第二十二話 目的は同じ
所変わってアイオリス大陸の田舎町フレンネル。
エクベルト王国騎士団は王国北部を拠点とするマッシュウ野盗団がこの町を襲撃するという情報を掴み、町に兵を伏せてこれを迎撃し、見事壊滅せしめた。
だが、騎士団長ギアッツ自ら討ち取った首領カニャッツォ・マッシュウの覆面を剥がして見ると、それは全くの別人だった。
そこでエクベルト騎士団は生き残った野盗を尋問し、新たな情報を得た。
マッシュウ野盗団の首領であるカニャッツォ・マッシュウはフレンネルを襲撃する直前、愛用の魔剣「奇術師」を配下の一人に授けて、自分の身代りとなってフレンネルを襲撃する様に命令し、単身、霧降谷へと舞い戻ったという。
カニャッツォの代役に指名されたのはマッシュウ野盗団の中では新参者だったらしいウーゴ・イェーガーという男。背恰好がカニャッツォに似ていたため、影武者を命じられたのだろう。
しかし、この行動は謎に満ちている。
なぜ彼は襲撃の指揮を直前で放棄したのか。もしかすると騎士団の潜伏に気付いていたのか。
ではなぜ、わざわざ代役を立ててまで襲撃を強行させたのか。自分が逃げるための時間稼ぎか。
なぜ、自分の代名詞、切り札とも言える「魔剣」を新参の部下に託したのか。
――そもそも、彼らがフレンネルを襲撃した目的は何だ。それもリスクの高い短期間に二度目の襲撃を強行した理由は。
射撃部隊隊長ヨス・ロペラは自分なりに状況を整理して、野盗団の真の目的を暴こうとしたが、疑問が湧きあがるばかりでどうしてもその真意が読めない。
普通に考えれば最初からおかしいのだ。こんな田舎町を襲撃するメリットなどありはしない。
だが、彼の横の机に座り、赤毛の顎髭を撫でる人物はエクベルト騎士団長。国家の最高戦力部隊を率いる指揮官である。彼の頭脳は断片的な情報を繋ぎ合わせ、答えを描き出していた。
『炎将』ギアッツ・ヘイダールは思考を巡らせる。そして苦々しく呟いた。
「……してやられた。野盗風情に謀られるとはな」
窓から差し込む西日が彼の苦渋に歪んだ顔の彫りを一層と際立たせている。
「我らは目的を達した。王国北部の野盗殲滅というな。しかし、勝負の行く末は既に読まれていたのだ」
「おそらくカニャッツォは襲撃の直前に気付いたのだ。この町に既に目的がないことを。そして、違和感に気付いた。そこから導き出される敗北の可能性を理解していた」
ヨスはギアッツの真意を探ろうと必死にその言葉に耳を傾けるが、その半分も理解できないでいた。しかし、ギアッツはそのことを知りながらも、あえて独り言のように言葉を続ける。
「それを承知のうえで配下を捨て駒にした。野盗団という奴が築きあげたものを擲つ博打に出た。真の大きな目的を達するためにだ。我らは見事に、奴の描いた通りに動かされた。そういう点では我らの敗北だ」
九郎はギアッツに送った応援要請の書状の中で、マッシュウ野盗団がフレンネルを襲撃した目的については一切触れていない。だがギアッツはその書状からマッシュウ野盗団の真の狙いが古代兵器であると気付いていた。
大型の野盗団が鄙びた田舎町を二度に渡って短期に襲撃する理由、最初の襲撃の際に魔術士バルバリッチャを退けたという少年、そして何より烏丸九郎が二度目の襲撃を確実と予見している。そこから導き出されるのは古代兵器がフレンネルにあり、その少年が資格所持者であるという明白な結論。
エクベルト騎士団、いや、エクベルト王国にとって王国北部の野盗団殲滅というのは大前提の目的であるが、その裏に隠された目的はマッシュウ野盗団と同様に古代兵器の確保であった。ギアッツは古代兵器と資格所持者の所在を確信したからこそ、書状だけの要請にもかかわらず、即断で少数精鋭の部隊を派遣したのだ。
しかしギアッツはその真の目的を腹心のヨスにすら明かしてはいなかった。古代兵器と資格所持者の帰属をめぐって、彼が神経質になるのにはそれなりの理由がある。
古代兵器の正統な資格所持者は国家にとって重要な戦力となりうる。何としても自軍に引き入れたい。しかし、大世界連盟加盟国には「遺物管理条約」という足枷がある。
この条約は古代兵器および資格所持者の管理、所有権をいったん大世界連盟に帰属させるというものだ。連盟は加盟国において古代兵器の調査、捜索、回収の強制権を持ち、連盟によって回収された古代兵器の所有権は連盟に一任される。自国民が資格所持者であった場合でも、その所属は先ずは連盟に預けられる。いずれは自国に復帰される取り決めであるが、その保留期間をこの条約は定めていない。
つまり、「帰属保留」という名目で連盟組織に登用し、いつまででも留まらせることが可能なのだ。さすがに加盟国から不満が出るため、最長五年という暗黙のルールがあるものの、有能な人材ほど優先的に連盟に配属され自軍の即戦力にはならない。
一見、連盟のみが得をする理不尽にも思える条約であるが、国際法として成立し遵守されているのは、その成立背景による。
遺物管理条約は大世界連盟の根幹と言えるもので連盟設立と同時に成立した。――というより、この条約のために大世界連盟が設立された、と言った方が正しい。
それは東方帝国で行われた隣国ナカツとの古代遺跡合同調査に端を発する「バルカロール事変」と呼ばれる一連の国際紛争による。
両国の国境付近の山岳地帯、大インドラ山脈を覆う樹海「騙しの森」で大規模な古代遺跡が発見された。遺跡の面積はあまりに広大で両国の領土に跨っていたため、両国合同の調査隊が組まれることとなった。
三年におよぶ調査の結果、古代遺跡はかつてインドラ大陸を支配していた古代種族「外甲族」の古代兵器研究所跡と判明。そこからは数百点に及ぶ大量の古代兵器が発掘された。
だが、調査を終えた時点で発掘された古代兵器の所有権をめぐってトラブルが発生する。
古代遺跡から遺物を搬送する経路は山岳地帯を駆け下りて東方帝国の領土を流れる大河バルカロールを船で運輸するのが最善策であった。平野部までの距離はナカツ側の山岳地帯を流れるミズチ川を下った方が速いが、急勾配で流れが急過ぎることと未開地帯であり未知の合成獣出没の危険があるため、調査隊結成当初はまず東方帝国側に持ち運び、それから両国で均等に分配する予定であった。
しかし、一点でさえ貴重な古代兵器が一度に数百点も出土するのは歴史上初めてのことであった。一国にも匹敵する軍事力、その独占を危惧したナカツは運搬直前に経路の変更を要求。当初の取り決めと異なることからそれに東方帝国が反発し、ナカツが単独で遺物を持ち出すことを防ぐためにバルカロールの終着であるコーダ湾の河口を艦隊で封鎖した。
両国は建国当初からの同盟国であり良好な関係が続いていたが、この事件をきっかけに事態は一変する。
この処置に対し一度はナカツが譲歩し、当初の取り決め通りに東方帝国に持ち込まれる手筈となったが、この譲歩に反対するナカツ国内の強硬派が軍部を乗っ取り、首都バシシンを占拠するクーデターに発展する。
政治機能を制圧した強硬派は東方帝国との国交断絶を宣言。さらに事態は思わぬ方向に向かう。
当初、遺跡を発見した探検隊に当時古代兵器研究の第一級国であったガスフォボス帝国の王立研究機関のメンバーが参加していたことから、ガスフォボス皇帝が遺物の一部譲渡を要求。首都バシシンでクーデターを起こした強硬派を支援すると表明し、一大艦隊をインドラ大陸に向けて出航させたのだ。
それまでは静観を決めていた周辺国であったが、予期せぬガスフォボス帝国の軍事介入に反発したナカツの同盟国である赤土の王国はこれを迎撃すべくナカツ沖に主力艦隊を展開。それに同調するアイオリス大陸のレクスヴァラ王国も、インドラ大陸に向かう航路で自国の領海を通過するならば陸上からの砲撃で撃沈すると警告。その他各国も偵察船と称した準主力艦をナカツ沖に展開し、事態は一歩踏み込めば世界を二分する大戦に発展する直前まで加速した。
しかし、バシシンでのクーデターが鎮圧されたことで事態は一気に収束に向かう。首都を奪還したナカツの帝は、赤土の王国の仲介で東方帝国の帝王と会談を争いの発端であるコーダ湾にて行い、両国は国交を回復。そして、その会談の場で驚くべき発表がなされる。
ナカツ、東方帝国の両国は古代兵器研究所跡で発掘した遺物の全ての所有権を放棄し、その帰属を第三者機関に委ねると宣言したのだ。
さらにその直後に世界各国に向けて赤土の王国から「大世界連盟設立」と「遺物管理条約」への批准が提案される。
これはこの事件で世界帝国建立という野心を露わにしたガスフォボス帝国の脅威へ対抗策であると同時に、人間が身に余る古代兵器の力を奪い合った結果、欲が巻き起こした醜聞に対する両国首脳のけじめの付け方でもあった。
つまり、大世界連盟とは「古代兵器の共同管理体」である。連盟に加盟すれば小国でも古代兵器研究所跡で発掘された遺物のおこぼれに与ることができる。さらに言えば連盟内で軍事力が共有化されるため、それ以降に発見された古代兵器についても、他国の脅威に怯える必要が無くなるということだ。
最初に大世界連盟に加盟し、遺物管理条約を批准したのは、赤土の王国、ナカツ、東方帝国、レクスヴァラ王国の四ヶ国。
この四ヶ国はガスフォボス帝国に対抗できる軍事力を有している大国であったため、国家間を越えた古代兵器の共同管理体という強力な勢力圏から取り残されまいとして、周辺国も次々とこの大世界連盟に加盟を表明する。
そして大世界連盟は設立から一年後には、ガスフォボス帝国を除く全ての国家が加盟する国際機関となった。そのガスフォボス帝国もまた、ウィーグ共和国への侵攻の失敗により大世界連盟に加盟し、遺物管理条約を批准することとなる。
この経緯から連盟加盟国、すなわち全世界の国家において「遺物管理条約の遵守」は国家の利において如何に理不尽な法であれ、鉄の掟なのだ。
しかし「鉄の掟」にも抜け道は、ある。
【用語解説】
『東方帝国』
インドラ大陸の南側に位置する国家。大インドラ山脈があるため、地方によって高低差が激しい。亜人が人口の七割を占める多種族国家。




