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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第二十三話 炎将の思惑

 フレンネルの郊外。霧降街道から少し離れた林の木々の間から、幾筋もの湿気た灰色の煙が上がっている。煙に乗って、低く腹の底に響くような声が流れてくる。


つちの十ツ神、あめの二ツ神よ。死によって償われし咎人の魂を、輪廻の鎖環に今、かえさん。――再び世に廻る魂を、在るべき正道へと導き給え……」


 四人の従軍僧侶の葬魂唱とともに荼毘だびに付されているのは、討ち取られたマッシュウ野盗団員の屍だ。その数は優に二百を超える。


 容赦ない騎士団の一斉銃撃から辛うじて生き残った五十余名も、わずかばかりの手当てを受けて縛に付き、護送馬車に詰め込まれていた。少なからず傷を負い、首都での断頭刑を待つばかりの彼らの眼には、すでに生気がない。


 それに比べて騎士団の被害は、偽首領の魔剣で斬られた者を含めても重傷者三名、軽傷者十数名で、死者はなし。町への損害も、野盗団が突入した際に幾つかの商店の看板がなぎ倒されて壊れた程度で、ほとんど皆無だった。


 だが、その圧倒的勝利にもかかわらず、林の入口に張られた天幕の中で机に頬づえを付く騎士団長の表情は晴れぬままだ。


「ヨス。九郎殿を呼んでくれ。話がある」


 ギアッツは長考の末、不意に顔を上げて隣に控える射撃部隊長に命じた。次の指示を今か今かと待ち構えていたヨスは、すぐさま天幕から飛び出していく。


 その背を頼もしげに赤い顎髭を撫でながら見送ったギアッツだったが、一分も待たぬうちに、ヨスが何とも言えない表情で引き返してきたのを見て拍子抜けした。


 そのすぐ後ろに、九郎がぴったりと付いてきていた。


 九郎は勝手知ったる友の家へ上がるかのように遠慮なく垂れ幕を開き、ずかずかと天幕の中へ入った。ギアッツの前、机を挟んで腰かけるなり、にやりと笑って言う。


「いつ呼びに来るかと道場で待っていたんじゃが、あまりに催促が来ぬものでな。痺れを切らして、こちらから出向いたのよ」


 ギアッツは一瞬、頬の端を歪めた。だがすぐにいつもの厳格な表情へ戻り、九郎に深く頭を下げる。


「この度は見事な計略。このギアッツ・ヘイダール、お見それいたしました。我が国民を守り、さらには王国北部の主要野盗団の殲滅という近年ないほどの戦果。騎士団を代表して御礼申し上げます」


「何を今更。町を守れたのは騎士団の力あってこそ。わしも将軍の手際の良さには、つくづく感服しておる」


 九郎がギアッツを将軍と称したのは、「軍をひきいる」司令官への尊称である。


「とまあ、社交辞令はこのあたりにして、本題は何じゃ。わしを呼びだしたのは謝辞を述べるためだけではあるまい?」


「――それはそうと、九郎殿はこの町で道場を営んでおられるとか。ナカツの帝も認めたという烏丸流。さぞ多くのご子弟がおられるのでしょうな」


 本道への標を示した九郎だが、ギアッツはあえてそれに乗らず、脇道へと話題を逸らした。九郎に話の主導権を握られるのは、彼にとって実に居心地が悪い。


「いや、道楽のようなものじゃ。教えるというのは案外、編み出すよりも難しいようでの。弟子といっても今まで四人しかとったことはない。今、この町におるのは一人・・じゃ」


 それにこの国には、わしの名を知らぬ者も多いしの――と九郎は言葉を継ぎ、出された煎茶をすする。


「というても、あれは半人前。型から入ることばかりにこだわっておる未熟な若者よ。将軍のお目に留まるほどではあるまい」


 九郎が一人・・の弟子として語っているのは、レイではなくジルのことである。なぜならレイは既にこの町にはいない。九郎はギアッツの真意を知ったうえで、話をはぐらかしているのだ。


「左様ですか。しかし妙ですな。九郎殿には、お二人の弟子をご指導中と伺いましたが」


 ギアッツもそれに気づきながら、不快感を面には出さず、核心へ滲み寄る。


「ああ、そうであったか。そう言えば昔は・・二人おったかもしれんのう。何せ老いてくると、近時の記憶も曖昧になってのう……」


 あからさまに白々しい受け答えに、隣で聞いているヨスの方がひやひやしていた。『炎将』と畏れられるギアッツに対して、ここまで不遜な応対ができる者は、この国に国王はおろか野盗ですらいないだろう。


 しかしギアッツは怒りを一片も表さず、逆に諦めたような浅い笑みを浮かべて頭を振っただけだった。


 九郎は、はぐらかしているようでいて答えている。――有望なもう一人の弟子は、すでに町を発った。それも、ごく最近。さらに九郎が本来なら騎士団に提供すべき古代兵器の情報を、あえて口にしないのは、その件に連盟が関与する重大な機密があるということ。


 ならば次に打つ手は、見返りの提示だ。


「あなたは我らが知り得ぬ情報を持っています。だが裏を返せば、それは我らとて同じ」


 突然の話の転換にヨスは戸惑う。だが九郎の目は、急に冴えた。


「ここ数ヶ月で気にかかる話が裏社会で流れています。信用に足らぬ噂話程度ですが、それでも王国として聞き流せる類のものではありません」


 野盗団に狙われた古代兵器と資格所持者の少年を町から出させたのは、その危険から遠ざけるためだろう。だが、たった一人で町を発ったとは考えにくい。誰か――それも相応の実力者が護衛に付いたはずだ。


 傭兵を雇うのはありふれた話だが、所詮は金の縁。古代兵器に目がくらみ、少年を害する可能性もある。ならば九郎が信頼でき、かつ実力を備えた護衛となると、候補は限られる。


 可能性が高いのは、連盟の者――古代兵器の扱いに長けた治安機構の構成員。


 とすれば、この時点でギアッツは連盟に一歩遅れている。巻き返しを図る彼が提示するのは、事態そのものの危険性だ。


「流れの武器商人がこの国にやって来たと。それも古代兵器を扱う、死の武器商人が」


 連盟の指定する遺物のうち、自由売買が許可されているのは最下D階級のみ。だが連盟の目を逃れ、裏社会を顧客に非合法に指定遺物を扱う商人が存在する。社会秩序を根本から覆す存在を、いかなる国家権力も許してはいない。


「カニャッツォは長年の愛剣を、造作もなく見殺しにするような配下へ与えた。これは新たな武器が手に入ったからに他なりません」


 ギアッツが警告するのは、少年に新たな脅威が迫っている可能性だ。築き上げた野盗団と愛剣を捨て駒にするという代償を払った以上、それに代わる“奥の手”を隠し持っていると考えるのが自然である。


 だが、その可能性を突き付けられても、九郎の目に動揺はなかった。


「ヘイダール将軍。お主の言わんとすることは理解した。じゃが、それは要らぬ懸念じゃ。レイにはすでに信頼できる人物がついておるからの」


 その返答で、ギアッツは悟った。駆け引きが、最初から成立していない。

 九郎が動じないということは、その脅威を勘案しても余りある戦力が護衛に付いているということだ。つまり、ほぼ間違いなく治安機構の戦闘員。


「――九郎殿。ちなみに、その人物の名は?」


 連盟に先手を打たれたか、と内心で苦虫を噛み潰しつつ尋ねる。ギアッツには治安機構に人脈がある。知る人物なら、まだ交渉の余地があるかもしれない。


「うむ。ロベルト・ディアマンという」


 その名を聞いた瞬間、ギアッツの表情に明らかな驚きが浮かんだ。


「……なるほど。それなりの人物とは見ていましたが、『金剛石ディアマン』とは。流石は治安機構、抜かりがない。先手どころか鬼手を打たれていたわけですか」


 民間人ならいざ知らず、国家の中枢を預かるギアッツは「原罪の騎士団ペカド・オリジナルズ」の構成員と、その情報を把握している。だが、まさかその名をこの場で聞くとは思わなかった。


 加盟国に対する警察権を持つ原罪の騎士団員が自国に入り込んでいる――国側の人間にとって、それは必ずしも好ましい話ではない。まして軍の最高司令官が、その事実を把握できていないとなれば尚更だ。


「いや、連盟とて全ての事態を予見していたわけではない。彼らがお主より先に出会ったのも廻り合わせ、言うならば運命というやつじゃよ」


 だがギアッツは、まだ全てを諦めたわけではない。おそらく「ディアマン」以外の原罪の騎士団員では、帰属に関して交渉の余地はないだろう。国家の代表として派遣され連盟に仕える彼らは、私情を挟んで国家間の揉め事を起こしたくない。


 しかし「彼」は、いずれの国家権力にも属していない。ならば、まだ引き出せる答えがある。そのためにはまず、連盟が執着する古代兵器の情報を押さえねばならない。


「しかし、『原罪オリジナルズ』を直々に派遣とは。その少年は余程の使い手・・・ですな」


「……ギアッツよ。あらかじめ言っておこう。わしはお主と、その類の問答をする気はないぞ。わしの立場を良く知るお主とはな」


 軽く話題を振ったつもりだったが、九郎の返答は明確な拒絶だった。老獪なこの男に小細工は通じない。理解させられたギアッツは、正攻法へ切り替える。


 わざとらしく大きなため息をつき、顔を上げる。『炎将』としての硬い表情を崩し、顎髭を撫でながら冗談めかして語りかけた。


おう、相変わらず喰えませんな。引退して顔つきは少しは柔らかくなったと思っていましたが」


 その露骨な豹変ぶりに、九郎は思わず苦笑した。


「よく言うわ。お主も多少は喰えぬようになったようじゃ。――が、わしから見ればまだまだ青いがのう。言葉の節々に本心が滲み出ておるぞ」


 二人は申し合わせたように視線を落とし、含み笑いを交わす。


「頭の回りが速いがゆえに、全てを一人でこなそうとするのは昔からのお主の悪癖じゃ。それに、わしはもう隠居の身。連盟とのしがらみなど気にせず、隣のお若いのにも分かるように話せばよいものを」


 突然話を振られたヨスは露骨に動揺した。今までの険悪な空気がふっと緩んだその機微を掴めず、狼狽している。


「いやいや恐縮。翁こそ、ご理解が速くて助かりますな。しかし昔、散々やり込められた身としては、どうしても警戒が解けませんもので」


 さり気なく毒を吐くギアッツ。彼は騎士団長に就任したばかりの頃、資格所持者の帰属を巡って、連盟の古代兵器管理部署に所属していた九郎に苦汁を舐めさせられたことがある。若気の至りで片付けられぬ失態だが、「烏丸九郎」という名を記憶に刻むには十分だった。


 苦笑する九郎を横目に、ギアッツは背筋を伸ばし、厳格な表情に戻って本題を切り出す。


「――では単刀直入に。バルバリッチャを退けたという、九郎殿の弟子の少年。彼をぜひ、我がエクベルト騎士団にお譲り頂きたい」


 九郎を見据える目には、応としか言わせぬ圧が宿る。


「そういうことであろうとは思っておったが……それに、わしが応えることはできん」


 九郎は、にべもなく断った。


「確かにレイはわしの弟子じゃ。じゃが、あれはすでにわしの元を離れておる。手元にあれば昔のよしみで色よい返事をしたかもしれんがの」


「つまり、その件については良しとも悪しとも言えぬと」


 ギアッツは身を乗り出して詰め寄る。だが九郎は、やはり首を振った。


「そもそも、わしに同意を求めることからして見当違いというもの」


 突き放すような言葉。しかしギアッツは、その真意を理解していた。

 好きにしろ――と言っている。自分の関与する問題ではない、と。


 ギアッツは椅子から腰を上げ、机に両手を付く。宣誓するように声を強めた。


「彼に既に連盟の手が付いていたとしても、この国内に居るうちは我が国民です。我ら騎士団の使命は国民の生命を守ること。悪党の脅威にさらされる国民を、連盟のみに任せておく気はありません」


「相変わらず、くそ真面目な表面おもてづらじゃの。そもそも、わしに許可を得ずともレイを取り込むことはできるであろうに」


 九郎は呆れたように笑う。だがギアッツは固い表情のまま返す。


「我らは国軍。いかなる動機であれ、筋は通さねばなりません」


「なるほど、上に立つ身とは不便なものよのう」


 九郎の笑いを横目に、ギアッツは隣のヨスへ矢継ぎ早に指示を飛ばす。目的が定まった以上、一刻の猶予もない。


「直ちに抜剣部隊の中から精鋭二十名を選抜せよ」


 九郎とギアッツの応酬に茫然としていたヨスだったが、その号令に即座に姿勢を正す。


「残党狩りだ。首領を討ちそびれては今回の勝利の価値は半減する。日の暮れぬうちに霧降山へ向かう。夜霧の山道だ――防寒着を忘れるな」


 戦後処理を終えて平生を取り戻しつつあった陣営が、再び慌ただしい喧騒に包まれていく。


 街道を抜ける春風は温もりを急速に失い、肌寒さを感じさせた。太陽は霧降山脈の稜線に沈もうとして、ひんやりとした山影を陣営の上へ長く伸ばしていた。

【用語解説】


『葬魂唱』

ジェタクト正教の僧侶が行う鎮魂の儀式。「つちの十ツ神、あめの二ツ神」とはルーラー族十二賢者の事を表し、死者の魂が正しき者として転生できるようにと祈願する。正教では人は生きている間に必ずとがを持つとされ、死によって現世の咎は償われるとしている。

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