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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第二章 霧中のエルミタージュ
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第四十八話 先知の利

 決闘の前日、レイを連れて地下の練武場に向かったウィニーは、まず外周壁に近づくと、その下部にいくつも連なって描かれている円形の複雑な文様を指した。


「これは壁を保護するために描かれている魔法陣よ。衝撃が加わった瞬間に、分散と緩和、そして断熱の魔術膜が展開されるの」


 魔法陣とは、図式化された魔術構成。魔力を流し込むだけで構成に基づいた魔術が自動的に発動するシステムだ。


「へえ、便利なものがあるんだな。ウィニーの言ってたギアッツ将軍が知らないことってこれのこと?」


「そうよ。ここは部外者には解放されてないし、過去に騎士団が演習に使ったってことも聞いたことないから、将軍は初めてのはず。父さんが壁を魔術で補強してることくらいは教えるかも知れないけど、詳しい仕組みまでは知らないはずよ」


「へえ、じゃあウィニーの魔術が発動する魔法陣をここに書くってことか」


 感心して周囲を見回すレイに対し、彼女は首を振った。


「馬鹿言わないで。魔法陣は誰にでもかけるものじゃないわ。個人の精神感覚でしかない魔術構成を目に見える形として図式化するのよ。厳密に言えば、魔法陣を作れる術士はもうこの世には存在しないわ」


 魔術とは、支配者ルーラー族の血を継ぐこの世界の住人が「支配する力」の片鱗を用いて行う、世界法則の改変。すなわち、魔術構成とは世界組成のプロセスに他ならない。それを目に見える形に図式化するということは、この世界の「真理」を知る者にしかできない芸当だ。


 有史において、魔術の極意である「真理」に到達できた人間は二人しかいないとされている。一人目は、魔術の概念原理を解明し五元術を体系づけた「始祖魔術士」エドワード・グーツムーツ。魔法陣と呼ばれる技術は二人目の到達者、赤土のラテライト魔術士同盟・ウィザーズを創設した「大魔導」チャーリストッシュ・ワーズワースによって編み出された。――しかし、その原理は発案者以外の誰にも理解できなかった。


 つまり、この練武場の防護陣や原罪の騎士団員ペカド・オリジナルズの肉体に彫られた「逆さ磔の咎人」を含め、現在使われている全ての魔法陣は彼によって作り出されたものの複製レプリカに過ぎない。その理論は誰も解明できなかったが、魔法陣の作画技術は魔術士同盟にのみ秘術として伝えられており、その中でもごく一部の特殊な修練を積んだ術士にしか伝授されていない。


「うーん、なるほどよくわからん」


「まー、そうでしょうね。――でもね、私、この陣の内容ならちょっと分かるのよ。すごくない!?」


「ん、すごいのか??」


 胸を張ってレイの方を見たものの、そのあまりに薄い反応に浅いため息をつくウィニー。彼女が魔法陣の図式を理解できるのは高度な構成解読能力を持っているのではなく、彼女の防御魔術がこの魔法陣の模倣だからだ。魔力制御が不得意な彼女にとって、誰が魔力を注いでも正確に発動する形式化された構成はこれ以上ないお手本だった。


 もちろん図式の全てを理解しているわけではない。彼女は幼少の頃から何度も模倣を繰り返す過程で、自分で発動させるのに不要な部分があるのに気づいた。


 それは術対象を指定する部分の構成。通常の魔術は対象を任意の構成で指定する必要があるが、対象物に直接描かれる陣の場合はそうではない。


「この部分が対象を固定化する図式よ。この陣は保護対象が接してる壁だけになってるから――」


 説明しながらチョークのようなものを懐から取り出す。それは幽玄鉱オブストンの照明を反射して、微かな虹色に煌めいていた。


「これは虹彩鉱アイリスメタルの粉末を四頭獣クオッドヘッドの油脂で固めたチョークよ。魔法陣を書く時に使うの。こんなこともあろうかと、父さんの部屋から拝借しといてよかったわ」


 虹彩鉱アイリスメタルは魔力を蓄えることのできる魔法金属だ。魔力を伝導する物質で描かれていなければどんなに魔力を流し込んでも魔法陣は作動しない。このチョークは魔術士同盟が独自に開発したもので、一本がマモン金貨二枚もする高級品なのだが二人はそんなことは知らない。


「この固定化の図式だけを引っ張ってきて……、こうやって地面に書いて陣に接続する。これで対象が壁じゃなくて、この地面の上の空間に変更される。これなら壁際で将軍の攻撃を防いでくれるはずよ」


 ウィニーが慣れた手つきで地面に書いた図式から伸びた線が壁の魔法陣と繋げられていく。しかし本来の魔法陣と比べると、その形は明らかに歪で不安定だ。レイは心配になって聞いてみた。


「これってちゃんと発動するのか? まさかぶっつけ本番ってことはないよな?」


「大丈夫よ。音で父さんにばれるかも知れないから今試すことはできないけど、自分でやってみて何回かは成功してるわ」


「何回か、って……成功率は?」


「まー、二割ぐらいね」


 どや顔で返事をしてくるウィニーにレイは肩を落とす。


「いやダメだろそれ…、もっと確実な方法ないのか」


 一撃の駆け引きが勝負を決する状況で、二割の可能性に命を委ねるのは楽天家のレイといえども流石に躊躇してしまう。


「なに言ってんの、魔法陣いじっても発動すること自体がすごいことなのよ。そーね、さすがに外周全部の陣をいじったらばれちゃうだろうし、東西南北の四か所くらいに設置しといたら一個くらいは成功するんじゃない?」


「いや数打てば当たるとかいうことじゃない――それに二割かける四個でも十割ないんだけど」


「そうは言っても構成いじらなくても最初から手前に設置されてる陣なんて、天井くらいにしかないわよ」


 何気なく発したウィニーのその言葉が妙に引っかかってレイは聞き返した。


「ん? 天井のやつは対象が壁じゃないのか?」


「天井は一番強度が必要な場所だからかなり強力な陣が彫られてるわ。もちろん壁も保護対象だけど、念の為にかなり低い位置で発動するよう二重に設定されてるのよ」


 そう言ってウィニーの指さす方向を見上げると、ドーム状の天蓋全体にうっすらと複雑な文様が彫り込まれているのが確認できた。


「なあ、あの魔法陣ってどれくらい強力なんだ?」


「そうね…、霧降谷で私が撃った竜巻の太術あるじゃない? 昔、あれをここで暴発させちゃったことあるけど、一瞬でかき消すくらいには強力よ。父さんの最大威力の魔術でも破壊できないと思うわ。――でも、あそこまでどうやって跳ぶのよ。発動する位置までは五メートル以上あるわ。あの高さで攻撃を防ぐなんて不可能よ」


「……いや、その情報だけでも十分価値があるよ。それに不可能じゃない」


 レイは天蓋の幾何学模様を見つめたまま答える。彼は、そこに一条の光明を見出していた。





『死中に活路を見出す、という言葉があるじゃろう。――あれはうつろじゃ』


 脳裏に、師の言葉がよみがえる。


『活路は活中にしかなく、死中には死地あるのみ。死を覚悟して発揮される力は強大に見えても、その実は極めて脆く危うい』


 眼前に迫るのは、荒ぶる火焔を纏った炎の穂先。振り落とされる灼熱の奔流が、中空に浮いた彼の身体を呑み込もうとしている。


『戦いに赴いた以上、死中の活路を求めてはならぬ。戦いへの恐れに対する覚悟とは、死の恐怖を克服することではない』


 絶体絶命―――だが、レイは臆することなく迫り来る炎の先を見据えた。


『活路とは、いかに不利な戦況にあっても生きようとする意志のことじゃ。――ただ、生き抜くことのみを覚悟せよ』


 観覧席からウィニーが身を乗り出して叫んだ。同時に頭上の天蓋が八色に煌めく。レイを取り囲むように八方から閃光の筋が伸び、瞬時に展開された魔力膜が炎槍の上半分をボッという音と共にかき消した。


 眼下には驚愕の表情を浮かべたギアッツの顔が見える。レイは振り上げた刀の柄を握りしめた。


 そして彼は、呼んだ――


(覚悟は、できてる。勝つために力を貸してくれ――)


 その名を、自らの意思で。



「――セント・クレド!!」


 どこまでも深い蒼に染まったその刃を、半減したとはいえ未だ勢い衰えぬ火刑槍目がけて、渾身の力で振り落とした。

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