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短編小説

母の日の贈り物

作者: 仲町鹿乃子

 近所まで来たついでに寄った実家で「そういえば」と、母が話しだした。


「母の日のプレゼントだけど、カーネーションでいいから」

「あ、うん」


 そういえば、来月は母の日だったと、思い出す。


「あんたたち三人からの」

「え、三人?」

「そう。あんたと、芽衣子(めいこ)若葉(わかば)の三人からの」


 芽衣子と若葉は私の妹だ。




 電車に乗りながら、妹たちにメールをした。

 私たち三人は、仲が悪いということではないのだが、お互い年が離れていたせいなのか、家にいた時も、そして家を出た今も、親密とは言い難い関係だった。


 私と次女の芽衣子は五歳離れていて、さらに私と三女の若葉は十二歳離れている。メールは、お正月の集まりについてのやりとりで、年に一、二通交わす程度だ。   


 直接会うことに至っては、そのお正月にあるかないかといった具合だったのだ。


 妹たちのアドレスは、「ファミリー」の項目に入れていた。

 その項目には、母は勿論、夫や携帯電話を持たせたばかりの中学1年生の長男も入っていた。小学6年生の次男も、来年は新品の携帯電話とともに「ファミリー」の仲間に入るだろう。


 そんなメンバーの中で妹たちのアドレスは、正直、少し違和感があった。


 ―― 「ファミリー」に入っているのに滅多に使われることのない、二つのアドレス。


 私は妹たちにメールを書き始めた。件名は「母の日」だ。



 〈こんにちは。元気ですか。

 今日、お母さんから、母の日は姉妹三人からのカーネーションが欲しいと言われたので、私が手配しておきます。後ほど金額を伝えます。よろしく。〉


 書いたものを読み直した。少し素っ気なくなってしまったけれど、ごちゃごちゃと書いて内容がぼやけるよりはいいだろうと判断し、そのまま送った。

 すると、妹たちからは、すぐに返信が来た。


 最初は、次女の芽衣子だった。


 〈了解。〉


 味も素っ気もない返信に苦笑した。まぁ、解りやすくていいけど。


 次が三女の若葉だった。


 〈お姉ちゃん、元気そうね。メール、了解です。

 でもさぁ、私なんて毎年張り切って、お母さんと食事に行ったり、洋服を買ったりしていたのよ。

 それが今年からいきなり、カーネーションだけなんて(しかも、三人で一緒ってことは、お母さんへの母の日の贈り物は一個になるじゃない?)、なんか、がっかりよ。

 お母さん、私のプレゼントが重荷だったとか言ってた?〉


 食事? 洋服? 

 あの、甘えんぼうの若葉が、そんな気の利いたプレゼントを?


 私は母に、カーネーション以外、贈ったことがない。毎回凝った、アレンジメントをしてもらってはいるけれど、カーネーションにはかわりない。

 では、芽衣子は、どうなのだろう? 彼女は母に、なにを贈っているのだろう。にわかに気になりだした私は、好奇心から、妹にメールをした。

 芽衣子からのメールは、前回と同じく簡潔かつ素っ気ないものだった。


 〈うちの会社の化粧品や健康食品など〉


 芽衣子は、通販化粧品会社でオペレーターをしていた。実家の洗面所には、その化粧品が常備されているのだ。

 今まで私は、芽衣子や若葉が母に何を贈っているのか、気にした事がなかった。それほどまでに、妹たちの動向に関心がなかったのだ。

 それにしても、話を聞けば聞くほど、三人姉妹それぞれから贈り物を貰った方が、母にとってはお得だという気がしてきた。


 偶然とはいえ、三人がそれぞれ別のものを贈っていたのもいい。ダブりもせずに、バランスがとれている。貰う側にしてみれば、楽しいだろう。


 もしや、母なりに娘たちへの気遣いなのだろうか? 確かに、今までよりは、少ない金額で済んでしまう。

 でも、母からのリクエストを違えると、面倒になる。母がいいというのなら、それでいいのだろう。


 5月に入ってすぐの休みに、私は夫と次男を連れて実家を訪ねた。長男はクラブ活動があったため、不参加だ。花屋は、実家へ帰る途中にあり、私は母のリクエスト通りカーネーションの花束を買った。

 そこは、数年前に実家の側にできた、小さな花屋だ。店は小さいが、腕は確かで、アレンジも上手く気にいっていた。

 そして、それとは別に、事前に母が好きそうな食べきりサイズの菓子を準備していた。 


 実家に帰ると、私はそのまま仏壇へと向かい線香をあげた。父は三年前に鬼籍に入っていた。

 母にカーネーションを渡す。

「姉妹三人からよ」

 すると、母が見たこともないような嬉しそうな顔をしてきた。私はその笑顔に戸惑いながらも、「芽衣子たちに送るから写真を撮らせてね」と、花を抱える母の写真を携帯で撮った。あとで妹たちに送る花代金額請求のメールに、添付しようと思ったのだ。

 母は私たちからのカーネーションを、父の仏壇の前に飾った。





 その日の晩、妹たちからのメールが届いた。母が、芽衣子や若葉にも、お花のお礼のメールを送ったらしい。妹たちは、カーネーションを抱えた母の写真を送って欲しいと言ってきた。私は慌てて、写真付きのメールを返信したのだ。


 すると、すぐにまた妹たちから返信があった。


 若葉からは、母の笑顔についてのコメントがあった。そして、花束に関しては、〈いつもながらにお姉ちゃんの送る花はゴージャスね〉とあった。


 芽衣子からも、若葉のあとに続くかのようにメールが届いた。芽衣子は、今回のことに対するお礼と、母の元気そうな姿に安心したこと。更には、若葉と同じように花束を褒めるようなコメントがあった。


 いつもながら、センスがいいと。


 そして、来年は自分が三人分のカーネーションを贈るからその花束を作った店を教えてほしい、とまで書いてきたのだ。


 母から「あんたたち三人からの」とリクエストがあった時、私はやっぱり長女なわけだし、このまま私が毎年やるんだろうなぁと漠然と思っていたわけだけれど、妹は妹でそうじゃないことを考えてくれていたのだと知り、嬉しかった。


 これからも、一緒にやっていこうという妹の気持ちが嬉しかったのだ。


 さらには、二人からの花束へのコメント。


 つまり、芽衣子も若葉も、以前から私が母の日に花を贈っていること知っていて、おそらく見たこともあるんだろうなと、思った。


 私は携帯を閉じたまま、動けなかった。


 毎年母の日の贈り物が重ならなかったのは、偶然じゃない。

 妹たちの意思が働いていたのだと、知ったからだ。


 母が見せたのか、妹たちが尋ねたのかは知らないけれど、そこに私の意思は全く入っていないことは確かだ。


 掌の携帯を開いた。


 母の日のことで、妹たちと今までになくメールのやり取りをした跡が残っていた。そしてそれは、これから先も、母の日前にはメールのやり取りをするであろう三人の未来への、予告編でもあると思った。


 家族であること。

 姉妹であること。


 今まで大切に考えていなかった彼女達とのこの関係を、私は育てていきたいと思ったのだ。

 あぁ、そうか。

 母の日に、本当の意味での贈り物を貰ったのは、私だったのだ。




 芽衣子に、来年の母の日をお願いしますということと、花束は実家の側の花屋で作ったことをメールした。


 そして、あの花屋はお届けはしてないわよと、一言添えた。


 すると、芽衣子からは、すぐに返信がきた。

 見慣れた「了解」の文字のあとには、芽衣子が普段使うとは思えない、顔文字のスマイルマークがついていた。







2021年加筆修正

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