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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第十話 奇術師

 今からおよそ九十年前。霧降山脈越えに成功した開拓使の一団は、山脈を抜けてしばらく北西に進んだ場所に、心地よい風の吹き抜ける小高くなだらかな丘を見つけ、そこを第一の野営地とした。


 この見晴らしの良い場所を気に入った彼らは数日間ここに留まり、山脈越えの疲れを癒した。そしてさらに北方を目指して旅立つ日の朝、再びこの場所に戻ってくる目印として、バーサーストから持ってきたケヤキの苗木を丘の南側に植えた。


 そしてこの場所を古い言葉で「なだらかな丘フレンネル」と名付けた。


 その日以来、ケヤキの木はこの場所のすべてを記憶してきた。


 開拓使の一団はそれから数か月後に北方の調査を終え、再びこの場所に戻ってくると、積んでいたレンガを組んで数軒の粗末な家を建てた。一団の半数ほどはこの場所に留まり、残りの半数は霧降山へと旅立って行った。さらに数週間後、彼らは倍ほどの大人数となってこの場所に戻ってきた。


 それから十数年間は目まぐるしい毎日だった。次々と家が建ち、この場所は集落となった。道は整備されて大勢の商人がこの場所を訪れ、そしてさらに北へと旅立っていった。


 ケヤキが大きくなるにつれて町も大きくなり、住人も増えた。ケヤキの木の周囲は石畳で覆われて広場になった。大人が見上げるほどの大きさになったケヤキの木は、自分の周囲をにぎやかに駆けまわる子供たちの笑い声を、今も鮮明に覚えている。


 五十年ほど経った頃、急に町を訪れる商人たちの顔を見なくなった。住人たちの話に耳を傾けると、どうやら霧降山脈の西側を抜ける大きな街道が整備されたらしい。


 それからしばらくして町を出ていく若者が増えていった。次第に住人の数は減り、昔ほどのにぎやかさは無くなったが、この長閑のどかさも悪くはなかった。


 さらに時が経ち、ケヤキは大木となった。彼が植えられて数年後、開拓使の一団に初めて生まれたダユという名の女の子は、今や腰のひどく曲がった老婆となったが、町の長閑さに変わりはなかった。


 しかし、この数日で町の様相は様変わりした。


 襲ってきた野盗団によって広場の周囲の建物のいくつかは破壊され、野盗を率いる魔術士によってケヤキの大木は見るも無残に焼け焦げて、その背丈は半分ほどになってしまった。


 そして今、ケヤキの大木を包んでいるのは、かつて経験したことのない喧騒だ。


 それはにぎやかさではない。剣と剣、鎧と鎧がぶつかり合う音。飛び交う悲鳴と怒号。地面に叩きつけられ、そして直後に聞こえる断末魔。


 ケヤキの大木の根元は赤い流血で染められ、その中には幾人もの粗野な格好の男たちが伏している。


 戦況は王国騎士団に有利に動いていた。


 それぞれ局所の兵力が手薄になるのは、相手の出現に備える受け身の立場だからである。逆に、全体で寡兵だったとしても局所の兵力が優勢になるのは、相手を自軍の出現に備えさせる主導的な立場だからだ。本来なら襲撃する側の野盗たちが主導権を握るはずだったのが、九郎の計略によりその立場は逆転していた。


 さらに野盗たちが数で倍近く勝るとはいえ、両者には決定的な個々の戦力差があった。野盗たちが衣服の下にチェインメイルを着込んだ軽装であるのに対して、騎士たちは全身甲冑プレートアーマーで強固に身を守っている。


 普段、野盗たちが行動する山野や森の中においては身軽な軽装は有利に働いただろうが、完全に包囲された状況下ではその機動力は生かせない。


 一方の騎士たちは二重の円陣で野盗たちを取り囲み、訓練された動きで前列と後列を巧みに入れ替えて攻撃している。防御役と攻撃役を分担することによって双方の体力消耗を減らし、二対一の有利な状況を作り出す。


 我れあつまりて一と為り、敵分かれて十と為らば、是れ十を以て其の一を攻むるなり。


 用兵の鉄則は戦力集中である。自軍の兵力が全体としては寡少で、敵軍の兵力が全体としては強大であっても、その小兵力で敵の大軍を撃破できるのは、個々の戦闘において合同して戦う自軍の兵力が一つに結集しているからだ。


 そして囲まれている以上、正面の敵とやり合うしかない状況で勝敗を決するのは攻撃力ではなく防御力の差だ。野盗たちの繰り出す剣はことごとく全身甲冑プレートアーマーの前に弾かれ、反撃に振り下ろされる騎士剣の重い一撃は、彼らのチェインメイルの上からでも容易に骨を砕く。


 正面衝突からすでに二十分が経過し、動ける野盗の数は半数ほどまで減っていた。じり貧の戦況に、最初は血気盛んだった野盗たちの戦闘意欲はほとんどついえつつあった。


 しかしその時、騎士団の円陣の一角が破られた。


 数人の騎士が重い甲冑ごと後方に吹き飛ばされ、石畳の上を転がる。


 騎士たちに体当たりをしたのは、身体の大きな男が跨る黒馬。風にひるがえる鉄黒色の外套に、くすんだ草色の上衣。顔は目を除いて灰色の亜麻布リンネルで覆われている。


「まだ、終わっちゃあいねえ!!」


 覆面の男は叫ぶと同時に、手にした短剣を鞘から抜いた。


「――いかん!!」


 後方で戦況を見守っていたギアッツが、馬の腹を蹴って駆けだす。


 覆面の男は抜いた短剣を振り被った。その刃は墨のように黒く、木目の様な文様が全体に浮き出ている。


 そして何より異様なのは、短剣が刃元を残してほとんど折れているように見えることだ。


 だが覆面の男はそれに一切構わず、そのまま黒刃の折れた短剣を振り下ろした。


 覆面の男を円陣の中に押し戻そうと斬りかかっていく数人の騎士たちに聞こえたのは、しなる鞭のような音。


 その正体を確認する間もなく、彼らの身体は全身甲冑プレートアーマーごと斬り裂かれ、血しぶきを吹き上げながら弾き飛ばされた。


「どうだ、これがエルマーゴの威力だ!」


 勝ち誇ったように覆面の男は雄叫びを上げる。その覆面から覗く瞳は、短剣を抜いた瞬間から一層血走り、異様な殺気を放っていた。


 大世界連盟指定遺物ランクC2級、古代兵器「奇術師エルマーゴ」。


 それが覆面の男が手にしている短剣の名。


 一見、折れているように見えるその短い刃は、鋼鉄の強度とゴムの伸縮性を併せ持つ、黒耀鋼ダマスカスという魔法金属で造られている。


 木目のような文様は幾重にも折り畳まれた金属の構造であり、使用者の意思に応じてそれらが解き放たれ、自在に伸縮する刃となって攻撃する。


 その切れ味は先程、騎士たちが身をもって味わったように鋼板をも容易に裂く恐るべきものだ。鞭のように伸びた黒刃は、巻き取られるように一瞬で元の短さに戻る。


「さあ反撃開始だ、騎士団の軟弱野郎ども!」


 覆面の男は異様に血走った眼で次の獲物を探すと、怯える騎士めがけて再び魔剣を振り下ろした。

【更新情報】

『56テールズ人物紹介』に№9【ダユ・ブランシー】、№10【サージオージャド・クレイ】、№11【ロイヤル・クラウン】を追加しました。

併せてご覧くださいませ。

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