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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第四十三話 覚悟を持つ者

「はああああ!?」


 首を前に突き出して素っ頓狂な声を上げるレイを尻目に、ロベルトは平然と話を進める。


「というかすでに決闘の約束は取り付けてある。日時は明日の正午、リッチモンド氏がこの屋敷内の練武場を貸してくれるそうだ。お前が勝てばミクチュアに行ける。負けたらめでたく騎士団入り。一生、この国に残留だ」


 そう言ってびしりと指をさされたレイは首を激しく横に振った。


「いやいやいやいやいや、おっさん何言ってんの??」


「んん? なんか問題あるか」


「おおう、問題しかないだろ、何で勝手に決めてるんだよ!? しかも明日ってどーゆーことだよ!」


 とぼけたロベルトの素振りに、思わず声を大きくして立ち上がった。反動で腰かけていた椅子が後ろに倒れて部屋にその音が響いたが、ロベルトは相変わらず面倒くさそうな表情で煙草を吹かしながら、レイを横目で見る。


「うるせえなあ…、男が細かいことを気にすんな。それに言ってるだろ。こんなところで無駄足を食ってるヒマはないんだよ。いい加減予定が狂ってんだからな」


 煙草を咥えたまま、うんざりしたように言ってため息を吐く。吐息に含まれたきつい煙草の煙をもろに顔に浴びたレイは、けほけほとむせながらも手で煙を払って、さらにロベルトの方に一歩踏み込んだ。


「いや細かくないし、結構な大ごとだろ! それ、おっさんが説得諦めただけだろ。もっと粘ってくれよ」


「お前、簡単に言うがな。将軍が何言っても食い下がらんから俺も渋々条件を出したんだよ。あの調子じゃ将軍は本当に俺たちをこの国から出さないつもりだぞ。関税の審査強化でも名目にしてロードシェルから船舶の出港制限でもされたら敵わん」


「それよりも俺がギアッツ将軍に勝てる保証がどこにもないだろ! この国で一番強い人なんだぞ!?」


 国家最高の戦力部隊の長だから、一番強いと言っているのではない。その地位を差し置いても、ここエクベルト王国において王国騎士団長ギアッツ・ヘイダールの戦闘能力に関する評価は、畏怖にも似た一種の信仰に近いものがある。


 この国の子供なら誰しも、彼の武勇伝の数々を聞かされ、その強さに憧れたことがある。それはレイも例外ではない。


「いや、九郎殿の『鍔鳴つばなり』を破ったお前なら、勝機はある。――それにこれはいい機会だと俺は思ってる。お前が次の段階ステップに進むためのな」


 九郎の名前を比較に出されたところで、レイにとっては身近にいる老いた師よりも、計り知れない現役の英雄の方が遥かに強者に思えた。しかし、そのあとのロベルトの含みを持たせた言い方に少し落ち着きを取り戻して、倒れた椅子を起こして座り直してから、まだ不満の残る声で問うた。


「……何だよ、次のステップって。そんなリスクを冒してまで得る程のものがあるとは思えないね」


 ようやく話を聞く気になったレイを見て、ロベルトは咥えていた煙草を口から離した。


「いいか、俺が前から言っているようにお前は古代兵器の資格所持者としては未熟すぎる。今回の野盗団との戦いでお前が善戦しつつも勝てなかったのは、最終的にはそこに問題があるからだ」


「いや、俺はそんなものに頼りたくは―」


 ――ないんだ、と言いかけた言葉の続きをロベルトが遮った。


「それだ。それが最大の問題なんだよ。――お前がカニャッツォとの戦いで勝てなかったのは何が足りなかったからだと思う?」


「それは……、決定力だ。俺はあいつを追い込んでいたのに、『虎咢こがく』の一撃で仕留めきれなかった」


 思い出すと忘れかけていた悔しさが込み上げて来て、無意識に膝の上で両手の拳を握りしめていた。


「そうだ、わかってるじゃねえか。お前はそのとしに過分な、ずば抜けた才能と技術を持ってる。――だが、それは積み上げた土台でしかない。本物の強さってのは、土台の上に建てられる建物部分のことだ。そしてそれは経験と知識によって組み上げられるもの。基礎がいくら頑丈でもその上の建物が脆弱ならば勝負にならん」


 ロベルトの指摘は痛いほど的を射ていた。言い返す言葉もなく、唇をかみしめるレイを容赦ない言葉が追い打つ。


「それが対古代兵器戦ともなれば、尚更のことだ。幾千年の英知の前に、お前の浅はかな経験が勝るはずがない。結論から言えば、今のままではお前は古代兵器戦では絶対に勝てない」


「……それでも、俺は…そんな強さを得たいんじゃない。自分の実力じゃない紛い物なんて、俺は求めていないんだ…!」


 それは意味のない抵抗の言葉だった。彼自身、その矛盾を理解していた。だが、その矛盾を解決する手段を見つけ出せぬまま、胸中でくすぶる苛立ちと、もどかしさが紡ぎだした精一杯の抵抗の言葉だった。


 だが、ロベルトはそれすらもあっさりと切り捨てる。


「違うな。それは大きな思い違いだ。古代兵器は自身を求めない者に従うことはない。思い出してみろ、お前がセント・クレドを始めて発現した時の状況を」



『――我が名を復唱せよ――』


『――それで契約は完了する――』


 心の中に、冷たい雫が落ちた音が響いた。


 そうだった。バルバリッチャとの戦いの中で、確かに、その名を呼んだ。真っ暗闇の鏡面の世界の中で。


 終わらせないために。崩れようとしている自分自身と、護るべきものを失わないために。


「セント・クレドがお前を資格所持者として認めているのは、お前が自らの意思でその力を欲したからだ。――そしてお前にはその力を受け入れるだけの容量があった。つまり、それはもうお前自身の力なんだよ。それを認めて、受け入れろ」


 そんなのは詭弁じゃないか。口にこそ出さなかったが、レイはセント・クレドの持つ力が自分のものだとはとても思えなかった。


 あれが自分の中にいる感覚は確かにある。だが同時に、自分のようで自分ではない他の何か同居しているような違和感を拭えないのだ。


「……やれやれ、まだ納得できねえって顔してやがるな。古代兵器に頼らず、自分の力で何とかしようって心意気は尊敬に値する。そういう奴は稀にいるが、資格所持者にとってその考えは必ず命取りになる」


 ロベルトは一旦、レイから視線を外し、一本卓の上に置かれていた鉄製の灰皿の底に煙草を圧しつけて火を消した。


「古代兵器の所持者となったものは自分の中に巨大な獣を飼っているようなものだ。それは檻の中に留めておくことのできない強大な力だ。それをどう思おうが、すでにそれはお前の一部なんだ」


 改めて顔を上げる。白銀の虹彩に浮かんだ鈍色にびいろ瞳孔ミカヅキが鋭くレイの視線を捉えた。


「今回のようにその力を求めて悪意ある連中が、お前自身やお前の護るべき者に害を成そうとした時、その力を制御できていないことが一番まずい。そういう危機的な状況下で精神的な自制が崩れれば、獣が心の檻を破って外に出てくる。普段からその制御を心得ていなければ、精神は獣に乗っ取られてその殺戮衝動の赴くままに操られることになる。それが、古代兵器による精神汚染だ」


「トレンブルとの一件でお前の記憶があるかは知らないが、あれは確実にセント・クレドによる精神汚染だ。肉体を完全に支配される状態まで汚染が進めば、二度と自我が元に戻らず廃人になることがほとんどなんだぞ。あれからたった一晩でお前が普通に話をできていることが俺には理解できん」


 ロベルトは今までの任務の中で、古代兵器の精神汚染によって暴走し、ヒトでなくなった者たちを数多く見てきた。


「それに聖信者の魔剣そいつは前科持ちだ。言っただろ、先代所持者の末路を。今回はトレンブルとの接触を避けるために加減していたに過ぎない。次にそいつが暴走すればお前が無事でいる確証は全くない」


 先代所持者、フランク・フランクリン・フェルディナントは精神汚染による暴走の中でも史上最悪のケースだ。彼が祖国を救う超人となった代償に支払ったのは、自我と帝国兵三万人の命。


「そして、お前の持つ力を求めてくる連中はこれからも必ず現れる。死にかけの状態からしか発動しない古代兵器の所持者なんてのは、原罪の騎士団員おれたちから見れば、いつ暴発するかも分からない不発弾でしかない」


 トレンブルの時はいわば不意打ちの「強制規範ユス・コーゲンス」でセント・クレドを封じることが出来たが、一度見せた以上、同じ手が通用するとは思えない。あれほどの支配力を有する古代兵器なら、自然魔法マギア・ナチュラリスの模倣に過ぎぬ術など拒絶することは容易なはずだ。


 そして、原罪の騎士団員ペカド・オリジナルズの最重要任務は、暴走した資格所持者の制圧。「強制規範ユス・コーゲンス」による支配権の封印が効かないのであれば、強硬手段を取らざるを得ない。


 世界の法の中で、唯一、彼らにだけ与えられている公権がある。それは、人間性を喪失した資格所持者に対する殺人認可マーダーライセンス


「いいか、レイ。この広い世界には数多の欲望と害意が潜んでいる。それらに惑わされず、自分と護りたいものを護るためには、内なる獣の制御方法を覚えるしかない。資格所持者としての自覚を持つというのはその大前提だ」


 最悪の結末は誰も望んでいない。ロベルトはセント・クレドを制する手段を他に持ちわせていないわけではない。しかし、問題の根源は持ちたる者が自分自身で解決するしかないのだ。


「俺が将軍との決闘を飲んだのは、資格所持者同士の戦いがそれを得るために最短最善の方法だからだ。そして、将軍ほどの猛者に勝つにはセント・クレドを使役するしかない。それが出来ないなら、この国の騎士団の管理下にあった方がまだ安全だ」


 レイは視線をそらさず、じっと静かに話を聞いていた。しかしその表情は晴れないままだ。


 ロベルトはしばらく沈黙を静観していたが、不意にベッドから立ち上がるとレイの傍らに歩み寄った。


 そしてレイの肩を手を置いて、その顔を覗きこみ、今までの真面目な表情から一転してニヤリと口の片端に悪戯気な笑みを浮かべながら言った。


「だが、心配するな。必勝の秘策を授けてやる」


【用語解説】


『ギアッツ将軍の武勇伝』

エクベルト王国騎士団長ギアッツ・ヘイダールの若かりし頃の逸話の数々。平民出身の彼が騎士団に入団してから団長の座に上り詰めるまでのサクセスストーリーが、憧れと畏怖によって若干の尾ひれをつけて語られることが多い。

がしかし、子供たちに特に人気の高い「マルサス鉱山の牙獣退治」や「四頭獣十匹狩り」などは紛れもない実話であり、彼の圧倒的な戦闘能力の一端を示している。


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