第四十四話 資格と適性
レイに魔剣について説明するのは一苦労だった。
彼を治療した老医は、セント・クレドのペンダントを「父親の形見だと聞いた」と言っていた。
ロベルトは二日前の夜、九郎にそのことを確認していた。
「……ふむ、その点に関してはわしも疑問じゃ。老医にそう説明したのはわしじゃが、妙なことにレイは、あれを見つけた瞬間から“父親の形見だ”と言っておる。彼の父親は、あれと似たような装飾品を身に着けていたのか?」
九郎もロベルトも、そのことについては分からない。
だが、もし本当にペンダントを身に着けていたのなら、その上司であったニコラがセント・クレドを手にした時点で、グリム・アイバーソンとの関連性に気付くはずだ。
いずれにしてもレイは幼少の頃、どこかであのペンダントを見た——ということになる。
だが、そこには大きな矛盾が生じる。
セント・クレドがあのペンダントに封印されてから、仮面の男がニコラに手渡すまで、ずっと連盟の管理下にあった。
遠く離れたアイオリス大陸のテト王立孤児院にいたレイが、そのペンダントを見ることなどあり得ない。
考えられるとすればひとつ。
主となるべき者を見つけたセント・クレドが、自らを身に付けさせるためにレイへ干渉し、「親の形見だ」と錯覚させている——という可能性だ。
レイにも、身に付けているペンダントが魔剣の“入れ物”に過ぎなかったことを説明し、改めて確かめた。
だが彼は、それがそんな物騒な代物だとは到底信じられないようだった。
しかも「父親の形見だ」という記憶はあっても、肝心の父親——グリム・アイバーソンについての記憶はまったくないと言う。
レイがセント・クレドの精神汚染を受けている可能性は高かった。
「いいか。古代兵器は持ち主を選ぶ。特に『魔剣』と呼ばれる類の古代兵器は意思を持っている。人格、と言った方が正しいかもしれんな。自分を最も理解する人物の心の深層に語りかけてくる。つまり、お前に剣の声が聞こえたってことは、剣がお前を資格所持者として認めたってことだ」
ロベルトは、首から下がったペンダントを手に取ってしげしげと眺めているレイに言った。
一般的に古代兵器と呼ばれている遺物は、大世界連盟によって危険度に応じた階級付けがなされている。
上から順にA、B、C、Dの四階級。さらに各階級は三段階に細分化される。
先にも述べた通り、売買や所持に制限がないのはD階級の遺物のみで、『聖弾』をはじめとする量産された魔法金属の銃弾や武具などがそれに当てはまる。
それ以上の階級の遺物は、所持に連盟の認可と所持者としての登録が必要となる。
目安として、C階級の遺物は固有品と呼ばれる一品物の武具で、何らかの特殊な効果が付与されたもの。
B階級は、そのうち殺傷能力が極めて高いもの。
最上のA階級は伝説級と呼ばれ、太古の伝承にも名が残るような武具が並ぶ。
C階級以上の古代兵器の所持者、もしくは拾得者は、大世界連盟の遺物管理局へ届け出を行い、適性試験を受けなければならない。
所持者として適格と見なされれば正式に登録され、その大半は所属国の正規部隊、あるいは連盟の職員として採用される。
逆に適性がないとなると、いくばくかの召し上げ金を支払われたうえで、古代兵器は連盟に没収される。
ロベルトにとって厄介だったのは、セント・クレドが資格所持者の意志を媒介に具現化する古代兵器であり、適性がないからといって回収できる代物ではなかった、ということだ。
「資格所持者になったとはいえ、お前は魔剣の完全な主になったわけじゃねえ。今、剣を具現化しようと念じてみろ。剣に問いかけてみろ」
言われてレイはペンダントを握りしめ、目をつむって精神を集中する。
病み上がりの精神状態での具現化は、魔剣の精神汚染を一層悪化させる可能性があった。
一種の賭けではあったが、それでもやらせたのは——何も起こらないだろうと踏んでいたからだ。
そしてその通り、しばらくの沈黙を破ったのはロベルトの声だった。
「何も起こらないし、何も聞こえないだろ? それはセント・クレドがお前に従っていないからだ。あくまでお前を都合のいい宿主として利用しているに過ぎない。
古代兵器ってのは、そういう点で極めて危険なんだよ。資格所持者でも、完全にコントロールできていないと、やがては奴らに精神を操られるようになる。俺たちは“心を喰われる”と表現しているがな」
ロベルトはどっかりと腰を下ろし、再びレイの向かいに座り直した。
「古代兵器……奴らは一人でも多くの命を奪うために造られた。いつも死を求め、常に血と争いに飢えている。だから、古代兵器に精神を乗っ取られちまうと、自身が兵器としてしか機能しなくなる。血と破壊を求めて殺戮を繰り返すことでしか、心を満たせなくなる。こうなったら、ただの殺人鬼だ」
原罪の騎士団の主な任務は古代兵器の回収だ。
その中で資格の有無にかかわらず、古代兵器の精神汚染によって狂ってしまった者たちを、ロベルトは数え切れないほど見てきた。
「古代兵器の資格所持者になるってのは、強大な力を得るってことと同時に、自分の心の奥底に危険極まりない化け物を飼うってことなんだ。しかもセント・クレドの場合は、なおさら性質が悪い。今まで、その魔剣の完全な主になった人間は存在しねえ」
「存在しない……って、一人もか?」
「ああ。それ以前に、セント・クレドの資格所持者になれた人間がお前を含めて、今まで三人しかいないんだがな」
セント・クレドは古代兵器としては比較的発見が遅い遺物だ。
ロベルトが今回の回収任務にあたって調べた記録では、連盟設立初期——今からおよそ二百年前の遺物管理リストに、初めてその名を確認できた。
しかし、その二百年間で資格所持者として登録された者は二人しかいなかった。
「その、他の二人って誰なんだ」
「……まあ知りたいだろうな。一人目は連盟が最高機密に指定しているから、俺も知らない。だが二人目——先代の資格所持者なら、お前も聞いたことのある人物だ」
「誰だ? 有名なのか」
「ああ。本人にとっちゃ不名誉だが、悪名高いと言った方が適切だな。名前はフランク・フランクリン・フェルディナント」
「ええっ、フェルディナントって……」
さすがのレイもその名には聞き覚えがあるようで、大きくのけ反って驚いた。
壁際で静かに話を聞いていた九郎も、その名には何か思うところがあるのか、複雑な表情をしていた。
「ああ、『神の鉄槌』だ。『聖信者』ってその魔剣の名前も、一つの意味は彼に由来している。
お前に『聖信者の魔剣』の威力を分かってもらうために、少し昔話をしようか」




