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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第三十三話 後始末

 最終的に老医は、レイに全治一ヶ月という診断を下した。


 しばらくは入院する予定だった。だが九郎は「絶対安静」を条件に、半ば強引に老医を説き伏せ、レイを自宅へ連れ帰った。


 九郎には何か考えがあってのことだろう。

 ところが、その九郎はレイを自宅――彼の部屋に寝かせると、深夜二時を過ぎているにもかかわらず「用事がある」と言い残し、レイの世話をロベルトに頼んで霧降山のほうへ出かけてしまった。


 しかしロベルトにも、やらなければならないことが山ほどある。結局レイの看病は、事態を聞きつけて駆けつけたジルに任せ、ロベルトは九郎の道場を出た。今度は迷うことなく広場へ向かう。

 そもそも看病といっても、今は見張っているだけで、手を動かしてやれることは多くないのだ。


 広場には野盗の死体が、全部で三つ転がっていた。


 右腕を肩口から斬られた一人は、つい先程出血多量で事切れたらしく、まだ体にわずかな温もりが残っている。


 ロベルトは九郎の家から借りたランタンを、闇の先へ向けた。光源である幽玉鉱(オブストン)から発せられる青白い光が、細い筋となって道端を走る。

 その光は、口を絶叫の形に開けたままの生首と、道の中央で背中に軍刀が突き刺さったままうずくまっている死体を、交互に照らし出した。


 ロベルトは死体の、生気の抜けた薄い肌を数秒凝視し、浅くため息をついた。


 こいつらが略奪目的でこの町を襲い、返り討ちに遭ったのなら自業自得――そう言ってしまえば、それまでだ。

 だが、死体を見慣れているロベルトにとっても、正直心地のいい光景ではない。地面を満たす冷めきった血の海は凄惨を極め、鼻の奥に鉄臭さが貼り付く。


 広場を満たす血の臭いのせいか、野次馬を含め、その場にいた全員が死体と同じように青ざめた顔で立ち尽くしていた。


 ロベルトは「やはり人が死ぬのはよくないな」と低い声でぼやくと、村の男たちに気絶している野盗の捕縛を頼んだ。

 それから串刺しになった死体の背中から軍刀を引き抜き、脇に抱える。もう片方の手で、落ちていた生首を拾い上げた。


 そして三つの死体を担いで町外れの林へ向かい、なるべく日当たりのよさそうな、木の茂っていない場所を選んだ。そこで穴を掘り、三つとも埋めた。


 次に近くで拾った平べったい石を三つ、墓石代わりに積み上げ、簡易な墓へ向けて十字を切る。


 死ねば善人も悪人もない。ただの、もの言わぬ肉の塊だ。そしてそれも、やがては墓穴の中で朽ち、大地へ還る。


 広場に戻ると、他の野盗どもは荒縄で縛られ、広場に集められていた。だが、そのほとんどはまだ気を失っており、起きている者も、たとえ縛られていなくてもまともに抵抗できるような状態ではなかった。


 だが最大の問題は、こいつらをこの国の騎士団に引き渡すまで、どこに閉じ込めておくかということだった。


 もう少し大きな街なら治安機構の牢獄や留置場がある。だが、この馬鹿に平和すぎる田舎町フレンネルには、過去そういうものがまったく必要にならなかったらしい。


 とはいえ、このまま広場に放置しておくわけにもいかない。引き渡すまで、どこかへ収容しなければならない。


 そこで「この街で一番大きな建物はどこだ」と聞くと、九郎の道場だという。しかし怪我人と野盗を同じ建物に収容するのは安全性に欠ける。これは即座に却下だ。


 次に大きい建物は教会だというので向かったが、神父が真剣な顔で説教を始めた。

 ――神聖な場所を留置所代わりに使うとは何事か。あなたには信仰心というものはないのか。その考えを即座に改めねばならない。さもなければ神はあなたを見捨てるであろう――。

 ロベルトは話を最後まで聞かず、そそくさと退却した。ここも却下である。


 そもそも「お宅で野盗数十名を預かってもらえませんか」などと言って、快く受け入れてくれる家があるはずもない。


 建物は諦め、他に頑丈で安全な拘束場所はないか思案していると、山菜採りをしているという、ひどく腰の曲がった老婆がやって来た。

 霧降山の麓の森に、倉庫として使っているそこそこの広さの岩屋がある。牢屋の代わりに使ってもいい――そう言うのだ。


 連れられて行ってみると、シノブシダが茂る小さな滝の脇、崖に縦長の岩の裂け目が口を開けていた。


 岩屋は奥へ進むほど空間が広がり、行き当たりは二十五畳ほどの大広間になっていた。

 地下水の侵食でできた空間らしく、天井からは木の太い根が何本も突き出し、その先から水滴が滴り落ちている。多少湿っぽいが、牢獄としては快適すぎるほどだ。


 ロベルトはさっそく野盗を縄にかけたまま中へ放り込み、近くにあった大岩を“岩戸”代わりにして入口を塞いだ。念のため町人二人に見張りを立て、交代で番をさせる。


 すべての後始末が終わったころには、すでに眩しい朝日が昇っていた。


 澄んだ空気と小鳥のさえずりを背に、ロベルトは自分がこの町に着いてから、まったく休息を取っていないことに気づいた。今さらのように疲れが足の裏へ溜まり、身体が鉛のように重い。

 彼は重い足取りで九郎の道場へ向かった。


 母屋の玄関を開けると、土間にあるのはレイとジルの二対の靴だけだった。この家の主は、まだ帰っていないらしい。


 だがロベルトはひどく疲れていた。霧降山の向こうのバーサーストの街へ騎士団を呼びに行ったのかもしれない――そう思うだけで、深く考える余裕はない。

 土間を上がり、レイの部屋を覗いてジルだけを起こすと、自分は道場の床にごろりと寝転がった。

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