はじめに
処女作です。文字量が多いため読みづらい点をご了承ください。
このような分厚い、著者から贔屓目に見ても陰気臭い表紙の本を、決して安からぬ代金を払って購入した君は私と同様に変わり者であると言えよう。
気にさわるようであったならば失礼、非礼をわびよう。私はどうもその手の、形式張った文章を書くのは不得意なのだ。その辺りは寛大なる御心を持って大目に見てやっていただければ幸いである。
自己紹介が遅れたが、私の名前はヘルメス。
エルクール・ヘルメスだ。特定の職業には就いていない。
ある時は商店の軒下に立って客の呼び込みをしていたし、ある時は大学の教授もしていた。
物乞い、政治屋、盗人、裁判官、販売員、学者、使用人。葬儀屋をしたこともあれば医者をやったこともある。
金持ちと貧乏人を掛け持っていたこともあった。君は私をいたるところで見かけることができるだろう。
要は必要に応じて何にでもなる。今は物書きというわけだ。
さて、この本を読むにあたって、まず初めに世界と宇宙について話しておこう。
ここで私の言う『世界』とは一般に言う『世界』とは少し異なる。
世間、世の中、君の生活する環境、地球上の全ての地域や国家。君の考える『世界』とは恐らくこういうものだろう。大きく考えても君の『世界』とは一定の宇宙空間内に収まる。
つまり君の考える『世界』は自分が認識している人間を中心とした社会の全体像に過ぎない。しかし、私の『世界』は君の全く認識外の領域のことを指す。出来るだけ短く公式的に示すとこうだ。
「世界とは、同じ法則が全ての座標に対して等しく作用する空間である」
存在する全てのものには超えることの出来ない限界点がある。
それは様々な法則がこの世界に存在し、作用しているからだ。同一世界上に存在する物質法則はどの座標系に対しても同じ形に表される。表現する座標を変換しても形は変わらず、全てのものに対し対等である。
例えば地球上には引力や重力などの様々な物理法則が働いている。それゆえ人間は時速千六百キロメートルで自転する球体の上に立っているにも関わらず、宇宙空間に投げ出されることはなく、また他の動力を借りずに自力で宙に浮き上がることも出来ない。
これは北極だろうが自宅の一室だろうが、地球上のどこの地点においても、またどんな座標(物質)に対しても万有で平等に作用する。これらの様々の法則が等しく且つ、相互的な関わりを持って作用する空間範囲、それが私の言う『世界』の区分だ。
この『世界』の数は一つではない。君の住む『世界』以外にも数多くの『世界』が存在する。
それら『世界』は多種多様だ。若い世界、老いた世界、文明の発達した世界、未開の世界、何もない世界、あるいはその運命を終えて朽ちていく世界。その数は私が把握しているだけでも天文学的数字になる。
さて、それでは本題に入ろう。
これから私はある世界で起こった出来事について記したい。
その世界は十の惑星と二つの銀河系で構成されている。我々が言うところの世界成長初期にあたる、真に小さき世界だ。
しかし、そこにはちゃんとした知的生命体が住んでいて、彼らには深い歴史がある。
だが、それを語る前にまずその世界に名前をつけねばならない。
――そうだ。無機質ではあるが、これと言ったネーミングも思いつかないので、その世界を『五十六番目の世界』と呼ぶことにしよう。
私は歴史の書記官であるから妙に凝った名前をつけて感情移入しすぎるのもよくないだろう。
いやいや、56という数字に自体に大した意味はないよ。
ただ、私の誕生日が五月六日でね。
――それでは、『五十六番目の物語』を始めるとしよう。
三十三番目の世界、第一万十三銀河『太陽系』、第四惑星『地球』の住人
書記官 エルクール・ヘルメス・トート・アウスギストス
一応、ヘルメスさんが書いたという設定で…