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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第三章 月と宝石のトラジティー
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第十二話 銀の弾丸


 ガヤガヤとした活気に満ちた店内。テーブル席は混んできそうだったので、三人は店の隅にある厨房を覗き込めるカウンターに並んで座っていた。注文が飛び交い、店主らしき料理人がせわしなく動いているのが良く見える。


 店の奥の壁にはこの店の屋号の由来となっているであろう、旧式ながら前装式長銃マズルローダーと弾薬箱が飾られた掛け棚がある。


「へい、おまち! 当店自慢、赤肉串の鉄板焼きと魚のスープだよ」


 三角巾をした小太りの中年女性が愛想よく、三人の目の前に料理を置いていく。


 牛の赤身、パプリカ、小ぶりの豚人参ピッグドレイク、紅いコンヨ芋を串刺しにして焼いたものが二本、熱々の鉄板の上でじゅうじゅうと香ばしい音と匂いを立てている。


 ニンニクが香るスープには、煮込まれた玉葱と大きな白身魚の切り身が顔をのぞかせている。


「おお…、すげぇ旨そうだ…!」


 レイは肉の香ばしい湯気につられて涎が出そうになるのをこらえて、一気に串にかぶりつく。噛み締めた瞬間に肉汁が染み出して脂の旨味と甘味が口中に広がる。


「うーん、やっぱり大きな街の酒場は料理も美味しいわね。牛肉も赤身だけど臭みがなくてすごく柔らかいわ」


 上品に串の一番上の肉を口に運んだウィニーが、ゆっくりと味わいながら言う。噛むほどに脂があふれるほど染み出してくるが、その後に独特の香りが鼻を通り抜けるおかげか、脂っぽさを感じさせない。


「この豚人参ピッグドレイクも本物の肉みたいな味がするぞ。宿駅で食べたヤツと同じものとは思えないな」


 三日前に食べた革のように硬くて味の薄い豚人参ピッグドレイクの干物を思い出しながら、レイは早くもスープをがぶ飲みしている。定番のニンニク風味だが、淡白な白身魚の塩味と煮崩れた玉葱の甘味とのバランスが絶妙である。


「使ってる食材はバーサーストにもあるものだけど、ただの串焼きとスープでこれだけの味が出せるって、やっぱりハーブとか香辛料スパイスが違うのかしら?」


 ウィニーの言う香辛料とは胡椒や唐辛子のことだが、もっと南方の大陸に行かなければ一般的ではない。そもそも、生活にある程度の余裕がなければ食事は生きるための行動であり、楽しむものという発想に至らないので多様な調理法は生まれにくい。この辺りの普段の庶民の料理の味付けは大抵、塩かニンニクで、少し凝った料理を作るとしても庭先で獲れる香草を加えるくらいである。


 彼女が手にしている串焼きの具材にまぶされているのは、この辺りで「エルブ」と呼ばれるドライハーブミックスだ。正式名称は「風神の息吹エルブド・アイオリス」といい、風神のアイオリス大陸北部で考案されたと言われる。海の雫ローズマリン月桂樹ベイ結び目草ノッテッド王の薬草バジリコの各種ハーブを乾燥させて混ぜ合わせたもので、過熱しても香りが飛びにくく、肉料理の臭み消しに使われるが、料理人秘伝の味付けといった位置づけで先に述べた通り一般の家庭には普及していない。


「それもあるな。ここは街道の起点だから港湾都市ロードシェル農業都市リアンから集約された色々な食べ物が集まる。当然、同業者も多いから店同士で競争も生まれて、切磋琢磨し合う。――ここの料理の値段は安くないが、これだけ客が入ってるってことはジェオブが言った通り、味が評価されて流行ってるんだろう」


「ジェオブって、さっきのハンターギルドの人よね? 久しぶりとか言ってたけど知り合いなの?」


「ああ、以前にこの街に寄った時に知り合った程度の、だがな」


 言いながらロベルトが早くも三本目の串を根元から一気に一口で貪る。


「むぐ、なんか言ってることの割には弱そうだったな。宿屋のおかみさんの方がよっぽど強そうだったぞ」


 それを負けじとレイも口の中に残っていたパプリカをスープで流し込んで、二本目の串に手を伸ばす。


「そもそもジェオブはギルドからの借金帳消しを条件に雇われている賞金稼ぎポットハンター崩れの契約職員だからな。治安機構構成員のヴィヴィと比べるのはさすがに可哀そうだ。賞金稼ぎとしての腕は知らんが、情報屋としては優秀な方じゃないか」


「借金帳消しを条件に――って世知辛いわねー。賞金稼ぎも…」


「完全に実力主義だからな。稼げない奴に救済措置があるだけマシだろう。身を崩して野盗になったなんて話もあるが、というか実際いるが……、契約職員にすら声がかからんような風評のヤツが認可証ライセンス持ってる時点で、ギルドの認定試験の質が甘すぎるってことの証左なんだよ」


 九郎に討ち取られたというマッシュウ野盗の一員に元賞金稼ぎの犬人グラッフィア熊人ビヨルンの名前があったのを思い出して、ロベルトは苦笑いする。腕はそれなりにあったのかもしれないが、相手が元・世界三強剣士では分が悪すぎて比較できない。


「えー、でもアレって騎士団との競合でちょっと緩めにしてあるって噂でしょ? 有能な人材を独占されたくないっていう」


 ウィニーの問いにロベルトはため息交じりに浅く首を振る。


「いやいや、そもそも給金収入と日銭稼ぎの時点で比較にすらなってないんだがな。ハンターギルドを立ち上げた大昔の基準をそのまま運用してるのが最大の問題なんだよ。あの頃は優秀な傭兵上がりの賞金稼ぎもそれなりにいて全体的に能力も士気も高かったんだが、今じゃどっちもトップと底辺の差がひどすぎてなあ。世間じゃ完全に一か八かの夢見る不安定業種って評価だし、俺は試験を厳しくして底上げしろってずっと要請してるわけだが―――」


 そんな話が進む間にロベルトが追加注文した熱々の鉄板に乗った山盛りの肉串が、どんとウィニーの前に置かれた。横目に見ると先ほどから無言で串を両手に持って頬張り続けているレイと、話の合間に水でも流し込むがごとく最後の一串を一口で消失させているロベルトが映る。


「――えっと、二人とも見境ないくらい大食いなのは知ってるけど早食い競争じゃないんだから、もう少し落ち着いて食べれば? こんなおいしい料理、ちゃんと味わわないともったいないわよ」


 ようやく食べた一本目の串を皿の上において、あきれた口調でウィニーが言う。


「そうだぞ、レイ。これが俺の通常速度だから、勝とうなどど露ほども思わんことだな」


 挑発するように言い放って五本目と六本目の肉串をまとめて口の中に放り込むロベルトに、レイが食いかかる。


「なんだと!? ウィニーの屋敷では遠慮してたから負けたけど、今日はおっさんのおごりだから絶対に負けん!!」


 レイも対抗して二本同時に肉串にかぶりついたが、当然のごとく喉に詰まらせてむせる。もう、だから言ったでしょと慌ててウィニーが水を手渡し、若干涙目になりながらも、なんとか窒息の危機から脱した。



「――それはそうと、ロベルトのおっさんはエールとかルートとか飲まないのか?」 


 やっと呼吸を落ち着かせたレイが会話に復帰した。


「そういえば私の家での食事の時も、あんなに食べたのに酒には一切手を付けてなかったわね。ひょっとして下戸なの?」


 レイとウィニーは赤い血鮮酒サングリスを飲んでいるが、ロベルトの手元にあるのはレモングラスで香りを付けただけの水だ。確かにこの店は酒場である。周りの客を見ても酒を飲んでいないのはロベルトくらいだ。


「いや、苦手ってわけじゃないんだが、職務中だからな。酔って任務に支障をきたすわけにもいかない。――だが、ルートビア、あれは駄目だ。匂いが強すぎで鼻がやられちまう」


「ルートかあ。霧降谷で迷ってた時にラッヘンの家で飲んだな。俺もあれは味が駄目だったな」


「あー、私も結構きつかったわね。ラッヘンが悪気なく出してくるから何とか飲んだけど」


「ん? ラッヘンってあのパグミー族の子供か。そういや、そのあたりの話をきちんと聞いてなかったな。というか、パグミーがルートビアをかもしてるなんて初めて聞いたが……本当か?」


「ああ、詳しくは覚えてないけど、鉄刀樹タガヤサンの樹液に色々混ぜて作るらしいぞ。甘いのとの苦いのが同時にきてヤバかった」


甘草リコリス質草芝パウングラス入ってるって言ってたわね」


「そりゃ、高級素材のオンパレードだ。原材料だけ聞くと市場価格がとんでもないことになりそうな飲み物だな。それに鉄刀樹タガヤサンの樹液酒なんて聞いたことがないから、酒好きの行商人が聞いたら勇んで買い付けに行くんじゃないのか? あいつら外界での価値分かってないだろ」


「あはは、そうなのよ。綿蔦布クスクタコットンの掛け布もあったわね。私が手を広げたくらいの大きさあったから、この街の商会に持ち込んだらとんでもない値段が付いたのに…」


 その手触りを思い出してウィニーが項垂うなだれるのは、買い付けに行こうにも霧降谷の奥深くにあるラッヘンの家に、彼ら以外の種族の者が自力でたどり着くのはほとんど不可能に近いからだ。


「いやそれより鉄刀樹タガヤサンの根っこに作った家もすごかったぞ。幹の内側くりぬいて天井にでっかい幽玉鉱オブストンが取り付けてあってさ―――」


 三人が霧降谷での思い出話に花を咲かせながら飲み食いをしていると、一番端に座るロベルトに、先ほどまで奥の厨房で調理していた店主らしき男からカウンター越しに声がかかった。


 どうやら新しい客二人を空いているカウンターの隣の席に座らせてもいいか、ということだった。見回すと彼らが入ったときはまだまばらに空いていた椅子も多くの客で全て埋まっており、それぞれの話し声と時折沸き上がる酒飲み同士の喧噪で店主の声も聞き取りづらいくらいに混雑していた。


 ロベルトが店主の申し出を了承して、レモングラス入りの水を口に流し込んだあたりで、隣の席に少し癖のある栗色の髪に短くあごひげを生やした男性が腰を掛けた。


【用語解説】


『コンヨ芋』

農業都市リアン発祥の栽培作物。外見はサツマイモに酷似しており、芋と名が付いているが厳密にはキク科の植物。オリゴ糖由来の甘味のある地中の塊茎を食用にする。繁殖力がとても強く、農園で大規模に栽培されている。元は野生種で、リアン出身の農夫コンヨ氏が初めて栽培に成功したことからこの名が付いたとか。(諸説あり)



血鮮酒サングリス

数珠甘酢塊ジュズアマスグリと呼ばれる小粒のベリー種の実を発酵させた果実酒。血のような深い赤色をしていることからこう呼ばれる。華やかな甘い香りと酸味を併せ持つ、ワインのような酒。アルコール度数は五%未満と低く、酒場などでは原酒を薄めて(利益率の面で)売られているので、未成年が飲んでてもたぶん大丈夫。


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