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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第二十二話 牢獄の会談

 この男と会話していると、本当に時間が停滞しているように感じられる。


 仮面に描かれた梟の目が暗示をかけ、こちらの心を虜にしようとするのかもしれない。だが、その下――頬の端まで裂けた嘲笑の口が、彼の時間感覚を無理やり現実の刻みに引き戻す。


「気付いていたか」


 彼は青白い光を放つ部屋の天井の隅を見上げたまま、唐突に問うた。仮面の男は表情の読めない声で答える。


「……ええ、気付きましたよ……その、瞬間に……」


「では話は早い。被害を報告する。結界が破られた際、警護が十六人やられた。全員、背後から喉元を掻き切られている。一掻きだ。ほかに外傷はない」


「ガーディアンが三体、破壊された。こちらは全身をズタズタに切り裂かれていた。手口から見て、侵入者は一人と考えていい。周囲を無闇に壊さず、標的だけを確実に仕留めている。――かなりの使い手だ」


 懐から取り出した書類の一枚目を、彼は半分ほど一気に読み上げた。


 顔を上げる。その瞬間を待っていたかのように、仮面の男が組んだ手をほどきながら問う。


「……それに、該当する人物は……?」


 彼は書類を数枚飛ばし、開いたページを読む。


「傷に残留魔力はなかった。術士ではない。得物からの特定も難しいな。鋭利な何か――それが刃物か古代兵器かも不明だ。可能性のある高額の賞金首を数名リストアップしているが……おそらく無駄だろう。あそこまでの使い手が、賞金首リストに載るようなヘマはしない。……何か心当たりでもあるのか?」


 仮面の男は解いた指で仮面の縁をなぞり、ゆっくりと首を振った。


「……いいえ、今は、特に……。……ですが、実行犯は一人でも……“一人で侵入した”とは限りません……」


「結界が破られたということは……治安機構の監視システムが……侵入を捉えられなかった……。誰かが、目を逸らした可能性が高い……内部犯の線が……濃いと思います……」


「監視システム自体は正常に作動していた。デュハルも言っていたが、ネットワークにも乱れはなかった。それでも捕らえ損ねた。侵入者を目撃した者がいたかどうかも不明だ」


「――まあ、いたとしても消されているだろう。だが……結界を破った者と、殺害犯は別だと?」


「……はい……。多人数で森を侵せば……こちらに顔を見られる確率が増えます……。実行は一人……。ただ、その背後に……監視を外す者がいる……」


「なるほど。連盟の者が絡んでいるとなると厄介だな……」


 彼は書類を閉じ、卓上へ戻した。仮面の男は、陰気に湿った天井を見上げたまま言葉を継ぐ。


「結界が破られたといっても……彼女が完全に復活したわけではありません……まだ時間は残されています……。それまでに我々は……準備を整えねば……」


「……そうか。水面下で進んでいた例の計画が、ついに動き始めたということだな。そういえばここ数週間、ロベルトを見かけないが……彼もその任務か?」


「……そうです。彼には……計画の核となる……重要な任務を……」


「それは結構。だが、上の承諾なしに勝手に指示を出すのは控えてほしい。極秘任務でも、我々は独立機関ではない。規則を守られないと、後で幹部の愚痴を聞かされるのはいつも私だ」


 仮面の下で、男が笑った――彼はそう感じた。

 この男の“感情”を感じ取ったのは初めてかもしれない。これまでの仮面は顔と一体化し、表情の変化を一切許さなかったのに。


「すみません……ですが、それも……遠くない未来に解消されます……。私が、この牢獄の呪縛から……解放された時に……。それは同時に……彼女の完全な復活も……意味しますが……」


 指と指を合わせる手は、前に見た時より血の気を取り戻しているように見えた。

 それでもなお、青ざめた死人の手には違いない。


 彼は書類を脇へ置き、別の問いに移った。管轄外ではあるが、無視できる話ではない。


「森の警備はどうする? 幹部会議でも意見が割れている。遺跡警備の前衛第四部隊が、調査のためにまだ駐屯しているが……」


「……すぐに引き上げさせた方がいいでしょう」


 返事が、異様なほど早かった。仮面の男自身もその速度に気付いたのか、わずかに間を置いてから、元の緩慢な口調に戻す。


「……彼女の封印が解かれたということは……同時に、あの森も……呪縛から解かれたということです……」


「ご存知でしょうが……あの森は彼女そのもの……彼女自身です……。もうしばらく時が経てば……森は彼女の支配で……外界の時間から遮断され……過去の亡者で満ちるでしょう……」


「空間の集束はすでに始まり……中心部は時空の狭間に飲み込まれつつあります……。もはや治安機構の一部隊の手に負える問題では……ありません……」


「このまま駐屯を続ければ……大きな人的被害は……避けられません……。直ちに安全線まで……全部隊を撤退させ……デュハル殿へ進言を……」


 幹部に進言、ではなく治安機構局長のデュハル・ベルヌーイを直接指名したということは、会議を回す猶予すらない、という意味だろう。


 この男には似合わぬ深刻な発言に、彼は尋ねた甲斐があったと深く頷いた。


「分かった。ロマンシングタウンまで後退すれば、さすがに大丈夫だろう。そのように伝えておこう」



 しばらくして、彼はその牢獄を出た。


 空気の胎動すらない螺旋の暗闇を上り始めると、その闇が上に進もうとする彼の体を深淵に引きずり込もうとしている。


 螺旋の頂で歩みを止めると、申し合わせたように石と石が擦れる音がして、頭上に四角形の空が開いた。暗闇に慣れた目には、その光が眩しすぎた。


 光の世界には、栄光と賞賛の懐に巧妙に紛れた悪意が潜んでいる。闇の側から見ればそれは陰影を落とし、醜いほどに事物の本質を浮かび上がらせる。――だが強烈な光に慣れた者は、それに気付けない。


 たとえ自分が蝕まれていても。


 彼は片手でひさしを作り、石碑の穴から地上へ出た。

 周囲の鮮やかな草花が、虚構で飾られた鉄くずの要塞のように見える。


 それでも、彼はため息ひとつつかず、来た道を歩き出した。


 彼に絶望は許されていない。

 ――すべては、再び流れ始めたのだから。

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