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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第四話 ある不運な男の独白

 おれの人生は本当についていない。


 どこからついていないかと言うと、そうだ。


 最初からついていなかった。



 おれの名前はウーゴ。ウーゴ・イェーガーだ。生まれは鉱山の町マルサス。そう、あの鉄鉱石世界一の産出量を誇るルフォー鉱山のあるマルサスだ。


 父親は鉱山夫、母親は町の宿屋で働いていたらしいが、おれを生んだ時に死んだ。


 遺された父親は、まあ、今のおれが言えた義理じゃあないが、ろくでもない奴だった。飲んだくれで、酒乱の気があって、毎晩酔っぱらって帰ってきては意味もなくおれを殴った。


 まったく、どうしようもない奴だったが、おれが十の時に落盤事故にあって死んだ。おれは別に悲しまなかった。鉱夫仲間に家に担ぎ込まれてきた傷だらけの奴の青ざめた顔を見て、当然の報いだと思って逆に清々したくらいだ。


 独りになったおれを引き取ったのは伯父だったが、これもまた自分の息子たちが、身体ばかり大きくて鈍臭いおれをいじめているのを、大して興味のない見世物でも見ているかのようにせせら笑っているような、ろくでもない奴だった。


 そんな、ろくでもない奴らに育てられたおれも、同様にろくでもない奴になった。


 おれは十四になった夜、奴らの家に火を放って町から逃げた。

 五人の息子のうち、寝ていた何人か逃げ遅れて焼け死んだらしいとしばらく経ってから噂で聞いたが、別に何とも思わなかった。


 帰る場所を捨てたおれは、奴らの家から盗んだマモン金貨の袋を握り締めて、夜の街道を北へ向かった。行く場所はどこでもよかった。荒くれ者しかいないマルサスの町よりは、どこへ行ってもましだろうと子供ながらに下らない幻想を抱いていた。


 今思えば、おれが「希望」というものを感じたのは、唯一この時だったかもしれない。


 だが、その「希望」も二日で崩れ去った。町から追手が来るかもしれないと、街道を外れた森の中を歩いていたおれは運悪く、本当に運悪く、野盗たちに鉢合わせてしまった。


 抵抗したが子供の腕力でどうにかなるわけがない。おれは身ぐるみ剥がされて、金貨の袋も取り上げられてしまった。


 普通ならそこで捨て置かれるのだろうが、乞食のような格好をした子供が大金を持っていたのを不審がったのか、おれは野盗たちのアジトに連れて行かれた。


 首領は毛むくじゃらの熊人ビヨルンで、おれにどうしてそんな大金を持って森を歩いていたのか聞いた。


 唯一の「希望」を奪われたおれは、自分の命すらどうでもよくなっていて、伯父の家から金を盗んで火を付けて逃げてきた、どうせやるなら早く殺してくれと自暴自棄に言った。


 首領はその態度が逆に気に入ったらしく、おれはその野盗たちの下っ端として生かされることになった。


 何度か逃げようとしたが、そのたびに捕まって酷い折檻を食らった。半殺しにされかけた時もあったが、図体ばかり大きいおれの身体はそれなりに頑丈だったらしく、死ねずに逆に充分すぎる苦痛を味わった。そうしておれは、生きるために弱者を虐げることを徹底的に身体に教え込まれた。


 そして、十五の時に街道縁で夜営していた商人の一団を襲った時、おれは初めて自分の手で人を殺した。


 もう、おれは戻れなくなった。最初からまともな道など歩いていなかったのかもしれないが、脇道からも踏み外したおれは、野盗団の一員として生きるしかなかった。


 襲い、奪い、騙し、殺す。二十までにはひと通りの悪事はした。そのうちおれたちの野盗団も名が上がってきて、幾つかの他の野盗団を傘下に治めて規模も大きくなっていた。


 おれは下っ端ではなくなっていて、団内でもそれなりの地位を築きつつあった。


 ――だが、そこはついていないおれだ。そのまま上手く回るわけがない。


 中途半端に名の売れたおれたちは王国騎士団に目を付けられてしまった。アジトの情報を騎士団に売ったのはおれの部下のアントンだろう。騎士団がアジトに乗り込んできた時、奴だけいなかったのは多分そういうことだ。


 まったく、かわいがっていた部下にまで裏切られるとは、本当におれはついていない。


 おれたちは奮闘したが、所詮は野盗。正規軍の騎士団に勝てるはずもなく、首領は討ち取られ、おれたちは散り散りになって逃げた。数日間、昼間は森に身を潜め、夜陰に乗じてひたすら北へ逃げたおれたちは、やがて霧降山脈につきあたり、その裾野の森深くに薄暗い穴倉を見つけて、そこを仮の拠点とした。


 しかし、そこはすでに手が付けられた場所だった。近年、このエクベルト王国の裏社会においてその名を知らぬ者はいない、マッシュウ兄弟率いる野盗団の縄張りだったのだ。

 おれたちの野盗団は、騎士団に攻められた時に幹部連中のほとんどを討ち取られるか捕縛されており、皮肉なことに逃れて来た者の中で一番の古株は、最初は下っ端だったおれだった。


 おれは最古参として決断をしなければならなかった。このまま単独の野盗団としてマッシュウ兄弟と縄張り争いをするか、それとも奴らに許しを請うてその傘下に下るか。


 ――で、おれがどっちの道を選んだのかって? …はっ、言うまでもないだろ。相手はマッシュウ兄弟、弟は一流の魔術士で兄は魔剣を操る大野盗だぜ。おれらみたいな落ちこぼれが敵うわけがない。それにおれは自分のつきの無さは十分自覚しているつもりだ。そんな奴が上に立つ集団なんざ、ろくな目を見ないに決まってる。


 そうしておれたちはマッシュウ野盗団の傘下に入った。なに、やることは今までと何に一つ変わらない。

 自分よりも上の奴らの気に触れないように媚びへつらい、下の奴らを容赦なく蹂躙するだけだ。



 しかし、今回の仕事は今までとは違う臭いがする。おれの直感と言うか、不幸体質が拒絶反応をするのよ。


 聞いた話じゃあ、バルバリッチャ様の先鋒隊がやられたそうだ。隊三十人は壊滅、バルバリッチャ様も片腕を失ったと聞いた。

 バルバリッチャ様の魔術の腕はおれも良く知っている。今まであの火炎弾を食らって無事で済んだ奴はいなかったが、魔術を破るほどの訓練された傭兵でもあの町にいたのだろうか。


 だが、お頭はまだ諦めきれないらしい。それほどのお宝があの田舎町あるとは到底思わないが、おれたちに拒否権はない。襲えと言われれば襲い、奪えと言われれば奪い、殺せと言われれば殺す。それがおれたちの野盗の仕事だ。


 そんなわけでここ、フレンネルの町を見下ろせる切り立った断崖絶壁の上にお頭の命を受けた配下の野盗団が集結している。数でいえば二百五十は下らないだろう。


 周りの古株連中に聞いたところでは、こんなことはマッシュウ野盗団創設以来、初めての大仕事だそうだ。黒狼のヘザーに慟哭のユングニッケルなんて裏の世界で多少は名の知れた奴らの顔も見える。


 おれもその群れの中にいるわけだが……そうだ。


 なんでおれがこんな誰にでもなく独白しているかと言うとだ。


 呼んでるんだよ。お頭が。


 おれを。


 こんなに大勢いるんだ。誰か他にウーゴって名前の奴がいるかもしれないと思って周囲を見回したが、視線はおれに集まるばかり。該当者はどうやらおれだけらしい。


 何かしくじったことがなかったか。この前に商隊を襲撃した時の戦利品を少しばかりくすねたことか? しかし、あれは誰も見ちゃあいないんだ、ばれる筈がない。


 ――じゃあ、何だ? おれは図体ばかりはお頭並みにでかいが、それが気に食わねえと目でもつけられていたのか?


 くそ、いくら考えても正解はでそうにないが、そろそろ行かないとお頭の機嫌がまずいことになりそうだ。最近はただでさえ、感情の起伏が激しいからな、これ以上もたもたしているとあの恐ろしい魔剣でおれの首が胴体と永遠にお別れする羽目になりそうだ。



 お頭の乗る馬の前にひざまずくが、相変わらずとんでもないプレッシャーを感じる。こうべを垂れているから、視線が合うわけじゃあないがまるで上から鉄の重しで抑えつけられているようだ。


 もう一度、馬上からおれの名を呼ぶ声が降ってきて、同時にどっと噴き出た冷や汗が首筋を伝って顎から滴り落ちるのを感じる。


 お頭の声は上機嫌に続いた。


「お前は新参者ながら良くやってくれている。そこでだ――」


 おれは幾分か安堵してようやく顔を上げた。確かにその顔はわらっていた。しかし、おれが今まで見たことのないほどに歪んでだ。


 おれは顔を上げたことを後悔した。その嗤いと血走った眼の奥にあったのは狂気だ。そしてその右手にはあの魔剣が握られていた。


「褒美をやろう」


 お頭が右手を振り上げるのが見えたが、おれは恐怖でひざまずいたまま微動だにすることができなかった。顔からは汗が滝のように流れ落ちているだろうが、その感覚すらもはや自分のものでないかのようだ。



 おれは目を見開いたまま瞬きすらすることができず、目の前で起きることを他人事のように茫然と見ていた。



 ウーゴ・イェーガーは独白する。



 おれの人生は本当についていない。


 どこからついていないかと言うと、そうだ。




 最初から、最後まで、ついていなかった。


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