第十一話 謀られたのは誰か
若い騎士の顔面に目がけて凄まじい速度で黒耀鋼の刃が伸びる。騎士はそれを防ごうと剣を構えたが、黒刃はその直前で別の金属に弾かれて軌道を変えた。
「――団長!」
覆面の男と騎士の間に割って入ったギアッツは振り向かずに指示を出す。
「戻れ、円陣を崩すな」
「――逃がすか!」
覆面の男は駆けだす騎士の背中に目がけて再びエルマーゴを振るうが、ギアッツの馬上槍がそれを遮る。
「貴様がマッシュウ野盗団首領、カニャッツォ・マッシュウか」
「邪魔をするなァッ!」
ギアッツの問いかけに覆面の男は剣撃で返す。またも馬上槍が黒刃を弾くが、一瞬で刃元までの短さに戻ったエルマーゴは三度、ギアッツを襲う。
息をつく間もなくエルマーゴを伸ばして攻撃してくる覆面の男に対して、ギアッツは防戦一方のように見える。
しかし、全頭兜の下に隠れた彼の表情に焦りは全く見られない。襲いかかってくる刃の先端を、丸みを帯びた馬上槍の穂先の側面で軽くいなしただけで、その軌道を変えて防いでいた。
(カニャッツオ・マッシュウ、伸縮する魔剣を自在に操る手錬れと聞いていた。魔剣で討ち取られた騎士たちには悪いが、私が久しぶりの対古代兵器戦を愉しみにしていた面も否めん……しかし、何だこの剣筋は)
思考の合間にも黒刃が迫るが、手首の捻りだけで馬上槍を操り、あしらうように捌く。
(まるで話にならん――)
全頭兜の下でギアッツの表情は失望に歪んでいた。
先程から彼の身体をかすめていく魔剣からは殺意しか感じられない。太古に造られた目的そのままに、ただただ相手を屠る為だけに向けられる殺意。
その殺意は次第に高まり剣撃の鋭さは増してくるが、そこからは使役者の意思が感じられない。醜く叫びながら一心不乱に魔剣を振るう覆面の男の眼は既に正気を失っている。魔剣を操っているのではなく魔剣に操られているだけだ。
「所詮、野盗は野盗か…」
ギアッツは諦めたように浅くつぶやくと馬上槍の穂先を下げた。そして持ち手を引くとその先端を覆面の男に向け、脇を締めて構える。
馬上槍の真髄は突攻。馬に乗って突進し、すれ違いざまに突き刺す攻撃だ。
全力疾走の騎馬の走力に衝突の瞬間に槍を突き出すことによって得られる攻撃力は、命中すれば分厚い鋼鉄の甲冑すら貫通する。
しかし、通常の槍とは比べ物にならない穂先の長さと重量に加えて、揺れる馬上から正確に狙いを定めて突きを繰り出すというのは相当の技術を要する。命中したとしても自らにも伝わる衝撃を緩和できず、落馬してしまうことも多い。
だが、エクベルト王国に古くから伝わる一角槍術と呼ばれる馬上槍術を極めたギアッツの突攻は必中の精度を誇る。まさに一撃必殺と呼ぶにふさわしい技だ。
ギアッツが馬の腹を蹴り突進を開始する。同時に穂先を下げて防御を緩めたのを見た覆面の男は、無防備に空いた上半身を狙ってエルマーゴを振る。一瞬で伸びた黒耀鋼の刃が迫って来るが、ギアッツは騎馬の速力を緩めない。
刃先が眼前に迫ったその瞬間、ギアッツは上体を捻って伸びた刃をかわした。しかし、完全な回避には至らず、黒耀鋼の刃は全頭兜のスリットを引き裂いた。
側面を破壊された全頭兜が崩壊して後方に弾け飛ぶ。
だが、ギアッツは一切動じない。突攻の速力を保ったまま、狙うのはエルマーゴが限界まで伸びきったその瞬間。
しかし両者の距離はまだ十メートル以上ある。ギアッツの馬上槍は三メートル弱。腕の長さを考慮しても、この距離では届かない。
縮退を開始したエルマーゴの刃が背後からギアッツを襲う。
「よいか、古代兵器とは―――」
がしかし、ギアッツはそれに構わず馬上槍を突き出した。
「――こうやって使うのだッ!」
その声に呼応するように、鋭く尖った馬上槍の円錐形の穂先が、白銀から赤銅色へと一瞬でその色を変え、両者の間の空気が一直線に爆ぜた。
「――がッ……!?」
覆面の男の口から熱い空気が漏れた。
彼が視線を落とすと、その腹部の真ん中に届かないはずの槍が突き刺さっていた。
だが実際にはそれは槍ではなく、熱気を吹き上げる一本の炎。彼はその炎の伸びる先に視線をたどろうとしたが、次の瞬間には視界が激しくぶれて暗転した。
ギアッツが「炎将」と呼ばれる理由は二つある。
一つ目は、敵に対する火焔の様な苛烈さ。そして二つ目は、彼の持つ武器に由来する。
大世界連盟指定遺物ランクB2級、古代兵器「火刑槍」
聖銀の穂先の内部に燃星晶という魔力に反応して高熱と炎を発する魔法金属が仕込まれた白銀の馬上槍。
穂先から噴出した火焔によって、長大な炎の槍と化した馬上槍による突攻は、覆面の男の腹部に深々と突き刺さり、串刺しにしたまま馬上から突き落とした。
「陣形を崩すな! 圧し込んで勢いを殺げ!」
覆面の男が石畳の上に落ちるのを確認することもなく、馬の手綱を引いて突進の勢いを制御しながら、ギアッツが振り返る。
動いている野盗の数は既に五十近くまで減っていた。覆面の男によって破られた円陣の一部は騎士達の二重の壁によって塞がれている。徐々に狭まっていく円陣の中で、野盗達は端から順番に石畳の上に沈んでいく。
だが、野盗達は戦いを止めようとはしない。追い詰められるにつれて、彼らの眼はより一層殺気立ち、憎しみと怨嗟に満ちた叫び声を上げながら騎士達に斬りかかっていく。
彼らは知っているのだ。「炎将」に慈悲の無いことを。
ギアッツは敵に対して降伏など赦さない。彼らに赦されているのは、墓場の選択。それがこの石畳の上か、断頭台の上かの違いだけだ。
だから彼らは自分の墓場により多くの道連れを求めて、手にした武器を振り下ろす。
「退け、死兵に寄るな」
だが、「炎将」は彼らが思う以上に「炎将」だった。残りの野盗の数が三十を切った頃、死地を悟った者の気概を見透かすように指示を出す。
声と共に騎士達は一斉に後退して、今まで狭めていた円陣の輪を一気に広めた。
ギアッツがゆっくりと片手を天に掲げる。
野盗達はそれが死の宣告であることを悟って、絶望の叫び声を上げながら円陣に向かって走り出した。
「射撃部隊、斉射」
無慈悲な声と共に掲げた手が振り下ろされる。
マッシュウ野盗団、総勢二百六十三名、全滅。
響き渡る三十の射撃音が「フレンネルの戦い」に幕を引いた。
「…いて……ねぇ…」
射撃部隊隊長ヨス・ロペラはかすれた声を聞いて振り向いた。
戦いが終わり、教会の鐘台から広場に降りて来た彼の背後には、大柄な男が石畳の上に仰向けに倒れていた。
その腹部には穴が穿たれ、周囲の肉が焼きただれて異臭の煙を上げていた。
ヨスが近づくと男にはまだ息があるようで、灰色の亜麻布で覆われた口元がわずかに動いていた。
見開かれた瞳は血走り、宙の一点を見つめたまま動かない。男の命は尽きようとしていた。
ヨスは男が何かを言おうとしているのを感じて、その顔を覆っている亜麻布を剥ぎ取った。
蒼ざめた顔があらわになり、ヨスは驚愕する。
その人相は、彼の知る男ではなかった。
ウーゴ・イェーガーは独白する。
おれの人生は本当についていない。
どこからついていないかと言うと、そうだ。
最初から、最後まで、ついていなかった。




