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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第八話 埋伏の計

 マッシュウ野盗団の二度目のフレンネル襲撃から遡ること十日。


 場所はフレンネルから霧降山脈を越えた隣街、バーサースト。


 あと一刻もすれば霧降山脈の山裾から陽が昇るだろうか。しかし、今は夜のとばりが静かに街を包んでいる。


 街の門のすぐ脇にはレンガ造りの騎士団駐在所がある。その一番奥にある政務室。


 エクベルト王国騎士団バーサースト駐在部隊長のヨス・ロペラは、廃油ランプの薄ら揺らめく灯りの前で愛銃の手入れをしていた。


 王国騎士団の射撃部隊の長でもある彼がこのバーサーストに赴任してきたのは三ヶ月前。

 ここ数年、霧降山脈周辺の街道で商隊が野盗団に襲撃される事件が続発しており、その討伐を団長のギアッツから直々に命じられたのだ。


 首謀者と思しきはマッシュウ兄弟。熒術士である弟、バルバリッチャと魔剣使いの兄、カニャッツオが率いる野盗団。


 彼らは結成以来、エクベルト王国北部の野盗団を次々と配下に加えて、急速に力を増しており、その規模は騎士団も看過できないものになっていた。


 マッシュウ兄弟は狡猾だった。同じ商隊は二度と襲わず、時間も場所も毎回変える。配下の野盗団をおとりに騎士団をおびき寄せ、警備が手薄になった別の場所で大規模の商隊を襲撃したこともあった。


 彼らの襲撃は長くても三十分。それも現金や確実に金になる貴金属類を奪い、逃走の足枷になる重量のある商品には一切手を付けなかった。騎士団に追われても弓矢や銃で牽制するばかりでまともにやりあわず、地の利のある霧降山脈の森に逃げ込んでその追跡を撒く。


 現にヨスは過去三度、商隊への襲撃を予見し防ぎながら、そのいずれも彼らを逃してしまっていた。


 彼らのアジトは霧降谷の中にあるらしく、ヨスは何度か調査隊を派遣したが、深い霧に惑わされてまともな成果を挙げることができていない。


 彼が焦っているかと言われれば、それは決して否めないだろう。


 前日もマッシュウ兄弟配下と思しき野盗団に純香精油エーテルオイルを輸送する商隊が襲撃されたという報が入っていた。幸い、財力ある商会が荷主だったようで警護の傭兵を雇っており、彼らが応戦して略奪を免れたようだが、それはそれで騎士団の面目が立たない。


 しかし、彼の部下は良くやってくれている。責められるはずもない。それに今回のように野盗団の襲撃を警戒して傭兵を雇う荷主も増えてきており、奴らの仕事が確実にやりにくくなりつつあることは確かだ。

 純香精油エーテルオイルなどという高価ではあるが重く、現金化するルートも限られているような商品を輸送する商隊を襲ったのも、今まで襲撃していた宝石類や装飾品などの輸送隊の警戒が厳しくなっている結果だろう。


 それに、その目先を変えた襲撃でさえ傭兵に撃退されている。奴らの襲撃はここ最近失敗続きだ。かならず近いうちに痺れを切らして、マッシュウ兄弟自ら大仕事に動くはず。今はそのための情報収集が重要だ。何も焦る必要はない。


 ヨスがこんな夜明けに銃の手入れを始めたのは、心を落ち着かせるためでもあった。


 彼が使う銃は前装銃マズルローダーという、銃口部からカルカと呼ばれる鉄棒で弾丸と弾薬を押し込んで装填する方式の長銃である。火縄銃やマスケット銃はこの前装銃に当たる。


 この時代、ガスフォボス帝国において着火機構に赤燧石フリントロックのレバーアクションが開発され、引き金操作での弾薬の排除が可能となり、連射性が飛躍的に向上したことから、各国の騎士団で標準装備化されている。


 長銃の手入れは、最初に台木から銃身を分離し、銃身の後方を塞いでいるネジ式の尾栓を外す。

 次に熱湯を張った木桶に銃身を浸し、ネジ山に詰まった黒色火薬の残滓をブラシでこすり流す。銃身内部を洗い流し、鹿革セーム布で銃身を軽く拭き、カルカの先端に鹿革布を巻き付け、銃身に押し込んで内部の水分をふき取る。

 

 最後に鹿革布に羊毛脂ラノリンの防錆油を染み込ませて、カルカで銃身に通す。銃身の外側にも薄く防錆オイルを塗って、再度組み立てる。



 この作業はヨスが見習い騎士だったころからずっと毎日続けている。部隊長という肩書を得て、近習の騎士付きという身分になった今でも、他人に自分の愛銃を触らせたことはない。


 それはこの銃が彼の身を立て、そして数々の困難から守ってきたという思いがあるからだ。


 銃身を組み立て、引き金の稼働具合を確認していた時、部屋の扉を荒々しくノックする音がして、ヨスは顔を上げた。


「た、隊長…!」


 彼の返答も待たずに息を乱して駆けこんで来たのは、門の外で寝ずの番をしているはずの見習い騎士だった。


「大変です、フレンネルがマッシュウ野盗団の襲撃を受けたと! ――今、町の者が救援を求めて来ています!」


「何だと!」


 ヨスは思わず手にした長銃を落として立ち上がった。


 マッシュウ野盗団は商隊の襲撃がほとんどだ。まして今まで町を襲ったことなどない。


 そこまで追い詰められていたのか。しかし、なぜフレンネルの町を? 襲撃の規模は? 町の住人の安否は? 救助の部隊を結成するだけの馬の数があるか? 騎士団本部への援護要請は伝書鳩で間に合うのか?


 予想外の事態に脳内を思考が錯綜する。しかし、その思考を見習い騎士の背後から別の声が遮った。



「まったく、人の話は最後まで聞くものじゃぞ。お若いの」


 振り向く騎士の肩越しに見えたのは白髪を頭の後ろで束ねた老人の顔。


 若干の呆れを含んだ苦笑いを浮かべたその表情を見て、ヨスは自分の部下が早とちりをしたのだと幾分か冷静さを取り戻して、咳払いを一つしてから老人に言った。


「ご老人、ここでは何ですので話は詰所の方で伺わせていただきます」





 しかし、詰所で老人から聞いた話はヨスを再び驚愕させるには十分な内容だった。


 マッシュウ兄弟の弟、バルバリッチャが三十人の手下を率いてフレンネルを襲撃。しかもそれを全員返り討ちにしたというのだ。


 バルバリッチャは片腕を失って逃亡、討ち取られた数人を除いた他の野盗二十人余りを捕縛してあるので引き取りに来て欲しい、と老人は出された熱いお茶をすすりながら事も無げに言った。


 ヨスはしばらくの間、老人の話の虚実を判断しかねて返答することができなかった。


 彼はこの老人を何度か街で見かけたことがあった。バーサーストの町長とも旧知のようでフレンネルの住人であることに間違いはないだろう。


 しかし、バルバリッチャを含む野盗達を撃退したのが老人の弟子の少年だというのは俄かに信じ難い。バルバリッチャの魔術の腕には騎士団も手を焼いており、追撃の際に奴の放った火炎弾で負傷した騎士は少なくない。中にはその傷がもとで死んだ者もいる。


 だが、老人の眼に嘘を言っているような淀みはない。ヨスは老人の言をひとまず信用することにした。


 そして至急、団員達を叩き起こして護送の馬車と警護の兵を手配しようとしたが、老人は陽が昇ってからで良いという。


 それよりも紙を貸してくれと老人は言うと矢立てから筆を取り出して、すらすらと手紙を書き始めた。



 差し出された手紙を読んで、ヨスはさらに驚いた。


 宛名はエクベルト王国騎士団長、ギアッツ・ヘイダール。


 そして差出人にはかつて世界三強の剣士と呼ばれた、烏丸九郎の名があった。


 思わず老人の顔と手紙の宛名を交互に見やるヨスだったが、続いて書かれている手紙の内容はさらに彼を困惑させるものだった。


「これは…」


「埋伏の計じゃ」


 手紙から顔を上げたヨスに九郎は自信に満ちた表情で返答した。

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