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小説のすべての言葉には意味があるみたいッスよ

作者: AKTY
掲載日:2026/10/17

 近頃、自分の書いている小説で、長かったお話がクライマックスを迎えました。まだ公開はしてませんけど、書いている段階でってことですね。それで自分なりに面白く思いながらその山を越えまして、いまは結末に向けてお話を畳んでいるところです。


 話を畳むとは、これまで自分が書いてきたことについてある程度の決着をつける作業です。作業としては先のクライマックスに比べると盛りあがりにかける。まあぶっちゃけ面倒くせえなあって思いながら書いているわけです。ただそういう作業でも発見がありましてね。それは小説の言葉はぜんぶ意味があるんだなあって、そういう実感を得たわけです。


 なにを当たり前なことを言ってんだって思われるかもしれませんが、でも自分でやってみて初めて実感するということがあります。私は物を書き始めてまだようやく一年のペーペーですので、今更気が付いたりするわけですね。


 読書量だけはこれまで生きてきてそれなりの分量を重ねてきましたので、知識としては知っていたんですよ。例えばチェーホフさんが言ってますね。物語の中に鉄砲が出てきたら、その鉄砲は必ず発砲されなければならない。意味のないものを書くんじゃないって話ですね。まあ劇作家なので演劇の小道具も含めてってことでしょうが。でもそうは言っても舞台の雰囲気作りに発砲されない銃だって出てくることもあるだろうと、そう思っておりました。


 ただその雰囲気作りの銃は “雰囲気を作る” という役割をしっかり果たしているわけです。ちゃんと意味のある言葉ではありますね。発砲される銃とは役割が違うだけ。チェーホフさんは原則としてビシッと言っただけで、雰囲気作りの銃を否定するというわけではないでしょう。それが必要であれば勘弁してくれるんじゃないですかね。


 小説に書かれた言葉には必ず意味がある。それは物語を構成する上でなにかしらの役割を果たしている。このことは文章という形式を用いる以上、そうならざるを得ないものであると思います。これは他の物語の媒体と比較すると分かりやすい。


 例えば誰かが自分の日常のVlogをスマホかなんかで撮影するとしましょう。彼は身の回りの光景をそのままカメラに収めるでしょう。そこに映る物とか人物、音とか言葉は、まあ撮影しているので少しは他所行きに調整されるかもしれませんが、たいして意味のないものがけっこう入り込むんじゃないでしょうか。


 これがドラマや映画などになると、もっと意識的に配置されます。カメラの中心に花瓶が捉えられたら、それはなにかしらの役割を持っていそうです。ドラマよりも映画が、そのへんもっと意識してやってんじゃないですかね。ただ、現実の風景を映しますので、当然意味をなさないものが映り込む場合はある。時代劇の背景に電車が映ってたなんてこともありましたね。


 アニメだったらどうでしょうか?アニメはすべて誰かが描くわけですね。だから不要なものはかなり省かれます。といっても動画なので、間を持たせる為に割とどうでもいい風景とか挟んだりはしますね。写実的な世界観を目指そうとすると、そういう不要な小道具はより多くなるかもしれません。


 漫画はアニメよりもさらに抑制されます。動かないですから。作家によっては背景真っ白な人もいます。物語の没入感を重視するのに、不必要な情報を省くのは効果がある。ふたりの人物がやり取りしているのなら、そのふたりだけをきっちり描けば事足りますね。まあもちろんこれも作家によって手法は異なりますが。


 AIが描いた絵がゴチャゴチャして見えることがあるのは情報の取捨選択が甘いからでしょうね。あいつらはまだ全体をムダに精密に描いたりします。まあこれもそのうち改善されていくのでしょう。


 さて、それじゃあ小説ではどうでしょう?小説は文字でのみ情報を伝えます。視覚的なこともすべて文字。読者が自分で想像するわけです。だからムダな文章ってのは入り込む余地がないんですね。発砲されない銃が壁にかかっていても、それが文章として描写されればどうなるか?読者はそこに意味を結びつけます。なんかあるかもしれないし、なにもなかったとしてもその部屋の住人の好みくらいは表すでしょう。


 本当になにも意味がないものなら、それこそチェーホフさんの言う通り、書いてんじゃないよってなるわけです。書かれた以上はやはり役割というものを与えられなければならない。その文章について書いた側が責任を持って回収しなければなりません。ま、その書き手が与えた役割をそのまま読み手が受け取るわけでもないってことも頭に入れておかなければならないんですけど。難しいですね。


 だからね、私も悩んでるんですよ。自分の小説のなかに何気なく配置した、内臓を抉り取られた鹿をどうしようかって。舞台の雰囲気作りには役に立ってくれましたけど、アイツそれだけでいいのかなあ。なんか結末で理由とかくっつけた方がいいのかしら。アレってなんであんなところに置いてあったんだろう?



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