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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第四話 来訪者

 彼らは先回りして、町の入り口近くの街道までやって来た。


 滅多に客人のない、丸太を繋ぎ合わせただけの町の門はふてくされたように草むらに両足を突っ込んで、だが何も言わずそこに佇んでいる。


 その額の薄っぺらの板には、ここを通る者のほとんどに意味を成さない白いペンキ文字が「ようこそフレンネルへ」と皮肉るように丁寧な書体で書かれている。


「ここで待ってれば大丈夫だな」


 レイはそう言うと、道の脇の草むらをかき分けて、草が一番生い茂っている辺りにしゃがみ込んだ。


「……何で隠れるんだ?」


 ジルは白い目でレイを見下ろしたが、彼は手前の草を薙ぎ倒して、視界の確保に余念がない。


「何で隠れるんだって、あんまり近くからジロジロ見たら失礼だろうが。だから距離を置いて観察するんだよ。それにこんな田舎町に一人でやってくるなんて怪しいしな。お前も早く隠れろ」


 正しいのか正しくないのか微妙な理由でジルを草むらに引きずろうと、腕をぐいぐい引っ張る。


「なんで、そんなアホらしいことせにゃあならんのだ。離せ、コラ」


 と、レイの顔を足蹴にして抵抗する。


「まま、そう言わずに隠れろ…って、なにげに関節技に移行すんな。――っ痛ててて、頚動脈きまってるって!」


 小競り合っていると、街道と空の境目に人の頭が現れた。


「お、来た」

「よし、隠れろ」


 目をそらした隙にレイは首固めから脱して、上からジルの頭を押さえつけて強制的に地面に伏せさせた。


「しまった、油断した…」


 ジルは舌打ちをしながら、仕方なく草の間に頭を伏せる。


 人の姿は、手前の坂を上りきってほとんど全身が確認できる。今飛び出したら、それはもう露骨に怪しまれる。


「……ほら見ろ、俺が言った通りの格好だろ。思ったよりさらにでかいけど」


 レイが馬鹿に声を潜めて言う。


「お前の視力が人間離れしてるのは分かったよ。にしても商人て格好じゃないよなあ。荷物の一つも提げてないし」


 つられてジルの声も低くなる。

 向こうから街道を歩いてくる人物は、控えめに見ても身長二メートル、レイの言う通り、羽毛の派手な襟飾りのついた黒革のコートを羽織っている。

 銀色の髪はボサボサで、短くなった煙草をくわえた口の下に無精ひげを生やしている。年齢は三十代の半ばといった感じだ。


「……むう。見れば見るほど怪しいな。なんつーか、怪しさが全身から溢れ出てるぞ」


 何故かレイはうれしそうに言う。


 男の足下に目をやると、ズボンの裾はびりびりに破れている。くわえ煙草といい髪形といい無精ひげといい全体的にだらしない格好だが、瞳だけは獣のように鋭い。


「旅人かな……。でも、それにしては派手だな」


 ジルは知っている限りの職業を思い浮かべたが、その来訪者の格好に当てはまるものはない。


「――分かったぞ。おそらくあいつは『黒系の服愛好会』の会員ナンバー057番で、より黒っぽい服を求めて世界中を旅しているはずが、極度の方向音痴であったがためにこの町に迷い込んできたんだ。とにかくそういう系統の人間に違いねえ……」


 レイはごくりと唾を呑み込んで、訳の分からない妄想に一人興奮している。


 ふと、大男が立ち止まる。そして、彼らが隠れている草むらの方を数秒凝視してから、煙草を口から離して煙を吐いた。



「お前ら何してるんだ、そんな所で」


(げ、ばれた……)


 ジルが焦っていると、いきなりレイが立ち上がった。彼の突拍子な行動は予測できない。


「おっさんこそ、何の用だ。こんな町に」


 突然のレイの無礼な問いに、男は面倒くさそうに、ボサボサの頭をかきながら答える。


「俺はニコラ・スタールって人に用事があるんだよ。お前ら知らないか? それより、おっさんって呼ばれるような年齢じゃないぞ、俺は」


 ジルは草の陰から冷や汗をかきながらその状況を見ていたが、レイは自分より頭三つ分以上大きい男に怯む様子もない。


「ん?ニコラ、って町長のことか。そういや客人が来るとか何とか言ってたな」


「町長…? ほう、あいつ、町長なんかやってんのか。――似合ってないだろうな」


 大男は笑いながら煙草をくわえ直す。


「ちょうどいい。お前ら、その町長の家まで案内してくれよ。どうせ暇なんだろ、そこのまだ隠れてる奴も」


 男が見つけてくれたおかげで、ジルはようやく立ち上がることができた。


「別にいいけど、おっさんどこから来たんだ」


 レイはまだ聞き足らないらしい。彼の視線は見慣れぬ来訪者の全身を頭から足の先まで、何度も往復している。


「なんだ、ここは検問かよ。俺はミクチュアからだが、それがどうした」


「ええっ、ミクチュアって王都ミクチュア? そんな遠い所から来たのか」


 後ろから出てきたジルが驚いて聞き返す。



 ラテライト、即ち『赤土の大陸』のミクチュアと言えば赤土の王国連盟(ラテライト・キングダム)の王都で、大世界連盟や赤土の魔術士同盟(ラテライト・ウィザーズ)の本部がある世界の中枢部だ。


 このアイオリス大陸からは世界の裏側にあたり、ここフレンネルから言うと、霧降山(きりふりやま)を越え、バーサーストの町、首都オークルオーカーを経て、南西の港町ロードシェルから船でこの大陸を三つに引き裂くアルルード山脈で隔たれた隣国ブレイナー王国のエリトンまで行き、そこでラテライト大陸行きの船に乗り換える。


 さらにラテライト大陸のサンサンスから陸路でフェームタウンまで行き、そこからこの世界で唯一の鉄道、『栄光の路(グロリア・ライン)』に乗り、ようやく王都ミクチュアに至る。

 日数で言えばどんなに急いでも数カ月はかかるだろうし、旅費も馬鹿にならない。


 この世界が開拓されてから久しいとはいえ、多くの一般人は未だ中世に片足を突っ込んでおり、その行動範囲はせいぜい自分の大陸内にとどまっている。ほとんどの人里は街道で結ばれてはいるが、呑気に旅行ができるほどの治安は確立されていない。


 特に彼らのような周囲を山に囲まれた田舎町に住んでいる者にとって、遙か遠くの大陸の話など、噂程度のことしか耳に入らぬ夢想の蜃気楼に過ぎない。


「そうだ。王都以外にミクチュアがあるかよ。面白い奴らだな。この町はそんなに人の往来がないのか」


「田舎で悪かったな。ここには週に一度か二度、気まぐれな行商人が来るくらいだよ。それに外からものが入って来なくても、ここで必要なものは殆どここでまかなえるからな。特におっさんみたいな怪しい格好の人は初めて見たぞ」


 レイはそう言い返して、再び男の全身を見回す。


 男は彼の目線を気にしてか、自分の羽織っている黒いコートを見下ろした。


「ん、この格好がそんなに珍しいか?まあ、ここらじゃ少し派手だとは思うが、これぐらいの革製品は山を越えれば売っているだろ…って、おっさん、おっさんて呼ぶな。俺はまだ二十七だぞ。おっさんとか呼ばれる年齢じゃねえ」


「――す、すげえ、その顔で二十七……。さすが世界は広いな…」


「お前ら――」


 後ずさりしながら歩き出す二人の背中に、男は少々の怒りを覚えながらも、その後に従うことにした。

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