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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第五話 マッシュウ野盗団、再び!

 霧降山脈の裾野の森から轟音と共に土煙が迫ってくる。


 普段は閑散とした街道は駆けてくる人馬で道幅から溢れるほどに埋め尽くされ、道端に生えた草花は次々にその数えきれない足に踏み潰されていく。


 集団の先頭にはひと際、身体の大きな男が跨る黒馬がある。


 風にひるがえる鉄黒色の外套にくすんだ草色の上衣。さらにその下にはチェインメイルを着こんでいるのだろう。乗馬の振動で金属の擦れ合う音が響く。

 男の顔は鼠色の亜麻布リンネルで覆われ、ぎらぎらとした目だけが覗いている。



 その後に続く徒歩かちの者、騎馬の者、いずれの者も手には剣や斧、槍、様々な武器が握られている。


 朱で塗られた長弓を背負った小鬼ゴブリン、刀を両脇に一本ずつ差した黒い毛並みの犬人グラッフィア、身の丈ほどもある金砕棒を担いだ熊人ビヨルン

 大半は人間ヒューマンだが、騎馬の中には亜人の姿も交っている。彼らは殺気立った雄叫びを上げながら街道を駆け抜けていく。


 集団の向かう先は街道の行きつく小さな田舎町、フレンネル。

 その入口に「ようこそフレンネルへ」と書かれた看板の掲げられた木の門が、この緊迫した空気の中でやけに場違いで滑稽に見える。


 荒ぶる集団はもうその目と鼻の先まで迫っていた。


「いいか、お前ら。金髪のガキを探せ!」


 黒馬に乗った覆面の男が振り向きながら声を荒げた。


「そいつが目当てのお宝を持っている。――他の住人は皆殺しにしても構わん、とにかく金髪のガキを見つけ出せ!」


 その声に後方に続く者たちは一層大きな雄叫びを上げる。


 彼らは門を潜り抜けると、街路樹が左右に植わった石畳を駆け抜け、勢いそのままに町の広場へと殺到した。


 しかし、広場の中央近くまで来た時、先頭を走っていた黒馬がいななきながら急停止した。



「――誰もいねえ…?」


 同じく手綱を引き、その隣に並んだ犬人が周囲を見渡しながら呟いた。


 また昼間にもかかわらず、広場はがらんどうとしていた。人っ子ひとりいない。石畳に吸い込まれる音は荒々しく駆けてくる後続の徒歩の男たちの足音だけだ。


 広場を囲む二階建ての商店や、先の襲撃で一部崩れ落ちた建物が何も言わず彼らを見下ろしている。商店の店先はすべて畳まれ、民家の扉は一様に閉ざされている。


「まさか、もう逃げやがったのか?」


 犬人の耳がピンと外側に向いて周囲の音を集めようとするが、彼の耳に自分たち以外の者が発する音は入って来ない。


「いや、住人全員が逃げ切るには、いくらなんでも早すぎる」


 犬人の後ろから朱塗りの長弓を背負った小鬼の男が怪訝な声を発した。


 小鬼ゴブリン鬼族アスラの中で最も小柄な眷族だ。背丈は人間よりわずかに低く一見身なりも人とほとんど変わりないが、額に生えた短い二本の角と口の端から飛び出した鋭い犬歯、そして大きな瞳が特徴だ。彼らには他の鬼族が誇る圧倒的な体格と腕力はないものの、人間以上に器用な手先と優れた視覚を持っている弓の名手である。


 小鬼はその大きな瞳で、犬人と同じく周囲に視線を巡らせていたが、不意にある一点で止まった。小鬼はその一点から視線を動かさぬまま首を傾げると、緩慢に背中の矢筒に手を伸ばした。


 彼の指が矢羽に触れたかと思うと、流れるような動作で矢が抜き取られて一瞬で弓につがえられ、矢が風を裂いた。


 弓矢が乾いた音を立てて突き刺さったのは、広場のちょうど真ん中にある、焼け焦げて半分に折れたケヤキの大木の幹。


 広場の半分を埋め尽くした男たちの視線が一斉にそこに集まる。


「出てこい、それで隠れているつもりか?」


 焼け焦げた大木に声をかけるが、何の反応もない。ただ、焼け残った幹にわずかに付いた葉の数枚が風に揺れただけだった。


 小鬼は徒歩の配下に視線を下ろすと、顎をしゃくって様子を見てこいという仕草をした。長剣と斧を構えた二人の野盗が、左右から回り込むように大木に近づく。


 大木の真横、その裏側を窺えるかという距離まで近づいた瞬間。


 ほとんど同時に二つの短い悲鳴が聞こえたかと思うと、二人の野盗は武器を構えたままの恰好でそれぞれ肩口から血しぶきを吹き上げて倒れ込んだ。


 大木の大きな陰の内からゆっくりと人影が伸び、そのあとに影の主が大木の裏側から姿を現した。


「これはまあ、随分、大勢の揃いじゃな」


 散歩の途中で出会った友人にでも声をかけるように悠長な口調で野盗達を見回すのは、一人の老人だった。


 使い古されて色あせた藍染の道着に袴。腰に帯びているのは白糸巻鞘しろいとまきさやの刀。後頭部で束ねられた白髪。顔に深く刻まれた皺は古木の年輪のようだ。


「お前ら、待て!」


 出てきたのが非力そうな老人と見るや、斬り殺そうと駆けていく幾人かの野盗を馬上からの声が制した。


「うかつに近づくな。そのジジイ、只者ただものじゃねえ」


 声は黒毛の犬人のものだった。彼は興味深そうに口の端を歪めて、老人の腰に差された刀を見下ろしている。


「今の技、『抜き』だろ? それも左右に二撃、刃筋すら見えねえ程、恐ろしく早い抜きだ。こんなところでナカツ剣術の使い手に出会うとは面白い」


 犬人の視線は獲物を見つけた狼のように、老人に向けて鋭い殺気を放っていた。


「俺がやる。――おい、タシターン」


 犬人の声に進み出たのは熊人。犬人と同じく馬に騎乗し、身の丈ほどもある金砕棒を担いでいる。


 熊人ビヨルンは犬人と同じく人獣ガルーに属する、熊の頭に人の体を持つ種族である。熊を祖先とするその強靭な肉体、岩をも素手で砕く腕力を有するが、その外見とは裏腹に基本的に性格は温厚で、自らに厳しい規律を課して深い森に棲む隠者と言われている。


 本来は東方帝国ユジノステイツ以外ではほとんどその姿を見ないはずの種族であるが、祖国から離れたこの国で野盗などをやっているということは、彼は隠者の規律を守れずに堕落したはぐれ者なのだろう。

 しかし、彼らの全てに言える特徴は一様に無口だということだ。


 古西語バベル寡黙タシターンと呼ばれた熊人は、その名の通り無言のまま淀んだ視線を九郎に向けた。


「俺の名はヘザー。賞金首、黒狼のヘザーと言えばお前も聞いたことがあるだろう」


 犬人は言いながら両脇の鞘から二本の刀を交互に抜き放つ。そしてそのうちの一本を九郎の方へと突きつける。


「その腰に下げた刀も中々の名物だろう。かつては名の知れた剣士と見た。あんたの名を聞こう――」


「――のう、お主らに『恐れ』はあるか」


 話を遮る不意の九郎の問いかけに、犬人は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「時間稼ぎのつもりか? 俺は名を名乗れと言ってるんだ」


「わしの名など知ってどうする。お主が武人の名乗り合いの真似事をしたいのならば、わしの問いに答えて見せよ」


「恐れ、だと? ――はっ、そんなもんは弱者の甘えさ。俺に恐れなど無え!」


 自信たっぷりに言い放つ犬人に、九郎は落胆した様子で浅いため息をついた。


「手錬れとは言え、所詮、心は未熟者か。武人でもないただの野盗に名乗る名など持ち合わせておらぬ」


「ッ―――ふざけやがって!」


 犬人は叫ぶと同時に馬の腹を踵で蹴った。高いいななきと共に馬が九郎へと駆け出す。熊人の乗る馬もそれに続いて駆けだした。


「冥途の土産に知るがよい」


 九郎は言いながら腰の刀を鞘ごと帯から抜いて脇に構えた。草鞋が石畳の上を擦る。駆けてくる二頭の馬はもう三メートル手前まで近付いている。


 犬人と熊人は九郎を挟むように馬を進めると、片手で手綱を強く握り、それを支点にして九郎の方へ身体を大きくかしいで武器を構えた。


 突進の勢いを乗せて刀と金砕棒が同時に薙ぎ払われる。


 ――しかし、九郎は未だ動かない。玉鋼の薄い刃と太い八角棒に穿たれた鉄鋲がその眼前にまで迫る。


「恐れを知らぬことが、お主らの敗因じゃ」


 九郎の右手が柄にかかった刹那、白刃が空間を横一文字に裂いた。

補記:「熊人」のルビが小さくて「ビコルン」にしか見えませんが、正確には「ビヨルン」と書いております。

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