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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第七話 エクベルト王国騎士団

 九郎が倒した野盗は亜人三人を含めて十九人。しかし広場にはまだ二百三十人以上の野盗が残っている。


 それらが一気に九郎目がけて殺到して来たのだ。その突進力は凄まじいものがある。


 しかし彼らが駆けだしてすぐ、九郎が大声を上げた次の瞬間、上方から別の大きな音が連続して響いたかと思うと、集団の一番前列を走っていた十数人がバタバタと一斉に倒れた。


 周囲に鼻をつく煙硝の臭いが立ち込め、盗賊達は顔を上げた。


 彼らの目に飛び込んできたのは陽の光を反射して光る銃口の輪郭。


 広場を囲む民家や商店の二階の窓から、野盗達を狙って三十丁余りの長銃が向けられていたのだ。


 長銃を構えるのは、無数の鋼板を鱗のように繋ぎ合わせた薄片鎧ラメラアーマー金属篭手ガントレットを装備し、右腕にいななく一角獣の紋章が刺繍された腕章を付けた男達。



「――次弾、撃てぇッ!!」


 野盗達がその事実を認識し行動を起こす前に広場の正面、教会の鐘台から声が響いて、三十の銃口が再び火を噴いた。


 激しい射撃音と悲鳴が錯綜してこだまする。


 ある者は肩に銃弾を受けて後ろのめりに、ある者は無防備な背中を撃たれて前のめりに倒れる。


 弓を持った野盗は反撃しようと矢筒に手を伸ばしたが、矢を引き抜く前に空いた胸元を撃たれて崩れ落ちる。短銃を手にした野盗達は家屋の二階目がけて必死に引き金を引くが、それに構わず四方八方から容赦なく飛んで来る銃弾を浴びて銃を落とした。


 それは火薬を惜しんで切り札的に使われる野盗達の銃撃とは違い、日々訓練された者たちが行う精密な射撃。二階の窓から覗く長銃も、使い古して錆びた野盗達のそれとは違い、丁寧に整備されて銃身はもちろん、台木まで光沢を放っていた。



 次々に倒れていく仲間を見て、野盗達は大混乱に陥った。彼らは銃弾から逃げ場を求めて、折り重なりながら我先にと広場の入口や民家の間の通路へと走り出す。


 しかし、逃げ出した者たちの足もすぐに止まることになる。


 目指している通路や広場の入口から、全身甲冑プレートアーマーに身を包み、騎士剣を帯刀した兵士達が、ぞろぞろと現れたのだ。彼らも皆、右腕にいななく一角獣の紋章が刺繍された腕章を付けている。


 その数、百人。


 ざっ、ざっ、ざっという鉄靴が石畳に擦れる規則正しい足音と共に、訓練された動きで陣を展開した兵士達は、四方に散り散りになって逃げようとする野盗達を牽制しながら、あっという間に広場の中央に追い詰めて取り囲んだ。


「くそっ、王国騎士団だと!」


「まさか待ち伏せされてたって言うのかよ!」


「誰だ、騎士団に情報を流した裏切り者は!!」


 じりじりと後退しながら背中合わせに武器を構える野盗達は、口々に悲痛な叫びや恨み節の声を上げる。



 ざわめきの中、不意に野盗達を取り囲む陣の中央が開けて、馬に乗った一人の騎士が現れた。


 ひと際立派に金属の打ち出しによる凹凸の装飾が施された溝付甲冑フリューテッドアーマーを身に着け、巨大な白銀の馬上槍ランスを手にしている。


 騎士は陣形の最前列で馬を止めると、全頭兜バーゴネットのスリットの空いた面当てを片手で上げて、じっくりと野盗達を見渡しながら言った。


「ご機嫌如何いかがかな、我が王国北部に巣食う悪党ども」


 齢は四十五を越えたくらいだろうか。彫りの深い顔立ちに口元全体を覆った立派な赤毛の顎髭を蓄えた壮年の男性。その顔に刻まれた無数の傷跡が彼の戦歴を物語っている。


「ありゃあ、騎士団長のギアッツじゃねえか…!」


 あらわになった顔を見て、一人の野盗が驚愕する。その名を聞いた周りの野盗達にもどよめきが起こった。


 エクベルト王国騎士団長、ギアッツ・ヘイダールと言えばこの王国の子供から老人まで知らぬ者はいない。

 その敵に対する苛烈さから「炎将ギアッツ」の通り名を持つ馬上槍の達人で先代から王国に仕える忠臣、特に彼らエクベルト王国の野盗からは天敵として最も恐れられている人物である。



「わざわざ足労をかけて、大勢お集まりのところ実に申し訳ないが」


 ギアッツはその険しい表情を崩さぬまま、馬鹿丁寧にへりくだった口調で続けた。


「貴様らの悪行をここで終わらせることと相成った」


 そして、馬上槍の石突を地面に勢いよく突き立てると、かっと目を見開いて一喝した。


「今日、この場所が貴様らの墓場と知れ!!」


 空気まで震えるような大音声だいおんじょうに野盗達は首をすくめる。


 しかし、そのすぐ後に、ギアッツに負けぬほどの大声が彼らの後方から響き渡った。


「――てめえら、うろたえるな!!」


 彼らが振り返った視線の先には、同じく黒馬に跨り、亜麻布リンネルの覆面をした大柄な男の姿があった。


「まだ数はこっちが倍近いんだ。騎士団を恐れて野盗がやっていけるか!」


 啖呵を切った男は、血走った眼で馬上から部下を見渡しながら続けた。


「見ろ――俺には切り札がある!」


 男は鉄黒色の外套をはだけると、懐から鞘に収まった幅広の短剣を取り出して掲げた。

 それを一斉に見上げる野盗達の顔に落ち着きが戻り、そして目には再び殺気が湧きがっていく。


 一人の野盗が己を鼓舞するかのように雄叫びを上げると、周りにいる者たちも次々に武器を天に突き上げて呼応し始める。



「あれが噂に聞く首領か。この期に及んでまったく往生際の悪いことよ」


 ギアッツは憎々しげに言葉を吐いて全頭兜バーゴネットの面当てを閉じると、背後にたたずむ九郎に声をかけた。


「烏丸殿、後は我々にお任せ下され」


 彼らはこの国の正規軍だ。国民を我が手で守ってきたという矜持きょうじと誇りがある。九郎は彼らの立場を理解して静かにうなずくと、血振りをして刀を鞘に納めた。



「――抜剣!!」


 ギアッツの掛け声とともに、騎士団員が一斉に剣を抜く。整列した百の全身甲冑プレートアーマーの円陣は圧巻と言う以外の表現はない。


「行くぞ野郎ども!」


 それに応じて、覆面の男も腰の長剣を抜いて叫ぶ。野盗達は完全に戦闘意欲を取り戻し、目の前の天敵を屠るべく、その眼は殺気にたぎっている。


「エクベルト王国騎士よ! 一角獣の紋章の誇りにかけて、一人残らず討ち取れいッ!」


 百人の騎士たちが騎士剣を顔横に構えて、揃った歩調で陣の輪を狭め始める。


「奴らを潰せば、この国は俺達の物になったも同然だ! マッシュウ野盗団の底力、見せ付けてやれ!」


 野盗達はそれぞれ手にした武器を振り被ると、迫ってくる騎士達に向かって雄叫びを上げながら突進していく。



 数えきれぬ剣戟が響き渡り、両者は真正面から衝突した。


 こうして、エクベルト王国戦史にその名を残す「フレンネルの戦い」の火蓋が切って落とされた。

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