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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第三十七話 隠された予言書

『シェエラザートの予言詩録』


 ロベルトはその表紙の字体を目で追ってから顔を上げた。


「これは?」


「それがわしの出した答えじゃ。まあ手に取って見てみるがよい」


 言われるままに厚みのある本を取り、ぱらぱらと項をめくる。そこには古代テオト文字の原文の写しと、その横に現代語訳が並べて記されていた。


 ロベルトはこの書物について、知識がないわけではない。原本であるシェエラザートの予言詩録は、正式には『神託原本』と呼ばれる古代遺跡の出土品であり、今から一千年以上昔、シェエラザートという巫女が記したとされる、現存する世界最古の書物だ。


 テオト族の文字で書かれたこの書物は、穀物の収穫祈願や吉凶の予測などが、やたらと難解な古語で長々と記されている。だが最古の書物とはいえ解読はほとんど完了しており、古代文字解読の補助教本として使われるくらいで、古代兵器に比べればそれほど重要視されていない――少なくとも、世間一般の扱いはそうだ。


 ロベルトは半分ほどめくった辺りで、九郎が連盟で遺跡管理と古代語解読の仕事を担当していたことを思い出した。烏丸九郎は世界三強の剣士であると同時に古言語にも精通している。彼は、このシェエラザートの予言詩録の解読にも携わっていたはずだ。


 だが、この本が今回の計画とどう関係するのか――ロベルトにはまだ掴めなかった。


 九郎は燭台の浅い色の火を背に身を乗り出し、本の後半の項をめくった。


「ここじゃよ」


 開かれた項には『未公表分』とタイトルが振られていた。次の行から、ロベルトの見たことのない文字で横書きの文章が綴られている。鎖を繋げたような文字は短い段落で区切られ、流れる神秘の文様を描いていた。


 シェエラザートの予言詩録は、全てテオト文字で書かれていたはずだ。このような新種の文字での記述があるなど、聞いたこともない。しかも、予言書はほとんど解読が済んでいるはずなのに、『未公表分』の先にはなお数百項もの厚みがあった。


 九郎は、首を傾げるロベルトの手から本を取り、ぱたりと閉じた。にやりと笑う。


「よいか、ロベルト。大世界連盟が古代遺跡から発掘した遺物のうち、世間に公表されるのはごく一部じゃ。重要な物ほど、その存在は明らかにされぬ。古代兵器にしろ書物にしろ、それは同じじゃよ」


「どういうことです?」


 ロベルトの言葉に、九郎は本の表紙をぽんと叩いた。


「一般に『シェエラザートの予言詩録』とか『神託原本』と呼ばれておる書物は、解読が完了したことになっておる。写本も許可されて、専門書店に行けば店先に山積みにされておる――三百数項の書物にしか過ぎぬ。つまり、その三百数項には、公表・出版許可ができる内容のことしか記されていない、ということじゃ」


「つまり……」


「そう。騙しの森(トロンプルイユ)古代遺跡(メガリス)から発見された『シェエラザートの予言詩録』は、本来、数千項に及ぶ大書物じゃよ。現在、世間で『シェエラザートの予言詩録』と呼ばれておる書物は、本物の十分の一以下――前書きにしか過ぎぬ」


「後の十分の九のページは、隠匿すべき内容だった……ということですか。まあ、遺物の隠匿は連盟では珍しいことではありませんが。いったい残りのページには、何が記されていたのですか」


 九郎は問いに直接答えず、代わりに本の中ほどの項を開いた。


「よいか。予言詩録本編に記されている文字は見ての通り、テオト文字でも古西語(バベル)でも竜語(ジブラル)でもない。お主も知らぬ新種の――いや、未公表の古代文字じゃ」


「この文字の文法は大抵、三行か四行、または六行詩で、例えるなら魔術の言霊詠唱に似ておる。さらに、一つ一つの語が本来の意味とは別の暗示を含み、同じ場所に留まることはない。ある文字が配置によって全く異なる語彙となり、球体の表面を彷徨(さまよ)う永遠曲線のごとく、一切が巡り会い、一切が再び離れ合う。――わしが思うに、世界で最も難解で、最も美しい文章じゃ。なにしろ一行解読するのに数日を要するのじゃからな」


「我々はこの文字を『神の筆跡(ゴッドハンド)』と呼んでおる。前書きと本編を別々の文字で記したのは、これが聖刻文字(ヒエログリフ)で、知るべき者だけに伝える――あるいは、知らざるべき者には隠匿すべき必要があったからじゃろう」


 九郎はそこまで言って、少し間を置いた。


「ロベルトよ。そもそも、この本の著者であるシェエラザートとは、いかなる人物か知っておるか」


「……世間一般では、大昔のテオト族の巫女ということになっていますが」


「そう。世間一般では、一千年ほど前に実在した『記憶の民』古代テオト族の宗教的半政治的指導者――となっておる。じゃが実際は、かの女、ただの巫女ではない。恐らく有史最大の予言者じゃよ」


「シェエラザートの予言詩録は項数、文章の構成、的中率、全てにおいて他の予言書とは桁違いの規模じゃ。お主は今まで、この書物に関してこう思ったことはないか? 表題の割にはたいした内容ではない――とな。予言詩録と銘打っておるのに、予言らしい予言は載っていない。よってシェエラザートは、豊凶作や吉凶を占う歴史上一巫女として、世間ではさほど重要視されてこなかったのじゃ」


「本物の『予言詩録』は、隠匿されていた残りの部分だった……ということですか」


「そうじゃ。予言詩録本編の解読は、わしがその任に就くよりかなり前から極秘に行われていたようじゃ。予言というのは、実際に事が起こってからでないと嘘か真かの区別がつかぬからのう。解読にも時間がかかるのじゃ」


「で、その的中率とやらはどのくらいなのですか?」


 ロベルトは、期待せずに聞いた。


 そもそも未来の予測などできるはずがない。だが数千項もあるのならば、その内いくつかは偶然の一致があるかもしれない。俗に予言書と呼ばれるものの多くは、この理屈で数学的に説明がつく。多岐の解釈ができる一見意味不明な比喩文で、「偶然の事実」を「予言という名の虚構(トリック)」に仕立て上げるのだ。


 九郎は予言詩録のある項をめくり、その古代文字の第一節を指差した。


「星の道が東の夜に二と三の間を示す時間――ここにはそう書かれておる」


 そう言って、ロベルトに顔を向ける。


「この予言の意味が分かるか?」


「星の道……黄道のことですか」


「そうじゃ。黄道上を星座は周期的に移動し、およそ百年ごとに、各方角に異なる星座が浮かぶ。この行は、黄道における星座の運行を示すことによって、予言が起こる時期を示しているのじゃ」


 地軸の傾きによって起こる歳差運動を利用した天空時計は、太古から知られている。異なる暦を持つ種族同士が同じ時間感覚を共有するのに、最も有効で正確な手段だ。

 たとえ発信者と受信者の間に幾千年の時間が横たわっていたとしても――この空に星が浮かんでいる限り、そのメッセージが朽ちることも狂うこともない。


「では、東の夜に二と三の間の時間とは……真東の夜空に黄道十二宮の二番目、金牛座(アスモデル)と三番目、双子座(アムブリエル)が浮かんでいた間の二百年間――」


「うむ。現在、真東の夜空に見えるのは六番目の乙女座(ハマリエル)じゃから、今から三百年から五百年前ということになる。世界暦で言うと五四六年から七四六年までの間じゃな」


「つまり、この項には今から三百年前から五百年前に起こったことが、予言されていると?」


 ロベルトの問いに九郎は次の行を指し、その古代文字を現代語に訳して読んだ。


「赤き龍によって三つに裂かれた大地に、肩を組む二匹の獅子が咆哮をあげる」


 ロベルトは腕を組み、少し間を置いてから思考をそのまま口にした。


「赤き龍と言えば……始祖龍アルルード・ファーブニール。つまり『赤き龍によって三つに断たれた大地』とは、アルルード山脈によって三つに分けられている、ここアイオリス大陸のことですね。――しかし、後半の『肩を組む二匹の獅子』とは何のことです?」


「紋章じゃよ。『肩を組む二匹の獅子』とは、この大陸の最東国レクスヴァラ王国ウォーダン家の紋章じゃ。つまりこの文章は、『世界暦五五一年のレクスヴァラ王国の成立』を予言したものじゃよ」


 九郎はロベルトが次の言葉を発しようとしているのを制し、次々に予言の文章を読み上げた。


「――『二匹の獅子の隣で王冠を抱いた鷲が飛び立つ』。これは六一七年のブレイナ―王国の成立の予言。

『宝石を盗んだ道化師が月に憑かれ、己が身を焼く』。これは六七七年の大量殺人鬼バドリー・トランプ処刑の予言。

『赤き舞台の上で黒き芸術家が泣き声を上げる』。つまり六八〇年、赤土の(ラテライト)大陸での黒魔術士(ブラック・アーティスト)エドワード・グーツムーツ誕生の予言……他に挙げればきりが無い」


 そして最後に、残り少なくなった湯飲みの液体を一気に飲み干してから言った。


「……完璧じゃよ。解読済みの予言は全て、的中しておる」


「全て? そんな馬鹿な」


「わしも初めはそう思うた。しかしな、全てが的確な記述じゃ。他の予言書のような都合のよい解釈ができる偶然ではなく、その出来事を指しているとしか思えぬ。しかも、全てが年代順に記されているのじゃよ」


 ロベルトは、それでもまだ疑いの残る声で言った。


「にわかには信じられませんが……その予言の中に、今回の計画に関わることが記されている――ということですか」


「左様。名無しがレイを預けるのを、わしに任せたのも、わしが計画とその意図について気付く要素を持っていたからじゃろう」


 そこで九郎は本の最後の項を開いた。


「さて、かの巫女シェエラザートがいかなる手段を用いて未来を垣間見たのかは誰にも分からぬが、この予言書には起こりうること全ての筋書きが記されておる。いわば世界の予定表じゃ。

 そしてここには、さらに最悪の結末が記されておる。今からわしが読むのは、詩録の最終章――すなわち世界の終わりに関する予言じゃ」


 ロベルトは、九郎の深刻な発言の意味をすぐには飲み込めずにいた。


「はあ、世界の終わり? 冗談でしょう。そんなもん――」


「まあ聞け」


 九郎はいぶかしむ声でさらに表情をしかめるロベルトを制し、その項を読み始めた。

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