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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第十四話 初陣

 銃を構えていた男たち数人を背後から蹴倒し、円の中へ飛び込んできたのは――ロベルトの予想もしない人物だった。囲いは崩れ、たちまち乱戦になる。


「――レイモンド・カリス!」


 ロベルトは、木刀でさらに一人の野盗を殴り倒した金髪の少年の名を叫んだ。


「馬鹿野郎! 家でじっとしていろと言っただろうが!」


 怒鳴りながら、背後から短剣を抜いて斬りかかってきた男を蹴り飛ばす。


「んなこと言われても――」


 レイは横薙ぎの刃を紙一重でかわし、叫び返す。


「自分の町が襲われてるのに、じっとしていられるわけないだろ!」


 言いざま、正面の男の肩へ木刀を振り下ろした。骨の砕ける鈍い音。男は肩を押さえ、崩れ落ちる。


 次の瞬間、レイは背中に走った殺気で身を返した。視線のすぐ前を、凄まじい速さで何かが落ちてくる。


 ――斧だ。


 手斧ではない。戦場で重装兵が扱うような長柄の戦斧ハルバート。分厚い鋼の刃が左肩をかすめ、石畳を派手に砕いた。


 レイは間合いを取ろうとして踏ん張る。だが血に濡れた石畳に足を取られ、べしゃりと豪快に転んだ。ゆっくりと戦斧が地面から引き抜かれる。


 持ち主は、額に二本角を持つ亜人――山鬼(トレント)の男だった。この鬼族(アスラ)は人間の数倍の体力と腕力を有する。


 広い舌を覗かせて、うつ伏せに倒れているレイを見下ろした。そして、軽々と片手で戦斧(ハルバート)を振り上げた。


 レイは起き上がれなかったのではない。起き上がらなかった。


 下手に動くより、振り下ろされた瞬間に転がった方が確実に避けられる。そう判断したのだ。もちろん、タイミングを誤れば真っ二つだが。


 戦斧が頂点に達したのを背中で感じ、胸の下へ右手を潜り込ませる。


 ――だが、それは無用に終わった。


 斧は振り下ろされなかった。頂点で止まっていた。


 山鬼が顔だけ振り返る。そこには、さらに頭ひとつ分大きいロベルトがいて、大きな手で斧の柄の中ほどを握り締めていた。


「ぅぬううっ!」


 山鬼は斧から手を離し、腹の底から漏れるような声で振り向きざま、ロベルトの顔面めがけて太い拳を突き出した。


 しかしロベルトは、空いた片手でそれを造作もなく受け止める。


「お、山鬼か。おもしれえ。腕力勝負といこうか」


 煙草をくわえた口の端で笑い、戦斧を強引に奪い取って後ろへ投げ捨てる。


 ――その間に、ドスッと鈍い音。山鬼の左拳がロベルトの腹を捉えた。


 だがロベルトは何の反応も示さない。山鬼の片腕を掴んだ左腕を、真横に振っただけだった。


 同時に山鬼の身体が引っ張られ、両足が宙に浮く。ロベルトは手を離した。


 轟音。三層のレンガ造りの民家が土台から揺れた。


 土ぼこりが晴れると、通りに面した壁に巨大な穴が開いていた。崩れた赤レンガの奥、ひっくり返った箪笥の上に、山鬼の巨体が仰向けに四肢を垂らして転がっている。


「……しまった。つい力、入れすぎたぜ」


 ロベルトは大破した壁を見やり、しかしまんざらでもなさそうに歯の間から煙を吐いた。


「おいおい……鬼族を片手で投げ飛ばすって、どういう馬鹿力だよ……。おっさん、ほんとに人間か?」


 レイは呆れ声で起き上がり、血まみれの手と服を見て「げえっ」と妙な声を上げる。


 ロベルトはその見事な金髪を見下ろして言った。


「お前こそ、なかなかやるな。その剣術は九郎殿に習ったのか」


「ああ、そうだ」


 レイが答え、周囲を見回す。残った野盗はロベルトの腕力に怯えたのか、囲んだまま襲いかかってこない。


 その向こうに、血まみれで壁にもたれている町長が見えた。


「……な……っ、町長が死ん――いでっ」


 ロベルトの大きな手がレイの頭を掴み、無理やり前を向かせる。


「死んでねえ。手当てはしてある。心配するな。疲労と薬の副作用で眠ってるだけだ」


 そして短くなった煙草を足元の血だまりへ吹き捨てた。すかさずレイが指をさす。


「あーっ、コラ! ポイ捨てすんなよ!」


「その様子じゃ、まだ余裕はあるみたいだな」


「てか拾えよ。今週、町内美化強化週間なんだぞ」


「……後でな」


「いや拾えよ」


「……いや、今はそれどころじゃ――」


「拾えよ」


「――たいした度胸だよ、お前は」


 ロベルトは観念して、血だまりに浮いた吸い殻を拾い上げ、コートの胸ポケットへ押し込んだ。


「こんな状況で、ポイ捨てがどうとか、よく頭が回るな」


 呆れたように言い、野盗たちへ目を向ける。鋭い視線に射られ、正面の男がびくりと身を引いた。

ダメ、ゼッタイ、ポイ捨て。

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