7. もしも飛んでいってしまったら、なんて 特有の不安感
断る。魂を売っても手放せないものがある。
投げ付けた言葉に嘘偽りはない。
だが『互いの醜穢なるさまを慰める、一縷の口実にしがみつけ』と、
告げた光の監視官の罰は聖剣より鮮やかに悪魔の胸を貫いた。
百年の間、その血は固まることを知らず、その傷は塞がることを許されない。
7. もしも飛んでいってしまったら、なんて 特有の不安感
「っくし! ぃくしっ!」
結局、雨に打たれたシェリは風邪の虜囚となった。傘代わりをかって出た癖にけろりと元気な天使の雛が、枕元で薄紫の瞳をぱちくりさせている。
「女性のくしゃみは子猫並みです。盛大に行った方がストレス解消です」
「ストレス解消のためにくしゃみしてるんじゃないんで――っくし!」
「そこですかさずウアーと唸るっ」
「天使の雛がオヤジの不作法を説かないでください!」
抗議するシェリの指は、きっぱりとドアを示している。ディアジェはその指先を見て、ドアを見て、また指先を見て首を傾げた。勘の鈍い様子にシェリは機嫌の悪い低い声を絞る。
「汗がベタついて気分悪いんです」
「お察しします」
「着替えます」
「手伝います」
結構ですと強く辞退して、シェリの指はきっぱりとドアを示し直す。ディアジェはその指先を見て、ドアを見て、また指先を見て首を傾げた。添えられた笑顔はあまりに爽やかだ。
「出てって下さい!」
「裸は恥と決めたのは人間です。僕は純粋にお役に立とうと」
「捨てられる寸前の子犬みたいな潤み目をしたって騙されません! 男子退出っ」
「男子かどうかはシェリの推測です。確認いっとく?」
天使の雛は羽を掴んで引きずり出された。病人はようやく着替えに成功したものの熱を余計に上げたようだ。窓を僅かに開け、涼しい風を招き入れる。
「あ、またカラス」
夕焼けを背にした森の梢で羽を休める黒い影。見つめられている気がして、シェリの背筋は落ち着かなくなる。布団に潜り込むことで不調と不快の遮断を試みた。
睡魔に溶かされていくどろりとした意識の断片は、大きな羽ばたきと窓枠を引っかく爪の音を聞く。しかしそれも流砂のような眠りに飲み込まれて沈んだ。
暗闇の奥に揺らぐ情景が見える。
石造りの壁をすり抜けて侵入した部屋は質素で、長らく反復された法則を窺わせる几帳面さで片付けてあった。部屋の最も上位な場所は一分の隙もなく調えられた祭壇に譲られている。綺麗にブラシのかかった僧服を見なくても、そこが聖職者の住処であることは明らかだった。
標的はまもなく夕刻の礼拝から戻るだろう――沈みかけの夕日を窓の外に見やりながら、侵入者は大振りのナイフを鞘から抜く。
天使と悪魔の雛について知ってしまった聖職者。雛を天使に導くよう働きかけるだろう。ゆえにこの聖職者を亡き者にすれば、雛の秘密漏洩も魔界の人的損失も防げる。
魔界にとっては単なる聖職者殺しだけでも手柄だ。喝采を受けての魔界入りを図った侵入者は、近付いてくる足音に顔を上げた。柄を強く握る。ドアが開く。
「――何者だ?」
戸口で息を飲み、すぐに厳しく誰何したのは若い娘だった。リネンを抱えている。侵入者は聖職者に同居する妹がいたのを思い出す。面倒な目撃者の口を封じるべきか迷った一瞬に、娘が言葉を継いだ。
「雛だな。噂は兄から聞いている。しかし赤い目に黒い翼……そして何よりその凶器、兄を屠って魔王への手土産にと企んだか。ならば」
漆黒の強い瞳が侵入者を足止めする。賊は頭では殺すしかないと判断しているのに、美しささえ伴う気迫に動きは鈍る。娘の手が祭壇から短刀を取るのをただ見送っていた。
「ならば――私の屍を越える覚悟くらいは、あろうな?」
言い切らぬうちに繰り出された刃を咄嗟には避け切れず、黒い羽根が幾枚か散った。娘は長い髪をかきあげながら唇をすぼめる。
「どうした。こそ泥の方がよほど腕が立つぞ」
そして艶やかに、ふふん、と笑う。
「髪だけはまだ銀色だな。悪魔の雛は卵の殻を尻でなく、頭にかぶっているのか?」
挑発が侵入者の怒りに火を付ける。だが殴るように突き出すナイフの先は、狭い室内でありながら娘を捕らえることができない。逆に聖水を浴びせられ、ひるんだところに足をすくわれ、気付けば仰向けに倒れた侵入者の喉元にはぴったりと刃が当てられていた。
「残念だったな、兄は出張中だ。戻ってくるまで牢に繋いでおいてやる」
娘は胸へ馬乗りになって見下ろしてくる。
「おまえは願ってもない資料になる。兄が喜ぶだろう、ふふ。……名は?」
「俺を仕留めたつもりでいるのか?」
押さえ込まれていてもばさりと大きく羽を打てば、巻き起こった風に娘の黒髪が舞い乱れた。髪で視界を奪った一瞬を逃さず、飛び起きた悪魔の雛は娘を組み敷く。細い手首を掴んで床に叩き付けると、短刀は部屋の隅へ飛ばされていった。
大きな瞳に狼狽が走る。それを眺めて満足げに赤い目を細めた侵入者は嫌がる耳元に囁く。
「油断したな。安心しろ、まだ殺しはしない。この世の全ての陵辱を味わわせてから……」
不意に鼻先を掠めた芳香に悪魔の雛は口をつぐんだ。
娘の引き結ばれた唇から純なるアロマが香り立っている。熟成されるほどに瑞々しくなる奥深い香りの束。限りなく悪魔に近い雛であろうと、雛である限りその芳香には麻薬より抗いがたい。
堪えられずに賊は唇を重ね、娘のアロマを貪った。悲鳴のような声を封じ、抗議して暴れる身体を押さえ込み、本能の欲するだけ堪能しようとした唇に鋭い痛みが走った。
ゆっくり顔を上げた悪魔の雛の口許から、ぽつりと赤い一滴が娘の頬へ落ちる。だが瞳はその血に吸い取られたように赤味を失い、薄紫へ変わっていた。
噛んだ娘は驚きに怒りと抵抗を忘れ、魔性の退いた雛の姿を唖然として眺めている。
「何故……目の色が……翼まで、白く」
「見るな……」
顔を背けた悪魔の雛は娘を放し、その場から逃げ去った。
明くる日、当初の決意を固め直して再訪した聖職者の部屋に、相変わらず人の気配はなかった。あの妹は悪魔の雛の襲撃を兄に通達しなかったのだろうかと不審がりながら、再び赤味を帯びた目が姿を探す。
廊下を抜けた食堂に娘はいた。
「来たな」
読んでいた本を静かに閉じる。用意してあった短刀を掴んで立ち上がる。それ以外の武器はなく、普段着のままで髪も纏めていない。赤い視線の軌道を察して娘は薄く笑う。
「雛め、同じ手が二度通用すると思うな」
顔の高さで短刀を構え、刀魂を味方につけるように娘はその刃に口付ける。
「悪魔に満たぬおまえなど、兄の手を煩わせるまでもない。今日こそしゃべってもらおう。おまえを――悪魔の雛を浄化する秘密を」
「喉を掻き切られても同じ言葉を吐けたら話してやろう」
昨日は娘の思わぬ気迫に圧されただけ。必ず屈服させ、ありとあらゆる恥辱で穢してやる――その決意は、刃を交えた末にようやく押し倒した娘の前で脆くも崩れ去る。嗅ぐまいとしても、アロマを吸いたがる本能は理性など簡単に押し流す。
乱暴にキスを奪っていた唇はやがて、すまない、と呟いた。瞳は青紫にまで聖性に傾き、羽は下縁を残して白く輝いている。
噛まずに経過を見ていた娘は逃げ去ろうとする腕を掴んだ。
「キスか? キスが魔性を相殺するのか? 今のおまえはまるで天使だ」
「放せ、俺を見るな」
「逃げるのか。何故私を殺さない?」
「次は殺す。次に会えば必ず」
重い身体を引きずって帰還したのは貴族の別荘。無断借用している館の屋根で客人が月見をしていた。とはいえ湾曲した月は糸杉の葉先に絡まっていて、月見客の容貌を宵闇に紛れさせてしまっている。
それでも悪魔の雛にはそれが誰か分かっていた。訪ねて来る者など他にいない。恥じ入るほどに白すぎる羽を小さく畳んで揶揄に備える。
「俺を笑いに来たのか?」
屋根の縁で暇そうにばさばさ揺すられていた羽と脚が、同類の帰りに気付いてぴたりと止まった。
「こんばんは、リュシアン。白鳥が求愛しそうな羽をしています。君が悪魔になると息巻いてるというのは誤報のようです」
「なるさ。明日こそは」
「迷える者に幸あれ。極上アロマの残り香を振りまいておいて、説得力は皆無です」
飄々として羽客は痛い所を突いてきた。この雛は故意にしろ無意識にしろ、相手を苛立たせるのがうまい。その気になれば、聖職者の血で手を染めたりせずとも、口先だけで悪魔になれるだろうと思えた。
悪魔寄りの性質を持ちながら抜け抜けと『天使になりたいのです』と微笑む友人に、リュシアンはいつも呆れていた。アロマを提供した女たちは幸いの知らせを授けてられてなお、死後の安息を望んで彼の迎えを請い願う。その懇願が鎖となりがんじがらめに地上へ縛り付けられていると、本人は気付いてもいない。
「リュシアン」
細い月を仰いだまま、友人はぽつりと言った。
「『光の監視官』にはご注意を。一度は堕ちたあの方が持つのは、清浄なる魂を選り分けるふるいでなく、釣り合わせる重りが要る天の裁きの秤――まさに天秤です」
「監視官ラグエルか。天使や雛が堕天使にならないよう見張るのが元堕天使だなんて、お笑い草だな」
振り返った心配そうな薄紫の瞳に、リュシアンは気付かない振りをする。
悪魔の雛と聖職者の妹との戦いは不毛になりつつあった。身を魔性に染め直して娘を襲撃するものの、アロマに屈して聖性を注がれ逃げ帰る。同じ攻防と同じ応答が何日も繰り返された。
だが数日後に悪魔の雛はふとキスを切り上げ、じっと娘を観察していた。
「……どうした」
組み伏せられたままの娘の囁きに含まれるのは追究でも疑問でもなく、もはや不満。見返す悪魔の雛は静かに問う。
「俺の目は何色をしている?」
「赤紫だ。……青に戻る度合いが日に日に弱くなっていたが、今日は全く効いていないようだな」
「おまえが俺に恋をしたからだ」
娘は怒りも否定もしなかった。押し黙ったままだったが、さっと頬に差した朱が答えだった。濃いまつ毛が僅かに震える。
「おまえの樽は開かれた。もう俺を惑わすことは出来ない」
言い捨てて、悪魔の雛は大きな刃でひたりと白い細首を狙う。まだ痛みを与えていないのに、娘は痛みに顔を歪めた。
「敵対する者への口付けが聖性を生むのだな。その施しが雛を惑わすご馳走というわけか。敵対心が失せたから私は用済みなのだな」
「違う」
「では何だ。何がおまえを白くさせていたのだ」
問い詰められた赤紫の瞳は、一気に赤へ突き進んだ。
「おまえは兄に雛の浄化法を教えたい一心で俺を受け入れていたのか? もしや手加減してわざと俺にアロマを与えてみせたのか?」
「……アロマ?」
「俺を愚弄したつもりか……」
怒りに息づく刃がもう一段強く押し当てられるのに、娘は真っ直ぐ見上げてくる。
「殺すなりなぶるなり好きにするがいい。私はとうにおまえの手に落ちている。貫かれている胸をもう一度突かれたところで、痛みなど感じない」
漆黒の瞳は穏やかに凪いでいる。
「おまえの目がルビーのような赤だろうとサファイアのような青だろうと、私にはどちらだろうが構わない。知っているか? どちらも実は同じ鉱石だということを。本質を手に入れたいなら、色など障害でない」
黒は赤も青もあらゆる色を受容した色。悪魔の雛は正視できずに逃げ続けてきた黒い瞳に、ついに囚われる。ナイフを打ち捨て、代わりに指を肌へと滑らせれば、幸せそうな微笑が立ち昇る。
陶然として見つめ返す雛の目からは赤が、羽からは黒が抜けていく。満たされていく聖性に身を委ね、雛は呟いた。
「おまえを」
遮って、名はヘレスだと娘は教えた。
「ヘレス、おまえを魔界へ連れて行くと言ったらどうする」
「そこにおまえもいるのか」
リュシアンだと雛は答える。
「この先へ進めば行くことになる。互いに元の世界には戻れない」
「それでも……」
ヘレスの指がリュシアンの唇を愛しげになぞる。
「それでもおまえと共にいられるならば、本望だ」
唇以上のものが重なる。そして限りなく白に近かった翼は、完全なる漆黒に染まった。
二人を射したのは朝陽ではなかった。
強烈な白光は眩しさを通り越して網膜を痛める。かざした手の合間に二人は天使の輪郭を認める。乱暴な逆光に埋もれる顔を見分け、リュシアンの赤に固定された瞳が瞬時に凍りついた。
「光の監視官……」
素肌にリネンを巻き取ったヘレスはそれを聞いて息を飲む。
「天使ラグエルか? 堕天使が生まれぬよう統制しているという……」
「悔い改めよ」
名乗りも挨拶もなく、光の監視官と呼ばれる壮年の天使は居丈高に言い下した。
「罪を懺悔し悔い改めよ。リュシアン、ヘレス、汝らに最後の機会を与えよう」
「悔い改める? 愛を否定しろと?」
「我々はそれを愛とは呼ばぬ」
ヘレスの問いを監視官は無感情に退けた。
「それが天の意思か、光の監視官」
位階の高い天使を前にして、人間の娘は堂々と、清々しく誇り高い笑顔を咲かせた。
「断る。私は迷える子羊などではない。愛を、人間の強さを見下すな」
「我々はそれを愛とは呼ばぬ。リュシアン、汝の答は」
「断る。魂を売っても手放せないものがある」
天使ラグエルは無表情のまま、手にしていた長い聖剣の先をヘレスへ向ける。途端にヘレスの脚が崩れだし、赤黒い肉塊に変じていく。這い登る魔物のように迫る肉塊との境目に、娘は悲鳴を上げた。
「汝らの選び取った答だ」
リュシアンの腕は恋人を抱くが、変貌は止まらない。既に腰まで侵された半分人間、半分魔物の生き物は力なく悪魔の腕に残る身を預けた。
「リュシアン、愛している」
堕ちゆくのを悟ったヘレスは首を伸ばし、リュシアンに唇を重ねる。触れ合った瞬間、悪魔の心臓の裏にある羽根が一枚、光と共に色素を飛ばされて純白に還った。
「愛してい……」
その言葉に形を与える代償のように、娘の身体はひとかたまりの魔物と化す。波打つ黒髪、強いまなざし、滑らかな肌を欠片も残さぬ醜い肉塊を抱いてリュシアンは何度も恋人の名を呼んだ。
涙に濡れて見上げた先で、睥睨する瞳は金属的な蒼さと冷ややかさだけで構築されている。
「雛を一羽、堕ちずにおかせておけるならば」
光の監視官、ラグエルは既に娘の形をしていない娘を聖剣で指した。
「百年後に縛を解こう。……汝らが愛と呼んだものが残っていても、いなくても。さあ、立場をわきまえず身勝手な欲に溺れた汝らが傾けた天秤の、もう片方に載せる者を選べ。互いの醜穢なるさまを慰める一縷の口実にしがみつけ」
堕ちたのは、愛したから――短慮となじられた行動を正しかったと主張するなら、監視官の取引を蹴るべきだった。だが一筋の光明をちらつかされて、悪魔の欲が疼きだす。
天秤に載せる重りは自分たちの魂と肉体で完結すると思っていた。だが未来も奪われた。そればかりか道連れまで要求されて、リュシアンは後悔しそうになるのを、監視官の思惑通り悔い改めそうになるのを必死で思い留まる。
「祝福を受けぬものの末路を知れ。汝らの贄を選べ」
――迷える者に幸あれ。
悪魔になると公言して敬遠されていたリュシアンにもすんなりと馴染んできた雛。友人と呼ぶのは居心地が悪いが、それでも事実上はそうである雛。アロマを捧げる女たちを樽と割り切れず、聖性と魔性をふらふらする危なっかしい雛。
月光に照らされた、嘘くさくても優しい微笑がリュシアンの脳裏を埋める。
すまない。おまえが恋をする時、俺はおまえの恋人を殺すかもしれない。堕ちさせないために。愛のかけがえのなさを知ったのに、知ったからこそ――監視官が課した天秤の重さは、リュシアンの心をめきめきと音立てて圧した。
「…………」
悪魔は友の名を呟く。
すまない。おまえの恋人を殺すかもしれない。
殺すかもしれない。
コトンと硬質な音に意識が繋がり始める。
続く小さな金属音が窓の施錠と思い出して、シェリはゆっくりとそちらへ首をめぐらせた。枕元のランプが照らす暖色の部屋の中で白い羽がぼんやりと浮かび上がっている。焦点が結ばれるにつれ、汗で額やうなじに張り付く髪の不快さ、脳を腫らすような鈍い熱も存在を主張しだした。
「ディアジェ? 窓、閉めると暑いんですが……」
「不用心です」
抗議空しくきっちり閉められた窓のすぐ外を、大きな羽ばたきが名残惜しそうな緩慢さで去っていった。
熱の篭もったため息をつくシェリの視界の隅に見慣れないものが映る。ベッドの支柱に吊られたドリーム・キャッチャー。悪夢を絡め取り安眠をもたらすという蜘蛛の巣をかたどったお守りだ。
何故こんなものがここにあるんだろうと思っても、病人の頭はうまく回らない。
「熱のせいかな……変な夢見てたの。妙に生々しくて」
顛末を話しながら悪魔に堕ちた赤い目の雛を思い出し、熱に起因しない寒気を覚える。
「あの目、どこかで……」
記憶を辿る糸はだるさに阻まれ上手に引けない。苛立たしく額の汗を拭う。
「知ってる気がするのに」
ディアジェがそっとベッドへ腰掛けてきた。静かに羽を広げてごく緩やかに羽ばたかせれば、柔らかい風が起きてシェリの熱も不機嫌も逃がしていく。ドリーム・キャッチャーに結ばれた羽根の羽毛もひよひよと揺らす。
ささくれた気分をなだめる優しい動きを眺めていたシェリはふと、羽根の出所に思い当たった。
「お守りについてるの……ディアジェの羽根? 作ってくれたんだ、ありがとう。怖い夢だった。怖いっていうか悲しい、やりきれない……」
「ご心配なきよう。眠っちゃって、シェリ。今度は良い夢を」
「……目が覚めたら飛んでっちゃってたりしない?」
「僕にとっての天は今、地上にあるのです」
嘘くさくても優しい微笑を見届けて、シェリは安息のうちに瞼を閉じる。