第四十九話 緋炎暴風
金属同士が衝突する激しい音が練武場に響いた。天蓋の魔法陣により炎槍の火勢は半分になっているものの、「噴炎」による火刑槍本体の加速度は失われていない。魔法金属である聖銀でできた太い穂先と、玉鋼の細身の刀がこの速度で衝突すればどちらが砕けるかは明白だ。
しかも、ギアッツは地を踏みしめて全身の力を込められるのに対し、空中にいるレイは自分の腕力と重力落下による加重しか得られない。
衝突の瞬間、レイの刀は火刑槍の纏う炎に包まれ、その身体は宙で上方に圧し返された――かのように見えた。
(な――圧し負ける、だと!?)
しかし、見上げるギアッツの顔に浮かんでいたのは驚愕の表情。柄を持つ彼の両腕にかかるのは凄まじい圧力。蒼の濃度を増した刀身は火刑槍の発する火焔に巻かれているのでいるのではない。自らがその火炎を吸収しているのだ。
(噴出のエネルギーを奪っているというのか! ――ならば力でねじ伏せるまで!)
ギアッツは四肢に渾身の力を込める。盛り上がった上腕筋が鋼板鎧から繋がる腕甲の鉄板を押し上げて、その両腕が膨れ上がる。レイも急激に増す圧力に負けじと柄をさらに強く握りしめた。
両者の雄叫びが交錯する。
打ち勝ったのは―――ギアッツ。振りぬかれた火刑槍は浮いたレイの身体を押し飛ばし、轟音と共に土砂を巻き上げて地面に振り落とされた。
反対方向の壁へと吹き飛ばされたレイだが、叩き付けられる直前で姿勢を反転させて壁を蹴ることで衝撃を緩和し、よろめきながらも何とか着地した。
「す、すごい…! あの攻撃を防ぐなんて…、もしかしてレイ勝っちゃうんじゃないの?」
観覧席から身を乗り出して興奮した声でウィニーが言うが、隣のリッチモンドとロベルトはいたって冷静な表情で二人を見つめている。
「ウィニー、あれが互角に見えるか? 確かに私もここまでやるとは想像していなかったが……それでも将軍に敗北は有り得ない」
リッチモンドの言は正しい。ウィニーの操作した魔法陣による防御も天井の「高さ制限」を利用した奇策も、ギアッツの不意を突くことには成功したが、その後のレイの攻撃は彼に届いてはいない。
「一角槍術の真髄たる突攻を、真正面から受けて防がれるとは――」
練武場の中央、晴れていく土煙の中からギアッツの背中が起き上る。
「第三段階も合格。君は我が騎士団に招くにふさわしい人材だ」
剥き出しの地面を大きく抉って突き刺さった火刑槍を引き抜きながら、壁際まで弾き飛ばされたレイへと向き直る。
「――と言いたいところであるが」
その視線に捉われたレイの背筋に悪寒が走った。金色の瞳に宿っているのは今までとは明らかに異なる感情。
「……考えを改めねばならぬようだ。手加減していた非礼を詫びよう」
ゆっくりと振り上げられる火刑槍。炎はセント・クレドに吸収されて消滅しているが、聖銀の穂先は赤銅色の熱気を保ったままだ。
「今から君を『敵』と認識する」
それは、彼の異名である「炎将」としての宣戦布告。視線の奥から放たれるのは圧し潰されそうなまでの威圧感。負の感情の混じった殺気ではない、闘いに対する覚悟の強さが感じさせる凄みだ。
「私は必ず勝つ。結果、君を灰燼と化すこととなっても、だ」
掲げた穂先が再び猛炎を噴き上げた。ギアッツは頭上で火刑槍をゆっくりと傾け、柄の中心を軸に勢いよく回転させ始めた。
円を描く炎が薙いた空間の酸素を一瞬で燃焼させ、押し出された大気は炎熱を纏った気流となる。壁際にまで吹き付ける熱風に思わずレイは顔を伏せた。
レイが顔を上げた時には流れる炎が舞い散る火の粉を巻き込みながらギアッツの周りを壁のように取り囲む、練武場の半分を占める火焔の大渦となっていた。
「あれはまさか――」
「――まずいな」
練武場を見下ろす観覧席の上で、立ち上った火焔の渦を見ていたリッチモンドとロベルトが同時に呟いた。二人は理解したのだ。次に何が起こるのかを。そして瞬時に動いた。
「断て、静穏の凪よ!」
ロベルトが跳び下がって地上へと通じる通路の壁を蹴破ったのとほぼ同時に、リッチモンドがバルコニー状に突き出した観覧席全体を包み込む風圧の魔術障壁を張った。
レイはその様子に気付いていない。ただ、分厚い炎の渦の中に、火刑槍を脇に構え直したギアッツの姿がわずかに合間見えた。
――唐突に、渦から吹き付けていた熱風が止んだ。次の瞬間、レイの身体全体が前方に大きく引っ張られて前のめりに姿勢を崩した。
炎の渦が今までとは逆の方向へと急速に回転を増し、その中心に向かって強烈な熱風が吹き込んで、火刑槍の射程範囲にレイを引きずり込もうとしている。
これは大規模火災の時に発生する「火災旋風」と同じ現象。渦巻く火炎がギアッツの周囲の酸素を食い尽くし、強烈な上昇気流を生んで外側の大気を渦の中心へと、そこにある物質ごと吸い寄せているのだ。閉鎖された空間で渦の引力から逃れる術はない。
だがこれはギアッツにとっても極めて危険な諸刃の剣だ。渦巻く炎の中心は百度を超える無酸素状態となり、その身をも焼く。彼が戦場で装備している溝付甲冑はこの技に耐えるために凍鉄による高い耐熱加工が施している指定遺物なのだ。しかし、今の鋼板鎧では肉体が高熱に耐えられる時間は三十秒もない。
だが、火焔の中央でギアッツは身を焼かれながらも微動だにしていない。踏ん張りながらも徐々に渦の方へと引きずり込まれていくレイを捉えたまま、火刑槍の射程内に入るその瞬間を狙い澄ましている。
全ての策は尽きた。レイの置かれた状況は完全な「詰み」だ。
(このまま、負けるのか――いや、そうはいかない!!)
彼は諦めてはいない。刀身に宿ったセント・クレドの深蒼の煌めきも失われてはいない。引きずり込まれているというのは、敗北への恐怖が引き起こす錯覚。これは、勝利への追い風だ。
レイは蒼に染まった刀を振りかぶり、地を蹴って炎の渦へと突進した。渦の引力を加速に上乗せし、迫り来る炎の壁に刀を振り下ろす。
蒼の太刀筋が、空間を縦に斬った。火焔の渦は真っ二つに両断されて、その切り口からほつれた糸のように幾つもの炎の筋にばらけて霧散し、レイの眼前が開けた。
だが、それで終わりではない。その先から迫るのは研ぎ澄まされた火刑槍の鋭い先端。今までのどの攻撃よりも正確で速い、渾身の「一の突き」――
セント・クレドによって極限まで高められたレイの視覚はその刺突の狙いを見極めた。肩口から心臓、そして肺を貫く、一撃必殺の直線。
かわせるか―――否。 ならば、防ぐ!
振り下ろした刃を返さず、峰を上にしたまま、さらに一歩踏み込んで振り上げる。自身を巻き込むような形で振り上げられた刀は、身体の直前で火刑槍の「点」を「面」で受け止めた。
手元に凄まじい衝撃が加わるが、それに負けじと手首を一気に返し、体軸の回転も乗せて刀の腹で直線上の力を横へと受け流す。
驚愕に見開かれたギアッツの両眼。金属同士の衝突音が響き、火刑槍の刺突は大きく横に弾かれた。
(まだだ!!)
柄を引き戻して反撃の振り下ろしを防御されるわけにはいかない。レイは捌いた火刑槍を完全に弾き飛ばすために、振り抜いた刀にさらに力を加えた。
―――だが、その刹那、刀からの加重が急になくなり、視界からギアッツの姿が消えていた。
「見事だ、レイモンド君。だが、まだ青いな」
胸元から声がした。弾き飛ばされていく火刑槍の先には何もない。
ギアッツは火刑槍の柄を手放し、体勢を屈めて瞬時にレイの懐に潜り込んでいたのだ。視線を下す間もなく胸ぐらと脇を掴まれ、レイの視界は一回転した。そして背面に衝撃。
気づいた時には、レイは仰向けになって地面に組み伏せられていた。
――無理だ。素直にそう思った。
ギアッツは打ち負けた瞬間に、何のためらいもなく火刑槍を放棄した。それは彼が勝利を求めて取った最善の行動。たとえ自分にその選択肢があったとしても、あの局面で武器を手放すなど……到底できるはずがない。――だから、自然と口から出た言葉に悔いはなかった。
「負けた……」
生温い風が頬を撫でた。全身の力が抜けて、握り締めていた刀の柄が掌から転がり落ちた。その刃は既に元の玉鋼の色に戻っている。彼は、静かに目を閉じようとした。
だが、レイを見下したギアッツは顎ひげを撫でながら口角を上げて、こう言った。
「いや、敗れたのは、私だ」
【用語解説】
『緋炎暴風』
流派:一角槍術
火刑槍を頭上で回転させ、巨大な火災旋風を引き起こす大技。広範囲を無差別に焼き尽くすこととなるため、ギアッツ自身、使うことはほとんどない。甲冑装備状態で最大火力を出せば、渦の中心温度は1000℃にも達し、あらゆるものを灰燼と化す。
『角閃』
流派:一角槍術
槍術の極意の一つ、「一の突き」。極限無心の集中から繰り出される正確無比、一撃必殺の刺突。あらゆる武術の極意は、基本の極致であることを証明している技。




