第五話 マッシュウ野盗団、再び!
霧降山脈の裾野の森から、轟音とともに土煙が迫ってくる。
普段は閑散とした街道は、駆けてくる人馬で道幅から溢れるほどに埋め尽くされ、道端に咲いた草花は数えきれない足に次々と踏み潰されていった。
集団の先頭には、ひと際身体の大きな男が跨る黒馬がある。
風に翻る鉄黒色の外套、くすんだ草色の上衣。さらにその下にはチェインメイルを着込んでいるのだろう、乗馬の振動に合わせて金属の擦れる音が鳴る。
男の顔は鼠色の亜麻布で覆われ、ぎらぎらとした目だけが覗いていた。
その後に続く徒歩の者も騎馬の者も、手には剣や斧、槍――様々な武器を握っている。
朱で塗られた長弓を背負う小鬼。
刀を両脇に一本ずつ差した黒い毛並みの犬人。
身の丈ほどもある金砕棒を担ぐ熊人。
大半は人間だが、騎馬の中には亜人の姿も混じっている。殺気立った雄叫びが、街道を引き裂くように続いた。
集団の向かう先は、街道の行き着く小さな田舎町――フレンネル。
入口に「ようこそフレンネルへ」と書かれた看板を掲げた木の門が、この緊迫の中ではやけに場違いで滑稽に見える。
荒ぶる集団は、もう目と鼻の先まで迫っていた。
「いいか、お前ら。金髪のガキを探せ!」
黒馬に乗った覆面の男が振り向きざま怒鳴った。
「そいつが目当てのお宝を持っている。――他の住人は皆殺しでも構わん。とにかく金髪のガキを見つけ出せ!」
後方の者たちは、一層大きな雄叫びで応えた。
門を潜り抜けた彼らは、街路樹の並ぶ石畳を駆け抜け、そのまま勢いよく町の広場へと雪崩れ込む。
だが、広場の中央近くまで来た瞬間――先頭の黒馬が嘶き、急停止した。
「――誰もいねえ……?」
手綱を引き絞り、隣に並んだ犬人が周囲を見渡して呟く。
真昼だというのに、広場はがらんどうだった。人っ子ひとりいない。
石畳に吸い込まれる音は、荒々しく駆け込んでくる後続の足音だけ。
広場を囲む二階建ての商店や、先の襲撃で一部崩れ落ちた建物が、無言で彼らを見下ろしている。店先はすべて畳まれ、民家の扉は一様に閉ざされていた。
「まさか、もう逃げやがったのか?」
犬人の耳が外へぴんと向き、周囲の気配を拾おうとする。だが、自分たち以外の音は入ってこない。
「いや、住人全員が逃げ切るには――いくらなんでも早すぎる」
後ろから、朱塗りの長弓を背負った小鬼が怪訝そうに言った。
小鬼は鬼族の中でも小柄な眷族で、角と犬歯を持つ弓の名手だ。
その大きな瞳が周囲を舐めるように走り――不意に、一点で止まった。
小鬼は視線を動かさぬまま首を傾げ、背の矢筒へ手を伸ばす。
指が矢羽に触れた瞬間、流れるような動作で矢が抜かれ、弓につがえられ――矢が風を裂いた。
乾いた音。矢が突き刺さったのは、広場の真ん中にある焼け焦げ、半ば折れたケヤキの大木の幹だった。
広場を埋め尽くした男たちの視線が、一斉にそこへ集まる。
「出てこい。それで隠れているつもりか?」
返事はない。焼け残った幹にわずかに残る葉が、風に揺れただけだった。
小鬼は配下へ顎をしゃくり、様子を見に行けと合図する。
長剣と斧を構えた二人の野盗が、左右から回り込むように大木へ近づいた。
大木の真横――裏を窺える距離に入った瞬間。
ほとんど同時に、短い悲鳴が二つ。
二人の野盗は武器を構えたまま肩口から血飛沫を上げ、崩れ落ちた。
大木の濃い陰から、人影がゆっくり伸びる。
続いて、その主が裏から姿を現した。
「これはまあ……随分と大勢の揃いじゃな」
散歩の途中で友人にでも声をかけるような悠長さで、野盗たちを見回す。
現れたのは――一人の老人だった。
色褪せた藍染の道着に袴。腰の白糸巻鞘の刀。後頭部で束ねた白髪。深い皺は古木の年輪のようだ。
「お前ら、待て!」
非力そうな老人を見るや駆け出しかけた野盗たちを、馬上の声が止めた。
「うかつに近づくな。そのジジイ……只者じゃねえ」
声の主は黒毛の犬人だった。獲物を見つけた狼のような目で、老人の腰の刀を見下ろしている。
「今のは『抜き』だろ? 左右に二撃。刃筋すら見えねえほど速い。こんなところでナカツ剣術の使い手に出会うとは――面白ぇ」
犬人の口元が、愉悦に歪む。
「俺がやる。――おい、タシターン」
声に応えて進み出たのは熊人。犬人と同じく馬上で、身の丈ほどの金砕棒を担いでいる。
熊人は本来、規律ある隠者とされる種族だが――ここにいるのはその規律から逸れた者だろう。寡黙の名の通り、ただ淀んだ視線を老人へ向けた。
「俺の名はヘザー。賞金首、黒狼のヘザー――聞いたことがあるだろう」
犬人は両脇の鞘から二本の刀を交互に抜き放ち、そのうち一本を老人へ突きつける。
「その腰の刀も中々の名物だ。かつては名の知れた剣士と見た。あんたの名を聞こう――」
「――のう。お主らに『恐れ』はあるか」
不意の問いに、犬人は鼻で笑った。
「時間稼ぎか? 俺は名を名乗れと言ってるんだ」
「わしの名など知ってどうする。武人の名乗り合いの真似事をしたいのなら、わしの問いに答えて見せよ」
「恐れ、だと? ――はっ。そんなもんは弱者の甘えさ。俺に恐れなど無え!」
自信満々に言い放つ犬人に、老人は落胆したように浅く息をついた。
「手練れとは言え……所詮、心は未熟者か。武人でもないただの野盗に、名乗る名など持ち合わせておらぬ」
「ッ――ふざけやがって!」
犬人は叫ぶと同時に馬腹を踵で蹴った。嘶き。黒馬が老人へ突進する。熊人の馬も続いた。
「冥途の土産に知るがよい」
老人は腰の刀を、鞘ごと帯から抜いて脇へ構える。草鞋が石畳を擦った。
二頭の馬は、もう三メートル手前だ。
犬人と熊人は老人を挟み込むように馬を進め、片手で手綱を引き絞る。その支点で上体を大きく傾ぎ――武器を振り抜いた。
突進の勢いを乗せて、刀と金砕棒が同時に薙ぎ払われる。
――しかし老人は、まだ動かない。
白刃と鉄鋲の八角棒が、眼前へ迫る。
「恐れを知らぬことが、お主らの敗因じゃ」
右手が柄へかかった刹那。
白刃が、空間を横一文字に裂いた。




