていたジーン・ディクソンは述べていたね。」と教授が言った。

「黄色と黒色の縞模様の蛇は海蛇です。そして、エジプト・ギザの大ピラミッドの横にはスフィンクスが、何かを待っているかの様に東を向いています。トゥーレ財団の人は海に眠る怪物ゴルゴン姉妹のメドーサの復活が紫の光を放つ竪琴によって実現すると考えているのではないですかね。すると、ゴルゴン三姉妹の化身・スフィンクスが待っているのは紫がかった光。」と太郎が言った。


「西洋でのゴルゴン三姉妹の復活は、日本での疫神・スサノオの復活に重なる訳ですか。宗像三女神はスサノオが持っていた十挙剣とつかのつるぎから生まれましたからね・・・。」と教授が言った。

「十挙剣は神武東征の時に降ろされた布都御霊ふつのみたま剣と同じで鹿島神宮の祭神・建甕槌命が持っていた剣ですね。」と太郎が確認するように言った。

「筑紫に住む荒ぶる神は甕依姫によって鎮められ、改心して宗像三女神になったのですよね・・・。」と鞍地大悟が呟いた。



越の風華76;

2012年12月26日(水)  午前10時過ぎ  兵庫県警での蘇民将来殺人事件捜査会議


警察庁刑事局長補佐の半田警視長からの要請を受け、私立探偵の大和太郎が捜査会議に出席している。


「郵便物でタレこみがあった月島次郎についての調査報告をいたします。」と山形係長が続けた。

「全国の警察署に月島次郎なる人物の死亡事件があったかどうかの紹介をしたところ、岐阜県警より、当該人物の自殺報告がありました。住所は名古屋市西区天神山町です。本年9月10日早朝に自家用車に排気ガスを引き込んで死んでいるのが発見されています。死亡推定時刻は9月10日、午前0時から午前5時までの間です。妻の月島和子も同じ車内で死んでいたそうです。遺書は無かったのですが、名古屋市内でレストラン経営に行き詰って自殺したと岐阜県警は判断したようです。投資会社からの資金提供が中止されたためのようです。タレこみの手紙に書かれていたような、蘇民将来と書かれた牛王神符は発見されていません。ただ、財布などの貴重品は無くなっていたようです。遺体発見の警察連絡以前に盗まれてしまっていた可能性がありますが、県警では自殺としての処理のため、貴重品に関する捜査は行っていないようです。」

「遺体発見場所は岐阜市鷺山ですか?」と太郎が訊いた。

「よく御存じですね。その通りです。岐阜市鷺山17○○の駐車場内に停車中の自家用車の中で夫婦が死んでいたようです。駐車場の近くには天津教・天神印人祖一神宮があるそうです。」と山形係長が言った。

「大和探偵は何故に岐阜市鷺山と場所をご存じだったのですか?」と捜査課長が訊いた。

「岐阜市鷺山の天神人祖一神宮は西宮市森具にある須佐之男神社と長野県茅野市にある諏訪大社・上社前宮を結ぶ霊ライン上にあります。」

「と云うことは、やはり、本捜査本部の事件に関係があるとお考えですかな?」と捜査課長が訊いた。

「もし、蘇民将来と書かれた牛王神符が財布の中にあって、その財布が盗まれていたと考えれば、3つの死亡事件は霊ラインと同じように繋がることになります。それに、誰がタレ込んだのか知りませんが、その手紙には月島次郎の名前がはっきり書かれていたと云う事は、大いに関連の可能性があります。ところで、月島次郎のレストランに投資していた会社の名前は判明していますか?」と太郎が言った。

「ええ。名古屋市内にある会社で、えーっと、ドリーム・カム投資顧問株式会社ですね。愛知県警の報告資料では岡崎市にある工藤組の企業舎弟となっている会社です。」と捜査課長が言った。

「工藤組ですか・・・。たしか、工藤組の元組長で河菱会の組長であった三田阿礼樹と工藤組の張帆二と云う爆弾魔が先日、何者かに殺されましたよね。」と太郎が言った。

「それが、本件と関係がありますか?」と課長が訊いた。

「いえ、それはどうか判りません。しかし、警察庁の半田警視長は関係あるかもしれないとお考えのようです。」と、太郎は自分の意見を半田警視長の意見として表現した。

「どういう関係なのですか?」と課長が訊いた。

「現在、オメガ教団が関係するのではないかとして、調査中とのことでした。諏訪大社近くで死亡した高城六郎氏のレストラングループに投資していた風祭武文は河菱会に出入りしていました。風祭武文の資金源が河菱会で、河菱会がオメガ教団となんらかの関係があるのではないかとの推理です。」と太郎が言った。

「なるほど、一連の事件の黒幕が『末世立法・オメガ教団』である可能性ですか。だから、世紀末に厄神として再び現れるスサノオと関係する、『蘇民将来の牛王神符』が関係している訳ですか。しかし、西宮、岐阜、長野を結ぶ霊ラインの意味は何ですか?」と捜査課長が訊いた。

「それが、よく判りません・・。それが、風祭氏、月島氏、高城氏の3人を殺害した動機でしょう。」と太郎が言った。


「そうすると、高城六郎は自分の妻と子供は殺していないと云う可能性もでてきますね。オメガ教団のヒットマンは高城六郎を含めた家族をいっしょに殺そうとしたが、高城六郎は上手くマンションから逃げた。妻と子供だけが先に殺されたが、高城六郎は追手によって見つかり長野県で殺された。月島次郎夫妻が殺されたのと同じですかね。」と橘刑事が言った。

「しかし、何故に妻子まで殺す必要があったのでしょうかね・・?」と太郎が言った。

「蘇民将来です。蘇民将来の名札を家の玄関に張り出している家は滅ぼさないと牛頭天王ごずてんのう、すなわちスサノオが言っています。家と言っていますから、家族を殺さないと云う事になります。しかし、犯人は家族を殺すことで『蘇民将来の文字による家の守護は実現しない』と言いたかったのでしょうかね。」と橘刑事が言った。

「逆に、牛王神符に蘇民将来と書いて、その実現を否定する呪詛をした、と云うことですか・・・。殺された3家族は呪詛が実現するための生贄いけにえ人柱ひとばしらと云うことですか・・・。しかし、何故、あの3家族だったのか。誰でもよかったのか。タレこんだ人物は月島次郎の名前をどうして知ったのか・・・。」と太郎が考えるように付け加えた。

「3家族の住所、出身地、本籍地などを調べましたが、なんらかの関連している事項はありません。風祭氏、月島氏、高城氏に関連するのは投資会社と云うことだけです。そして、その投資会社の資金源はどこかです。河菱会なのか、それともオメガ教団なのか?」と橘刑事が言った。


「オメガ教団のヒットマンが3人を殺した犯人なのかどうか? その推理はそこまでとして、寺田純子の死亡事件はどう関係してきますか?」と捜査課長が太郎に訊いた。

「寺田純子の部屋にあった『蘇民将来の牛王神符』の行方が不明のままです。寺田純子が死ぬ前に松永金融相と会っていたのですが、それが、松永金融相の自殺と関係するのか。それとも、寺田純子も松永金融相も『蘇民将来の牛王神符』に絡んで殺されたのか?どうですかね、大和探偵。」と課長が訊いた。

「その件で、半田警視長から預かってきましたご伝言を捜査本部の皆さんにお伝えいたします。」と言いながら、太郎は半田警視長から預かってきた封書をポケットから取り出して、封を破って中の文書を読み始めた。


『蘇民将来殺人事件捜査本部のみなさん、警察庁刑事局長の朝海です。日頃の捜査活動、御苦労さまです。さて、現在捜査中の殺人事件に絡んで松永金融相と、その元愛人である寺田純子さんが死亡されています。近日中に警察庁より全国の各都道府県警察本部にテロ対策に関する通達を送付いたしますが、それに先立ち、皆さんに某国の情報機関から最近入手した情報をお伝えいたします。松永金融相は大臣に任命される前の議員時代に、イタリアとスイス国境で発生した13兆円相当の国債運搬事件に興味をもち、私的な目的で運搬していた日本人の調査を始めました。目的は、政治資金を調達できる対象者として国債運搬の依頼人に目を付けたのでした。私立探偵などに依頼して調査をしたものの、13兆円国債の出所は掴めなかったようです。しかし、金融大人になってから、改めて政府機関を利用して調査を始めました。そして、ある筋からの情報としてオメガ教団が国債運搬に関係した事実を知ります。そして、個人的な政治資金調達の交渉を、ある代理人を通じて始めました。オメガ教団を監視している公安調査庁もその動きを察知していましたが、背後に松永金融相が居るところまでは認識出来ていませんでした。その代理人がレストラングループ越路の社長である高城六郎氏から紹介された風祭武文です。風祭武文は河菱会の企業舎弟で、河菱会を通じてオメガ教団に資金提供の依頼が行われたようです。松永金融相自身は投資会社社長の風祭武文がオメガ教団と話していると思っていたと推察できます。河菱会が動いているのを知っていれば、資金提供の依頼は取り下げていたでしょう。某国の情報機関はオメガ教団と河菱会の繋がりを知っており、ある時、風祭武文が松永金融相と繋がっていることも認識したようです。何故かわからないが、今年の9月上旬に松永金融相は神戸市内の寺田純子宅を訪問しました。その時、朱文字で蘇民将来と書かれた牛王神符が玄関壁に貼られているのを見て、寺田純子からそれを貰い受けたようです。実は、風祭武文も同じような牛王神符を持っているのを松永金融相はひょんな事から知っていたようで、有利な条件で資金調達するための道具にしようと考えたようです。松永金融相から牛王神符を見せられた風祭武文は驚いて河菱会の組長に報告したのでしょう。それはオメガ教団にとっては極秘事項であり、ただちにヒットマンが松永金融相と寺田純子に向けられました。某国情報機関からの情報では、そのヒットマンとは岡崎市にある工藤組の張帆二だったようです。事件当日に松永金融相の自宅マンション付近を歩いている張帆二の監視カメラ映像記録を、先日、警視庁の刑事が見つけました。また、張帆二は先日、何ものかによって殺害されています。それから、これは推理ですが、牛王神符の件が他の人物にも漏れているかもしれないのを恐れたオメガ教団は、かねてからの計画予定を早めて、高城六郎氏と風祭武文を殺害したのではないでしょうか?その計画の目的は不明ですがテロ活動に繋がることであると警察庁では考えています。その計画の目的の事実を捜査本部の調査で見つけていただきたいと思っております。皆さんのご活躍を東京から祈っています。以上です。なお、本紙は焼却処分してください。警察庁刑事局長・朝海』と太郎が読み上げ、捜査本部長にその文書を手渡した。



越の風華77;

2012年12月27日(木) 午後2時前 青梅街道の善福寺交差点付近の食事処『越路』


大和太郎は、風祭武文と松永金融相が会合していなかったかどうかを確認するために食事処『越路』に来ていた。

そして、昼食を食べながら『越路』の店長と話している。


「ええ、風祭様も松永様もたびたびご来店いただいておりますので、顔は知っております。」と店長が言った。

「今年の9月7日ころに風祭氏と松永金融相がこの店に来ていませんでしたか?」と太郎が訊いた。

「9月7日と云うのは松永金融相が自殺されていた日ですよね。たしか、その2日前だったと記憶しています。新聞で自殺の報道を知って、2日前はあんなにお元気だったのに、と思った記憶があります。風祭様と松永様が夕食を取りながらお話をされていました。高城社長のお知り合いですから、ご挨拶をいたしました。」と店長が言った。

「その時のことを、何か覚えていませんか?たとえば、何か紙きれを見ながら話していたとか?」と太郎が訊いた。

「ああ。ご挨拶にお二人の個室テーブルに行った時のことですが、何か黒い絵柄の上に赤い文字が書かれた紙きれを松永様が手に持って風祭様に見せておられました。松永様が風祭様にその意味を訊かれていたと思います。」と店長が言った。

「紙きれの大きさはこのくらいでしたか?」と太郎は牛王神符を思い浮かべながら、両手でB5サイズくらいの大きさを示して店長に訊いた。

「ええ、そんなくらいでした。」

「その時の二人の雰囲気はどうでしたか?」

「別に、変ったことはありませんでした。静かにお話をされていました。時々、笑い声も聞こえていました。」

「二人の話の詳しい内容などは聞こえましたか?」と太郎が訊いた。

「いやあ、特に聞き耳を立てていた訳ではありませんのでね・・・。ああ、11面観音がどうのとか、話されていたのを思い出しました。当レストランの名称『越路』は石川県の白山をイメージして命名されています。越路のシンボルマークは白山を象ったものです。白山山頂で泰澄大師が11面観音の化身である九頭龍大神を見たと云う話が有名ですので、11面観音の名前が出たのが印象に残っています。詳しい内容は、どうも・・・。」

「そうですか。どうも、ありがとうございました。」と言いながら、太郎は松永金融相が寺田純子の部屋から蘇民将来の牛王神符を持ち出したのは間違いないと思った。


店長が太郎の座席テーブルを去った後、霊能者の青山東雲とううんが食事のために店内に入ってきた。

青山東雲に気が付いた太郎が声を掛けた。

そして、東雲も太郎のテーブル席に座った。


「また、何かの事実確認に来られましたかな。」と東雲が言った。

「まあ、そんなところです。」と太郎が答えた。

「ところで、大和探偵は南宮大社の青山深雪をご存じですか?」と東雲が訊いた。

「はい、存じております。」

「やはり、そうでしたか。以前、深雪みゆきのことを話した時には、何も仰らなかったので気がつきませんでした。青山深雪こと宝達奈巳から大和探偵のことは聞きました。なかなかのご活躍ぶりとのことと聞いています。深雪の実兄・宝達君広が悪党に拉致される所を助けて頂いたそうで、ありがとうございました。」

「恐縮です。この前にお話し頂いた、筑波山から見た九頭龍大神のお話は大変おもしろく拝聴させていただきました。」

「あっはっはっはっは。それは良かった。ところで、筑波山頂の男峰に祀られている筑波男大神と女峰に祀られている筑波女大神のことですが・・・。」と東雲が呟いた。

「それが、何か?」


「平安時代、徳一大士が唱えた筑波男大神はイザナギ、筑波女大神はイザナミに仮託されました。しかし、それが真実かどうかは不明のままです。明治42年には一度、筑波山神社の杉山社司が常陸国風土記には筑波男大神と筑波女大神と書かれているだけであると主張し、それに従うことを内務省は承諾しました。しかし、大正14年に筑波山神社の藤咲社司はイザナギとイザナミに戻すことの了承を内務省から取りつけ、現在は、筑波男大神はイザナギ尊、筑波女大神はイザナミ尊とされています。したがって、筑波山神社の祭神はイザナギ尊、イザナミ尊とされています。また、摂社には天照大御神、月読尊、スサノオ尊、蛭子命が祀られています。

しかし、18世紀の筑波山名跡誌と云う文献では、日神が旅先の筑波山で留守を守る父母神を慰めるために筑波山で歌を詠んだとあります。その歌の内容は『一二三四ひふみよつまで羽子はご筑波峰つくばねの 月あらんことそらにすすめと』で、古き文にでているとのことです。すなわち、筑波峰は月と関係があると述べているのです。

さらに、明治43年出版の国文注釈全書には、『詞林采葉抄』の筑波山条に『筑波山と云う名は天照大神、この山の頂きにて筑紫琴をひき給ふに、水波の曲に至りて鹿島の浦の波雲に乗る』という文章が書かれている、と述べられています。筑波山が筑紫峰と呼ばれる所以です。私の霊感が正しければ、筑波山の二神ふたかみは西洋の双児神である音楽の神・アポロンと月神・アルテミスです。そして、鹿島の浦にはアポロン神が奏でる竪琴の音曲が波音として響き渡っているように感じました。この話、何かのお役に立ちますかな・・?」と東雲が意味ありげに言った。

「はあ? 筑波山から筑紫琴の水波曲が鹿島灘に聞こえてくる訳ですか・・・。」と太郎が呟いた。


「話しは変わりますが、大和探偵のご出身地は奈良ですかな?」と東雲が訊いた。

「ええ。奈良県の大和郡山市です。それが、何か?」

「やはり、そうですか。あなたは守護霊に興味はありますか?」

「興味があると云う程ではありませんが、面白い話だとは思っています。」

「それでは、あなたの背後に見える霊の話をいたしましょうか。今、あなたの背後に神主さんの姿が見えています。その神主さん曰く、自分は江戸時代に大和郡山にある薬園八幡宮の神職をしていた藤原久重である、との言です。」

「はい。子供のころは、その神社でよく遊んでいました。薬園八幡宮の由緒も知っています。たしか、奈良の大仏開眼の儀式に招かれた九州宇佐の八幡神がお泊りになった御旅所跡に造られた神社が始まりで、最初は平城京朱雀門近くの薬草園にあったのが、遷宮されて現在地に定まったようですね。」

「この藤原久重さんが貴方にお願いがあるそうです。」

「はあ、何でしょう?」

「この近くにある井草八幡宮に参拝し、祝詞を奏上してほしいそうです。」

「ええっ、祝詞ですか? 何の祝詞ですか?」

「日文祝詞だそうです。ご存じですか?」

「ええ、まあ。47文字ですよね。くわしくは覚えていませんが・・・。」

「それでは、わたくしが日文祝詞を紙に書いてあげましょう。しかし、井草八幡宮で日文祝詞ね・・・。」と、東雲が腕を組んだ。

「何か、意味があるのですかね?」

「その理由は秘密とのことです。私が推察するには、あなたは日置ひきの風です。」

「私が比企ひきの風ですか?」と太郎が訊き直した。

「古代には日継神事を行う日置部ひきべという家系がありました。あなたは、たぶんその子孫なのでしょう。日文祝詞がどのように関係するのか、私にも判りませんが・・・。」


「何故に井草八幡宮なのでしょうかね。」と太郎が言った。

「井草八幡宮は、元元は藤原氏が祀る神社でした。源頼朝が戦勝祈願に参拝した後、八幡宮となりました。私の調査では、大阪市都島区にある母恩寺が関係しています。」

「母恩寺とは、後白河法皇が母親である藤原璋子ふじわらあきこの菩提を弔うために創建したお寺ですよね。」と太郎が言った。


「そうです。かつて、神仏習合の時代には母恩寺境内には弁財天が祀られていました。母恩寺があった地域には善源寺と云う尼寺もありました。井草八幡宮の近くにある善福寺は藤原一族の桜町中納言の親戚がこの武蔵野の地に派遣された時代に井草八幡宮と共に善源寺にちなんで創建されたと思われます。桜町中納言とは後白河法皇に執事別当として仕えた中納言・藤原成範のことです。桜町中納言と呼ばれるのは、中納言・藤原成範しげのりが桜宮神社によく参拝していたからです。現在、桜宮神社は京都市上京区千本丸太町上ル東入ル西神明町にありますが、元元は天神・菅原道真を祀る北野天満宮の右近馬場にありました。醍醐天皇(885年〜930年)の時代、右近馬場にあった桜の大樹に紫雲が棚引き、日輪が降臨したそうです。そして、その場所に桜宮日降神明と号して天照皇大神を祀る社を創建したそうです。それが桜宮神社の元です。現在の桜宮神社境内には宗像三姫大神・大弁財天を祭る摂社が桜の木の横にあります。また、大阪市都島区善源寺町には桜宮大神を祀る神社や源頼光が創建した八幡宮もあったようです。善福寺池には弁財天とされる市杵島姫命が祀られています。そして、井草八幡宮の周囲には弁財天の卷族である白い大蛇の霊が横たわっているのを私は霊視しました。」と東雲が言った。

「善福寺の弁財天ですか・・・。」

「善福寺の弁財天は鎌倉の沖合にある江ノ島弁財天を勧請したそうです。江ノ島弁財天は鎌倉の鶴岡八幡宮の創建と同じころに源頼朝が祀ったとされていますね。善福寺には『遅野井』と呼ばれる湧水の場所があります。これは源頼朝が水の神様でもある弁財天に祈って掘った7つの井戸の一つだそうです。」

「鎌倉幕府を開いた源頼朝ですか。江ノ島弁財天と鶴岡八幡宮は関系が深いのですね・・・。源頼朝が掘った七つの井戸の一つですか・・・。そして、藤原一族と母恩寺弁財天・・・か。それが、日継神事とどのように関係するのか・・・? 紫雲と日輪ね・・・? 俺が日置ひきの風かね・・・?」と太郎は呟いた。



越の風華78;

2012年12月28日(金) 午前11時前  国会前庭の噴水前にあるベンチ


太郎と半田警視長がベンチに座って話している。


「愛知県警岡崎署から工藤組に関する情報を入手しました。」と半田が言った。

「河菱会組長の三田阿礼樹みたあれきと工藤組の張帆二ちょうはんじに関する事ですか?」と太郎が訊いた。

「そうです。工藤組と云うのは三田阿礼樹と張帆二が創った暴力団です。創立当初に相談役と呼ばれる男が時々、組事務所に出入りし、武闘戦術の指南役をしていたようです。その男を岡崎署が隠し撮りした写真があります。これです。」と言って、半田が太郎に写真を見せた。

「この男、弾武典に似ていますね。」と太郎が言った。

「そうです。たぶん、弾武典でしょう。三田阿礼樹と張帆二は本名ではありません。工藤組を創立する前は岡崎市近郊で暴走族をしており、武田三郎と長島研二と云う名前でした。しかし、工藤組を創った時に組長・三田阿礼樹、若頭・張帆二を名乗ったようです。」

「三田阿礼樹と張帆二は組を起こすほどの実力者だったのですか?」

「バックに資金提供をした人物がいるらしいのですが、それが不明です。しかし、弾武典が相談役として出入りしていたなら、バックはオメガ教団かK国情報機関のKISSか、ブラッククロスと云う事になるでしょう。」と半田が言った。

「北九州の暴力団・聖武祇園連合会の資金源がオメガ教団だったように、工藤組の資金源もオメガ教団とすれば、三田阿礼樹と張帆二の名前の意味が見えてきますね。そして、弾武典の狙いが何だったのかも。」と太郎が言った。

「それは?」と半田が訊いた。

「三田阿礼樹は名前を先に、苗字を後にして読めば、アレキサンダー。張帆二も同様に、ハンニバルです。」と太郎が言った。

「なるほど。ペルシアのペルセポリスを焼き払い、スーサからヨーロッパを攻撃したアレキサンダー大王と、ローマ帝国を攻撃した北アフリカ・カルタゴの闘将ハンニバルの再臨を意図した計画の一端を三田阿礼樹と張帆二が担う訳ですね。どちらもローマ帝国征服には失敗したがね。」と半田が言った。

「それで、ローマに相当する広島県呉市にある自衛隊に爆発テロ行為を行った。」

「それを知った、何ものかが、三田阿礼樹と張帆二を殺害した。その背後関係を知るために三田阿礼樹を拷問して殺した。何者とは影の軍団・黒鵜族の岳内太郎たち、と云う推理が成立しますかね。」と半田が言った。

「三田阿礼樹が白状したかどうかは判りませんが、大元はブラッククロスですね。そして、ブラッククロスからの指示でオメガ教団とKISSの弾武典が動いていた。しかし、弾武典はすでに筑波山で影の軍団・黒鵜族に殺されてしまっていると思われます。とすると、岳内太郎たちはオメガ教団を殲滅対象に選んだ可能性がありますね。」と太郎が言った。

「困ったことですな・・・。ブラッククロスは岡山県玉野市にパルテノン神殿を造っていると云う事ですし。」と半田が言った。

「半田警視長もAV総業のパルテノン神殿の事をご存知でしたか。」

「CIAとモサドからの情報です。大和探偵もご存じですよね。」

「ええ。ギリシアのパルテノン神殿の二分の一サイズの神殿が建てられています。その意図が、アレキサンダー大王の再臨と関係するのかどうかですね。パルテノン神殿の意味するところは何なのかです。」と太郎が言った。

「何か、ご存じですか?」

「勝利の女神・ニケを手に入れることかもしれませんね。」

「勝利の女神・ニケを手に入れるのですか、ブラッククロスが?」と半田が言った。

「アレキサンダー大王はギリシアを征服した時、パルテノン神殿のアテナ神像に祀られていたゴルゴン三姉妹の一注・メドーサの首を手に入れました。メドーサの首には勝利の女神・ニケの神霊が宿っていたと謂われています。」と太郎が言った。

「メドーサの首ですか・・・。それは、現在、どこにあるのですか?」と半田が訊いた。

「ある霊能者が謂うには、鹿島明石海岸沖合にある見目浦の海中磐座がメドーサの心魂の左眼だそうです。鹿島神宮の要石がメドーサの右眼だそうです。D大学の藤原教授はパルテノン神殿からアレキサンダー大王が奪ったメドーサの首はキプロス島とトルコ国の間の海峡に沈んでいると推理しています。」と太郎が言った。

「地中海に浮かぶキプロス島の北の海峡ですか。そこに、勝利の女神・ニケが居るのですか・・・。その推理の根拠は何ですか?」と半田が訊いた。

「藤原教授が言うには、鹿島明石海岸とトルコとキプロスの海峡とは同じ緯度にあり、太陽や宇宙の星から受ける影響は同じであり、日本列島が世界の縮図と考えるなら、瀬戸内海にある明石海峡は地中海にあるトルコ−キプロス海峡に相当するとの事です。」と太郎が言った。


「なるほど。もう一つ、私から付け加えると、淡路島とキプロス島は男の一物を意味する島であることでも共通点があります。」

「淡路島とキプロス島は男の一物ですか・・・?」

「ギリシア神話では、タイタン男神族のクロノスは父である天空神・ウラノスの性器を切り落とし、海に投げ込んだとされています。その時、ウラノスの血が海に流れ出し、血の混ざった海水から泡がたちのぼり、愛と美の女神・アプロディテが生まれます。生まれたばかりの金髪の女神・アプロディテは西風・ゼピロスに運ばれてキプロス島に上陸します。そのキプロス島は海に投げ込まれた天空神・ウラノスの性器で出来た島ではないかとも謂われています。また、淡路島は男子露オノコロ島とも呼ばれ、男子露とは精子のことで、男の性器の象徴とされています。淡路島のあわは愛と美の女神・アプロディテを産んだあわでもあり、は天空神・ウラノスのでもあります。すなわち、泡血あわぢ島と云うことです。霊感が鋭かった巫子・神功皇后などは、淡路島周辺や大阪湾は血沼ちぬの海と呼んでいたようです。」と半田が言った。

「愛と美の女神・アプロディテの誕生。それは、西洋絵画にあるビーナス誕生ですね。ところで、勝利の女神・ニケを手に入れようと、ブラッククロスの一組織ではないかと思われるトゥーレ財団が動いています。藤原教授の所にカナダ国にあるトゥーレ財団の部長が来たそうです。」

「トゥーレ財団ですか。調べてみましょう。」と半田が言った。



越の風華79;死せる弾、生ける岳内を走らす

2013年1月10日(木) 午前0時ころ  岡山県玉野市T団地のAV総業の工場近くの路上


AV総業近くの路上に長野ナンバーの大型貨物トラックが2台止まっている。

荷台はステンレス箱型ケーシングであり、その外壁には大きな文字で『山猫運輸株式会社』と書かれているトラックと『ヤマネコ・クール宅急便』と書かれたトラックが少し離れて止まっている。

山猫運輸の大型トラックの箱型荷台の中には映像装置が置かれ、5人の男たちが監視カメラ映像を眺めている。

11台の映像モニターにはAV総業の工場入口、通路や疑似パルテノン神殿やその内部などが映し出されている。

無線式赤外線監視カメラシステムを利用しているようである。

一方、ヤマネコ宅急便の箱型荷台の中には8人の男たちが11台の映像モニターを眺めている。


「山内、上手く監視カメラを設置できたな。」

「はい。AV総業常駐の電気設備工事会社の社長の弱点を調べ、ちょっと脅したら、社員証と生服を3人分準備し、工場内へ案内してくれました。もちろん、礼金もたんまり支払いましたがね。それで、調査点検工事ということで、無事に赤外線発光器付無線監視カメラを設置できました。工場内への進入場所も工場東壁の3番カメラ近くに確保してあります。」

「よくやった。御苦労だった。」

「おほめの言葉をありがとうございます。」


「やはり、11人がそろったな。初子日ねのひのこの日に何を始める気だ?」

「襲撃はどうしますか?」

「いつでも突入できる準備はしておけ。何を始めるのか、もう少し様子を見てみよう。」

「はい。クール便に居る11人にはスタンバイの指示を出しておきます。」

「CIA(アメリカ中央情報局)、モサド(イスラエル諜報特務庁)、SVR(ロシア対外諜報庁)、公安(法務省公安調査庁)、などはこの周辺に居るのか?」

「CIAは中村竜の影武者を見張って、東京のアラビアン・ビークルに張り付いているとの情報です。CIAは衛星から見張っているかも知れませんが、夜ですから暗くて見えないかもしれませんね。モサドとSVR、公安は富山県高岡市のオメガ教団に張り付いているようです。この周辺には我々以外にあやしい車などは見当たりません。」

「中村竜の影武者と本者はどこで入れ替わったのだ。」

「判りません。尾行スペシャリストの田中と徳山が入れ替わりに気付かないで、尾行させられたくらいですから、公安やちょっと出の情報部員など、入れ替わりに気がつくはずはありませんよ。」

「ホテルかデパートなどのトイレで示し合わせておいて素早く入れ替わるのかな・・・。」

「そんなところかも知れませんが、上手くかれるようです。」

「弾武典の指導よろしき哉、だな。われわれは、初子日ねのひに焦点を合わせ、この場所に来ておいて正解だったな。」

「岳内総長が『月神への呪文』にねずみが居ない謎を推理したおかげですね。」

「確かにな。しかし、『月神への呪文』の11人は何をするつもりなのか・・・。それと、『三輪の鳥居』との関係があるのか、ないのか・・。10人の男と一人の女と考えるのか、それとも11人をひと塊りと考えるのか・・・。弾武典め、魂となって、今頃は月にでも居座って、月の女神と仲よくしながら、地球でも眺めておるのか・・・。まあ、我々のることをよーく見ておけ。」と岳内太郎がモニターを見ながら悔しそうに呟いた。


「あれれ。1番のカメラに黒い影が動いているぞ。工場の壁に手を掛けている。進入場所を探しているのですかね」

「1番のカメラ工場の裏口付近です。何者でしょう?我々と同じ、黒装束ですね。」

「こいつ、工場へ侵入する気だな。赤外線投光機の強度は上げられるか?」

「はい。少し明るくして、カメラを人物にズームしてみます。」

「顔はわかるか?」

「これで、どうでしょう。錨付きのロープを背負っているな。」

「顔が見えました。」

「こいつは、私立探偵の大和太郎だ。」と岳内太郎が静かに言った。

「鬼無里のアジトを突き止めた、あの大和太郎ですか・・・。」

「何故、ここに居るのだ。神殿の中の11人に気付かれたら、台無しだ。」

「殺しますか?」

「いや。訊いてみたい事がある。クール便の山根たちに指示して捕まえさせろ。奴は空手の達人だ、注意させろ。背後から静かに近づいて、消音器付の拳銃で脅してこの車に連れて来させろ。赤外線暗視装置の調子はチェックしてあるだろうな。」

「はい、出発前に点検済みです。」


後ろ手に手錠が掛けられた大和太郎が岳内太郎のトラックに連れて来られた。


「大和太郎、久しぶりだな。まあ、その椅子に座れ。危害を加えるつもりは無い。」

「岳内太郎か。やはり、黒鵜くろう族が動いていたか。」と言いながら太郎は椅子に座った。

「黒鵜族とは何だ?」

「私がお前たちに付けた名前だ。」

「あっはっはっは。黒鵜族か、気にいった。」

「しかし、なぜ、お前たちがここに居る。」

「それを訊きたいのは私の方だ。大和太郎、お前はなぜ、この日のこの時刻にここに来た。」

「意味はない。興味があるだけだ。AV総業のパルテノン神殿がどんなものかを見に来ただけだ。べつに、今日である必要はなかったが、工場が休む夜でないと、守衛に見つかるからな。ここのモニターの映像は工場の内部だな。なるほど・・・。」と太郎は状況を察知した。

「そうだ。疑似パルテノン神殿の内部で奴らが何か儀式を始めるところだ。」

「儀式?」

「呑気な奴だな、おまえは。今日は何の日だと思っている。」

「1月10日だな。関西地方では十日戎とうかえびすの日かな。」と太郎が言った。

「なるほど、十日戎か・・・。今日は、初子日ねのひだ。新年になって十二支のが初めて現われる日だ。」

「なるほど、十干十二支の十二支か。木の幹を表す十干。木の枝を表す十二支。木の枝、それがどうした?」と太郎が訊いた。

丙子ひのえねの日だ。ひのえは草木が生長し、その姿形がはっきりしてくる状態。は陰の極まりで、これから陽に向い始める状態。この日を選んだのは弾武典だ。しかも2日後の12日は新月だ。」

「それがどうした。弾武典は何処に居る。神殿の中か?」

「弾武典は筑波山で死んだ。そして、鬼無里の寺に葬った。」

「やはり、お前たちが殺したのか。」

「お前はその事に気が付いていたか。さすがだな、大和太郎。お前のその推理力が欲しい。」

「推理? 何のことだ?」


大和太郎が抵抗しないと判断した岳内太郎は、部下に命じて彼の手錠を外させた。


「これを見ろ。」と言って、岳内太郎は弾武典が持っていたメモ紙を太郎に渡した。


「『三輪の鳥居』が高城六郎、風祭武文、月島次郎。それと、『月神への呪文』が赤城牛、鈴木虎、藤井兎、中村竜、諸山巳、栗橋馬、山上羊、日野猿、大嶋鳥、土谷犬、酒井猪。何だ、これは?」

「弾武典が持っていたメモ紙だ。」

「高城六郎、風祭武文、月島次郎の3人もお前たちが殺したのか?」と太郎が訊いた。

「やはり、月島次郎も殺されていたか。殺したのは、たぶんオメガ教団だろう。」

「月島次郎は岐阜市鷺山の天津教・天神人祖一神宮で死んでいました。兵庫県警に月島次郎に関するタレこみの手紙を出したのはお前たちか?」と太郎が訊いた。

「その通りだ。月島次郎の所在が判らなかったから警察に調べさせただけだ。やはり、オメガ教団の狙いは救世主・『蘇民将来』の阻止を狙った荒ぶる疫神スサノオの復活か・・・。」と岳内が呟いた。

「それで、『月神への呪文』はどうなるのだ?」と太郎が訊いた。

「それをお前に訊きたいからここに来てもらった。」

「私が?」

「9番のモニターを見ろ。そこに映っている11人がそのメモに書かれている奴らだ。アテナ神像の前で何かの儀式を始める気だ。何をする気なのか、それを知りたい。大和太郎、早く考えろ。時間切れになったら、奴等を殺す。」と岳内が殺気立って言った。


少し腕組みをして考えていた太郎が口を開いた。


「今日は十日戎だ。えびすと云う文字は『ほこ』で『じゅう』の字を抑え込む形だ。中国では戎は『西戎せいじゅう』と云って、西から自国に侵入する野蛮人のことだった。ひのえだから野蛮人の姿形を明らかにする日なのかどうか。『じゅう』字架は正義か救世主を意味する。また、11面観音、バラモン教の世界では、それは荒ぶる神であったが、インドで仏教に触れて改心し、大いなる慈悲・『大悲』を施す救いの菩薩となった。『ほこ』すなわち、『剣』で救世主を抑え込むための儀式をする心算つもりかもしれないな。アテナ女神像なら『やり』だな。」と太郎が言った。

「なるほど、弾武典が考えそうなことだな。しかし、何故にアテナ女神なのだ?」と岳内が訊いた。

「アテナ神はポセイドンとの競争に勝って、ギリシアの都市国家・アテナイの守護神となった智恵ある女戦士であるが、アテナイの守護神に選ばれたのは、生活に役立つオリーブの木をアテナイにえさせたからです。それが、『オリーブの栄光』です。しかし、今、疑似パルテノン神殿の彼ら11人が儀式をおこなう目的は荒ぶる神『ゴルゴン三姉妹』のメドーサの復活でしょう。ギリシア・パルテノン神殿に祀られていたアテナ女神の左手にある円鏡楯にはメドーサの首がぶら下がっていました。そして、アテナ神の右手には勝利の女神・ニケが羽ばたいていました。彼らはメドーサの復活による勝利、すなわち違った形での『オリーブの栄光』を手に入れようとしているのでしょう。」と太郎が推理した。

「しかし、何故に『月神への呪文』なのだ?」と岳内が訊いた。

「本来、救世主は太陽神であるはずです。例えば天照大御神、或いはエジプトのラー神。太陽の光を反射する、すなわち偽の光を発するだけの月。明るい昼の太陽神に逆らって月神の夜の世界へ引き戻す計画でしょう。戎神はインドでは大黒天であるとも謂われています。黒いそらに輝く月の実現が弾武典の狙い。は陰の極まりで暗い。戎神と大黒天は『オリーブの栄光』をもたらす、弾武典たちのK国にとっての福徳の神と云う考えですかね・・・。」と太郎が首をかしげながら言った。


「では『三輪の鳥居』計画と『月神への呪文』計画の関連はないのか?」

「関連はあります。『三輪の鳥居』の3人が死んでいた場所、長野県・諏訪大社、岐阜県・天神人祖一神宮天津教岐阜分社、兵庫県・須佐之男神社を結ぶ直線は太陽の光、すなわち日光が通る道筋をさえぎる結界霊ラインとなります。3人を殺して『日光影向線を遮るバリヤ』を構築する人柱としたのでしょう。」

「日光が通る道筋? どういうことだ?」

「西宮の須佐之男神社、岐阜の天津教・天神人祖一神宮、長野県茅野市の諏訪大社を結ぶ霊ラインは白山奥宮と伊勢神宮を結ぶ霊ラインを切断するように走っています。白山と伊勢神宮を結ぶ霊ライン、すなわち、南にある伊勢神宮から北にある白山方向に向かって太陽の光が差す日光ラインになります。この霊ライン上には、愛知県津島市にある日光川が走っています。また、この霊ラインの延長線上には能登の気多大社や宗像三女神を祀る三味線島があります。伊勢神宮から発した太陽神・天照大御神の御霊光が白山奥宮、気多大社、三味線島に到達するのを遮る計画が『三輪の鳥居』です。白山奥宮と気多大社には大己貴おおなむち命が祀られています。霊ラインを切断することによって天照大御神から大己貴命に降ろされた玉歌神勅・日文祝詞ひふみのりとが届かなくなる訳です。日文祝詞が届かないと新たなる時代への日月神事の成就はできません。そして、世界は乱世に向かう。これが弾武典の狙いなのでしょう。奈良・三輪神社の祭神である大物主命は春日大社の末社・海本神社の祭神ですが、ギリシア神話でのポセイドンに相当します。三輪山とは古代アトランティスの首都にあった海神ポセイドンを祀るアクロポリスの丘のことです。弾武典の云う『三輪の鳥居』とはポセイドンが持つ『三叉みつまたほこ』を意味するのでしょう。『三叉の戈』で救世主を抑え込む計画ですかね・・・。」と太郎が考えるように言った。


「日月神事によって迎えるべき救世主が出て来られない訳か・・・。そうか、判った。しかし、宗像三女神を祀る三味線島に太陽神・天照大御神の光が到達するとどうなるのだ?」

「さあ、私には判りません。エジプトの太陽神・ラーの光がスフィンクスにあたるのか・・・。」と太郎が腕組みをして呟いた。


そして、岳内太郎は「悪いな、大和太郎。」と言いながら、椅子に座ってモニター映像を見ている太郎の後頭頸部を空手チョップで殴った。

そのため、小脳に打撃ショックを受けた大和太郎は気絶した。



越の風華80;

2013年1月10日(木) 午前0時15分  岡山県玉野市T団地のAV総業の工場内


実物の半分くらいの大きさの疑似パルテノン神殿内で10人の男たちと1人の女が儀式を始めた。

高さ3mくらいのアテナ神像の横に月桂冠を戴いた一人の女が立ち、10人の男たちが等間隔に立ち、女とアテナ神像を丸く囲んだ。


黄金に輝くアテナ神像が左手で支えている円鏡楯の内側には大きな蛇がカマ首を持ち上げて隠れて立っている。また、左腕には身長大のやりも立てかけている。

また、円鏡楯の表側には防護布・イージスに縫い込まれたとされるメドーサの首が浮き彫りで描かれている。

右のてのひらには羽根の生えた勝利の女神・ニケが止まっている。

頭に付けたかんむり風のかぶとの中央にはスフィンクス、両脇にはグリフォンが載っている。

神殿の太い柱の前には篝火かがりびかれ、火がゆらゆらと揺れている。


そして、10人の男たちが呪文を唱え、右手に持ったオリーブの枝を左右に振り始めた。

弾武典が考え出した『帰神示現きじんじげん法』の始まりであった。


「メドーサよ、汝の為に働きたる我々は汝を召喚す。オリンポスの神にしいたげられし汝は、今、甦るべし、我らの手によりて。いざ、出でよ。ゼウス、ポセイドン、アポロン、アレス、ヘルメス、ヘパイストス、デメテル、ヘラアルテミス、ヘステア、アプロディテ。」


月桂冠を戴いた女はアテナ神像の円鏡楯に向き、両手を楯に触れた。


「汝の為に働きたる我々は汝を召喚す。オリンポスの神に虐げられし汝は、今、甦るべし、我らの手によりて。いざ、出でよ。ホトケ、ボサツ、ボサツ、ボサツ、シンヌ、シンヌ、シンヌ、クゲジョウシュツ、クゲジョウシュツ、クゲジョウシュツ、ダイショウ。」


月桂冠を戴いた女はアテナ神像の円鏡楯を、両手で撫で始めた。


「汝の為に働きたる我々は汝を召喚す。オリンポスの神に虐げられし汝は、今、甦るべし、我らの手によりて。いざ、出でよ。イダス、リュンケウス、ハリロティオス、ポリュペモス、トリトン、アンタイオス、エウペモス、オリオン、ペガサス、クリュサオル、ペリアス。」


月桂冠を戴いた女はアテナ神像の円鏡楯に両手を大きく横に広げ、右頬みぎほおを当てた。


男たちは、呪文を7回繰り返し唱え、女は。行為を繰り返し変えた。

そして、更なる呪文を唱え、オリーブの枝を振った。


「汝は、月桂樹の女に空気を与えよ。過ぎることなく、欠けることなく。クロノス、イアペトス、クレイオス、ヒュペリオン、コイオス、オケアノス、レア、テミス、ムネモシュネ、テイア、ポイペ、テテュス。」

「汝は、月桂樹の女に水を与えよ。過ぎることなく、欠けることなく。クロノス、イアペトス、クレイオス、ヒュペリオン、コイオス、オケアノス、レア、テミス、ムネモシュネ、テイア、ポイペ、テテュス。」

「汝は、月桂樹の女に火を与えよ。過ぎることなく、欠けることなく。クロノス、イアペトス、クレイオス、ヒュペリオン、コイオス、オケアノス、レア、テミス、ムネモシュネ、テイア、ポイペ、テテュス。」

「汝は、月桂樹の女に土を与えよ。過ぎることなく、欠けることなく。クロノス、イアペトス、クレイオス、ヒュペリオン、コイオス、オケアノス、レア、テミス、ムネモシュネ、テイア、ポイペ、テテュス。」


その時、疑似パルテノン神殿内にサイレンサー付の拳銃を持った8人の黒装束男たちが八方から乱入してきた。

背中には日本刀を背負っている。


「儀式はそこまでだ。抵抗すれば殺す。静かにして、女神像から離れろ。」と一人が叫んだ。


武器を持たない11人の男女は両手に手錠を掛けられ、アテナ女神像から離され、壁際にひと塊りとなって座らされた。

そして、8人の黒装束男たちは木彫に彩色されているアテナ女神像に灯油を掛け、火を放った。

しばらくして、アテナ女神像は黒く、崩れ落ちた。



越の風華81;

2013年1月13日(日) 午前10時ころ  国会前庭


大和太郎と半田警視長がベンチで話している。


「高城六郎、風祭武文、月島次郎の3人を黒鵜族は殺していなかったですね。やはり、オメガ教団のヒットマンの可能性がおおきいですね。」と太郎が言った。

「公安調査庁からの情報ですが、オメガ教団のヒットマンで岩永俊二と原島幸一と云う二人が3人を殺した可能性があるとのことです。3人の遺体発見前日に、殺害現地方面に出かけていたそうです。警視庁の公安部でも岩永俊二と原島幸一の所在場所は確認していますが、常時の監察は実施していません。」と半田が言った。

「張帆二が松永金融相と寺島純子の殺害犯で、高城六郎、風祭武文、月島次郎の殺害犯人は、オメガ教団のヒットマンで決まりですかね・・・。」

「現在、それぞれの県警本部が全力を挙げて証拠確認に動いています。私は時間の問題だと信じています。ところで、岳内太郎に殴られた頭の方は大丈夫ですか?」と半田が言った。

「ええ。頸筋に少し痛みが残っていますが、医者の話では大事はないです。」

「それは良かった。気を付けてください。」

「ご心配いただき、ありがとうございます。しかし、中村竜たち11人は無事だったようですね。」と太郎が言った。

「ええ。手と足首に手錠をかけられ、11人が鎖で繋がれた状態で、高岡市のオメガ教団本部前に放置されているのを、110番通報があり、高岡警察署で身柄を保護し、事情を聞きました。11人は強盗団によって拉致されたと言っていたそうですが、大和探偵の話とは違っています。」

「オメガ教団に引き渡したのですか?」

「オメガ教団とは係わりがないと主張しましたので、住所、連絡先を確認して、自宅へ帰したそうです。現在も、自宅にいるかどうかは未確認ですが・・・。」

「そうですか。やつらも役目を失敗したのですから、オメガ教団から罰を受けるかもしれませんね・・。」と太郎が言った。

「殺されますかね・・・。」と半田が心配そうに言った。


「心配ではありますね・・・。ところで、2月11日の建国記念日の早朝に、D大学の藤原教授が筑波山で面白い実験をするそうです。天気であれば良いのですが・・・。」

「どのような実験ですか?」

「トゥーレ財団からの寄付金を使って、現在、大きなレンズと大きなパラボラ反射鏡を組み合わせた装置を筑波山頂にある電波塔を借りて造っているそうです。1月末には完成するとのことでした。」

「一億円の寄付金でしたよね、確か。」と半田が言った。

「はい、そうです。朝日をパラボラで受けて反射させ、反者光を鹿島灘の一点に集光させるそうです。2月11日の建国記念日に間に合わせる為、昼夜の突貫工事になるので4000万円くらいの設備工事になるそうです。」

「そうすると、どうなるのですか?」

「藤原教授と鞍地大悟と云う博士課程の研究生が謂うには、日本のゴルゴン三姉妹・メドーサである市杵島姫が復活誕生するらしいのです。まあ、藤原教授は、昔から面白い事を考えるひとでしたが、今回は飛び切りですね。どうなることやら・・。」

「面白そうですね。私も参加できますか?」と半田が言った。

「ええ、大丈夫でしょう。私から教授に連絡しておきます。行動の詳細は後日連絡いたします。」

「よろしくお願いします。ところでトゥーレ財団を調べましたが、そのような財団は存在していませんでしたよ。」と半田が言った。

「やはり、そうですか。藤原教授がカナダのトゥーレ財団の企画部長に今回の実験の件を知らせる為に連絡を取ろうとしたそうですが、トゥーレ財団の事務所はどこかに移転して、消息が不明になっていたそうです。トゥーレ財団・日本支部も調べたそうですが、事務所を移転していて所在不明だったらしいです。」と太郎が言った。

「やはり、そうですか。トゥーレ財団と云うのは架空の団体組織でしょう。しかし、気前のいい人物がいるものでっすね。ところで、建国記念日の実験に参加する方は他の方もいらっしゃるのですか?」と半田が訊いた。

「ええ。藤原教授の要望で、私の知っている霊能者の方が同席されます。」

「霊能者ですか・・・。」

「ええ。西荻窪に住んでおられる、青山東雲と云う方です。実験が成功したかどうかを確認するには、霊視能力がある人物が必要とのことで、私が参加をお願いいたしました。ご当人も大変に面白がっておられました。」

「それは、楽しみですね。実験が成功すれば良いですね・・・。」と半田が言った。


「しかし、高城六郎、風祭武文、月島次郎の3人が人柱となって出来た『日光ラインを遮るバリヤ結界』が残されている事が心配です。本当に遮断壁バリヤは有効なのかどうか・・・?」と太郎が言った。

「霊ラインの遮断壁バリヤですか・・・。それと、『月神への呪文』が何故に11人だったのかですね・・・。」と半田も心配そうな顔をした。



越の風華82;

2013年2月10日(日)  午後6時ころ  筑波山頂の仮設プレハブ小屋内


電波通信鉄塔に大パラボラ反射鏡と中型光放射レンズを設置する工事のための仮説のプレハブ小屋が筑波山山頂広場に設置されていた。

その小屋の中で、各参加者に対して、明日の実験内容の説明を藤原教授がしている。

今回の実験参加者は教授の他に、鞍地大悟、大和太郎、青山東雲、半田警視長、設備工事会社の技術者2名の合計7人である。


「先ほど電波通信鉄塔で見てきました大パラボラ反射鏡に水平線から昇って来た太陽の光が当たり、その太陽光がパラボラの焦点に集光されます。その集光された光が焦点を通過し、再び拡散して中型光放射レンズに到達します。パラボラ反射鏡の焦点位置と光放射凸レンズの焦点位置は一致させてありますので、光放射凸レンズからは、平行光が発射されて行くことになります。そして、レンズからの平行光を放射角度操作反射鏡に当てて、照射目標地点に光を到達させます。その平行光が照射されるターゲット地点が、明石海岸沖の見目浦の海中にある磐座いわくらです。実際には、少しづつ光は拡がっていく円筒光束となり、到達地点の海面では直径20m〜30mくらいの円に広がるように設計してあります。

私の推理では、十和田湖の御倉半島と北茨城の天津教・皇祖皇太神宮を結ぶ霊ラインと明石海岸にある鹿島大神宮鳥居がある緯度線の交点に、その海中磐座があるはずです。その位地の経度と緯度を光放射GPS装置に入力しありますから、レンズからの放射光は海中磐座に当たるはずです。光放射地点に誤差があるのを想定して、放射光を目標地点周辺で探索移動させることが可能になっています。光放射GPS装置の操作は此処に居られる、設置工事を実施した宇宙天文設備株式会社の技術者の方が担当します。以上が技術的な説明です。何か質問はありますでしょうか?」と教授が参加者に説明した。


「それで、結果として何が起こると予想しているのですか?」と半田が訊いた。


「順を追って説明します。1952年、夢予言者のジーン・ディクソン女史はある霊夢を見ました。その夢に登場したのはピラミッドの形をした頭を持つ黄色と黒の縞模様の蛇でした。その蛇はキラキラと輝く目で東方向を見すえ、東方の知恵に学べと言っているようだったそうです。何故にピラミッド形の頭をした蛇であったのかです。エジプト・ギーザの三大ピラミッドを護っているのは三つの姿を持つスフィンクスです。また、その蛇は窓から差し込む紫色の光に映し出されていたそうです。もちろん、ジーン・ディクソン女史は霊能者ですから、これらの事は霊視映像です。私はこの霊夢の意味を解いてみました。まず、黄色と黒の縞模様の蛇とは毒を持つ海蛇です。海蛇は海中に生息しています。そして、紫の光のスポットライトを浴びていました。紫の光を朝日と解釈しました。筑波山は紫峰山とも呼ばれています。紫色の光波が着く山、紫峰・筑波山です。水平線上に朝日が現れる時、水蒸気に包まれた水平線上の空気は白紫色に染まります。その白紫色光を集め、見目浦に照射します。私と藤原教授は鹿島灘・見目浦の海中磐座には日本のスフィンクスである宗像三女神の一注である市杵島姫命が潜んでいると推理しています。それを確認するのが、今回の実験です。昔、能登の大海と呼ばれた場所に三味線島があり、その三味線島には宗像三女神が祀られています。また、その地域は、かつて鹿島郡とも呼ばれていました。鹿島灘もかつては大海とも呼ばれていました。その大海に住むのは宗像三女神の市杵島姫命と推理できます。」と鞍地大悟が説明した。


「何故にスフィンクスが海蛇なのですか?」と技術者が訊いた。

「西洋のスフィンクスは荒ぶる神であり、荒ぶる神・ゴルゴン三姉妹のメドーサの頭髪は蛇でした。ジーン・ディクソン女史が見た毒蛇は荒ぶる神を意味しています。九州筑紫地方にいた、人を食い殺す荒ぶる神・筑紫神は甕依みかより姫によって改心します。そして宗像三女神の市杵島姫命となり、西の果ての島から東にあるこの鹿島灘に来て鎮まったのです。」と鞍地が説明した。

「何故に鹿島灘なのですか?」と半田が訊いた。

「ペルセウスによって斬られたメドーサの首から海神・ポセイドンとの間に出来た児・クリュサオルが生まれました。鹿島神宮の祭神・建甕槌命の曾祖父に当たる神は奈良の三輪神社の祭神・大物主命で、春日大社では末社・海本神社の祭神です。また、海を治めよと命じられて地上に降臨したスサノオ尊の剣から生まれたのが宗像三女神です。海神・ポセイドンと大物主命が同一神と仮定するとクリュサオルの子が建甕槌命であり、メドーサのひ孫です。もし、今回の実験で見目浦の海中から市杵島姫命が現れるとすれば、海神・ポセイドンと海本神・大物主命が同一であり、頭髪が蛇で出来ている須勢理姫と結婚した大国主命こと大物主命が重なります。そして、須勢理姫がメドーサであり、市杵島姫命である事になります。市杵島姫命はひ孫の地で静かに余生を送りたかったのかもしれませんね。」と藤原教授が言った。


「白紫色の光によって現われる神様の姿を私が霊視して、皆さんにその姿形をご説明すると云うことです。なお、鹿島神宮の境内にある要石かなめは西から来た女神様の右目にあたります。東方に左目があると思われます。」と青山東雲が付け加えて言った。



越の風華83;

2013年2月11日(月) 建国記念日 午前6時前  筑波山頂の電波通信鉄塔


2013年2月11日は天一天上終わりの日でもある。

天一天上終わりの日とは『北極星の精である天一神が16日間の天上旅行から地上に戻ってくる日』とされている。また、北極星の精である天一神は救世主とも考えられる。

16日間の天上旅行は世界の王の紋章である16弁菊花紋と関係があるとすれば、世界の王とは救世主である天一神と推理できる。一日一花弁づつ進んで行く日時計が16弁の菊花紋と云う事か?

なお、北茨城市にある皇祖皇太神宮の祭神は宇宙開闢の神・天地身一大神あめつちみひとつおおかみとし、天津教の解散以前は神紋として16弁菊花紋を使っていた。この為、戦前は不敬罪に問われた。


藤原教授が天一天上終わりの日を知っていたのかどうかは不明であるが、何はともあれ、この日に実験を決めたのであった。


朝日が鹿島灘の水平線上に昇って来た。

水平線上の空が赤白い紫色、やや白っぽいピンク色に染まっている。

そして、太陽はオレンジ色に丸く輝いている。

筑波山山頂の鉄塔から南南西方向に放射されているうす紫色の光を受けて見目浦の海面がキラキラと輝いている。


鉄塔の中ごろに設けられている光放射設備の操作台上では、7人の男たちが立ちあがって東の方を見つめている。


見目浦の海面の輝きが大きく乱れた。激しく波立っているようである。

その時、青山東雲が声を上げた。

「キェーイ。でしむこう、じんみらいさい、ふせしょう、ふちゅうとう、ふじゃいん、ふもうご、ふきご、ふあっく、ふりょうぜつ、ふけんどん、ふしんに、ふじゃけん。」と三回繰り返し、右手で印を切った。

身、口、意の三業を清める呪文である。

そして

「おん、あびらうんけん、ばざら、だとばん。真のお姿を現わせ給え。キェーイ」と大日如来真言を唱え、両手で印を結んだ。

それから、東雲が東の水平線を見ている人たちに説明をはじめた。


「大きな白龍神が霞ケ浦の向こう側にある見目浦の海中から姿を現しました。かなり巨大です。こちらを見ています。私が白龍神に、真のお姿をお見せください、とお願いしますと、白龍神は大きなお姿の裸弁財天に変身されました。背丈は筑波山よりも大きいお姿です。弁財天は海面に浮かんでいる白い大きな貝殻の上に立っておられます。白いお肌に、紫色の3弦琵琶を胸元に抱えておられます。鎌倉海岸にある江の島にお祀りされている妙音弁財天様のお姿を思い浮かべてください。こちらを見て微笑んでおられます。琵琶の中から黒い鳥が飛び立ち、鹿島神宮上空から利根川を越えて香取神宮のある辺りに吸いこまれて行きました。」と、やや上方遠方を見上げながら青山東雲が言った。


それを聞いた太郎は5年前に香取神宮を参拝した時の事を思い出した。

「亀戸香取神社と香取神宮を参拝した時、黒色の鳩が俺に向かって飛んできたことがあったな。あれは、勝利の女神・ニケの化身だったのか・・・? メドーサの首と共にアレキサンダー大王について言ったニケ神。メドーサの霊魂の化身である妙音弁財天から飛び立った黒い鳥とは、黒い鳩なのか? とすると、香取神宮の祭神・経津主命とは勝利の女神・ニケと云うことになるのか・・・? 経津主大神、またの名を天鳥船あめのとりふね神と謂う・・・か。そういえば、古代の軍船の舳先へさきにニケ女神像を飾ることが多くあったと云う話だが・・・。エーゲ海のサモトラケ島で発見されたニケ神像には首がなかったな・・・。」


「その黒い鳥は鳩でしたか?」と太郎が訊いた。

「明らかに鳩であった、とは断言できません。鷲か鷹かも知れません。あるいはからすであったかも。飛行する姿からは判然としませんでした。ただ、大きく異なっているとも言えません。」と判然としない返事を東雲がした。

「以前に亀戸香取神社で見た時も、黒い鳩が地上に止まるまでは鳩とは判らなかったな。地上に停まって居る鳥をじっくり見て、初めて鳩だと気が付いた。」と太郎は思い出していた。



越の風華84;

2013年2月11日(月) 建国記念日 午前10時ころ  東京へ向かう高速道路上の車内


筑波山山頂での実験立ち会を終えた大和太郎、青山東雲、半田警視長の3人は、山頂小屋で設備解体撤去の打合せをする藤原教授、鞍地大悟、設備会社技術者たちと別れ、ケーブルカーに乗り、先に山を降りた。


筑波山神社近くの駐車場に停めてあった半田警視長が運転する自家用車で、3人は東京都心に向かっていた。

車は筑波山から筑波街道を通って土浦北インターチェンジに出て、常磐自動車道に入った。


「半田さん。蘇民将来事件の犯人はどうなりましたか?」と太郎が訊いた。

「オメガ教団のヒットマン二人、岩永俊二と原島幸一のことですね。事件当日前後、西宮、岐阜、諏訪の周辺で彼らが乗っていた車はMシステムの写真で捉えられていました。サングラスとマスクを着用しており、顔は確認出来ていません。」

「二人の逮捕は難しいのですか?」

「現在のところ目撃者が居ないので、難しい状況です。ただ、松永金融相の自宅マンションに、オメガ教団関係者が購入した部屋があることが判りました。その部屋に、過去、岩永俊二と原島幸一が現れていました。また、その部屋は松永金融相の部屋の上の階にありました。松永金融相の遺体が発見された頃には、二人は現われていませんでしたが、マンションの監視カメラに二人の映像が残っていました。遺体発見の前後にマンション玄関を出入りする張帆二の姿も残されていました。たぶん、オメガ教団関係者の部屋に行ったのでしょう。そして、張帆二はベランダ伝いに松永金融相の部屋のベランダに降りて、松永金融相を自殺に見せかけて殺害したのでしょう。ああ、それから、寺田純子の部屋にあった蘇民将来の牛王神符ですが、松永金融相の遺品の中にありました。遺品を引き取られた金融相のお兄さんが持っておられました。松永金融相の財布の中に折り畳まれて入っていたそうです。その牛王神符に北九州・岡上正一と川崎・大崎隆弘と二人の名前が書き込まれていました。筆跡は松永金融相のものでした。」と半田が言った。

「やはり、その牛王神符を見せて、オメガ教団に政治資金提供を迫ったために殺されたのでしょうかね。」と太郎が言った。

「民事党の近しい議員には、近いうちに松永金融相個人に対する大きな政治資金が入りそうだと言っていたそうです。」と半田が言った。


「蘇民将来の牛王神符と云うのは、昨年の9月ころにあった、兵庫県西宮市の須佐之男神社と長野県茅野市の諏訪大社であった自殺発表から殺人事件に変更された事件のことですか?」と青山東雲が新聞で読んだ事件のことを思い出して訊いた。

「ええ、そうです。わざわざ、この話を持ち出したのは、青山さんにお願いがあってのことなのです。」と半田が言った。

「この私にお願いとは?」

「最近になって判ったのですが、西宮と長野の他に、岐阜でも同じ殺人事件が発生していました。」

「3人の連続殺人事件なのですか?」

「そうです。その殺人の目的は、長野、岐阜、西宮の三地点に霊的バリヤーを構築することであった可能性があります。殺人が実現して、霊的バリヤーの結界が出来上がったのではないかと想像しています。」と半田が言った

「殺された3人が人柱にされたと云うことですね。それを私に確認して欲しいと云うことですか・・・。」

「はい。結界の存在が確認出来た場合、その結界を破壊できるかどうかですが・・・。」と太郎が付け加えた。

「誰が、そのような結界を構築したのですか?」

「弾武典と云う修験道の心得が人物です。その人物が、オメガ教団と組んでK国のために、日本に影響を与える活動していました。その一環が、結界構築と考えています。」と太郎が言った。

「なるほど。長野、岐阜、西宮を結ぶ結界バリヤと云うことは、伊勢白山奥宮影向線を遮断する目的ですかな。」と東雲が言った。

「東雲さんにはお判りですか。」

「伊勢白山奥宮影向線は能登の気多大社まで伸びています。白山奥宮には菊理姫大神だけではなく、泰澄大師によって大汝峰に大己貴おおなむち命が祀られています。また、気多大社の主祭神も大己貴命です。修験界では、この影向線ようごうせん日文日光道ひふみにこうどうと呼ぶ人物もいます。伊勢の太陽神・天照大御神から地祗・大己貴命に下された日文祝詞が通る道と云う意味です。」

「この霊ラインが遮断されると何が起こるのですか?」と太郎が訊いた。

「それに対する確たる答えはありません。日文祝詞の意味が判っていないからです。しかし、私の義理の従妹である青山深雪こと宝達奈巳は次のよう言っています。『日文祝詞は天照大御神が大己貴命に約束したことを述べたものです。新しい時代の到来を約束した言霊です。その言霊を聞いた大己貴命は国譲りに賛同され、出雲の杵築宮に入られました。』と、深雪は認識しているようです。私には、よく判りませんが。」

「新しい時代の到来を約束する言霊。それが玉歌神勅ということか。」と太郎は思った。


「そうすると、弾武典の狙いは『新しい時代の到来の邪魔をする』と云うことになりますね。」と半田が言った。

「そういう解釈もできるかも知れませんね。しかし、真意は、その弾武典に訊いてみるしかありませんがね。」

「弾武典は死んでしまっていますので、真意を聞けませんが、これが、その男が残したメモ紙です。」と太郎は言って、岳内から見せられポケットに入れられていた紙きれを東雲に渡した。


「『三輪の鳥居』が3人、『月神への呪文』が11人ですか。諸山巳むろやまみと云う人物は奈良の三輪山のことですかね。三輪山のことは三諸山みむろやまと呼ばれます。三輪神社の祭神のご卷族は蛇でです。『三輪の鳥居』と『月神への呪文』が諸山巳で繋がりますね。」とメモを見た東雲が言った。

「諸山巳と云うのは11人の中で唯一の女性です。」と半田が言った。

「女性ですか・・・。」と東雲が考え込んだ。

「女性である理由が判りますか?」と太郎が訊いた。

「いえ、ちょっと判りませんね。ギリシア神話での月神は女神のアルテミスですが・・・。筑波女大神がアルテミスとしても・・・。11面観音菩薩は江戸時代までは三輪神社の摂社・若宮社、江戸時代までは大御輪寺呼ばれた社殿に祀られていました。現在は三輪神社から少し離れた聖林寺に安置されていますが・・・。女性的な顔の11面観音像が多いですが、観世音菩薩が女性であるとは限定されていませんしね・・・。11面観音像は大悲菩薩で『救わで止まんじ』の請願ですが、うーん、このメモの狙いは何だったのでしょうね・・・。3+11=14ですね。現世での10種利益と来世での4種果報の合計14の功徳を期待したのですかね・・・。『三輪の鳥居』と『月神への呪文』ですか・・・。」と東雲が考えるように呟いた。

「岡山県玉野市の疑似パルテノン神殿で11人は神業を行っていました。女性が、アテナ女神像の横に立っていたのを覚えていますが・・・。そのあと、何があったかは気絶させられていたので判りません。」と太郎が申し訳なさそうに言った。


「パルテノン神殿のアテナ女神像ですか。なるほど。」と東雲が言った。

「何か。」

「アテナ女神像の持つ円楯の内側に蛇が立っています。その蛇の意味が何かですね。メドーサの首がその楯にレリーフで浮き彫りにされていたと聞いたことがあります。今日、鹿島灘から現れた妙音弁財天様と同じ姿の像が鎌倉海岸にある江ノ島神社の弁天堂に祭られていますが、その前には蛇の像が座布団の上に置かれています。また妙音弁財天像の横には、八臂はっぴ弁財天像が祀られ、その前にも蛇の像が置かれています。八臂はっぴ弁財天は手が八本ある荒ぶる神の姿です。妙音弁財天とメドーサが蛇で繋がっていると云うことでしょうかね。」と東雲が言った。

「妙音弁財天と髪が蛇であるメドーサが同じ神霊であると云う事ですか?」

「弾武典と云う方はそのように考えていたのかも知れませんね。」


「ギリシア神話のメドーサと日本の弁財天・市杵島姫命が繋がったな・・・。」と太郎は思った。

「兎に角、諏訪大社と須佐之男神社を結ぶ霊的結界バリヤーの存在が事実なのかどうかを確認してみます。その上で結界を破壊する方法を考えてみましょう。これは、従妹の青山深雪に助けてもらう必要がありそうですな。うーん。」と、青山東雲がうなって腕組みをした。



越の風華85;

2013年2月22日(金) 午後2時ころ  岐阜県垂井の南宮大社・社務所内応接室


南宮大社神職の青山深雪と青山東雲が南宮大社社務所応接室で話しあっている。

東雲が伊勢神宮で特殊な霊気を発し、その霊気を深雪が感じ取る実験を二人は時刻を示し合わせて行い、その結果について二人は話し合っているのであった。


「岐阜市鷺山の天神人祖一神宮周辺での霊的な感触では、伊勢白山奥宮影向線を遮断するような事態は発生していなかったわ、東雲さん。」と深雪が言った。

「霊的なバリヤーは構築されていないということか、深雪さん。」

「むしろ、伊勢神宮から東雲さんが発した霊力は岐阜市鷺山で三方向に分離していたわね。」

「三方向へ分かれて行く?」

「ええ。白山奥宮の方向へ流れていく霊気、茅野市の諏訪大社方向への霊気、そして西宮市森具の須佐之男神社方向への霊気です。能登の気多大社、長野県茅野市の諏訪大社上社前宮と西宮市の須佐之男神社へ行って、伊勢神宮からの東雲さんの発する霊気の波動を、それぞれの地点で感じ取ってきましたから間違いありません。」

「諏訪と西宮、それと鷺山では何か邪念とかを感じたことはなかったのか。」

「一般的な邪念はいろいろと感じたけれど、特段に変わった霊気を感じることはなかったわね。その、弾武典と云う方は本当に悪人なのですか?」

「まあ、大和探偵と半田警視長はそう思っているようだ。私は、出会ったことのない人物だからなんとも言えないがね。」

「そう・・・。でも、蘇民将来の牛王神符で霊気の分離ができるなんて知らなかったわ。どんな呪文を奏上したのかしら。」

「呪文の奏上は無かったと思われる。大和探偵が言うには、オメガ教団の殺し屋が人柱となるべき人物を、諏訪、西宮、鷺山で殺したそうだ。」

「人柱を立てるなら、やはり呪文を唱える必要があるはずよ。その殺し屋が何らかの呪文を唱えたのかしら。しかし、それは人柱の呪文ではなかった。その弾武典とか云う人が残しておいた呪文は別のものだった可能性が強いわね。」

「霊気の方向を変え、分散できる呪文か?」

「それと、人を殺すことは考えていなかったかも知れないわね。オメガ教団が別の目的で殺したのかどうかね・・・。」

「弾武典の残したメモには、その殺された三人は『三輪の鳥居』と記されていたそうだ。」

「『三輪の鳥居』ですか。それは祟り神・大物主命を祀る三輪神社の三つ鳥居ですね。祟り神として帰ってくる須佐之男尊は救いの言葉・『蘇民将来』を掲げよと言い残して去りました。その救いの言葉が諏訪大社上社前宮と西宮市森具の須佐之男神社に届くと何かが起きるのでしょう。それを願った牛王神符ですかね。すでに、呪文は弾武典によって牛王神符に封じ込められていた。だから、呪文を唱えなくても、その効力は三地点に残った。その三人が、その場所へ牛王神符を持って行けばよかった。」

「伊勢神宮から発せられる祝詞が日文祝詞とすれば、その意味は何かだが。」と東雲が言った。

「日文祝詞。それは天照大御神から大己貴大神に発せられた玉歌神勅。詳細な意味は不明ですが、私は天照大御神が新しい時代の到来を約束した祝詞と考えています。新しい時代への祈りでしょうか。」

「また、弾武典は『月神への呪文』と云うのを残している。女性一人を含む11人の人物が行う神業・『月神への呪文』の目的は何なのか?」と東雲が訊いた。

「11人の祈りの言葉が『月神への呪文』ならば、それは大悲です。11面観音様の救いを祈る。何かの実現。『三輪の鳥居』と『月神への呪文』が同時進行すれば何が起こるのかですね。それが弾武典さんの考えていた事ですわね。弾武典さんの写真があれば霊視してみるのだけれど。」と青山深雪が言った。

「写真ね。半田警視長に訊いておくよ。大和探偵の話では、1月10日に彼らは儀式を実施していたそうだ。十日戎の日だから西戎せいじゅうの野蛮族を呼び出すつもりだったと大和探偵は推理したようだ。」

「戎だから西戎ですか。通常は『戎』の文字は『ほこ』に『ナ』と書きます。『ナ』は短剣を意味します。しかし、日本の福の神『戎様』の『えびす』文字の『ナ』は『十』を意味します。『十』は十字架で救世を意味します。元来、『ナ』の時は『ほこ』を立てる十字形の添え木を意味したものです。それが、戦闘準備をする意味から短剣の形『ナ』に変わったものです。もと基は十字架を意味したのです。ですから、十人の男性が救世主で、一人の女性は救いの菩薩・大悲観音ですかね。そのように考えると伊勢白山奥宮影向線と諏訪西宮森具影向線で感じられた霊力の状況説明ができます。」

「しかし、伊勢白山奥宮影向線と諏訪西宮影向線の交わる形は『ナ』の文字になっているがね。」と東雲が言った。

「そうなのよね。たぶん、弾武典さんの意図は大和探偵の推理通りだったのでしょう。しかし、十日戎の日に行った11人の儀式が失敗だったのか、戎の文字の理解を間違ったのね。それと、三人を殺した時に呪文を間違ったか、忘れたのが原因かも知れないわね。」と深雪が推理した。

「伊勢神宮から出た霊力が『ナ』の字を描くことによって『正義の剣』が振り下ろされると云う理解の仕方もあるかな。」と東雲が呟いた。


「それよりも、鹿島灘に現れた妙音弁財天様の話を聞かせて下さいな。」と深雪が言った。

「妙音弁財天。色気のある白いお肌の方だったな。ピンク色に近い白紫色の肌で紫色の三弦琵琶を胸元に抱えてご出現された。我々を見て微笑んでおられた。それと、黒い鳥が三弦琵琶から香取神宮へ飛び去っていった。紫色の三弦琵琶が筑紫琴と云うことだろうかな。」

「実は、昨年の12月25日早朝に『一輪の舞』を鎌倉の鶴岡八幡宮に奉納しました。」

「一輪の舞?」

「ええ。当神社の摂社・二の宮である十禅神社の祭神から私に神託が下り、『一輪の舞』の神業を行いました。」

「十禅神社の祭神とは大己貴命ですな。大己貴命は大国主命であり、戎様でもあるな。」

「そうです。その日、白山家の巫子・国華さんにお願いして『一輪の舞』を鶴岡八幡宮に奉納いたしました。そのとき、鎌倉海岸の方向から風が拝殿を吹き抜けて行きました。鎌倉の西にある江ノ島から風が吹いてきたと云う感覚でしたわ。」と深雪が言った。

「江ノ島弁財天が来臨されたわけですな。」

「そうかもしれません。鹿島灘に現れた妙音弁財天様の意味ですが・・・。」

「何か、意味があるとでも?江ノ島から鹿島灘へ弁財天様が行幸されたとでも?」

「鹿島神宮と鶴岡八幡宮を結ぶ影向線上には千葉県成田市台方があり、そこには天之日津久神の祠がある麻賀多神社があります。」と深雪が言った。

「お筆先・日月神示を下した天之日津久神を祀る神社ですな。」

「江ノ島弁財天が鹿島に現れた事と、『一輪の舞』が関係するのかどうか?大己貴命様からのご指示ですから、日継神事と関係があるのかどうかですわ。」

「判りませんな。『一輪の舞』は巫子の家系である白山家に伝わる秘舞とされている。白山家は神託に従い、明治時代に石川県鶴来から鎌倉の地へ移った訳だが。」

「そうですね。先祖から伝わってきた白山家の秘舞の意味が不明です。」

「なるほど。大己貴命への玉歌神勅と関係があるのかどうかですな・・・。日月神示との関係か・・?」と東雲が腕組した。



越の風華86;エピローグ

2013年2月26日(火) 午前5時ころ  鶴岡八幡宮の舞殿


満月が西の夜空に浮かんでいる。雲一つなく、太陽はまだ昇っていない。

そして、鶴岡八幡宮の舞殿で巫子・国華が篝火の中に『剣の舞』を舞っていた。

しょう篳篥ひちりきからの笛の音曲が静かに空間に響いている。

篝火が緩やかな西風を受けて揺らいでいた。


舞殿の南南東には大きな源氏池あり、南南西にはやや小さい平家池がある。

大きな源氏池の中の島には旗上弁財天社がある。

『剣の舞』を舞う巫子・国華こと白山泰子の目には、池の上に浮かんでいる妙音弁財天の微笑んでいる姿は見えていない。



          『越の風華』第一部 

須佐之男スサノオ復活伝説殺人事件〜 

              《完》

            目賀見 勝利


            2014年2月11日 12時55分 脱稿



参考文献:

増補三鏡 出口王仁三郎聖言集 八幡書店 2010年4月 初版発行

新訂 三神の秘義 高良容像 富士見書房 昭和54年4月 初版発行

大本 出口なお・出口王仁三郎の生涯  伊藤栄蔵  講談社 昭和59年4月

出口王仁三郎の大降臨 武田崇元 光文社 昭和61年2月

日本・ユダヤ封印の古代史 マーヴィン・トケイヤー 久保有政[訳] 徳間書店 1999年1月

神々の黙示録 金井南龍ほか 徳間書店 1980年4月 初版

陰陽五行 稲田義行 日本実業出版社 2003年3月 初版発行

パワースポットガイド富士・箱根 深見東州 たちばな出版 平成23年5月 初版発行

ノストラダムス大予言原典諸世紀  大乗和子訳 たま出版 昭和50年3月 初版発行

古代遺跡ミステリー アフリカ・ヨーロッパ編 DVD NHKソフトウェア発行

世界の神話101  吉田敦彦編  新書館 2000年6月 初版発行 

ピラミッド秘密の地下室  倉橋日出夫  学研 2003年8月 第一刷発行

地球の歩き方 ギリシアとエーゲ海の島々 ダイヤモンド社 2010年 第17版発行

海の文明ギリシア  手嶋兼輔  講談社  2000年5月  第一刷発行

古代ギリシア ロバート・モアコット/桜井万里子 河出書房新社 1998年6月 初版発行

アレクサンドロス大王  森谷公俊  講談社 2000年10月  第一刷発行

神々の系図 続神々の系図 川口謙二 東京美術 昭和51年10月、昭和55年8月 初版

日本霊界風土記・鹿島  深見東州 たちばな出版 平成18年7月 初版

ギリシア神話の本 松村一男 西東社 2013年7月 発行 第1刷

アポカリプス666 ジーン・ディクソン著 高橋良典訳 自由国民社 1983年1月発行

古代筑波の謎  矢作幸雄  学生社  2001年7月  初版発行







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