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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第九話 計略の裏側

「まさか、二度目の襲撃があると…?」


「いかにも。奴らは近いうちに必ず再来するじゃろう。それも、首領自ら今までとは桁違いの数の手下を引き連れてな」


 しかし、あの慎重なマッシュウ兄弟が続けて同じ場所を襲撃するだろうか。ヨスは彼らの今までの行動からその疑問を拭いきれなかったが、同時に少しでもその可能性があるなら賭けてみるしかないと考えていた。


 この計略が成功すれば、マッシュウ盗賊団とその配下、王国北部の主要な盗賊団を一網打尽にすることができる。


 ヨスはすぐさま手紙を伝書鳩に託し、王国の首都オークルオーカーへと飛ばした。


 九郎は二時間程の仮眠を取った後、ヨスが手配した盗賊達を護送する鉄柵の檻の付いた護送馬車とそれを警護する騎士団員六名を引き連れて、フレンネルへと戻って行った。


 行きとは違い大型馬車では霧降山脈の山越え道を通行できないので、山脈沿いに迂回する西側の街道を通ることになる。馬車の速度と距離を考えれば一日がかりの行程になるだろう。


 昼前には九郎達を見送ったヨスだが、そこでようやく一息と言うわけにはいかなかった。


 この計略が成功するかどうかは情報を得られるかどうかにかかっている。フレンネルに兵を潜ませるだけならそうは難しくない。肝心なのはいつ、どのタイミングで野盗達が襲撃をかけるのか。そのことをいち早く正確に掴む必要があった。


 複数の配下の野盗団を一斉に動かそうとすれば、必ず何らかの兆候があるはずだ。ヨスは最低限の町の警備を除いて、バーサーストに駐在する騎士団員のほとんどを霧降山脈一帯に斥候として放った。


 その三日後の深夜、新月の闇夜に紛れて密かにバーサーストの町に入った黒衣の一団があった。


 エクベルト王国騎士団長、ギアッツ・ヘイダールと彼が率いる精鋭部隊三十人である。


 ヨスは今まで行動しながらも、烏丸九郎と名乗った老人に対する不信感を全く抱いていないわけではなかった。しかし、ギアッツの顔を自分の目で確認してその不信感は完全に消え失せた。


 ここ数日、マッシュウ兄弟配下の野盗団による襲撃事件はぴたりと止み、彼らが襲撃に向けての準備をしていることは容易に想像できた。また、斥候に放った騎士団員の数名が、武器を携えた男達が霧降山脈裾野の森の中をある方向に揃って向かっていくのを複数目撃しており、襲撃に向けてマッシュウ野盗団が配下を集めているのはほぼ間違いない。


 そしてその翌日、偵察中の騎士団員が森の中で不審な行動をしている男を発見、声をかけたところ戦闘となりこれを捕縛。ギアッツの苛烈な尋問により、この男がマッシュウ野盗団配下の野盗と判明、さらに襲撃が五日後の正午と白状したのだ。


 ギアッツの行動は速かった。すぐに首都オークルオーカーに伝書鳩を飛ばし、直属の精鋭部隊七十名とヨスの部下である射撃部隊三十名に出撃命令を出した。ギアッツと共にバーサーストに待機している部隊と合わせれば討伐部隊は総勢百三十人になる。


「捕えた男の話によると、集結している野盗団の人数は二百を優に超えるとのことです。もっと大規模な討伐隊を組織した方が良いのでは?」


 ヨスの進言にギアッツはかぶりを振った。


「大勢で動けばそれだけ奴らにこちらの伏兵に気付かれる可能性が高くなる。この機を逃せば、鼠のように逃げ回る奴らを捕えるのは当面難しいだろう。烏丸殿の立てた作戦通り、広場に誘ったところを取り囲んで殲滅させる。射撃部隊三十名と精鋭百名はそれに必要な最低限の数字だ」


 ギアッツは野盗団を欺くため、討伐部隊に商隊の格好をさせて偽装し、さらに霧降山脈に近づかないように街道を大回りして、襲撃の直前に北側からフレンネル入りするように指示していた。


 ヨスはギアッツの周到さに感心しながらも、かねてよりの疑問を口にした。


「しかし、烏丸殿は大剣豪とは言え、かなりのご高齢。たった一人でおとりとなり奴らを引きつけるなど大丈夫なのでしょうか」


「ヨスよ。それはもっともな質問に聞こえるが――」


 ギアッツは赤毛の顎髭を撫でながら、滅多に見せぬ笑顔で言った。


「烏丸殿の剣術をその目で見た者であれば、愚問と言うほかないな」





 そして襲撃当日。レイとロベルトが旅立った直後、商隊に偽装したエクベルト王国騎士団の精鋭百三十名はフレンネルに入った。


 九郎は住民の動揺から野盗団に計略が漏れるのを恐れて襲撃のことを一切話していなかったため多少の混乱は起きたが、町長の指揮の下、住民たちは荷物をまとめて全員、町はずれの柳下にある岩屋へと避難した。


 野盗団の再来はもちろんレイも知らない。彼がそのことを知れば自分も残って町を護ると言いだすのが目に見えているからだ。


 マッシュウ兄弟の狙いがレイの持つセント・クレドの魔剣である以上、九郎は一刻も早くレイをフレンネルから遠ざけた方が良いと考えていた。

 野盗団がセント・クレドを狙ってフレンネルを襲うのであれば、降りかかってきた禍をレイに代わってその身で受け止める覚悟だった。


 それに関してはロベルトも同意見で、九郎は彼にのみ事前に野盗団襲撃の情報を伝えていたが、町長もその可能性には感づいていたようだった。突然襲撃を知らされた住民たちが大きな混乱もなく短時間で避難できたのも、町長が大きな動揺を見せず的確な誘導したからだ。



 ヨスが率いる射撃部隊は空き家となった広場を囲む民家の二階に身を潜めていた。事前の打ち合わせでは、広場におびき寄せた野盗団を九郎の合図で一斉射撃することになっている。


 間もなく正午になろうかという頃。霧降山脈の方角から雄叫びと共に低い地鳴りのような音が近づいて来た。


 ヨスは広場の正面にある教会の鐘台の支柱を背に、迫ってくるその音を聞いていた。隣にいる彼の近習の見習い騎士は緊張と恐れからか長銃を持つ手が震えている。


「烏丸殿はたった一人で正面からあの大群を引き受けるのだぞ。物陰に隠れて狙撃するだけのお前が怖気づいてどうする」


 見習い騎士を叱咤して、支柱の陰から広場を窺う。野盗達は既に広場になだれ込んできており、九郎が身をひそめるケヤキの大木を前に辺りを警戒している。


 その先に起きた出来事はギアッツがヨスに言った愚問という言葉を証明するには十分すぎた。


 九郎はケヤキの大木に左右から近づいて来た野盗を鍔鳴りで二閃して倒すと、自ら野盗達の正面に身を現したのだ。


 あれだけの人数を前にその胆力や如何に。ヨスがその大胆さに驚愕していると、九郎は向かってくる騎馬の犬人と熊人をすれ違いざまに一刀で斬り伏せた。


 そして、続いて飛んできた矢を叩き落とすと、周囲の野盗達が一斉に斬りかかってきた。


 ヨス達、射撃部隊は二階の窓から密かに長銃を広場に向けて構える。野盗達は完全に九郎に気を取られて、自分たちに向けられた銃口に気付いていない。


 だが、九郎の合図は未だ出ない。九郎は飛んで来る弓矢を捌きながら横に走り、巧みに野盗達を広場の中央に誘い出していく。


 ヨスは集団の後方で次々に弓矢を打ち出している騎馬の小鬼の動きに警戒していた。確か「慟哭」の異名を持つユングニッケルと言う賞金首だ。

 

 その矢先、ユングニッケルが草笛を吹いたかと思うと、それに気付いた野盗達が一斉に後退を始めたのだ。そして、その後方でユングニッケルは鞭をしならせると馬を全速力で走らせ始めた。


 ヨスはその狙いに気付いたが、九郎に伝える手立てはない。九郎もすぐに小鬼の動きを察して駆けだしたが、騎馬の速力には及ばず背後を取られてしまった。


 高所から長銃を握る狙撃部隊の騎士達の手が汗に滲んだ。九郎は絶体絶命の状況だが、野盗達は広場の周囲に壁を作るように広がっており、今狙撃しても仕留めきれない。


 しかし、九郎は焦る様子もなく不意に刀を納めると、両手を袖に突っ込んで考え事を始めたではないか。


 その挑発に野盗達は一瞬歩みを止めたが、すぐに歩幅を大きくして前進を再開した。狭まる両者の距離に、狙撃部隊の騎士達は誰もが引き金に指をかけた。



 だが、彼らの力を込めかけた指先を九郎の動きが制した。九郎は身をひるがえすと背面の騎馬のユングニッケルに向かって駆けだしたのだ。


 そこからは一瞬の出来事だった。ユングニッケルは向かってくる九郎目がけて五本の矢を続けざまに放った。九郎にそれらが当たろうかという瞬間、高い金属音が響いたかと思うと、矢はすべて刀に巻き取られるようにへし折られて地面に落ちた。


 広場の野盗も潜んだ騎士も、誰もが唖然とする中、九郎から離れた場所にいたユングニッケルの上体が不自然に揺らいで、そのまま石畳の地面に落馬した。


 何が起きたのかは分からなかったが、それが引き金だった。後退していた野盗達は我を失って、九郎目がけて一斉に突進してきたのだ。


 狙撃部隊の騎士達はその雄叫びに緩んだ気を引き締め、駆けてくる野盗達に標的を定めた。


 彼らがちょうど広場の中央に到達しようという時、九郎の手が上がり、合図の声が響いた。


「――今じゃ!」


 ヨスは愛銃の引き金を引いた。


 数えきれぬほど聞いた銃撃音が彼の鼓膜を揺らし、鼻腔には嗅ぎ慣れた煙硝の匂いが流れ込んだ。


 隣の見習い騎士も見事に野盗を仕留めたようだ。興奮した手つきで次弾をカルカで銃身に込めている。


 エクベルト王国騎士団銃撃部隊長ヨス・ロペラはその様子を横目で見ながら、既に弾の込められた銃口を広場に向けた。


 そして、九郎に負けぬように精一杯の声を張り上げた。


「――次弾、撃てぇッ!!」




 彼らはこの日の戦いを決して忘れることはないだろう。その身を挺して我が町を野盗達から護った大剣豪の雄姿と共に。


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