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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ

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第十一話 謀られたのは誰か

 若い騎士の顔面めがけて、凄まじい速度で黒耀鋼ダマスカスの刃が伸びる。騎士はそれを防ごうと剣を構えたが、黒刃はその直前で別の金属に弾かれて軌道を変えた。


「――団長!」


 覆面の男と騎士の間に割って入ったギアッツは、振り向かずに指示を出す。


「戻れ。円陣を崩すな」


「――逃がすか!」


 覆面の男は駆けだす騎士の背中めがけて再びエルマーゴを振るうが、ギアッツの馬上槍がそれを遮る。


「貴様がマッシュウ野盗団首領、カニャッツォ・マッシュウか」


「邪魔をするなァッ!」


 ギアッツの問いかけに覆面の男は剣撃で返す。またも馬上槍が黒刃を弾くが、一瞬で刃元までの短さに戻ったエルマーゴは三度、ギアッツを襲う。


 息をつく間もなく刃を伸ばして攻め立てる覆面の男に対し、ギアッツは防戦一方のように見える。


 だが、兜の下に隠れた彼の表情に焦りはない。襲いかかる刃の先端を、丸みを帯びた馬上槍の穂先の側面で軽くいなし、軌道を逸らして防いでいた。


(カニャッツォ・マッシュウ。伸縮する魔剣を自在に操る手練れと聞いていた。魔剣で討ち取られた騎士たちには悪いが、私が久しぶりの対古代兵器戦を愉しみにしていた面も否めん……しかし、何だ。この剣筋は)


 思考の合間にも黒刃が迫る。だがギアッツは手首の捻りだけで馬上槍を操り、あしらうように捌く。


(まるで話にならん――)


 兜の下でギアッツの表情は失望に歪んでいた。


 先程から彼の身体をかすめていく魔剣からは殺意しか感じられない。太古に造られた目的そのままに、ただ相手を屠るためだけに向けられる殺意。


 その殺意は次第に高まり剣撃の鋭さは増してくる。だがそこからは、使役者の意思が感じられない。醜く叫びながら一心不乱に魔剣を振るう覆面の男の眼は、すでに正気を失っている。ギアッツには、魔剣を操っているのではなく、魔剣に操られているだけに見えた。


「所詮、野盗は野盗か…」


 ギアッツは浅くつぶやくと、馬上槍の穂先を下げた。持ち手を引いて先端を覆面の男に向け、脇を締めて構える。


 馬上槍の真髄は突攻チャージ。馬で突進し、すれ違いざまに突き刺す攻撃だ。


 全力疾走の騎馬の走力に、衝突の瞬間の一突きを重ねることで得られる攻撃力は、命中すれば分厚い鋼鉄の甲冑すら貫通する。


 だが、長大で重量のある槍を、揺れる馬上から正確に通すのは難しい。命中の衝撃で落馬することもある。


 しかし、エクベルト王国に古くから伝わる一角槍術アインランサーを極めたギアッツの突攻は、必中の精度を誇る。まさに一撃必殺と呼ぶにふさわしい技だ。


 ギアッツが馬の腹を蹴り、突進を開始する。同時に、穂先を下げて防御を緩めたのを見た覆面の男は、無防備に空いた上半身を狙ってエルマーゴを振るう。一瞬で伸びた黒耀鋼ダマスカスの刃が迫って来るが、ギアッツは騎馬の速力を緩めない。


 刃先が眼前に迫ったその瞬間、ギアッツは上体を捻って伸びた刃をかわした。だが完全な回避には至らず、黒耀鋼の刃が兜のスリットを引き裂いた。


 側面を破壊された兜が崩壊し、後方に弾け飛ぶ。


 ――それでもギアッツは動じない。狙うのは、エルマーゴが限界まで伸びきった、その一瞬。


 しかし両者の距離はまだ十メートル以上ある。ギアッツの馬上槍は三メートル弱。腕の長さを考慮しても、この距離では届かない。


 縮退を開始したエルマーゴの刃が、背後からギアッツを襲う。


「よいか、古代兵器とは―――」


 だがギアッツは構わず、馬上槍を突き出した。


「――こうやって使うのだッ・・・・・・・・・・!」


 その声に呼応するように、円錐形の穂先が白銀から赤銅色へと一瞬で色を変え、両者の間の空気が一直線に爆ぜた。


「――がッ……!?」


 覆面の男の口から熱い空気が漏れる。


 彼が視線を落とすと、その腹部の真ん中に、届かないはずの槍が突き刺さっていた。


 だが実際にはそれは槍ではなく、熱気を吹き上げる一本の炎だった。彼はその炎の伸びる先に視線をたどろうとしたが、次の瞬間には視界が激しくぶれて暗転した。


 ギアッツが「炎将」と呼ばれる理由は二つある。


 一つ目は、敵に対する火焔のような苛烈さ。そして二つ目は、彼の持つ武器に由来する。


 大世界連盟指定遺物ランクB2級、古代兵器「火刑槍ステイク」。


 聖銀ミスリルの穂先の内部に、燃星晶カーバンクルという魔力に反応して高熱と炎を発する魔法金属が仕込まれた白銀の馬上槍。


 穂先から噴出した火焔によって、射程そのものを伸ばした炎の槍と化す。突攻は覆面の男の腹部に深々と突き刺さり、串刺しにしたまま馬上から突き落とした。


「陣形を崩すな! 圧し込んで勢いを殺げ!」


 覆面の男が石畳に落ちるのを確認することもなく、手綱を引いて突進の勢いを制御しながらギアッツが振り返る。


 動いている野盗の数はすでに五十近くまで減っていた。覆面の男によって破られた円陣の一部は、騎士たちの二重の壁によって塞がれている。徐々に狭まっていく円陣の中で、野盗たちは端から順番に石畳の上に沈んでいく。


 だが野盗たちは戦いを止めようとはしない。追い詰められるにつれて眼はより一層殺気立ち、憎しみと怨嗟に満ちた叫び声を上げながら騎士たちに斬りかかっていく。


 彼らは知っているのだ。「炎将」に慈悲のないことを。


 ギアッツは敵に降伏を赦さない。彼らに赦されているのは墓場の選択。それがこの石畳の上か、断頭台の上かの違いだけだ。


 だから彼らは自分の墓場により多くの道連れを求め、手にした武器を振り下ろす。


「退け。死兵に寄るな」


 だが「炎将」は彼らが思う以上に「炎将」だった。残りの野盗の数が三十を切った頃、死地を悟った者の気概を見透かすように指示を出す。


 声と共に騎士たちは一斉に後退し、今まで狭めていた円陣の輪を一気に広めた。


 ギアッツがゆっくりと片手を天に掲げる。


 野盗たちはそれが死の宣告であることを悟り、絶望の叫び声を上げながら円陣に向かって走り出した。


「射撃部隊、斉射」


 無慈悲な声と共に掲げた手が振り下ろされる。


 マッシュウ野盗団、総勢二百六十三名、全滅。


 響き渡る三十の射撃音が「フレンネルの戦い」に幕を引いた。





「…いて……ねぇ…」


 射撃部隊隊長ヨス・ロペラはかすれた声を聞いて振り向いた。


 戦いが終わり、教会の鐘台から広場に降りて来た彼の背後には、大柄な男が石畳の上に仰向けに倒れていた。


 腹部には穴が穿たれ、周囲の肉が焼きただれて異臭の煙を上げている。


 ヨスが近づくと男にはまだ息があるようで、灰色の亜麻布で覆われた口元がわずかに動いていた。


 見開かれた瞳は血走り、宙の一点を見つめたまま動かない。男の命は尽きようとしていた。


 ヨスは男が何かを言おうとしているのを感じ、顔を覆っている亜麻布を剥ぎ取った。


 蒼ざめた顔があらわになり、ヨスは驚愕する。


 その人相は、彼の知る男ではなかった。



 ウーゴ・イェーガーは独白する。


 おれの人生は本当についていない。


 どこからついていないかと言うと、そうだ。



 最初から、最後まで、ついていなかった。

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