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ひぐらしのいない夏

作者: 茶電子素
掲載日:2026/08/27

 八月最後の週末、俺は五年ぶりに祖母の住む実家に帰ってきていた。


 畳の匂い、蚊取り線香の煙、縁側から見える田んぼ。何もかもが記憶通りで、逆にそれが少し怖かった。時間だけがここに置いていかれたみたいで……。


 夕方、五時半。空がオレンジから紫に変わりはじめる、あの一瞬。


 ――タマタマタマタマ。


 聞き慣れたリズムではあった。ひぐらしのようでもあるし違うような気もする。同じ音程、同じ間隔で正確に繰り返される。


「空耳……だよな」


 縁側に座ったまま、俺は動けずにいた。音は止まない。むしろ、だんだん近づいてくる気がした。


 ――タマタマタマタマ。


 そして、応えるように。


 ――キンキンキンキン。


 今度は反対側、裏の竹林の方から。

 金属同士がぶつかるような、硬く冷たい音。


 ――人か?


 いや。

 人の気配なんて無い。


 二つの音は、まるで会話でもするみたいに、交互に響きはじめた。


 タマタマタマタマ。

 キンキンキンキン。

 タマタマタマタマ。

 キンキンキンキン。


 間隔がどんどん短くなっていく。呼吸が浅くなる。汗が背中を伝う。

 これは、まずい。何かが、来る。何かとんでもないものが――俺は震える声で、その"何か"に向かって絞り出すように咆《ほ》えた。




「ただの下ネタじゃねえかっ」

 



 タマタマタマタマ。

 キンキンキンキン。


 ――夏の残照は、まだ何かを語り足りないとでも言うように、いつまでも軒先に留まっていた。

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