第四十三話 原罪の騎士団
この世界における騎士団とは、最高位の戦闘部隊に与えられる称号である。
兵は拙速を聞く、巧の久しきを見ざるなり。機動力はいつの時代も戦局を左右する。
大世界連盟設立以前、まだ各国が覇権を賭けて争っていた時代、大規模戦闘の花形は騎馬兵であった。
しかし、二百五十年前の「バルカロール事変」による大世界連盟の設立以降、直接的な国家同士の武力衝突がほとんど展開されなくなると、「騎馬兵団としての騎士団」はあまり重要視されなくなり、「称号としての騎士団」が多く見られるようになっていく。
世界的にも名高い騎士団を例に挙げると、長銃槍と呼ばれる特殊兵装をした騎馬兵団であるガスフォボス帝国の「砂漠の竜騎士団」は前者であり、『赤獅子王』率いる徒歩の甲冑兵が主力であるレクスヴァラ王国の「戦狼騎士団」は後者だ。
さらに言えば、魔術士兵団である赤土の王国連合の「月と茨の騎士団」しかり、地理的条件から騎馬兵という兵科自体が存在しない東方帝国の「ハイネグロ騎士団」しかり、いずれにしても騎士団とはその国家の最高戦力部隊の称号だ。
それら各国の騎士団を抑えて「世界最強」と称されるのが大世界連盟治安機構に所属する「原罪の騎士団」である。
その構成員はわずか十二名。
もはや兵団ではなく分隊と言っていい規模の部隊であるが、それぞれが各国、各種族を代表して送り込まれた歴戦の強者であり、古代兵器所持者も多いことから一国の旅団に匹敵する戦力を有していると言われている。
彼らは古代兵器の回収、武力調停の指揮、国家級反逆者の討伐などを主務としている。
治安機構に所属しているものの、団員が一定の指揮権を有しており、機構の指示を待たずして直接活動する、ある種独自の機関として治安維持にあたっている。
「ん? 何? ペカド・オリジナルズ?」
レイは座ったまま首を傾げてロベルトの言葉をそのまま聞き返した。
「まさか、原罪の騎士団も知らんのか」
若干驚きの混じった表情でレイを見下ろす。
「知ってるよ、それくらいは。オリジナルズって言ったら世界最強の騎士団だろ。それが何だって?」
「だから原罪の騎士団の所属だと言っているだろ」
「誰が?」
「俺が、だ」
「ん、おっさんが? 原罪の騎士団?」
「そうだ」
レイは額にしわを寄せてしばらく黙り込んだ。顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
そして結論が出たらしく唐突に顔を上げ、冷めた視線をロベルトに向けた。
「おっさん、その冗談はあんまり受けないと思うぞ?」
「冗談じゃねえよ」
「――だから、それ面白くないって」
完全に信じていないレイの対応にロベルトはやれやれという表情をして、壁にもたれかかっている九郎を見やる。
しかし老人は口元を手で押さえて笑いをこらえるのに必死な様子で彼をフォローする気はないらしい。
「俺は本気なんだがな…。では、こちらから訊こう。お前はなぜ俺が原罪の騎士団員ではないと否定できる」
「何でって、おっさん相当胡散臭いし、騎士団って雰囲気じゃないし。――第一、そんな奴が何の用事でこんな田舎町に来るんだよ。いきなりそんな話されても信じられるわけがないだろ」
我ながらひどい言われようだが、何も知らない者からすればレイの言うことも一理ある。ロベルトはやれやれと溜息をついた。
「まあ、それが普通の反応だろうな。……じゃあ証拠を見せてやるよ」
言うと同時にそのままコートを脱ぎ落とした。そして黒の戦闘服に覆われた背中をレイのほうに向ける。
これは痛えからあんまりやりたくないんだが…、とぼやいてから彼がぐっと力を入れて肩を張ると背筋が生き物のように大きく盛り上がった。
それに反応するかのように黒い布地の下から緑がかった深い青色の光が浮かび上がってきた。
光は線となり、次第にはっきりとした形を成していき、彼の背中に大きな円を描いた。
そしてその中に細密な模様や図形や文字のようなものが、駆け巡るように一筆で描かれた。
完全な姿を現したのは、グロテスク調で描かれた十字架に磔られた罪人の構図。
しかし、その構図が普通と異なっていたのは、罪人が逆さの十字架に逆さに磔られているということだ。一見、それは刺青のようにも見える。
「これが原罪の騎士団の紋章、『逆磔の罪人』だ。紋章の称号は『高貴なる代償』。
原罪の騎士団員はこの刺青を背中に彫ることが義務付けられている。刺青自体が魔法陣になっていて、連盟の特殊な施術師にしか彫ることはできない」
「なんでそんなものを彫る必要があるんだよ」
レイの問いにロベルトは自嘲的な笑みを浮かべた。
「この刺青は連盟への忠誠の証印なのさ。隊規に背けば十字架の周りに彫られた呪詛が魔力の刃となり、己の心臓を貫いて即座に死に至らしめる。だから俺たちは『連盟の狗』と蔑まれているわけだ」
しかし、彼の表情はすぐに元に戻った。足元のコートを拾って羽織りながらレイの方に向き直る。
「まあ、俺は狗でも大いに結構だ。連盟に命を預けたのも覚悟の上だし、それに値する意義があると信じているからな」
レイはまだ信じかねるといった顔つきでしばらく考え込んでいたが、はっと思い出したように顔を上げて九郎の方を見た。
九郎はようやくわしに気付いたかと言いたそうな面持ちで、ゆっくりと腰を上げた。
「レイよ。まあ、にわかに信じかねるのも無理はないが、そやつの言っておることは全て事実じゃよ。わしが昔、連盟に所属しておったことはいつぞか話したじゃろう。そやつとはその頃からの縁じゃ」




